カイ+希佐 夏公演も終わり、夏休みが始まった頃。カイとフミが呼び出されたのは、根地の作業部屋だった。外は煌々と太陽が照る猛暑だというのに、作業部屋はいつものように薄暗いまま肌寒いほどクーラーが効いている。
「はーい! 二名様ごあんなーい! 本日はお越しいただき誠にありがとうございまーす! 当店のご利用は初めてでしょうか!?」
「いや、そーいうのいいから」
「あらやだ! フーミンのいけずぅ! でもそんなところも好きっ!」
「何か、用があって呼んだんだろう」
「酷いわっ、カイまでそんな冷たいことを言って! アタシ、涙が出そう……だってジャンヌだものっ!ーーまぁ、今日は本題が長くなりそうだから、この辺りにしておこうか!」
ほぼ一方的だった即興劇を自分から打ち切り、根地は二人へ向き直る。
「率直に言うと、ちょーーっと困ったことになりそうでね」
まずはこれを見てくれと、根地は部屋の隅からダンボール箱を持ってくる。箱の中身を埋めつくしているそれは、手紙の山だった。
「これは……」
「ファンレター……だなあ?」
「そう! 夏公演後に届いたユニヴェールフォロワーからのファンレターだよ! 本来なら、ユニヴェールの教師によって内容のチェックと仕分けがなされ、組長の手に渡され、それぞれの演者へと届けられる! しかし、今回は録朗氏から気になる手紙があると相談を受けてね」
そう言いながら、根地は一番上にあった手紙をカイとフミに手渡す。無地のシンプルな洋封筒には「立花希佐様」と宛名が書かれている。
「すでに学校側の検閲は終わってる、読んでくれたまえ」
根地に促されるまま、二人は中に入っていた便箋を広げた。
「…………うわ」
白い便箋にびっしりと記された黒文字を目で追いかけている最中、先に声を漏らしたのはフミの方だった。カイも言葉すら発しないものの、始終渋い顔を浮かべている。
「ひっさびさに、こんなきめーの見たわ……精度の高いユニヴェールの検閲に感謝しかねぇな」
全ての文字に目を通したフミは、うんざりした表情で箱の中へ便箋を投げ入れた。
手紙の内容は、ほとんど希佐への一方的な感情と妄想で埋め尽くされていた。そして夏公演でどうしてジャックを演じたのかという憤りが終始綴られている。
「ジャンヌは貰いやすいんだよなぁ、こういう怪文書。俺やツカサも、一年の頃は検閲スレスレのヤベーのが来てたわ。……ま、俺の場合は舞台で好き勝手やってたら来なくなったし、ツカサも上手いことやってたみたいだけど」
「……立花に、この事は」
「伝えるわけないじゃん! こーんなつまんない文章見せて立花くんの演技に影響が出たらどーするの!? そもそも、本来なら演者に渡ることなく破棄される内容なんだけど……ねぇ」
ここを見て、と根地が便箋の下部を指さす。そこには、「直接会って、僕が君の目を覚まさせてあげるよ」という一文が書かれていた。
「見ての通り、今回は直接立花くんに接触してくる可能性が高くてね。困ったものだよ……脚本と配役に不満があるなら、演者ではなく僕に向ければいいのに」
根地は大きくため息をついたあと、ここからが本題だとばかりに話を切り出す。
「そこで、だ。フミかカイに、しばらく立花くんのことを見てて欲しいんだよね。いわゆるボディーガードってやつ。ユニヴェール内は外部の人間を通さない厳重なセキュリティがあるけど、今は夏休み。健全真面目でストイックな立花くんでも外に出ることはあるだろう。その時は絶対に一人にせずに付き添って欲しい」
これは立花くんの安全のため、そしてクォーツのためでもあるんだと、根地は念を押して伝える。フミとカイは同じタイミングで互いの顔を見遣った。
「……どーする? 俺は別にいいぜ。可愛い後輩を守るのは先輩の役目だしな」
「いよっ! さすがは天下の高科更文! クォーツ一の男前! あ、でも! いくら相手がなにかしてきても手も足も出しちゃダメだからね」
「今んとこはそのつもりねーけど、時と場合にもよるな」
「もうやだっ、この暴れ馬!」
そう話がまとまりかけた時、ここまで黙っていたカイがふいに口を開く。
「フミ、コクト。悪いが……その話、俺にやらせてくれないだろうか」
カイの思いがけない言葉に、今度はフミと根地が互いの顔を見合わせる。
「えーっ、どうしちゃったのカイ!? カイがそんなことを言い出すなんて明日は雪かな!? それとも雹でも降るのかな!?」
「涼しくていいじゃねーか。ま、確かにカイが自分から言い出すなんて珍しいな。本当にいいのか?」
「ああ……。夏公演のことで、立花が何か言われているのなら、俺にも責任がある。だから、やらせて欲しい」
強く頷きながら答えるカイに、フミは何か言いかけたのを誤魔化すように軽く息を吐いた。
「……分かった、じゃあ希佐のこと頼むわ」
「うんうん、カイなら安心だね!」
「なんだ? 俺じゃ安心できないってか?」
「いやいや、そんなことはございませんよー!」
フミと根地の軽いじゃれあいを聞き流しながら、カイは再び例の手紙に視線を落とす。そして、希佐へ向けて無遠慮に書かれたその言葉たちに、無意識に眉根を寄せた。