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    sika_blue_L

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    sika_blue_L

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    幼なじみ345で5だけ♀。三十歳になってフリーだったら結婚しようって言わせたかっただけなのにこんなに膨らんだ

    十二年後の君たちへ 初めて彼氏が出来たのは、高校一年の夏だった。
     
     蝉の鳴き声が一層喧しい夏休み前の放課後、呼び出されたのは日陰になっている校舎裏。噂で聞いた話だが、どうやらそこは定番スポットというやつらしい。
     
     こんなことを言いたくはないが、正直なところまた?というのが感想だ。目立つ容姿をしているのは自覚している。
     
     肩甲骨まであるゆるくウェーブのかかった髪、甘い印象の垂れた目じり、形の良い桜色の唇。あまりいい思い出はないが発育もそれなり。生まれた瞬間から、今まで片時も途切れることなく可愛い可愛いと他者から愛でられて生きてきた。
     
     雪宮剣優は可愛い。かなり可愛い。これは嫌味でもなんでもない。事実そのもの。
     
     これまでに、容姿をめぐった人間関係のトラブルは色々あった。一悶着どころの話ではない。特に思春期が花開く中学時代。地獄をくぐり抜けてきた、と言っても過言でない。仲の良かった友人から、好きな人を取った、信じてたのに! なんて難癖を付けられたのも一度や二度のことではない。箱を開けたら、日直で話したことがある男子生徒が私のことを好きだと友人に打ち明けた、ただそれだけのことだった。私に非はないと訴えるも、ティーンの恋は盲目。彼女とは縁が切れ、卒業するまで不快な居心地の悪さを覚える羽目になった。
     
     だから、高校ではそれなりの立ち振る舞いをするよう心掛けた。男を勘違いをさせない距離間、同性と浅く付き合う処世術。
     
     ひとりは苦じゃなかった。家に帰れば、同じマンションに住まう気心の知れた幼馴染みもいる、寂しいなんて微塵も感じない。
     
     しかし、男という生き物は、何故か目が合っただとか、一目惚れだとか宣っては、雪宮を彼女にしたがる。こっちはひとり気ままに過ごす予定だったのにお構い無しに。
     
     いつか、内緒話にしてはやけに大きな声で上級生が言っていた。私のことを彼女に出来たら自慢になる、と。
     
     そりゃなるだろうよ。こんなに可愛い彼女がいたらさ。
     
     でも、それって、私のことが好きなわけじゃないじゃん。可愛い彼女がいる自分に酔いたいだけ。そんな自分勝手な思想に付き合う道理、私にはない。
     
     嫌なことを思い出してしまい、気分は底まで落ちてた。十六時だっていうのに日はまだ高い。
     
     今回の呼び出しも憂鬱だ。早く帰って、シャワー浴びたい。着替えたら、幼なじみの家に押し掛けて、マ〇パして…今日こそはクッパ〇面相で私が無双するんだ。
     
     所定の場所にたどり着くと、私を呼び出した彼は居た。ソワソワとせわしない様子で立っていた。緑のネクタイ…どうやら相手は同級生、でも見覚えはないから、多分、違うクラスの子。
     
     私を視界に入れるなり、本当に来てくれた、と。彼から思わず、といったような独り言が漏れた。そんなふうに見られてたんだと、私は思わず苦笑いする。
     
     お高くとまって見えたらのなら、反省しなければいけない。あまり角のたつ態度は改めなければ。
     
     彼は名前とクラス、それから部活を名乗ったあと、緊張で震えた声で言った。ひと目見たときから好きでした、と。使い古された告白をしてきた。
     
     目は合わない。視線はあっちこっちさまよっていて忙しない。一歩距離を縮めて顔を覗き込むと、彼はギョッと驚いて一歩、二歩と後退った。ただでさえ赤い顔をさらに紅潮させる。
     
     好き? 私と話したこともないのに? なんて意地悪な返しをしそうになる。けれど、既のところでやめた。一向に視線はかち合わないが、彼の熱っぽい瞳には涙の膜が張っていて、何だか問い詰めるのは酷な気がした。
     
     そういえば。恋多き方の幼馴染みが言ったいたことを思い出す。
     
     「ユッキーは難しく考えすぎ、アガるかどうかで決めちゃえよ。好きは理屈じゃね〜から」
     
     その言葉を反芻しながら、目の前の男子生徒に向き直る。
     
     きっと気温のせいだけでない、熱を帯びた瞳、声、頬。軽薄さは欠片も伺えない。真剣な顔…。同い年の女子にこんなに緊張する?普通。…彼は、少し真面目すぎるのかもしれない。
     
     誰かの彼女になってしまう前に、伝えておきたかった。彼は続けてそんなことを言う。自分が後悔しないため、付き合わせてごめんなさい、とも。
     
     後悔するほどの恋? …私に?
     
