内番も昼食も既に終わり、男士たちもそれぞれ自由に過ごし始めた頃。
今日は、近侍として彼女と共に事務仕事をしていた。休憩の時間を迎え、お茶やお茶請けを用意して彼女の部屋に持っていき、さて休憩しようと気をすこし緩めながら座布団に腰を落とした、その時だった。
「はい、これ」
「ん…?」
僕の隣に腰を落とした彼女の頬は、ほんのりと、一斤染を溶かしたような色に染まっている。
おとこの身を得ている自分とはまるで似つかない、しろく細い指でおずおずと差し出してきたものは、ひとつの封筒。可愛らしい大きさで、桜の花の柄が透明に刷られているのが分かった。差し出されている方の面には、「水心子へ」と、流れるような綺麗な文体で書かれていた。
…ああ、どうしよう。あまりの喜びと、高揚感に、我が身を形作る元の鋼そのものから、どろどろに溶かされてしまいそうだった。
「わ、我が主…これ、は…」
「…いわゆる、恋文…に近いものかなあ。でも、普段の水心子への感謝も同時に綴ってあるの。…受け取って、くれる?」
少し俯きがちにそう言った彼女が、あまりにもいじらしくて、愛らしくて。今すぐにでもそのちいさい上体をきつく抱き締めてやりたかったが、その行動をとったことによって、もしこの手紙を折ってしまったら…と考えると冷や汗がするような心地がした。
両手で手紙を差し出してくれている主と同じように、自分も両手を使ってそれを受け取った。彼女の頬は相変わらず可愛らしく染まっていたが、その表情には安堵の色が濃く見えた。
丁寧に、やさしく、机の上に手紙を置き、彼女に向かって改めて正座をし直す。
「我が主…ありがとう。この文は、本日の夜にじっくり読ませて貰うことにする。これから、ずっと、大事にとっておく」
「うん…ありがとう、水心子。…だいすき」
そう言った彼女は、両腕を大きく広げて自分に抱きついた。そして、ぎゅうっと、きつく抱き締めてくれる。まるで、ずっと離さないよ、と言ってくれているかのように。自分からも負けじと彼女の背に腕を回し、抱き締める。今更、この人の子を離す気はさらさら無い。この子の存在が死によって失われてしまうくらいなら、僕が隠して、この子の存在を綺麗に残しておきたい。たとえ、人間の輪廻から外れてしまったとしても。…いや、確実に外れてしまうだろうけれど。
僕がこんなに重い感情を抱いているなんて、きっと彼女は知る由もないのだ。もし彼女がこの感情を知ったら、どんな表情を僕に見せるのだろうか。
その表情や反応が、僕にとって喜ばしいものだったらいいと、ただ、願う。
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「うう、主が……我が主が!僕に、恋文を…!!」
亥の刻ごろ。風呂には入り終わり、布団も敷き終えた清麿と僕は、それぞれ好きなことをしていた。清麿は布団に入りながら本を読んでいたが、今は頬杖をつき、僕の騒ぎようを見ながら優しく微笑んでいた。
「ふふ、良かったね水心子。恋仲になっても恋文を送るって、何だかいいね」
「我が主は思慮深くて、気遣いがとてもよく出来るし、それに、人柄もいい……本当に、素敵な女性だよなあ……」
「あはは、ベタ惚れだ」
「当然だよ。僕の恋人なんだから」
「水心子にそんなに大事な存在ができるなんて…水心子の親友として、僕も嬉しいよ」
「勿論、清麿も僕にとって大事な存在だよ」
「…水心子……凄く嬉しいよ、ありがとう」
僕の言葉を聞いた清麿は、花が咲いたような笑顔を見せた。その頬は、いつもよりも血色がいいように見えた。昼間の彼女の頬ほどではないけれど。