gift『gift』
「流川ぁ、明日の夕方って時間あるか?」
朝、顔を合わせた先輩がおはようより先に言った。
「ある」
「即答かよ、少しは考えろ」
ぷはっと笑う先輩に言われて、顎に手を当てて考えたけど、一緒にバスケをする先輩に時間があるならオレにもあるだろう。
今日は金曜で、来週からはウィンターカップがある。
直前に根を詰めすぎても良くないから、と明日の練習は通常の午後練と同じ時間で予定されている。
居残りもほどほどにしろ疲労で怪我でもされたらたまったもんじゃない特に三井サン!と宮城キャプに愛のあるお言葉も貰っていた。
「おはようございます…?」
「考えるとこそこじゃねぇぇ」
わはははと先輩の笑い声がキンと冷えた空気に響く。
「おはよ、わりぃ、そっちが先だよな」
いい子だなおまえ、とか頭撫でようとするから、その手を捕まえて手のひらに唇を寄せる。
「るかわ?」
「手、つめたい。あっためて早くバスケしよ」
「おう!」
翌日、先輩の家にお呼ばれしたオレは、大きな段ボールを前に唖然としていた。
「父さんがクリスマスプレゼントだって送ってくれたのが早めに届いたんだけどよ、今年は流川の分も入れてくれてて」
「え、なんでオレ?」
「おまえ、悔しいけどまた背が伸びただろ。もう日本のじゃ服のサイズ合わなくて困ってるみたいなんだよねって父さんに言ったら二人分送ってくれた」
先輩のお父さんは仕事の都合でほとんどアメリカにいるので、日本にはあまりいないらしい。オレもまだ会ったことはない。先輩自身も今年はまだ一回しか会ってねーなとか普通に言ってた。
「や、でもこんな、悪いし」
大量のパーカーやトレーナー、いつもは丈が足りないパンツやロングコートまで詰め込まれている。
「だよなー、ここまで来るとプレゼントっていうより物資だよな」
いやほんと、段ボール二箱あるよなこれ。
「でも流川が貰ってくれないと、オレ、微妙にサイズ違いの同じ服、二枚ずつもいらねーんだが」
「おんなじ」
「そ、父さん、色違いのお揃いで送ってくれたぞ」
「おそろい?」
「オレたちのこと双子の兄弟かなんかだと思ってんのかな」
「おそろい」
「お?嬉しいか」
「…嬉しいっす」
「それはよかった。流川が喜んでくれたら父さんも喜ぶぞ」
「うす」
「じゃあウィンターカップを勝利で納めて、元旦にはこれ着てデートしような」
「…!する!」
「よし、頑張ろうな!」
高一のクリスマス、サンタさんはいた。
『おまえまだそれ着てたのかよ?!』
と、先輩が俺のパーカーを見て言うのはそれから10年先のこと。
そして先輩も実は部屋着にしていることを、俺は知っている。
◇◆◇
「楓、それ、どうしたの?!」
先輩のお父さんがくれたプレゼントの中に入っていたマフラーを巻いてもらってほくほくと帰宅したオレに、ねーちゃんがびっくりした声を出す。
「?」
「楓が今してるマフラーよ」
「先輩のお父さんにもらった」
「え、もらったの」
「うん」
「もらったの」
「ん」
なぜか繰り返される質問に、素直に頷いた。
先輩と色違いのお揃いマフラー、先輩は片面が茶色でオレは黒の無地で、裏は茶色でチェックみたいな柄だった。
「それ今時の女子高生が憧れてお年玉全額叩いても買えるか買えないかのマフラーよ?!」
「ナニソレ」
「先輩って三井くんよね」
「うん」
「あーじゃあ絶対ホンモノだわ」
マフラーにホンモノとかニセモノとかあるのか?