     いじらしい、そんなにまっすぐひとを好きになれるなんて。彼の思い描く恋は、彼の感性は…とても素敵だ。自分の理屈的な感性とか違うピュアさ、眩しさを覚えた。
     
     悪いことなんてひとつもしていないのに、叱られることを怯える子どもみたいに彼はきつく拳を握っている。
     
     今、彼にキスしたらどうなるんだろ。そんな悪戯心が芽生えた。…ううん、口から心臓を吐いて死んでしまいそうだ。やめておこう。
     
     こんなに悪い気のしない告白はいつぶりだろう。おおよそ、彼の視線の先にあるのは、雪宮を彼女として連れ歩く彼自身では無いと、思えた。応じても、いいのかもしれないと、思ってしまった。
     
     その時、私はふと疑問を抱く。あれ、告白にイエスで返す時ってどうするんだっけ。なんだかこちらまで緊張してきた。
     
     呼吸を整えて、彼をまっすぐ見据える。それからよろしくね、と。控えめに首を縦に振った。
     
     すると彼は一瞬そうですよね…と、諦観のモーションに入ったが、一拍おいたのち、「いいんですか!?」と声を張り上げた。あまりの喜びように、静かにして!と叱責する。すみません、と謝る彼は、ついに瞳に蓄えていた雫を頬に伝わせた。
     
     これが高校生活、最初で最後の彼氏との馴れ初め。第一印象は、感受性豊かなひと。三年過ごしても、あまり印象に変動はなかった。
     
     手始めに、同級生なのだからと敬語をやめさせた。苗字でなく名前で呼ぶように強要した。彼は控えめに微笑んで、恥ずかしそうに名前を呼んでくれた。
     
     それからデートをして、手を繋いで。時が経てば、キスだってした。奥手な彼ゆえに漕ぎ着けるまでに時間は掛かったが。宝物に触れるようにする彼の手のひらは、好ましい。私は愛されてることをさらに実感した。
     
     それ以上のことも、した。ここまでの行為を許せたことに、自分自身も驚いた。けれど、三年生になる頃には、雪宮自身の気持ちも追いついていて。周りにどう思われていたかなんて知らないけど、相思相愛の、順調な彼氏彼女になれたと思う。
     
     私からふいにキスをすれば、頬を染める。いつまで経っても初々しい彼を、雪宮はちゃんと、愛していた。
     
     時は流れ、桜の予感を感じさせる三月。別れを象徴する式典…卒業式は、体育館で執り行われる。
     
     式を終えて外に出ると、在校生に囲まれて別れを惜しむ姿、同級生同士で固まり写真を撮る姿。校庭は、最後の学校生活を思い思いに過ごす生徒たちで溢れていた。
     
     喧騒の合間を縫って進む、恋人の姿を探して。すると、ブレザーのポケットに入れていたスマホが鳴る。両親からの連絡かと思ったが、検討は外れたようだ。

     『校舎裏で待ってる』
     
     簡潔で、好ましい文章。思わず頬が緩むのが分かる。隣を歩いていた友人に、彼氏から?と問われてしまう。途端に恥ずかしくなってしまってはぐらかす。彼女は、二人ってとってもお似合いだよね、そう言って私のことを送り出してくれた。
     
