空の青にて ポップスターと異空越しの新世界、その双星を巡る事件は、お馴染み「星のカービィ」が大団円に導いた。その後しばらくワドルディの町に滞在していた俺は、つい先日プププランドに戻ってきたのだった。働き者な彼らが培ったあの町も、確かに快適な場所ではあったが。
「やっぱこっちの方がいいよな……」
丘の上で草原に寝転がる。住み慣れた国の陽光に包まれて、俺はようやく安心できたような気がした。
サワサワと草花たちを撫でるそよ風の音に耳をすませていると、楽しげな話し声が聞こえてきた。
「へぇ〜、マホロアさんって昔はカービィの敵だったんだ」
そっと様子を伺うと、丘の下で何人かの子供が楽しそうに会話しているようだった。
マホロア。天駆ける船の操舵手であり、自分たちを謀った虚言の魔術師。長い間生死すら定かでなかったが、ある日ひょっこり帰ってきた。
「らしいよ〜。でも今は面白いアトラクションとか作ってるし、仲直りしたんじゃない?」
そう。現在、彼はポップスターに居着いて、様々なアトラクションやらゲームやらを作っていて、その中の一つには自分も関わった。胡散臭いのは相変わらずだし、カービィたちにイタズラをすることはあるが、彼の中で何か意識が変わったのか、かつてのような悪事は働いていない。
「じゃあいつだったか、マルクと一緒になってカービィたちにイタズラしてたのもそういうつながり?」
マルクもまた、かつてカービィを利用したことがあるらしい。らしい、というのは、その事件に俺は直接関わっておらず、全て解決したあとにカービィから事の顛末を聞いたからだ。飄々としてつかみどころがないが、今のところは悪質な行いをすることはなく、方方にイタズラを仕掛ける程度で済んでいる。たまに自分もイタズラのターゲットになるのは悩みのタネではあるが。
「そうなんじゃない? だってその二人って、ただ敵になったんじゃなくて、カービィを騙して裏切って、敵になったらしいから」
「えー! そうなんだ!」
誰が言いふらしたわけでもあるまいに、無関係な子供の耳にまで話が届いているとは、悪事千里を走るとはよく言ったものだ。自分も被害者の一人だし、過去の行いは変えられないが、彼らの今の在り方まで決めつけてほしくはなかった。俺は会話に割り込むため、身体を起こそうとした――ところで、子供のうちの一人がぽつりとつぶやいた。
「でもそれじゃ、メタナイトやデデデ大王は人の事言えないね」
ビクリ。全身が強張る。途端に動けなくなる。口内が不自然に渇き、額に嫌な汗が伝った。
「だって二人とも、結局のところカービィの元敵なんでしょ?」
――食べ物と秘宝を奪った、傲慢なお山の大将。
「そういえば、カービィに倒されて悪さしなくなったと思ったのに、また夢の泉にイタズラしてたーってママ言ってたなあ」
――夢を堰き止め、星の杖を引き裂いた愚者。
「それに、今だってたまに悪い奴らの手先になって、その度にカービィに倒されてるじゃん」
――闇の勢力に侵された傀儡の王。
――器の欠片に惑わされた悪食の王。
――そして。凍て空の下、蠍の心臓に思考を淀まされて、守るべき者たちを害した氷の暴君。
乱暴に掴み上げ傷つけた橙の柔肌の感触も、欲に突き動かされるがまま噛みついた桃色の歯ざわりも。身体が、心が、全て憶えてしまっているのに、どうして忘れていたのだろう。
操られていたから、自らの意思で裏切ったわけではないから――なんて。そんなことは、決して俺が咎められない理由になど、なりはしないことに。
「――なんのはなし?」
きらり。黄色い輝きが、すうっと光の軌跡を描いて視界を横切った。
「あ、カービィ!」
「デデデ大王の話してたんだ〜」
ワープスターに乗ったカービィが、子供たちの会話に入っていったようだ。
「デデデ大王だって何度も同じ悪事繰り返してるのに、人の事はズカズカ言うんだなって」
ドクンと心臓が跳ね、胸が痛んだ。カービィがどのような返答をするのか、怖くて、恐ろしくて。俺は背を向けて、彼らの目に触れぬようその場を離れようとした、その時。
「デデデはね。ここの――この国の、空だから。いなくちゃだめなんだ」
カービィが見上げた先には、晴朗とした青空が広がっていた。
「そうでなきゃ、力を貸したりしないよ。夢の泉も、きらきらぼしもね」
その声は明るく、春風のように軽やかで。何の曇りもなかった。
「だから、そんなこと言わないでほしいな。ぼくは、この空が好きだから。泣いてるより、笑ってる方がいい。その方がずっと……綺麗だから」
カービィに微笑みを向けられた子供たちは、不思議そうに顔をかしげるだけで。――しかし。
「そっかあ。よく分からないけど、カービィがいいならいっか!」
「そうだね〜!」
子供たちのその言葉に合わせて、ケラケラという彼らの明るい声が響き、軽快な足音とともに遠ざかっていった。
草を蹴る音が小さくなっていくのを聞きながら。仰いだ空の青がじわりと薄く滲むのを、俺はただ、じっと見つめていた。