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    imori_JB

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    imori_JB

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    ところで2024.6.30のジュンブラでこの作品をまとめて加筆したやつを出そうとしているのに今こんなところ書いてるのまあまあやばいと思うんですよね…

    雌獅子は愛を抱く⑨ 思考停止。
     公園から此処まで全力疾走してきたのだろう園田が、両膝に手を置いてぜえぜえと荒い息を吐いているのを呆然と見やる。
     ――どうして。何故。……何処に?
     とす、と背中にぶつかった感触に振り向く。目の前には天堂の真顔、獅子神は無意識に後退りでもしたのだろうか。
    「座れ。顔色が悪い」
    「……っ!?」
     いきなり膝裏から持ち上げられた獅子神は思わず目を瞑る。
     天堂は女としては相当大柄である獅子神を軽々と横抱きにし、リビングまで連れて行きソファーの上に下ろした。
     隣で村雨がスマートフォンに向かって怒鳴る声が、遠く聞こえる。
    「……だから大至急、旧特六へ繋げ。今から言う住所から子供が一人行方不明になった。その子を探させろ」
     とくろく。特六、……何だったか。
    「メダルなど幾らでも払ってやる! さっさとしろ!」
    「黎明、この周辺一帯の監視カメラに侵入れるか」
    「今やってる!」
     何が? 何の話だ?
     ぼうっとした頭のまま、視線を巡らせる。慌ただしく動く三人を眺め、息を切らせている園田を眺め、ぱちり、と真経津と視線が合った。底知れない鏡のような眼差しと暫し見つめ合う。
     居なくなった子供への心配も、母でありながら動かない獅子神への非難も、何も浮かべていない凪のような――鏡のような瞳に、獅子神が映っている。
    「……」
     薄らぼんやりとした表情の自分自身の姿と、真経津の瞳越しに見つめ合う事数秒。
     ――バシッ、と一発景気良く鳴った音に、丁度通話を切ったばかりの村雨、液晶画面を覗き込んでいた天堂と叶の視線が再び向かう。
     自分の両頬を両手で叩いた獅子神は顔を上げキッ、と眦を釣り上げた。呆然としている暇など無いのだ。最愛の娘が行方不明、母親である獅子神がぼんやりしている場合ではない。
    「園田、二人が搬送された先は分かってるか? どんな様子だった?」
    「は、はい。二人共頭から血を流していて……警察は鉄パイプみたいな物で殴られたんじゃないかって。でも、救急車が来た頃には意識を取り戻して少し話ができたので、少し安し……」
    「油断はできない。頭部打撲は数日後になってから遅発性の出血を起こす恐れがある」
    「そんな……」
     医者である村雨の言葉に遮られ、園田が呟いて絶句する。
    「あいつらの事も心配だけど、とりあえずそっちは病院に任せる。礼那の目撃情報は無かったのか」
    「直接お嬢が連れ去られた現場を見た、という人間は居ませんでした。でも、ボロいバンタイプの車が猛スピードで走り去っていったという証言があったみたいで」
     此処獅子神邸がある一角は、比較的住人の年齢層が高い静かな高級住宅街だ。だから子供の為の公園が小さなものしか無い。
     そんな高級住宅街で、街に似つかわしくないオンボロの車が暴走すれば当然悪目立ちするだろう。
     目撃者の連絡先はこれ、聞いた暴走車のナンバーがこれ。
     スマートフォンに打ち込んでいたらしい園田が眉間に皺を寄せながら読み上げると、それを聞いた叶が猛然とノートパソコンのキーボードに指を走らせた。
    「……出た! 十五分前に首都高に乗った。これ湾岸線方面に向かってるな」
    「神奈川方面か」
    「あっちはふ頭が多いから便……」
    「黎明。不謹慎が過ぎる」
     天堂の窘めに叶が口を閉ざした。しかし言い掛けた事は分かる。向こうは海際、ふ頭が多い。小さな子供一人、水底へ沈める事は容易いだろう。
     獅子神は震えそうになる手を握りしめ、手のひらに爪を立てる。
     全く、ただの一度も想像しなかった事態ではない。獅子神は資産家である上にシングルマザーで目立つ後ろ盾もなく、娘共々悪意を持つ人間に狙われやすい属性がある事は理解していた。
     更に言えば銀行賭博を通じ、少なくない恨みを買って来た自覚もあった。
     だからこそ娘とベビーシッターの二人だけでの外出はさせず、男である従業員達のどちらかは必ず同行させていたのだ。
     それでも娘が生まれて一年三か月、余りにも平穏無事な日々に気が緩んでいた事実は否めない。
     今すぐにでも走り出したい逸る気を抑えて、獅子神は手元に情報が集まるのを待ち続けた。

