大晦日はきみと!「っん、ぁふ、…ぁ」
「…ンむ、」
どさ、インスタント麺の入ったレジ袋が重力に従って落ちる。買い出しから戻ると、床で睦み合うバカどもと目が合った。家を空けたほんの十数分の間におきた出来事。コートをハンガーにかけることで一度対象から視線を逸らし、現実逃避をはかる。しかし、ぬちぬちとした水音がいやでも耳につく。大きなため息をデカデカと吐き散らかすも、絡む舌が離れることはない。
「きっっっしょ」
「ぁに? 急に。烏もいつもしてんじゃん」
「拗ねてるんだろ、除け者にしてごめんね烏くん」
「呆れてんねんアホ。しっかし、年の瀬やっちゅーのに煩悩まみれやのぉ自分らは」
十二月の半ばに大晦日の予定を尋ねれば、わからないと雑な返答を寄越された。わからないってなんやねん、飯何がいい?に対してなんでもいいって返すタイプかお前ら。よくよく聞くと、家にいるのかも定かではないらしい。年越しそばは要らないと満場一致で決まり、各々が勝手に新年を迎えるはずだった。当然、烏は一人分の用意で新年にのぞむ。
しかし、雪宮と乙夜は三十一日———本日の昼間にふらふらと帰ってきた。てっきり実家か女のとこだと思っていたのに。加えて突然の帰宅では飽き足らず、時計の針が進むに連れ、やっぱそば食べたくね?と喚き出す始末。電気湯沸かし器に水を注いでセットすると、口元の緩みきったバカ1、バカ2から生暖かい視線を寄せられていることに気が付いた。
「こっち見んなや、金とんぞ」
「いくら?」
「いい値で払おう」
「きも」
「自分から言ったくせに」
「恐れ慄いたか」
「振込先知って奴にふっかける冗談やなかったわ、洒落にならん」
「あ、気付けたんだ」
「まじで振り込むやろお前らは」
カチッ、と軽快な音が部屋に鳴る。湯が沸いたのだ。当然のように二人は立ち上がらない。口を開くのも億劫で無言で立ち上がり、カップ麺三つ分に湯を注いで机に置く。
「あんがと。お礼にチューして良い?」
「したらお湯そそぐ」
「追い湯?」
「お前の口に」
「皮べろべろじゃん」
「向こう一か月口きけないようにしたる」
インスタントながら、良い出汁の匂いをさせる湯気に鼻腔をくすぐられ、そこまでなかった食欲を刺激される。
「ちゅーか、食べたいんやったら帰ってくるついでに買ってこいや」
「烏の顔見たらなんか食べたくなったんだもん。ねー? ゆっきー」
「ねー」
「だれが実家を感じさせる顔やって?」
「ぜんっぜんノらなくていい買い出しジャンケンもぉ、煽ったら参加してくれるし?」
「負けてたらキレながら律儀に買いに行ってくれるし」
「烏のそーゆーこと、」
「大好きだよ」
「ほーか、俺はお前らのこういうこと嫌いやで」
「きいた? ゆっきー」
「こういうとこ以外は大好き、ってこと…!?」
「都合のいい脳みそやめぇ!」
*
大きな液晶からは、ハッピーニューイヤーの歓声や文字羅列、時刻は0:00。新年の幕開けだ。
「あけましておめでとう?」
「おめでとう。…な、ユッキー」
「なんだい乙夜くん」
「烏ってば、そば食べてす〜ぐ寝た。赤ちゃんか?」
「ふふ、怒られるよ。……ふふ、でも良いもの見れたな。帰ってきて良かった」
「だな」
「乙夜くん、烏くんの部屋の暖房いれて、ベッド整えてきて」
「ん。おっけー。あ、からす持ち上げるの手伝う?」
「や、たぶんいける」
「そ? ならそっちは頼んだ」
烏が起きていた間は意地でもコタツから動かなかった二人が、嘘みたいに活発に動き出す。烏本体を任された雪宮は、なんとかコタツ布団から烏を引き摺り出すことに成功する。ぬくい温度を失った身体はすかさず身を縮こめたが、あやすような手つきで背をトントンと叩けば烏の両の手は雪宮の背に回される。そのまま腕と足と腰に力を込めて持ち上げると、いよいよ本当に———、
「———赤ちゃんじゃん」
「…………ん」
「はは、返事してるし。……それにしても寝てるのに険しい顔、眉間シワシワだ」
深く刻まれた線に唇を寄せると、ん〜っと一層嫌そうな声が漏れ出る。
「ユッキー、こっちは準備オッケー」
「ありがとう。俺たちもこのまま寝ちゃおっか」
「烏んとこで、だろ? ちゃんと見越してるぜ」
「流石乙夜くん、わかってる〜」
「烏は? 熟睡?」
「みたい。ぜんっぜん起きないや」
「ふーん。……かわいいじゃん、チューしちゃお!」
「あはは! 考えること一緒、俺たち」
「一緒だから大晦日に帰ってきたんだろ〜?」
「それもそっか」