case01:稀人信仰「先生ぇ、だめです。また先方から断られちゃいました」
肩のすぐ上で髪を緩やかに括った若い女が、部屋の窓辺に腰掛け崖下から聞こえる波の音に耳を澄ませていたらしい男に声をかけた。
海を望む絶壁にポツンと建っている、年季の入った小さな旅館。田舎どころか余所者が入ってくるのはたった一つのトンネル以外に無い集落。
観光では一生訪れる事がない人の方が多いこの場所に、笹貫行安はいた。
「あー、なんかあったっぽいね。波が騒がしい」
「……それ本気で言ってるなら、先生結構寒いですよ。多分、冬の津軽海峡より寒いです」
「……助手ちゃん、冷たくない?」
オレに優しくしよーよ、と笑って笹貫が振り返った。左側だけに一筋緑のメッシュが入った髪を緩く結び、サイズが大きいカーディガンを一枚だけ羽織り、へらりと笑った顔で、格好も雰囲気も気が抜けている。
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