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    ブライト博士の人事ファイル/By AdminBright/2008
    http://scp-jp.wikidot.com/dr-bright-s-personnel-file
    グラス博士の人事ファイル/by PairOfDucks/2009
    http://scp-jp.wikidot.com/dr-glass-personnel-file
    CC BY-SA 3.0

    タイミングが悪かった。それだけだ。
    グラスは誰に対しても優しい。狂気的なほどに。たとえそれがSCPだったとしても、彼は手を差し伸べる。財団でこんなことができるのは彼だけで、だからこそ彼にしかできない仕事は山積みだった。職員のメンタルケア、人型SCPとの面談、収容違反の対処、書類作成。あ、グラス博士、この前の収容違反で同僚の気が滅入っちゃったみたいで……。グラス博士、この前貴方が担当していたSCPがもう一度貴方と話したいと……。すみませんグラス博士、少し相談したいことが

    「グラス、暇だから遊びにきてやったぞ〜!」


    つまり、疲れていたのだ。


    「なぁグラス、いいことを思いついたんだ。682についてなんだが…」

    「…そしたらあのクソッタレ、絶対にやめろと言ったんだ!禁止リストにも追記された。面白くなるはずだったのに!グラスもそう思うだろ…」

    「…グラス、今日はコーヒーを淹れてくれないのか?それとも仕事ちゃんに恋でもしたのか?さすがに仕事ちゃんはやめといた方がいいぜ、セックスできないからな!」

    「朗報だぜグラス。実はここに超優秀なオブジェクトがあるんだ。なんとコイツをつけるだけで仕事が一瞬で終わる。今のお前にピッタリだろ?」

    珍しいことじゃない。ノックなしで執務室に入ってくることも、無駄にデカい声でマシンガントークを浴びせられることも、ピザを投げつけられることも、アイポッドでキャッチボールを要求されることも、部屋を荒らされることも、チェーンソーを振り回…あ、それは禁止されたのか。とにかく、そんな突然の問題児に対応してやることはなんら珍しいことじゃない。日常である。賑やかで楽しいね。SCP財団はアットホームな職場です。は?
    でも今日は。今日は、ただただ、うるさいなあと思った。いつもはその、クソくだらない話にも相槌を打つくらいはしていたけど。今はとにかく疲れていて、そんな余裕なんてなくて、でも放っておくわけにもいかないし。

    「…そうですね、ブライト博士」

    黙らせなければ。

    はあ、とため息をつく。
    結局、とっても優しいグラスはその茶番に乗ってあげることにしたのだ。だからつまり。先程、ブライトは首飾りを掲げて、これがお前にピッタリだと言っていた。なら。


    「じゃあそれ、くださいよ」


    ブライトの手に弄ばれていた首飾りの宝石がチラリと反射した。

    「ぁえ、グラス?」

    予想外の受け答えに思わずブライトは硬直した。首飾りをくれって、だってそれは…そういうことだろう。グラスはこんな冗談に乗るような男じゃないと知っていたからこそ、理解できなかった。やっと此方を向いたと思ったのに。今日のグラスはなんというか…よくない。もしかして怒らせてしまったとか。え、そうなの?グラスが怒ってるところなんて見たことない…けどよく言うよなあ、優しい人ほど怒った時は怖いって。それなんだろうか。何にせよ良くないことが起ころうとしているのは確かである。
    ぐるぐる脳を回している間に、グラスは眼鏡を机に置いてブライトの方へと近づいてきていた。ブライトは椅子に座っていて、自然とグラスを見上げるような形になる。グラスはここまで何も喋らないし、真顔だし、威圧感が半端ない。…これは、本当によくないな。最悪の場合を回避するために、首飾りを片手で握るようにした。

    「あは、どうしたんだよ、珍しいなグラスがこんな冗談に」

    乗っかるなんて。
    ガタン、とブライトは立ち上がって後退りした。言い切る前にグラスがブライトの手に触れたからだ。ブライトの手の中には首飾り。触れようとしたのだ、ソレに。

    「おい、危ないだろ!」

    急いで首飾りを両手に握り直す。おいおい、冗談じゃないぜ。まじで。グラスから距離を取ろうと一歩ずつ下がると同時に、彼も一歩ずつ進んでくる。これ本気で怒ってるやつだ。どうして。これ以上のことを散々やらかしている筈なんだけど。何がグラスの琴線に触れたっていうんだ。分からない。
    そして背中に壁が当たって、行き止まり。目の前にはグラス。顔の真横にグラスの手が置かれて壁ドン状態である。逃げられなくなったってわけだ。状況が状況なので全然キュンとしない。どかしたくても両手は首飾りで塞がっていて動かせなかった。どうにかこの状況を打破しなくては。

    「し、仕事の邪魔して悪かったって、だからもう」
    「怒ってないですよ」

    ぎゅっ、といつの間にか強く握りしめていた両手に、グラスの手が重なった。は、呼吸が浅くなる。これ、外してください。人差し指で手の甲をトントンされ、耳元でゆっくり囁かれた。小さな子供に言い聞かせるように。ひどくあまったるいこえ。意識を、溶かそうとしているのだ。だめだ、溶かさないで。食べないで。ブライトは首を横に振った。それを見たグラスは面倒くさそうに、態とらしくため息をつく。

