眠れないから。と、本を渡された。本、というか。400字詰め原稿用紙を折ってくっつけた紙束だ。表紙には手書きで、「親友の感度が3000倍になった件について!?」と派手に書いてある。きっと中身も手書きなのだろう。
まあ、寝れない子供に読み聞かせをするのは至極当然、真っ当なことだな。なにも不自然なことはない。手作り感満載の本だけど。明日は朝早くから任務があるから、珍しく読み聞かせを頼むのも理解できる。なにも問題はない。表紙の右下に、(R18)って書いてあるけど。
凝視している間にもぞもぞと布団を被った旅人…蛍は、寝る前とは思えない期待の眼差しでガイアを見ていた。目をカッピラいている。早く読んでほしいようだ。
対するガイアはというと。眉を顰めて、呆れたような。けど確実に、このタイトルにある「親友」が一体何を指しているのかすぐに気づいたので。頬を赤く染めて、両手で本の両端をぎゅっと掴んでいた。紙に皺ができている。
「…他の本に」
「え?」
え?
ガイアが話そうとした提案を、間髪入れずに蛍は割り込んできた。ただの「え?」じゃない。一瞬で蛍の眼が濁って、冷たくなって。
それは、圧だった。
ガイアはそれを何度も経験している。今はもう慣れたけど。蛍は暇さえあればガイアにセクハラするし、プライバシーなんて無いし、しかも、しっかりヤることヤっちゃうし。その度にガイアは嫌がるのだが、ぜんぶ「え?」で押し通される。だって。
「でも」
「ガイアの声、好きだから」
そう、まっすぐ、
「私の大好きな声で、読み聞かせして欲しい」
伝えてくるから。
それが冗談なのか本気なのか分からないけど。蛍はいつも、何考えるか分かんないし。でも。
それで断れないほど、ガイアは蛍と一緒に居すぎたのだ。
「…そこまで言われたら、仕方ないな」
「やったあ」
「少しだけだからな」
「全部読んで」
「フフン、やだ」
ブーイングを無視して、ガイアは表紙を捲った。やっぱり手書きだ。導入部分は比較的大丈夫そう。もし内容が危なくなってきたら、強引にでもやめて寝かせておけばいい。うん。
ガイアは静かに深呼吸をして、その文字列を音読し始めた。
「ある日のことでした…」
テイワットを渡り歩く旅人はいつものようにデイリー任務を終わらせて、合成台の前に行きました。樹脂がそろそろ溜まりそうだったので、濃縮樹脂を錬成しようとしていたのです。ですが、旅人は聖遺物厳選の苦しみにうんざりしていたので、その時は気づいていませんでした。旅人がバッグから取り出したのは樹脂ではなく、媚薬だったことに。(ちなみに、媚薬と書いていますが、実際は旅人の性欲を不思議な力で実物化した瓶になっています。)なので、溜まりに溜まった性欲を合成台に乗せて錬成した結果、濃縮樹脂ではなく性欲濃縮樹脂ができてしまいました。これを相手に使うと、旅人自身の性欲が相手にダイレクトに伝わり、感度が3000倍になってしまいます。しかし時すでに遅し。旅人の手にはピンク色になった濃縮樹脂が握られていました。旅人は慌ててそれをポケットにしまいました。そして、次はちゃんと濃縮樹脂を錬成しました。時計を見るともうすぐ親友と会う時間だったので、旅人は急いで西風騎士団へと向かいました。
騎士団近くにある噴水の前に親友はいました。遅れてごめんと言うと親友は笑って許してくれました。
親友は、旅人が初めてここに来た時にお世話になった人です。よく旅人に冗談を言って困らせるけど、優しくて、褒め上手で、青い髪と瞳が綺麗な、旅人の大好きな人です。今日もそんな親友と一緒に、聖遺物厳選に行きました。その時にはもう、性欲濃縮樹脂のことは旅人の頭からすっかり消えてなくなっていました。
そこからしばらく時間が経って、秘境で最後の挑戦が終わりました。旅人はすでに疲れてへとへとでした。報酬をもらおうと手で汗を拭いながら大樹に向かって歩いている時に、悲劇は起こりました。後ろから親友の声が聞こえて、何か落としたぞ、と言いました。振り返った時には、親友が床に落ちていた性欲濃縮樹脂に触れるところでした。咄嗟にストップと言う暇もなく、親友はそれを触ってしまいました。その瞬間、性欲濃縮樹脂はピンク色の光に変わって、親友の体に吸い込まれるように消えていきました。どうしようと思って、旅人はさっきまでの疲れが吹き飛んで、親友の元へ走りました。
「…よし、このくらいでいいだろ」
続きのページをあまり見ないようにしてガイアは顔を上げた。目をカッピラいたままの蛍と目が合った。目を逸らして立ち上がる。
「じゃあ俺はこれで」
「続きが気になって寝れない」
「おやすみ」
「おやすめない」
蛍が駄々をこね始めた。最後まで読んでとか。このままじゃ明日に支障がでるとか。もう少しで寝れそうだったのにとか…。
絶対そんなことない!とガイアは確信していた。これはガイアを引き止めるための嘘だ。本の内容を知っているくせに続きをせがむし、1日くらい徹夜しても大丈夫なのをガイアは知っているし、ガンギマリの目で寝れそうだったと言われても説得力のせの字も無いし。
そもそも、なんだこの本は。
設定がめちゃくちゃすぎる。性欲濃縮樹脂ってなんだよ。媚薬の説明が意味わからん。感度3000倍って数値がアホすぎる。あと本の中でも口説かないでくれ。あまりにおかしいから読んでいる間ガイアはちょっと笑いそうになっていた。もちろん乾いた笑いである。何せ自分が題材なので。
心の中で色々ツッコんでいたらふつふつと苛立ちが込み上げてきた。蛍だけじゃない、ガイアだって眠りたいのだ。何でもいいから早くこの状況を終わらせなければ…。
「がいあー」
あーもう、わかった分かった。読めばいいんだろ、読めば。いいだろう、やってやろうじゃないか。
「知らないからな」
「うん、ありがとう」
結局またしてもガイアが折れる結果となった。
ちなみに、蛍の「お願い」をガイアが断れたことは一度もない、そしてこれからも。この蛍、妙にガイアの扱いが上手いのだ。常に目が据わってるし、なんか…既に星と深淵を目指した人みたいな感じで。まだ七国制覇してないんだけど。きっと早熟なんだな。
ガイアは分かりやすいため息をついて椅子に座り直し、本を開いた。脳内は後悔と羞恥心でごちゃ混ぜだ。あからさまに不機嫌な態度をとっているが、蛍の前では無意味である。猫にしっぽでぺちぺちされるようなもん。つまり幸福。
そんなこともいざ知らず、この先の起きてほしくない未来を見据えながらガイアは重々しく口を開いた。