こたつで寝ちゃってる松井を見つけた秋田くんの話 この本丸には全員共用のこたつ部屋がある。寝る前に少し甘いものが食べたくなった秋田藤四郎は、長兄に見つからぬようこっそりと自室を抜け出し、こたつの上に常設されているみかんを取りに来たのだった。もうほとんどの刀が各々自分の部屋に布団を敷き始めている時間帯だ。こたつ部屋は真っ暗かと思いきや、まだ電気がついていた。こんな時間にみかんを食べたことを兄に告げ口しないひとだったらいいなあと思いながら、秋田が部屋に入ると、こたつで寝ている刀が一振り。
もう普通に寝る時間なのに、こんなところで寝ていていいのだろうか。きっと風邪を引くに違いない。このままみかんだけをこっそり持っていけば誰にも見られずに済むのだが、秋田は放っておけなかった。
「松井江さん、起きてください。松井江さん」
「んん……」
少し身じろぎはするが、またすぐに眠ってしまう。
放っておくこともできるが、松井が風邪を引いたらきっと心配する者もいるだろう。
その時真っ先に、秋田の頭に浮かんだのが豊前江だった。秋田はこたつ部屋を出て廊下を駆けていった。
「ここです」
こたつ部屋に戻ってきた秋田は、連れてきた豊前を松井の寝ているこたつまで案内した。
「あーーこりゃあしっかり寝ちまってるな」
「そうなんです」
松井はこたつの上のテーブルに、左頬を乗せて寝ている。
「起こしてみたんですが、なかなか起きてくれなくて。なんとかなりますか?」
「おう。こういうのは慣れてっから、任せとけ」
豊前は羽織っているジャージの腕まくりをしながら松井に近づく。一体どんな手を使って松井を起こすのだろう。腕まくりするくらいだから力任せに行くのだろうか。秋田は固唾を飲んで見守る。
「こういう時はな……」
豊前は松井の顔に自分の顔を近づけ、そっと唇を合わせた。
「ええええっ!?」
見てはいけないものを見てしまった!秋田が思わず自分の目を手で覆うよりも早く、豊前の唇は離れた。一瞬の出来事だ。疾くて見えない者もいるだろうが、秋田はこの本丸の中では最高レベルの極短刀なので見えてしまった。
秋田は恐る恐る、自分の目を覆った手の指の間を開けて、松井の様子を見た。重かったまぶたと、先程豊前に触れられた唇が、まるで花が咲くようにゆっくりと開いていく。
「……ぶ……ぜん?」
「おはよ」
「おはよ……う?」
松井がパチパチと長い睫毛を瞬かせてから、辺りを見回し、まだ外が暗いことを把握する。
「寝てしまっていたのか……」
「みかん食べてたんだろ?」
「そうだ。これを食べてたらすごく眠くなって……」
「なんかすげー眠くなる成分が入ってたのかもな。毒りんご食べた白雪姫みたいになってたぞ」
そうか。だから王子様のキスで目覚めたんですね。秋田は思わず納得しそうになった。
「こたつじゃなくて、ふとんで寝ような」
まだ眠そうな松井を、豊前が後ろから抱き上げてこたつから引きずり出す。まだ足元が覚束ない松井の足も持ち上げて、いわゆるお姫様抱っこをしたまま、部屋から出ていこうとする。
「知らせてくれてあんがとな。おやすみ、こびとさん」
振り返った豊前に、秋田は「おやすみなさい」と見送った。兄弟をあと六振ここに連れてきていたら七人のこびとになってちょうどよかったのかもしれない。
ふたりの姿が見えなくなった後、秋田は本来ここに来た目的を思い出した。だがもう、こたつの上のみかんの山を食べる気にはならなかった。松井が食べたみかんの皮だけ代わりに捨てる。こたつと部屋の電気を消して、秋田も自室に戻った。