    「だって、事実じゃないですか、今の私にピッタリです」

    冗談だろ、本気になるなよ。

    「冗談じゃありません、貴方がそう言ったんですよ。一瞬で、仕事も、そして何より、


    わざわざ貴方に構ってあげることも、しなくて良くなるんです」


    ぁ、

    「ありがとうございます、ブライト博士」

    そうにっこり微笑まれて、手の甲に触れていたグラスの手が、手首へと滑っていった。ぎゅ、と掴まれて、じわじわ、外側に引っ張られる。

    「やっ、やだ、やめろ、グラス、いやだ」

    力の差は歴然だ。元エージェントの彼に勝てるわけがない。本気で引っ張っているのか、かなり痛かった。このままだと、ぎりっ、と血管が閉まって手が痺れる。それでも絶対に離すまいと必死に握り締めた。離したら終わりだ。考えたくない。

    けど、そっか。そっかぁ…。

    グラス、そんなに私のことが嫌いだったんだ。確かに迷惑をかけた部分も多々…いや、迷惑をかけたことしかないな。でも…いや、確かに、当然の結果だ。グラスは私に優しくしてくれたけど、私がグラスに何かしてやったことはない。うん、嫌われて当然。酷いことをされても、何も言えない。なぜかじわりと視界が滲んだ。
    長い間握っていたことにより手汗が滲んで滑りやすくなる。破壊不可の首飾りが指に食い込んで痛い。手に力が入らなくなる。このままだと確実に負けるだろう。いやだな。ぐす、と鼻を啜った。
    しかし、不意にグラスの力が弱まったかと思うと、突然手首が解放された。一気に血流が良くなって指先がじんわりと暖かくなる。困惑しつつふと手首を見てみると、手の形に赤く変色していた。痛そう。グラスは諦めたのかな、やっと終わったのかと思っていたら、今度は左腕と左肩を掴まれた。前と後ろから、ぐっ、ぐっと何かを確かめるように押される。今度は何を

    「うーん、先にこっちを外した方がいいみたいですね」

    「ぇ、は、やめ」


    ぐいっ


    「ッ、!ぁが、ぐら、ぐらすっ、ぐらす、いたいっ」

    痛い。いたい。肩から激痛が走る。グラスは確実に骨を狙ってきていて、無理矢理ダメな方向に動かそうとしていた。残念ながらまだ諦めていなかったらしい。怖くなって何度も名前を呼ぶが何も返ってこない。こわい。怖いのは肩が外れる痛みじゃなくて、次に目が覚めた時だ。想像してみろ、目が覚めて鏡を見たらグラスがこっちを見てるんだ。こんな私を肯定してくれた、善良な人間が、ブライト博士になってしまうんだ。グラスの声で、見た目で。ジャック・ブライト。あんたも良く知ってるだろ、って?笑えない。悪夢だ。そんなの認めないぞ。だから、それを回避するために行動を起こしたいんだけど。今は怒ってるグラスも怖いし、でも何も抵抗できない。ねえグラス、どうしたら許してくれるの。どうしてもいやなんだ、私が君になるのは。

    「さん、にい、いちで外しますよ、さん」
    「ま、まって、ぐらす、や、」
    「にい」
    「ごめ、ぐらす、ごめんなさっ、ぐ」
    「いち」
    「うぅ、はぁ、は、ひゅッ」


    パッ、とグラスは手を離した。

    立っているのもやっとだったのか、すぐにドサっ、と重力に従ってブライトが床に座り込む。首飾りは握りしめたまま、体をぎゅっと縮こまらせていた。グラスが屈んで様子を見てみると、それはもう…酷かった。汗涙鼻水で顔がぐっちゃ。あまり傷はつけないようにと意識してはいたが、手首を握った時に力を入れ過ぎてしまったらしい。手当が必要なくらいには痛々しかった。あぁそういうことじゃなくて、そういうことでもあるけど。問題は心のほうだ。

    だいぶ、怖がらせてしまったらしい。

    「大丈夫…じゃないですよね、すみません」
    「ひぅ、あ、ごめんなさ、ごめっ、ぐらす、っ」

    ぼろぼろと顔を濡らして肩を振るわせているブライトの涙を拭おうとしたら、ゃ、と小さく拒否された。無視して手を近付けさせると、ぎゅうと瞑られた瞼からさらに大粒の涙が…なるほど、ずいぶん怯えられてしまったものだ。こんな一瞬で…こんな一瞬で?その気になればブライトを今みたいにできると?ふむ…これは使えそうだ。何にって、それはまあ、色々。とりあえず涙を拭く試みは失敗した。警戒されたままなのは今後困るので、首飾りは触りませんと、そもそも触ろうと思ったことなんて一度もありませんと説明。今までのは演技なんですよ。あ、パニック状態のブライトに言っても意味ないか、はは。泣いてばっかだし。後でにしよう、メンタルケアが最優先だ、一応主席の心理学者なので。そこら辺はバッチリ。そもそもの原因は考えないものとする。や、反省反省。大人しくなったのは良かったものの、やりすぎたなあ。こんなにぐちゃぐちゃになっちゃって。はい反省会おわり。さて。

    「満足しましたか?」
    「?、ふ、はっ、ぇ?っなに、」
    「まだ、"遊び"足りないですか?」
    「ッぁ、ん、ううん、も、いい…」
    「じゃあコーヒーを淹れてきます、いつものでいいですよね」

    そう言って立ちあがろうとすると、待ってと声をかけられた。ブライトはようやく片手だけを首飾りから外して、引き留めるようにグラスの白衣を恐る恐る掴む。掴まれている感覚はあまり無かった。多分、少しでも動けばすぐに外れるだろう。かよわい。待ってと言われたのでグラスは待ったが、ブライトが落ち着くまでそう時間はかからなかった。むりやり押さえつけたのだろう。だって、ほら、声が震えてる。
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