千切生誕祭2024「千切、誕生日おめでとう。はい、プレゼント」
「え!?」
「え?」
千切は、俺の顔と俺の渡したプレゼントの箱を繰り返し交互に見ている。まだ開けていないわけだし、内容が気に食わない、という判断もできない状況で何を不審がっているのだろう? と首を傾げる。
「なんか、ダメだったか?」
仕事から帰ってきてすぐ、着替えもせずムードも作らず渡したから嫌だったのかも。やり直すか。俺がプレゼントを取り返そうとしたら、千切が慌てた様子で自分の背中に箱を隠してしまった。上目遣いで見つめてくる千切の顔を見て、やっぱり美人だな、なんて思う。
「もう俺のものだ。ありがとう」
千切はリビングに移動するとソファに腰をおろし、「開けていい?」と言いながらリボンに手をかけた。
「なんだこの紐、全然解けねぇ」
「いっぱいリボン使ってるんだよ。ああ、どんどん絡まっちゃうだろうから切った方が早い」
「お前が包装したの?! 絶対切らねぇ。意地でも攻略して、この紐も取っておくんだ。そんで髪結くのに使う」
結局五分くらい格闘した末に、千切はそれらをハサミで細切れにした。
「あ! 靴だ! 俺が欲しがってたやつ!!」
「ずっと気にしてただろ、それ」
箱から出て来たのは、千切が好きなシューズブランドの限定モデルだ。発売が発表されてからずっとチェックしていたにも関わらず、千切は事前の抽選で外れてしまっていた。発売後もほとんど市場には出回らず、価値は天井知らずに高騰し続けている。いくら払ってもいいから入手したいと思っている人がたくさんいるのに、誰も手放さないからだ。
「これどうやって手に入れたんだ?」
千切は靴を矯めつ眇めつ見たあと、靴に足を納めた。サイズは大丈夫そうだ。千切の髪と同じ色をしたその靴は、彼の為にデザインされたと言っても過言ではないくらい似合っている。
「俺がその靴探してるって聞いた、スポンサー会社の偉い人が譲ってくれたんだ。金はちゃんと払ったから」
「お前が欲しがってるからって、これを簡単にくれたのか? その人」
「こないだまで俺のことCMに起用してくれていた会社の人なんだけど、その人が個人的に俺のファンらしいんだ。俺の手に渡るなら嬉しいとかなんとか言ってくれて」
「枕営業したのか? これを手にいれるためにおっさんと寝てないだろうな」
「するわけないだろ」
「いや、わからねぇ。そういうことしそうだから、國神」
「俺には千切がいるのに、そんなこと。そもそも俺なんかと寝たがる奴、お前しかいないだろ。俺には千切だけだから」
千切はヘヘッと笑って俺の胸筋に顔を埋めてきた。間違えた、抱きしめてきた。靴の箱を持ったままなので、腹に角がメリ込んでまじで痛い。
「どうしてそんなに俺は信用ないんだ」
「前科があるからだろ」
俺は何も言えなくなる。何も言えなくなるような何かがあったからだ。
「そのおっさん、俺がこの靴履いてるのを見た時、どんな顔するんだろうな」
千切が小声で呟く。
「どういう意味だ?」
千切は俺の目をまっすぐ見て言った。
「なんでもない、きっとお前にはわからないから」
「千切、本当は何が欲しかったんだ? プレゼント渡した時、不満そうだっただろ」
部屋を飾りつけながら問いかける。千切の誕生日のいい点は、部屋を飾りつけるグッズを手に入れるのに困らないことだと思う。明日はこの装飾のままクリスマス会を開催する予定だ。
「いや、お前いつも俺の欲しいもの聞いてくれるじゃん。今回はまだ聞かれてなかったから、てっきり、この後街に行ってイルミネーションでも見ながら一緒に選ぶコースかなって想像してたんだよ」
キラキラしたモールを壁に貼り付けながら千切が答える。
「だって千切、自分が選んだものだと、人にあげたりしちゃうから」
以前、ヨギボーとポケモンのコラボ商品が発売されたことがあった。受注生産で、二〇二三年に予約受付、年が明けてから順次発送されるという商品だ。千切が欲しいと言ったから予約したのに、届いた後千切は全然興味を示さず、開封されることもないままどこかに姿を消してしまった。ちなみに、先日潔の家に遊びに行った際ソファに座っていたメタモン。そいつがうちの子だった奴ではないかと疑っている。
そして俺は気づいたのだ。おそらく千切は、人が自分のために選んでくれたものほど大事にするタイプなのではないかと。
「欲しいもんがあったわけじゃないんだよな?」
聞くと、千切は少し考えてから、「いや、ある」と答えた。
ピンクのキラキラしたモールを持ってこちらに寄ってくる千切。そのまま俺に巻きつけ始めた。
「お前が欲しいんだけど」
目を細め頬を撫でてきた千切に、俺は勝手に色々想像を膨らませて顔が赤くなってしまう。まだ具体的には何も言われていないのに。
「國神、お前いま、変なこと想像してるだろ?」
ヤラシーと言ってニヤニヤする千切。を直視したくないのに、近すぎて目を逸らすことができない。
「なぁ、今夜、えっちする?」
千切が背中を撫でてきた。したいな、と思いかけたところで俺の中のもう一人の俺が声をかけてくる。いや、ダメだろ。
「明日も仕事だ。練習に参加しないわけにはいかない。それに年末年始は外せない用事がたくさんある。忘年会、納会、初詣、鹿児島と秋田にも行く。体調を崩すわけにいかない」
「國神なら大丈夫だろ。丈夫だから」
「お前が俺に加減をすることを覚えたら、その時考えてやる」
とにかくしない。年末年始はしない。
千切が頬を膨らましながら、俺の両手首を掴み、上目遣いで見つめてくる。モールが落ちて、中途半端に俺の体に引っかかっている。
「えっちなこと、したい」
「ダメだ」
「俺の誕生日なのに」
「大人だろ。我慢しろよ」
「クリスマスなのに。一年、いい子にしてたのに」
「わがまま言う奴はいい子じゃねぇ」
千切の目がウルウルし出す。やばい。非常にやばい。
「國神、俺のこと、好きじゃねぇの?」
もう一人の俺(闇堕ちした姿)が、「理性! 理性!! お嬢を突き飛ばせ!!」と叫んでいる。そんなことできるわけないだろ。自分にできないことを言うな。
「ちょっと、ちょっとだけなら」
いいだろうか。
「いいのか?」
「イチャイチャするだけなら」
「大丈夫だ。大丈夫。イチャイチャするだけだ」
「ちょっとだぞ」
「わかってる。約束する」
國神、大好き! 千切にかわいい笑顔で抱きしめられて、幸せでいっぱいになる。もう一人の俺が、ため息を吐きながら呆れた顔をしていた。
「いい誕生日だった!」
ありがとうな、頭を撫でてくる千切を薄目を開けて確認する。
「お前の言う『イチャイチャ』が、どのレベルを指すのか、擦り合わせてから、臨めばよかった」
声が掠れすぎて、千切の耳には届かなかったと思う。でも、キャッキャとはしゃいでいる千切を見て、喜んでいるしまあいいか、と思った。俺はもう一度目を瞑った。
仕事は休んだ。