     *
     
    「よお、生きとるか」
    「生きてるように見えるの?これが」
     
     息を切らして駆け込む空き教室。壁に背中を預けると、全く同じことを考えていた幼馴染みと目が合った。
     
     しー、と人差し指を立てて口元に持ってくる仕草と、制服をひん剥かれた彼の姿は酷くチグハグだ。追い剥ぎにあったと見間違るほど、乙夜の制服の前が空いていた。
     
     廊下からは甲高い声が複数、…追っ手の気配を感じる。俺は、つとめて小声で話しかけた。
     
    「シャツのボタンまでいかれてるやん、おもろ」
    「アンピンもってない? 流石にこれじゃ電車は乗れね〜」
     
     卒業式だというのに、級友との別れを惜しむ間もなく、覚悟の決まった女の子に囲まれた。一年、二年、同級生。それはもう幅広い層の女子に。
     
     第二ボタンください、そんな甘酸っぱい光景は、去年も一昨年も目にした。微笑ましいな、と。呑気な感想を抱いた自身をぶん殴ってやりたい。当事者になると、ここまで苛烈なのかと思い知った。
     
     泣き落とし、強奪、エトセトラ。気がつけば学ランのボタンは消えていた。ひとつ残らず、だ。
     
     もうボタンがないと伝えても、すごい剣幕で詰め寄られ、思わず背を見せて逃げ出した。背中の傷は剣士の恥?知るか。命が惜しいに決まってるだろ。
     
     今日で最後だからって好き勝手する女子らに恐怖を感じる。式で緩んだ涙腺を締めざるを得ない。
     
     女好きの幼馴染みも流石に堪えたのか、床に座り込んで大きなため息をついていた。
     
    「しばらく潜伏しよ。じきにおさまるっしょ」
    「せやな。…なあ、今日の卒業祝い、お前ん家やっけ」
    「えー、烏ん家でしょ。一番片付いてるし」
     
     俺と乙夜は所謂幼馴染みだ。今夜も付き合いの長い顔ぶれで卒業祝いのパーティをする手筈になっている。
     
     親同士仲が良くて、幼稚園に通う前からの付き合い。同じマンションに住まうゆえに、遊び相手といえば決まってこいつだった。コイツらとの付き合いも、もう二十年近くになるのかと思うと感慨深さすら覚える。
     
     幼なじみといえば、正確にはもう一人いる。彼女とは中高違う学校に通っていて、今この場にはいない。
     
     ふと、進学校に通う幼なじみに思いを馳せる。彼女も彼女でこーゆー目に遭ってるのだろうか。いいや、彼氏持ちは無縁の被害なのかもしれない。
     
     小学生の頃、俺は三人で居るのが当たり前だと思っていた。いつまでも一緒、そんな幻想は目と鼻の先で砕かれることとなった。
     
     彼女が中学受験をしたと聞いたときは、驚いた。それも試験を受けてから知らされて、言葉を失った。俺は、あの日のことをよく覚えている。
     
     合格発表の日、俺達も祝いの席に呼ばれた。かわいい制服でしょ、と。彼女は、パンフレットと合格通知を持って、嬉しそうに通う学校のことを教えてくれた。
     
     終始穏やかな雰囲気だった。だというのに帰り際、玄関先にて。君たちと離れると思うと清々する、彼女は爽やかに言い放ったのだ。
     
     当時、とうとう俺たちに愛想を尽かしたのかとショックを受けた。娘に拒絶される親心のような感覚が駆け巡る。姉に邪険にされる父に優しくしてやろう、俺は固く心に誓うのだった。
     
     しかし、彼女は私立中学進学後も我が家に訪ねてきた。何事も無かったように、平然と、乙夜と俺のするゲームに加わってきたのだ。思い違いをしていたのはどうやら俺の方らしい。
     