     *

     白いポルシェが湾岸線を疾走する。
     叶が調べた怪しいバンは神奈川に入って間もなく湾岸線を降り、ふ頭の近くで停まっているらしい。
    『四百メートル先の交差点左に入って、直進一キロの所にある倉庫のところだ』
     電話の向こうからの叶の指示を、獅子神はそのまま運転手に向かって告げる。
     ハンドルを握っているのは天堂。獅子神が所有する車なのに、獅子神は後部座席にいる。曰く、冷静さを欠いた状態で運転するのは愚かしい、神に委ねよ――だった。冷静さを欠いているという指摘には心当たりがあったので、獅子神は大人しく運転席を譲り渡して後部座席に収まっている。
     だがしかし、隣に村雨がいるという事実が少々腑に落ちない心地だ。
     推定誘拐犯がいる場所へ乗り込む面子は獅子神、天堂、そして村雨。
     母親である獅子神が向かうのは当然として、荒事に慣れている天堂が立候補してくれたのは正直に言えばありがたい事だった。
     だが、隣の男はそうではない。
     荒事になれば真っ先に脱落するであろうフィジカルしかないのに、何故ついてきたのだろう。
     疑問に思わないでもないが、万が一娘が傷つけられ怪我をしていた場合医者がその場にいる方が都合良いのは事実だ。故に、獅子神は勝手に愛車に乗り込み隣に座った村雨を咎めなかった。
     ――それに、子供の居場所を突き止めろ、と多大な危険を冒して手に入れた特権を振りかざし冷静さを欠いて怒鳴っていた姿を見ていない訳では無い。
     獅子神邸には今情報収集役として叶、旧カラス銀行からの連絡待ちとして真経津が残っている。園田はベビーシッター達が搬送された病院に向かわせた。娘が最優先とはいえ依然として二人が心配な状態である事は間違いない。
    『旧特六の連中も向かってる。合流してから踏み込んだ方が良いぞ』
     至極真っ当な助言を最後に叶との通話が途切れ、手持ち無沙汰になった獅子神は窓の外を睨みつけた。
     目の前に広がる海面は陽光を受け、キラキラと輝いている。人の気も知らないで、と意味の分からない八つ当たりのような感情が込み上げた。
     怒鳴り散らすまいと固く唇を引き結んでいると、窓に薄く反射した向こう側、隣の村雨の横顔が薄らと見えた。感情をごっそり削ぎ落したような無の表情は、初対面の時に感じた鋭利な印象を受ける。
     暫く見つめていると、窓越しの視線に気づいたらしい村雨が獅子神へ顔を向けた。咄嗟に視線を落として遮断する。
     俯いた獅子神は、シートの上に置いたままだった手に重ねるように触れた感触に一瞬肩をびくりと震わせた。
     嘗て冷たいと思っていた筈の他人の、村雨の手が今は妙に熱く感じる。何故、と考えてすぐに思い当たった。村雨の手が熱いのではなく、獅子神の手が冷えているのだ。
     きっと普段の、余裕がある時ならば手荒く振りほどいたであろう接触を黙ったまま受け入れた獅子神は、胸に去来する様々な感情に蓋をするように目を閉じ、信じた事も無い神に祈った。
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