君伸の騒がしい誕生日の朝　一限目　総合学習
　半年に一度の頭髪、服装、持ち物検査の日だ。教員は担任と副担任が二人一組で行う。しかし、三組と四組、五組と六組は副担任が共通のため、それぞれ学年主任と生徒指導の教員が代わりに入る。
「はぁ……」
　六組の教室に向かいながら君伸は大きなため息をつく。生徒指導の担当である以上、この役割は免れないのだが、よりにもよって、なぜ二年六組に当たってしまうのか。基本的に問題児の少ない学校ではあるが、それでも人の相性というものはどうしたって存在する。そう、あのクラスには一人、君伸にとっての問題児、三毛音緒が在籍しているのだ。
　他の先生からの評判はそれほど悪くないのだが、なぜか君伸の授業だけは必ず居眠りボイコットを決め込んでいる。過去に何度か服装で注意をしたことはあったが、それだけで嫌われるものだろうか。最近の子どもの考えることは分からん、などと自身もまだ二十六歳と比較的若い部類に入るはずなのに年寄りじみたことを考える。ふと、そういえば二十六歳も昨日で最後だったのかと言うことに気が付いた。
　そう、今日は十二月三日。君伸の誕生日である。今朝起きたら親友や甥っ子から「お誕生日おめでとう」とメッセージが届いていた。親友には一昨日既に誕生日パーティーを開いてもらったし、二十七歳の幸先は悪くない、はずだ。それに、生徒たちには今日頭髪持ち物検査が行われると事前告知済み。流石にわざわざ違反を食らおうとする者はいないはずだ。
　頼むから、平穏に今日を終わらせてくれよと、考えたところで二年六組の教室前へ辿り着いた。が、しかし、既にその願いは打ち砕かれそうである。
　黒板消しが、扉に挟まっている。しかもダブルで。
　無視して後ろの扉から入ろうとしたが、鍵がかかっている。勘弁してほしい。黒板消しの挟まっている隙間からクラスの中の様子が見えた。学級委員と目が合ったがすぐに逸らされた。クラス全員グルか。そもそも、担任の先生は何をしているんだ、と、少ししゃがんで教団の前を覗いて見ると、ニコニコしながら担任がこちらを見ている。困惑した表情を浮かべて訴えかけると手を振られた。あなたもグルか。
　これは、かかりに行くしか無いのか……。しかし、このトラップ、避けるのは簡単である。扉を開けてそのまま通り過ぎれば良いだけの話、そうでなくても、扉を開ける前に黒板消しを取ってしまえば良いこと。わざわざ、ピエロになる必要などないのだ。にこやかに黒板消しを取りながら「もう、誰だ？こんなあからさまなトラップ仕掛けたのは？」と言って入ればいい。よし、これで行こう。そう思って黒板消しに手を伸ばした瞬間、
　パンッパンッ
　教室の中から大きな音が次々に鳴り響いた。
「のぶせん！お誕生日おめでとう！！」
　生徒たちが口々に拍手やら、指笛やらで囃し立てる。思わず落としてしまった黒板消しからスモークが立ち上り、君伸はただただ、唖然と立ち尽くすのであった。
　六組の担任が君伸の手を引いて、真ん中に立たせ、
「さあさあ、鳥谷部先生、今のお気持ちは！？」
　と、近くにあった紙を丸めてマイクのように君伸の方へ向ける。色々言いたいことはあるが、仕方ないなと、呆れ交じりに小さなため息をつくと
「ありがとうございます。驚いたよ」
　と、笑顔で答えた。クラス中から歓声が上がる。
「ところで、あの黒板消しトラップの首謀者は誰かな？」
　そう尋ねると、クラス中の視線が茶髪のオッドアイの少年の方に向かった。
「やっぱりお前か……」
「えっへへ♡お誕生日おめでと〜のぶせん♡」　
　音緒が猫なで声を出してニコニコと笑った。揶揄われているのは明らかである。笑顔はギリギリ保っているが、いよいよ額に青筋を浮かべそうになりながら君伸は音緒に告げた。
「三毛、後で職員室に来なさい。さて、持ち物検査を始めるぞ」
　音緒が「はぁっ！？意味分かんないんだけど！」と騒ぎ始めるも、いつもの事だといった様子でクラスでは持ち物検査がようやく始まった。
　なお、クラス全員のカバンからお菓子、おっとっとが発見され、君伸は四十個のおっとっとをプレゼント、基没収することになったのだった。