     杞憂だったついでにワケを聞くと、答えはなんとも淡々と返ってきた。「君たちモテるからさ、女の子が嫉妬するの。離れたらそーゆーこともなくなるでしょ」と。
     
     女子というのはませている生き物だとは知っていたが、それが彼女に迷惑を掛けているとは夢にも思わなかった。
     
     気づけなくて、ごめん。今更かもしれないが、乙夜と一緒に謝る。すると彼女はこう言った。
     
     「別に二人は悪いことしてないでしょ。でも、そうだな。悪いと思うなら…これから先、私のことを仲間はずれにしないでね」
     
     なんとも可愛らしい、ガキの要望だった。大人びてゆく容姿とは裏腹に、根底はまだまだ子どものまま。ランドセルを玄関先に置いて、三人で公園まで駆けたあの日のままなのだと思った。
     高校に進学して間もなく、彼氏が出来たとサラッと申告してきたときも、大して彼女の態度が変わることはなかった。彼氏との惚気けを聞かされることはあっても、幼馴染みとしての付き合いは途切れなかった。かく言う俺も、不思議と顔も知らないコイツの彼氏相手に思うところもなくて。気付けば高校生活は三年間を終えていたのだった。
     春からは、俺と乙夜と彼女は同じ大学に進学する。別に示し合わせたわけじゃない。将来のことを考えたら、偶然…ってだけのこと。彼氏とは遠距離になるんだよね、とボヤいていたのは、年明け前くらいのこと。
     
    「……何か校庭の方騒がしくない?」
    「こっちの捜索、あきらめたんとちゃう」
    「どっちかっつ〜と。…ヤローの声?」
     
     空き教室に潜伏して、どのくらい経っただろう。乙夜の呼びかけで意識が引き戻された。うたた寝してたのか、俺。
     
    「父兄に美人な姉ちゃんでもいたか?」
     
     そんな軽口を叩くと、乙夜は鵜呑みにしたのか嬉々として窓の方へ駆け寄った。膝立ちで、窓から少しだけ顔を覗かせる。慎重に外の様子を伺っているようだ。一貫してブレない姿勢に感心する。
     
     確かに廊下を走る足音よりも、ざわざわと湧く男らの声が目立つ。
     
    「いたか、美人」
     
     半笑いで問うと、乙夜は自分達が隠れていたことを忘れたのか、すくっと立ち上がった。
     
    「っばか、何しとる…!」
     
     思わず立ち上がってしまうほどの美人でも居たのか。隠れてるのがバレる、と一喝しようとしたところ、乙夜は慌てた様子で廊下の方へ向かい───そして、部屋から出るため扉に手をかける。
     
    「烏、外見なよ」
    「は?」
    「ユッキーいる」
    「居るわけないやろ。あほか」
    「居るって。校門のとこ。…うっわ、ヤローが話し掛けてる」
     
     幼馴染み彼女だって、今日が卒業式なのだ。来るわけが無い。そもそも、この三年間、彼女がうちの高校に足を運んだことは、ない。
     
     お互いの高校は、マンションから真反対の方向に位置している。

     朝、通学する彼女が向かうのは一番線のホーム。俺と乙夜が駆け込むのは階段を登って向こうにある二番線のホームだ。

     帰りが遅くなった彼女のことを俺たちが迎えに行くことがあっても、その逆は───、
     
    「烏も見てみ」
     
     俺が見間違えるわけないじゃん、そう零して、彼は空き教室をあとにした。
     
     烏が窓から校庭を望む頃には、乙夜の姿は昇降口のあたりだった。ボタンがないまま走るものだから、向かってくる風で靡き、制服の前はガン開きである。
     
    「……ほんまに居る」
     
     窓の外、立ち尽くす幼馴染みが見えた。
     
     卒業式やろ、何しに来たん。彼氏はどうした、なんで下向いとる。
     頭が良くて、要領も、見た目もいい。ちょっと気の短いところが愛嬌を感じさせる、付き合いの長い、幼馴染みの片割れ。
     
     遠目でも見て取れる。これ、多分泣いとる。いつから泣いていて、誰に泣かされたのか。
     
     ふつふつと立ち込める怒りの矛先は半々だ。彼女を泣かせたやつと、泣くほどしんどいクセに連絡のひとつも寄越さずに会いに来る彼女本人。
     
     廊下は走るなよ、形だけの注意をする教師の声は、最後まで聞き取れなかった。
     
     
     *
     
     
    「彼氏くんと別れたぁ!?」
     
     思わず、デカい声が出る。あの正統派イケメンの彼氏くんと?なんで?
     
