月影に隠す言葉 大魔道士は突然にやって来た。手には分厚い魔導書を携えている。
「暇だろ」
開口一番に決めつけられて、やや気分を害する。私がここ数日読み込んでいる魔導書は終盤に差し掛かっていた。魔力と呪文の無限の可能性に感銘を受けるほどの良書である。それでも私はその魔導書を閉じた。
「どうしたのかね。あなたがここまで来るなんて珍しい」
この棲家は森の奥深くにある。人間に敗れた魔王軍の生き残りは、人間のいない場所でひっそりと生きるしかない。だが普段はスライムなどの魔物すら寄り付かず静かなので、読書には最適の場所と言えた。大魔道士が住む洞窟からなら歩いても来られる距離にあるが、普段は私が大魔道士の洞窟へと赴いているから、大魔道士がこの棲家へ訪ねてきたのは初めてだった。
13212