いさき

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コピックでおめめ👁

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#オリジナル

_knkmrn_

過去絵を晒すどんな風に表示されるのか興味があって、十年前(!)に書いた創作小説をぺたり。
多分今書いたら全然違う感じになるんだろうけど、これはこれで思春期の苦悩とか黄昏時の切なさが全面に漂っててよき(自画自賛)。
こういうのもまた書きたいな~。
橙色が好きだった。赤味が強いとなおいい。

 真っ赤な夕日に照らされた、誰もいなくなった教室やグラウンドを見るのが好きだった。好きなのだけれど、そんな光景を目にするたびどうしようもない虚しさに襲われることが度々あった。西日の差す家に住んでいると死にたくなるとかいうが、そんな感覚に近いかもしれない。自分はごくごく普通の家庭に生まれ育って、ものすごく裕福というわけではなかったが欲しいものはなんでも買い与えてもらってきたし、今だって特に不満を抱えているわけでもないのに……。

 彼――矢萩日向やはぎひなたには、未来の輪郭がはっきり見えずにいた。

 誰もが「本当にこれでいいのか」と自問しながら、それでも正しい答えが分からなくてとりあえず今日の宿題を片付けて、飯を喰って風呂に入って、寝る。それはそれで十分幸せな生活だといえた。でも……。日向が無限の可能性を秘めていたとして、目の前に無数の選択肢が広がっていたとしても、学生という立場に甘えてなんの努力もせず日々を無為に過ごしてきた日向に輝かしい将来が待っているとは思えなかった。無論やりたいことがないわけではない。でもそれが世のため人のためになるのかと考えたとき、日向はいつも自責の念に駆られるのだ。なぜかは分からない。でもいつももどかしい。

 例えば先に、歴史に残るであろう大震災が日本を襲った際も、何かしたいと歯がゆい思いをしつつも結局具体的な行動を起こすことはなかった。……所詮その程度なのだ、自分の存在なんて。日向は自分の席に突っ伏して思う――このまま消えられたらいいのに、と。





 一瞬にも永遠にも思える時間。どこからか不意に、女の子の泣き声が聞こえてきた。日向は顔を上げ、あたりを見回す。太陽の位置がさっきとあまり変わっていないところを見ると、さほど時間は経っていないらしい。

 それにしても……このすすり泣きはどこから聞こえてくるのだろう? 高校生にしてはかわいすぎるというか、なんとも幼い声色だった。お節介かな、なんて思いつつも日向は声の主を探すために立ち上がる。本来なら自分に関係のないことにはあまり首を突っ込みたくないのだが、その子を助けられるのは自分しかいないような気がしたから。なぜそんなことを思ったのかは分からないけれど。

 隣のクラスに始まり、一つ一つ教室を確認していく。なかなか見つからない――当然だ、大半の生徒はとっくに下校しているか、運動系の部活の生徒ならそれぞれの持ち場でせっせと汗を流しているはず。だから日向はまずひとのいないであろう理科室や地学室に目星をつけて覗いてみる。が、やはり声の主は見当たらない。

 もうやめようか、どうせ自分には関係のないことなんだし……。日向が半ば諦めかけて視聴覚室の戸を開くと――

 そこに、彼女がいた。すべてから忘れ去られたような空間の隅っこで、少女は膝を抱えて泣いていた。

「あの……」

 日向はおそるおそる声をかける。何しろ少女はどう見てもこの学校の生徒ではない、精々十歳前後の本当の“おんなのこ”だったからだ。

 おんなのこはゆっくり顔を上げ、日向を見る。その少女の顔立ちの美しさといったら……! 

