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    sika_blue_L

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    sika_blue_L

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    🏖🐠☀️海の家でバイトする345🏖🐠☀️「なあ、海行かね?」
     
     午前八時と半分近く、駐輪場にて。校舎の方から聞こえてきた予鈴を受けて焦る下級生を他所に、三人は特段耳も貸さずのんびりと肩を並べて歩いていた。
     
    「行かん」
    「右に同じく」 
    「は?ノリ悪」
    「去年も一昨年も断ってんのに懲りんなお前も」
     
     烏、雪宮は怪訝な目を向ける。夏休み前日、三年生の一学期を締めくくる終業式の朝から何を言ってるんだこいつは、と。
     先輩おはよう、遅刻するよー、と言って脇を小走りですり抜けていく後輩の数名に手を振り、見送る。
     
    「乙夜くん、俺たち受験生なの忘れた?」
    「受験生だからこそ…って言ったらどうする」
    「真に受けるかアホがおったら見てみたいわ」
     
     本鈴に間に合わせる歩幅で、進む、進む。二年と少しこの高校に通っている勘から言わせてもらえば、教室に着くのはおそらく教室に滑り込むのと同時だろう。
     
    「ただ海で遊ぼうって魂胆じゃないぜ」

     昇降口をくぐり、内履きに履き替える。人は最早疎らだった。遅刻常連の彼がすり抜けてゆく。どうやら今日は間に合ったらしい。
     
    「時間の限られた俺達受験生にお誂え向きの短期バイト、聞きたくない?」
    「パス」
    「俺も」
     
     取り付く島もない───かと思われた。が、しかし。乙夜の言葉は二人に甘く突き刺さり、鮮明に鼓膜まで響いた。
     
    「時給1200円のところ今回なんと今なら1.3倍」
    「!」
    「ちな、例年より売上良かったらボーナス付き」
    「……ほう?」
     
     ピタリ、思わず足を止めてしまう。
     
    「3日間、交通費全支給、タダ宿付き!」

     乙夜は、これでもかとばかりに畳み掛ける。受験生の前に、我々は学生の身分である。金欠に喘ぐ月は少なくない。学生ゆえ金策の手段だって限られている。効率的且つ、短期決戦。なんて魅力的なんだ。輝いて見える。朝だって言うのに思考は既に給与の計算を始めていた。
     
    「話を…聞こうじゃないか」
     
     なんて、仰々しいやりとりをしている最中、本鈴が校舎中に響く。三人は慌てて廊下を駆けた。教室では、音が途切れる前だからセーフだとごねる姿があった。
     
     *
     
    「ほい、そば二、フランク三な。まいど〜。次の方ドーゾ」

    「──そこの兄ちゃん姉ちゃん、ラブラブなのはよぉ〜分かった、でもな? 列からはみ出さんといて」

    「百円足らん? …坊主、オカンかオトンと来てん? ほな今のうち食いもん準備しといたるから、───。」
     
     金に釣られたことを後悔するほどに修羅場と、極めつけは日陰だというのに茹だるような気温。楽しそうな客を横目に烏の顔からは徐々に生気が削げていった。
     
    「や〜、ホントに助かったよ! やっぱり持つべきものは影汰くんだな〜! 即戦力のお友達まで連れてきちゃうんだもの」
    「そーゆーのいいんで、手動かしてもろていいですか」
    「ごめんごめん」
     
     中肉中背のシュッとしたおっさん…乙夜の遠い親戚が切り盛りする海の家に、烏、乙夜、雪宮はピンチアルバイターとして雇用された。採用条件は元気・我が強い。以上。無事にそれらを満たした三人は夏休みの某日、親には勉強合宿を銘打って地元から遠く離れた海沿いへと訪れていた。
     
     何故人員不足を起こしたのか尋ねてみると、雇ったアルバイトがこぞってこの3日間にバツ印を付けたんだとか。何とか数人は確保出来たものの、近年の盛況具合を鑑みると人手が足りないのは明らかだった。今からまともに求人を出したんじゃ間に合わないと、親戚の乙夜を頼ったらしい。
     
     見渡す限りの人、人、ひと、ヒト。ここからでは波打ち際が見えない程の人だかりだ。
     
     一面が肌色と鮮やかな布を纏った人らでミッチリ。それはもう楽しそうに浜辺を闊歩している。見上げれば燦々と降り注ぐ日光は、ダイレクトに肌を焦がした。
      
     ふと、レジから出るレシートの両端がピンク色になっていることに気がつく。開店時は新品だった。交換の手順を確認するべくすぐ近くの厨房に顔を出すと、店長から休憩を言い渡される。時計を見ると開店からだいぶ経っていた。昼食どきは過ぎたとて、成された列が無くなる訳では無いのが現実だ。要らないと返すも、ピークは過ぎたからと、無理やり焼きそばやたこ焼きを持たされレジの前から退かされる。
     
    「…あれ、烏くんも休憩?」
     
     海の家の裏、簡易的なテーブルは従業員の憩いの場らしいが、今は烏と今しがたやってきた雪宮の二人だけだ。そんな彼は店内…というには簡素な、イートインスペースのホール業務を担当していた。
     
     レジ、ホール、客引き。俺達に任されたのはこの三つのポジション。適材適所に割り振るも、店長が「彼、ホール大丈夫?優しそうな子だけど」と心配して居たっけ。心配が続いたのもほんの数分のことだったけれど。海とアルコールで開放的になった客をいなす姿に感心していた。そいつ、三人の中でも随一の我の強さですよ、とは言わないでおく。
     