「楓はブランド品とか興味ないもんね…」
「?」
「しかもリバーシブルのじゃんお洒落すぎる…大事にしなさい」
「うん」
言われなくてもそーする。
かーさーん大変!楓がすごいの貰ってきちゃったー!!と台所に入っていくのを首を傾げて見送って、着替えるために自室に戻った。
マフラー以外の荷物は、あまりに量が多かったから重いし自転車で持って帰らせて万が一バランス崩して転んだりしたら危ないから三井先輩が宅急便で送ると言って聞かなくて、そんなにドンクサクネーと思ったけど、先輩のお母さんにもお願いされて住所を教えてまた後日になった。
なんかお礼しないと、と母さんにその件を話したら何故かちょっと引き攣った顔をしつつ、荷物届くの楽しみねと言っていた。
後日届いた段ボールいっぱいの、先輩曰く『物資』は、ねーちゃんが大騒ぎして開封していた。
サイズはどれも不思議とぴったりで、母さんは「もう国内じゃジャージくらいしか買えないかと思ってたから嬉しいけど、こんな上質なお品物ばっかり戴いてしまって、このお礼はどうしたらいいのかしら」と悩み始めたし、ねーちゃんは貰った黒のちぇすたー?のロングコートを試着したオレを見て「楓やばい、え、うちの弟かっこよすぎる」とか騒いでた。自分も同じような顔なのに何言ってんだ。
その流れで元旦に先輩と初詣に行きたいと言ったら「三井くんの為ならどこにでも行きなさい」とわけわからんけど了承された。
「楓は本当に三井くんに懐いてるわね。今まであなたが誰かを家に連れてきたことなんてなかったから、仲良くしてくれる先輩がいて嬉しいわ」
先輩は家に何度も来たことあるし家族にも会ったことあるから今更だろと思いつつ、うん、と頷いた。
年が明ける瞬間、家族がテレビを見ている隙に先輩と電話して、いちばんの誕生日おめでとうを貰った。
今まで自分の誕生日に興味なんてなかったのに、先輩がわざわざ電話してくれて、しかも何時間か後には顔を合わせるのに、いちばんに祝いたかったから起きててくれてありがとな!なんて言われたらもう嬉しくて眠れないかもしれない、と思ったが、電話を切ってすぐ寝た。それとこれとは別らしい。
オレは幸せな気持ちで健やかに眠りについた。
翌日、昼前に迎えに行こうかと言われたけど、早く会いたいって言ったら朝9時に迎えに来てくれた。
お節やら誕生日やらの準備をしていた母親と先輩が新年の挨拶とこの前の洋服のお礼とか二人でぺこぺこした後。
「楓くんお借りします。夕飯までには大切にお帰しますんで」
「いいのよこの子、家にいても何も手伝ってくれないから、むしろ面倒見てくれてありがとう三井くん」
ひどい言われようだ。
「じゃあ遠慮なく」
なんて爽やかな笑顔で言われて母さんもねーちゃんもまた先輩の株が爆上がりした。
ダメだよ、オレの先輩だからな。
「流川、そのコート似合ってんなぁ」
「先輩もすごいかっこいい。モデルみたい」
「いやそれおまえが言うなって」
オレのは黒のロングコートで、先輩は茶色だった。 ねーちゃんは三井くんキャメル似合いすぎるって頭抱えてた。キャラメル?
「朝早くからすんません。うちまで来てもらっちゃって」
「いいや全然。オレも早く会いたかったし、ついでがあったからばーちゃんちから車で送ってもらったんだよね」
先輩が、ん、と右手を出す。
「改めて、誕生日おめでとう流川」
「アリガトウ、ございます」
「良い一年にしような!」
先輩はオレの左手を取ると、指を繋いで黒のコートのポケットに二人分の手を突っ込んだ。
「やっぱあったけーな、このコート」
「うす」
「冬はいいよな、こーやってくっついてても寒いからだと思われるだけだし」
「オレはいつでもくっつきたいス」
「まぁそれはオレもだけどよ。外じゃ限界があるからな」
「…」
「そんな不満げなく顔すんなって。男前が台無しだぞ?」
「……」
「しゃーねーな、オレんち来るか?今なら誰もいな…」
「行く」
「はやっ」
ウハハハと豪快に笑うくせに、ポケットの中の右手はオレの指をスルスルと撫でて絡めとる。
「せんぱい」
「んー?」
「そのえろい指ヤメて、我慢できねー」
電車乗れなくなるだろ。
「そいつは困るな」
やっとひとつ大人になって先輩と2歳差になったオレは、まだまだこの人には振り回されっぱなしだ。
それもまた幸せな、16歳の誕生日。
初詣は後日行った。