 夕日に照らされているせいかもしれないが唇は真っ赤で鼻はつんと高くて、長い睫毛が涙に濡れて光っている。オレンジがかった金髪の持ち主であることからも、彼女は日本人ではないのだろう。まるでどこか別の星から落ちてきたお姫さまのようだ。

「ど……どうかしたの? どうしてこんなところに……?」

 誰かの関係者にしても、こんなところにいるのは明らかに不自然である。日向はなるべく優しく話しかけたつもりだったが、それでも少女は怯えているのか何も答えなかった。

「参ったなあ……。あ、ちょっと待ってて。今飲み物買ってきてあげるから」

 日向は校内の一番近い自販機でココアを二本買い、大急ぎで少女の元に戻った。





 甘いココアを口に含み、ようやく落ち着いたらしい少女は涙を拭いながら話し始めた。

「ご……ごめんなさい。わたし、迷ってしまって……」

「だいじょうぶ、謝らなくていいよ。えっと……きみは誰かの妹?」

 この問いに少女は首を横にぶんぶんと振っただけだった。

「そうか、うーん」

 こんな幼い子供をあれやこれやと質問攻めにするのは気が引ける。だから日向は必要なこと以外は訊かないことにした。まして名前や素性など問う必要はない――おそらくこの少女と会うことは二度とない、そんな気がしたから。

 少女はすっと視線を逸らし、窓越しの夕日を見つめながら呟く。

「空が暗くなってきた……早く帰らないと叱られちゃう」

「じゃあ送ってあげるよ。俺、自転車だから」

 二人はなんとなく、他の人間とすれ違わないように気をつけながら、自転車置き場へと向かった。

 それにしても今日は随分静かだな……。この“世界”と世界の“住人”に避けられているような気がするのは、自分の思い過ごしなのか。もしくはこの不思議な少女の、不思議な力が働いているのか。

 日向は改めて、精巧な人形のような少女の顔を眺める。顎のあたりで切り揃えられた、癖のないボブカット。眩しいほど白く輝くワンピース。誰かに似てるな……そう思ったが、日向にはこんなに愛らしい知り合いはいない。――ああそうか、有名な映画の子役に似てるんだ。横顔と髪型が、特に。





 少女を自転車の後ろに乗せ、日向はペダルを漕ぎ始めた。さっきのココアとは異なるほの甘い香りが少女の髪から漂って、日向を少し落ち着かなくさせた。

「土手の上を、月に向かってまっすぐ走ってくれる? 多分それが一番早いから」

 少女は薄い三日月を指差しながら言った。

 日向は学園の前の土手を上り、家とは反対側に向かう。いつもは沈んでいく太陽に向かって走っていたけど、今日は逆側――東の空に浮かぶ月のほうへ。

 日向が何を話すべきかと頭を悩ませていると、少女が先に口を開く。

「ねえ、おにいちゃんは好きなひと、いる?」

 日向には妹がいるのでおにいちゃんと呼ばれることに違和感も抵抗もなかった。中学生の妹は今のところ反抗期らしい反抗期もなく、日向にもよく懐いている。兄から見ても素直ないい子だった。

 しかし突然好きなひとがいるか、と訊かれたのには面食らった。この子が見た目通りませているのか、それとも今時の子供はみんなこうなのか。

「うーん……。今は特に好きな子はいない、かな。同じクラスのかわいい子がちょっと気になるぐらいで」

「ふぅん」

「そういうきみにはいるの?」

 日向が仕返しに問い返すと、少女は元から赤いほっぺを更に赤くして、「うん」と小さく頷いた。

「わたしの好きなひとは今あの高校に通ってるの。しばらく会ってなくて、久しぶりに顔が見たくなって、それで今日は裏口から忍び込んだの……」

 なるほど……やっぱりませた子だ。でもこのぐらいの年の子は、ひと回りほど歳の離れた近所のお兄さんやお姉さんに憧れるものなのかもしれない。

「それで? 好きなひとには会えた?」

「……会えなかった。というより分からなかった。みんな同じ制服を着てつまらなそうに授業を受けて、友達としゃべる時だけは無難な笑顔をつくって。もちろん本当に楽しそうにしてるひともいたけど、わたしには誰もが『仕方なくここにいるんだ』って言ってるように見えた。ああ、ガッコウってこんな場所なんだってはじめて分かったわ……」