     烏の横をすり抜けて向かいに座ろうとする雪宮の後ろ姿をみて、思わず吹き出す。
     
    「っふ、」
    「なに?」
    「それ、まだ背中に付けてたん?」
    「貼った本人が笑わないでよ、恥ずかしかったんだけど?」
     
     海の家の従業員である証の制服…とはいっても、軽い素材のシャツ、それを纏った雪宮の背には、紙が貼り付けてある。デカデカと『ナンパ・連絡先交換禁止』、そう書き込まれた紙が。
     
    「彼女さん厳しいんですかぁ? って何度聞かれたことか」

     誰が彼女だ。タスクをひとつ減らすための策を講じたアイデアマンだと褒められる覚えこそあれど、責められる謂れは全くない。
     
     おおよそ女同士で来たであろう人らから、何度雪宮の連絡先や彼女の有無を聞かれたことか。正直態度の悪い客よりも辟易した。
     
     貼り紙を施行してからというもの、効果絶大。確実に回転率はあがった。しばらくすると自分宛のナンパもちらほら見つけられたため、全部が全部雪宮のせいでは無かったのかもしれない。それを教訓とし、店の前にも貼っておいた。店長に許可はとっていない。

    「だからちゃんと言っておいたよ。連絡先はそこでレジしてるお兄さんに怒られるからダメ、って」
    「積極的に誤解産みにいくな」

     各々が店長持たされた飯にありつく。忙殺されて気付かなかったが、案外腹は減っていたようで。口へ運ぶ手は止まらない。
     
    「乙夜くん、」
     
     雪宮の視線をあげるので、その先に居るのかと思い、振り返るも、そこに乙夜の姿はなかった。
     
    「────見かけないね、って言おうとしたのに。せっかちだな烏くんは」

     雪宮の揶揄うような口調に、こみかみにひくつきを覚えた。彼が頬張っていたたこ焼きの、最後のひとつを奪取することで腹の虫をおさめる。
     
    「ごちそうさん」
    「ごちそうさまでした〜」
     
     ゴミをまとめあげ、袋にいれる。
     
    「さっきの続きなんだけど、」
    「?」
    「乙夜くんどこ居るか知ってる?」
    「…あいつの事や、サボってほっつき歩いてるんとちゃうん」
    「休憩はまだっぽいけど」
     
     忙しい中でも従業員の稼働状況を把握するためバックヤードには名前入りのボードがある。ボードの端に貼ってある磁石を移動させれば、休憩に入った人。空欄ならばまだの人。乙夜の欄は、ぽっかり空白のままだった。
     
    「ナンパに精出して干からびてたら寝覚めわるなるわ」
    「探しに行く?」
    「……しゃーない、回収に行ってやるか」

    烏と雪宮は立ち上がり、人だかりの方を目指す。

    「うんうん。そーゆーことにしといてあげる」
    「ユッキー、それ貼ったままなん? 恥ずかしくて隣り歩きたないわ」
    「結構気に入ってきたからいいの」
     
     浜辺を歩くと、視線が刺さる、刺さる。サンダルと足裏のスキマの砂に足を取られ、進んでいる気がしない。ふと、通りがかりに声をかけられる。この貼り紙を見て尚、声をかける猛者っぷりに慄くも、女性らの手にはウチで扱ってるかき氷のカップが握られていた。
     
    「さっきウチで買うてくれたやろ」
    「えっ、覚えててくれたんですか!?」

     はい、ともいいえ、とも返さず、会話を都合の良い方へ転がす。
     
    「同じシャツ着た軟派男知らん? こんくらいの背の」
    「……あ、もしかして緑のメッシュのお兄さん?」
    「それ」
    「私達、あのお兄さんに教えて貰ってお店行ったんですよ〜」

     しっかり客引きの仕事はしていたらしい。しかし、それも小一時間は前の出来事。現在の行方は分からないままだ。
     
    「あれ、烏? ユッキーまで居るじゃん」
     
     背後からする探していた声に、反射で振り返る。サボりか?とか、ナンパの調子はどうだ?とか。そんな言葉を掛けようとしていたと思う。
    けれど、視界に入った乙夜手に繋がれた、年端もいかない少女を認識した途端、烏の口は勝手に動いていた。
     
    「節操なしが……」
    「迷子だバカ烏」

     迷子の少女を然るべき所へお送り届け、バイバイをする。あの短時間で仲良くなったらしい。母親に引き摺られる少女は今生の別れのような形相だった。
     
     店に戻ると、店長とバイト仲間が思い詰めた顔で励んでいる。その背中がなんとも言えない哀愁を感じさせた。
     
    「こんな混んでんなら客引きいらなくね?」
    「かもな」
     
     店仕舞いまで、まだ少しある。持ち場に戻ろうとすると、乙夜が中まで着いてこようとした。
     
    「しゃーない、俺も厨房インすっか」
    「アホ抜かすな」
    「乙夜くん……法を犯すつもり?」
    「え、怒られる理由思い当たらないんだけど」
    「お前は休憩や」
    「六時間以上の労働は休憩必須だから、これ常識ね」
     
     クーラーボックスの中から、適当にペットボトルを見繕って投げて渡す。雪宮はいつの間にやらくすねてきた食べ物をてんこ盛り乙夜に持たせた。
     
    「……どーも」
    「なんて?」
    「〜〜〜聞き返すとか趣味悪!」
    「やめなよ烏くん、大人気ない」
    「同い年の間で使う仲裁文句かそれ」
     
     椅子に座らせ、大人しく割り箸を割った乙夜を見届け、烏と雪宮は店の裏を後にする。
     
    「乙夜くん、明日は俺とホールしようよ」
    「そんならもう一枚紙準備しといたるわ」
    「紙? 何それ」
    「お前の場合、ナンパ禁止よりかナンパ注意、やな」
    「何の話かわかんねーけど…喧嘩なら買うぜ」

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