街の灯りを見に行かないかとノヴァがロン・ベルクに申し出たのは昨晩のことであった。ロン・ベルクには何故この青年が自分を誘うのか理解ができず、答えに窮した。少し考えさせてくれ、と返事を寄越しながら窓の外に視線をやる。窓に映ったノヴァがどのような顔をしていたのか、知ることは容易であったが、ロン・ベルクにはそれが出来なかった。想像することもまた容易であったからである。
街を灯りで彩る祭が生まれたのは数年前のこと。ノヴァがロン・ベルクの弟子になった年に、この祭はつくられた。当初は有志が手を挙げて行っていたものが、今では国を挙げての行事へと変貌した。ここだけではなく、各所で捧げられる灯りは生者の祈りそのものである。
その祭は先の戦いの犠牲者を悼み、復興を願う趣旨のものだ。そこには、ただ純粋な祈りのみがあった。少なくともロン・ベルクにはそのように見えた。
だからこそ、祈るものがない自分が祭に参加する理由がない。ましてや弟子と誘い合わせて行くものであるわけがないとは、ロン・ベルクは考えていた。
それがいくら、ノヴァの淡い想いにロン・ベルクが応えることを決めていて、そういう関係へと変化した今であったとしても。誘われた理由も、誘いを受け入れる理由も、いくらでも適当に作ることはできるけれど、適当に扱うべきではない、などと、らしくないことを考えている、とロン・ベルクは自身に毒付いてみた。
それでも、適当に答えを出すことなどできないまま、また一晩が過ぎた。
「先生、出来ました」
自身の弟子を、勤勉な男だとロン・ベルクは評価していた。自身が武器を扱う立場にあったこともあり、筋も悪くない。すでに片鱗を示しつつある職人としてのノヴァだが、まだまだ伸ばしどころは山ほど存在しているし、追求する点はまだまだ尽きないとロン・ベルクは考えていた。
手元の武器にロン・ベルクが視線をやる。その輝きが今はどうにもまぶしい。
「……悪くない。その間指摘した所も改善しようとしているのは分かる」
武器についてであれば言葉を探すのはとても簡単であった。いくらか次の改善点を指摘してやれば、ノヴァはうんうんと頷きながらロン・ベルクの言葉に耳を傾ける。祭の誘いを保留にしている今においてもノヴァは決して本業を見失うことはなく、目の前の鉄ひとつに向き合っている。それが真摯なまなざしであることは、ロン・ベルクにも伝わっていた。
「先生」
今日の仕事はこれでおしまいだと切り上げてから暫く。ノヴァは自身の師匠を呼んだ。その声にはどこか迷いがあることが分かる程度には、ロン・ベルクも弟子との付き合いも興味も持ち合わせていて、だからこそどう返事をしてくれたものか、迷っていた。
「この間のことですが、忘れてください。先生を困らせたかったわけではないんです」
「……」
ノヴァは眉尻を下げて笑った。ロン・ベルクには泣きそうな顔のようにも見えた。
「ただ、先生にボクの気持ちを受け入れてもらえただなんて、夢みたいだったから。つい浮かれてしまいました」
「別に、断るつもりはない。」
「……へっ?」
基本的に他人の感情に対して、そもそも敏感ではない上に無頓着な部類であるとロン・ベルクは自身を認識していた。それを悪いことだとも思っていないし、それが自分だとも思ってすらいた。けれど。
「ただ、あの祭は人間が祈るためのものだろう。オレには用がないのに、どう答えたものかと思ってな」
弟子が無理をして笑う顔を見るのは、ロン・ベルクにとって喜ばしいことではなかった。
「そんな……参加するのに用なんて必要ないですよ!それに、先生はボクたちを助けてくれたじゃないですか。人間がどうとか、そんなの関係ないしょう」
「そこじゃない」
「えっ?」
ロン・ベルクは自身の腕に視線を落とした。
「あの祭は、祈りの場なんだろう?オレにはそれがない。あの戦いで失ったものはあるが、いつかは再生する。祈る類のものじゃない」
「……先生」
だから、誘ってもらって何だが、と言おうと、ロン・ベルクが口を開いたが、ノヴァの言葉の続きの方が先に走った。
「あの祭は今はもうデートスポットとしてもそれなりに有名なんです。先生、祭が始まってから一度も参加していませんけど、もしも本来の意味を気にしているなら、それ以外の意味も増えた今なら大丈夫かと思って、誘ってみたんです」
「……どういうことだ」
「そのままの意味です。勿論、あの祭は数年前のあの戦いの復興を祈るためのものです。でも、それだけじゃない。今はひとつの観光名所でありデートスポットになっていますよ。そうであったとしても、祭の趣旨が奪われるものでもありませんから」
ロン・ベルクは言葉を失った。人間というやつは、存外図太くて強かな生き物であるらしい。理解しているつもりであったが、その認識は甘かった。
小さくため息をついてから、ノヴァの目を見る。期待と不安が入り混じった眼差しが、ロン・ベルクを射抜いた。
ゆっくりと口を開く。答えはもう決まっていた。
弟子の悲しむ顔を見たくないと思った時点で、迷う余地などなかったのだと、返事の言葉を探しながらロン・ベルクは思った。