「そっか……。残念だったね」

 日向は生返事をしつつ、大人びた少女の言葉に内心どきっとしていた。確かにそうかもしれない、学校になんて行かなくていい、勉強なんかすることないと言われれば、誰もが喜んで遊び呆けるのではないか。将来のために、仕方なく。大人になって恥をかかないように。

 でも学校で教えてくれるのは、精々漢字と数式と歴史とその他諸々ぐらいで、社会に出てから必要になるマナーや一般常識にはあまり触れようとしない。生徒は淡々と、教えてもらえることを吸収するだけで本当に知りたいことは誰にも訊けなかった。訊いたところで正解など誰にも分からないと、自分自身を無意識に騙し続けているのかもしれない。

「好きなひとには会えなかったけど、こうしてあなたと話せてよかった。やりたいことがあるなら、自分から動かなきゃね。代わりに誰かがやってくれるわけじゃないもの」

 日向は心臓のあたりにズシンと重い一発を喰らったような気がした。実際に打撃を受けたわけではないのに、なんだか胸が重苦しい。目の前がチカチカする。

「わたし、結果がどうあれ後悔はしないの。すべてはなるべくしてなった結果だと思うから。仮にダメだったとしても、それはそのとき力量不足だったからであって……諦めなければまた道は繋がるかもしれないし、もしかしたらまったく別の未来が待ってるかもしれない」

「…………」

「……ごめんなさい、生意気だったかもね……。でもわたし、こう見えてあなたの倍以上生きてるの。もっともわたしはあなたたちとは“違う”から、夢を持つことも未来を自由に選ぶこともできなくて、だからこんなことも言えるんだけどね……」

 今なら、この少女になら打ち明けてもいいかもしれない。自分が抱いてる馬鹿馬鹿しい夢のこと。周囲の期待を裏切るのが辛かった。他人に嘲笑われるのが嫌だった。親に失望されるのが怖かった……。だから誰にも言えずにいたけど、彼女なら、きっと……。

 だが時間というのは非情なもので、日向と少女には別れの時が近づいていた。





「もうすぐ左手に下り坂が見えるから……そしたらその坂を下りて……」

 少女の声はだんだん小さく、か細くなっていく。日没が近づいているのだ。太陽が完全に沈む前に、彼女を送り届けなければ。

 日向は自転車を漕ぐペースを速め、急いで坂道を駆け下りる。首を後ろに捻れば彼女の体がゆっくり透けていくのを確認できたはずだが、もうそんな猶予はなかった。

 少女に言われたとおりに道を進んでいくと、かなり大きな公園に辿り着いた。

「ここは……」

 日向は記憶を手繰り寄せる。俺はかなり昔、ここに来たことがなかったか? この公園で、誰かと一緒にあのブランコに乗って遊ばなかったか? ……ダメだ、はっきり思い出せない。この記憶は事実? それともただの思い込み?

 日向ははっと振り返った。少女の姿は既に消えていた。

 もしかしたらあの子も、夕日が見せたまぼろしなのかもな……。日向は自嘲気味に笑いながらそんなことを思った。





 ザアッ……と強い風が吹く。鼻腔に満ちる、甘い金木犀の香り。きっと日向はこの小さな橙色の花が咲く季節が訪れるたび、彼女のことを想い出すのだろう。だけど彼女の匂いは、もっと淡くて儚くて……。

 家に帰ったら、親と話してみようか。自分が将来どうしたいのか、そのために今何をすべきか。反対されたからという理由で諦められるなら、きっとその程度の思いだったのだ。……いや、親より先に妹に相談したほうがいいかな……。日向はそんなことを考えながら、背を向け再び自転車にまたがる。

 どこかで猫がにゃあ、と啼いた。4637 文字