Hold on me!(仮)尻ポケットに突っ込んでいたホールハンズから鈍いバイブ音が鳴り響く。茨は耳障りなその音に小さく舌打ちをして、無理やりスマホを引っ張り出した。
こっちはコズプロ社内で起きたトラブルの尻拭いに駆けずり回ってるってのに、一体どこのどいつだ。緊急じゃないなら後にしていただけませんかねぇと毒づきながらも、茨の二枚舌はあまりにも簡単に美辞麗句を紡いでいく。
「これはこれは! ご無沙汰しております。ええ、ええ。その件でしたら、先日連絡いただいた通り──」
茨は電話口に向かって軽く頭を縦に振りながら、しかし視界の隅では念入りに周囲の様子を確認していた。幸いなことにホールハンズを耳に当てて会話している茨に注目する人間はいない。茨は電話口の向こう側に相槌を打ちながら、ソファへと身体を預けた。こんな姿、たとえ誰にだろうと見られる訳にはいかない。弱みを見せることは死ぬことと同義だ。
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