典包本　書下ろし分の進捗「いい加減にさ、なんとかしなよ」
　盛大に溜め息を吐きながらそう言う加州清光の前には、漫画的に表現するならば「ズーン」という効果音付きで縦線を背負っている男がいた。
　雑多な物置となっている蔵の片隅で膝を抱えているその男、大典太光世は、加州の呆れ声にも顔を伏せたまま、
「無理だッ！」
　と悲鳴を上げて首を振った。
「も～、またそんなこと言って！　今日こそ大包平さんに話しかけるんじゃなかったの？」
　そう言って大典太を叱咤するのは乱藤四郎で、厳しい言葉とは裏腹に、その顔は楽し気と言っても良い。恐らく乱は今のやり取りを〝少女漫画のヒロインを鼓舞する友人〟というポジションのようだと思っているのだろう。
　加州、乱、そして大典太という組み合わせは、他所では少し珍しいかもしれない。何しろお互いにあまり接点が無い。
　これが加州と乱だけなら、共に洒落者であるとか、交流があるのも分からなくはないが、そこに大典太が加わるとなると一気に謎が深まる。
　実際のところ、加州清光はその名前の通り加賀の刀工であるから、前田家伝来の大典太と無関係ではないのだが、とはいえ本丸に来るまで当刃たちに然したる付き合いはなかったし、今日のように乱を加えた三振りがこうして蔵の中でわいのわいのやっているのは、まったく別の理由からである。
「早くしないと、次の天下五剣(ライバル)が来ちゃうよ⁉」
「そうそう。王子様役どころか、このままじゃクラスメイトのモブその三ぐらいじゃない？」
　乱と加州の言葉に、大典太はますます小さくなる。
　ここに集った三振り――他にもメンバーはいるが、大典太の恋愛相談に乗っていたのは主にこの二振りだ――は、元々は蔵に用事があって通っていたのだ。
　大典太は蔵籠りのために、そして乱と加州は、部屋に置ききれなくなった少女漫画の保管場所として、この蔵にやって来ていた。
　もともと本好きの審神者であったから、使いやすく改装された蔵の中にはソファーなんかもあって、ちょっとした読書スペースが確保されている。
　そこで顔を合わせているうちに、大包平に恋をしているくせに何も行動しようとしない大典太を焚きつけようと、乱と加州は彼に少女漫画を読ませてみた。
　だが、漫画自体は大典太もそれなりに気に入ったようだが、実際に行動するとなるとこれが難しい。
　結果大典太は、「緊張して好きな人に話しかけられず、遠くから見つめる」というヒロインムーヴだけは完璧に熟せるようになってしまった。
　現在の大典太と大包平の距離感は、同じ本丸に所属する刀剣男士というだけのものだ。
　なにしろ、大包平が顕現したときの挨拶周りと、時折り一緒になる手合せでしかまともに話したことがないのだ。正直、加州や乱の方が、よほどたくさん彼と話しているといえよう。
　それというのも、大典太が極度に消極的すぎるのが悪い。審神者がこの場にいたら、「見つめ合うと素直にお喋りできない、ってやつだね」とコメントしただろう。見つめ合うどころか、同じ空間にいるだけで緊張してしまうようだが。
　しかし現実は待ってくれない。
　今は小康状態を保っているが、残る天下五剣である鬼丸国綱や――あの童子切安綱が顕現されるようになれば、大包平の注意はそちらにすべて移ってしまっても不思議ではないだろう。
　だからこそ大典太も奮起して、今日こそは大包平に話しかけてみせる、と加州や乱に言ったわけだが。
「で、無残に散った、と」
「そんなにはっきりと言わないでくれ……」
　大包平は出陣がないときは普段からいろいろな場所に顔を出して当番の手伝いなどをしているようだが、特に最近では意外な器用さを見込まれて厨で重宝されているようだ。