     困惑ばかりが湧いてくる。俺は、何度か彼と話したことがあった。
     
     ユッキーから彼氏が出来たと報告を受けた夏のこと。遊んでくれなくなるの、嫌だな〜と思い至って、ちょっかいをかけに行ったのがファーストコンタクト。
     
     結果として、邪魔する気も失せるほど相思相愛って感じだったじゃん。何で、どうして。
     
    「なんでだろうね」
     
     彼女は曖昧に笑う。さっきまで泣いてたくせに。俺たちの焦る顔を見るなり、何が面白いのかけたけたと爆笑し始めたのだ。
     
     烏が追いついてすぐ、俺たちは雪宮を連れて帰路に着いた。人目の集まる校門前、駆け寄ってきた男が二人と、他校の女子が一人。
     
     なんだ、修羅場か?と周囲からはやし立てられ、見世物になった気分だった。
     
     先程からSNSの通知もやまない。込み入った事情に首を突っ込みたがる友人らを無視して、彼女に向き直る。
     
    「オカンら、道混んでて遅なるらしいわ」
     
     母親たちは卒業祝いパーティ用のオードブルを取りに行っている最中。家には俺たち三人しかいない。
     
    「二人はさ、嫉妬ってしたことある?」
    「彼女に?」
    「うん」
    「される事が多かった…かも?」
    「することは、…なかったの?」
    「それは、もう、…多少はあったけど」
     
     彼女は、恋バナでもするみたいに足をパタつかせる。すっかり調子を取り戻したユッキーは、胸についたコサージュを外し、ブレザーを脱いで適当に放る。長い髪を纏め、高く、それでいて雑に括った。
     
    「じゃあさ、」
    「おー」
    「嫉妬しない子は、変だと思う?」
     
     探るような物言いに、何となく形がハッキリとしてきた。彼女を曇らせている要因が。
     
    「…嫉妬しないから、変だって言われたの?」
    「質問を質問で返すの、きらいだな」
     
     解決を急いたところ、棘が返ってきた。思わず両手をあげて降参のポーズを取る。すると、黙って聞いていた烏が助け舟を出してくれた。
     
    「変なことあるか。…そやな、例えば、ユッキーの好意が中火くらいとして、アイツの好意が手に負えんくらいの業火と過程する。…どや、この好意が噛み合うと思うか」
    「……なる、ほど?」
     
     好きにも色々ある。ベクトルとか、質量とか。例えば、俺がユッキーに抱く好きは、烏に抱く好きと寸分違わない。二人のことが等しく好きだ。
     
     タラレバの話をすればキリがないが、俺がユッキー相手に身を焦がすような恋をする可能性は、ないのだ。
     
     だって、この好きは絶対的に揺るがない、過ごしてきた月日がお互いに抱いている好意を裏付けているから。それは烏相手にも言えること。俺たち三人の間には、劇的な恋が起こり得ない。
     
    「彼氏くんが──、」
    「元、ね」
    「失敬。…元彼が勝手に嫉妬の炎に焼かれたってだけでさ、…ユッキーは悪いとこひとつもないじゃん。そんなに落ち込むことじゃないよ」
    「違うよ。イヤだったのは、自分自身。だってさ、私、別れ話されても……そっか、ってなっちゃってさ」
     
     泣き腫らした顔で校門前に立ちつくしていたものだから、てっきり振られたショックで顔を濡らしているのだとばかり。彼女の話を解いていくと、涙の理由は自己嫌悪だと言う。
     
    「嫉妬をしてくれない、俺の事好きじゃないでしょ、自分ばっかり妬くのは辛いから別れようって。そう言われてさ、私、」
    「……。」
    「ぜんっぜん何とも思わなかった。自分勝手なひとだなとさえ思えて…。分かったって言ったら、今度は引き止めもしないって」
    「…ユッキー、」
    「そう言われたら急に、自分が薄情に思えて────、」
    「うちまで来たと」
    「……ごめん、二人には二人の高校生活があったのに、私、最後の最後でめちゃくちゃにしちゃった…」
     
     本当は、家に帰るため電車に乗ったのだと言う。しかし、電車の中で押し寄せた不安が弾けて、わけも分からず二人の通う高校まで押しかけた。
     
    「別に、迷惑とも思っとらんで」
    「帰る口実くれて、むしろ助かったくらい。あんがとユッキー」
    「…甘いなぁ、君たち」
    「自惚れんな」
    「な?自意識過剰だぜ」
    「うそだ、絶対私のこと甘やかしてるね」
     
     烏は、ユッキーの鼻をギュッと掴んだ。
     
    「…いひゃい、」
    「そ? ならこれはどう」
     
     俺は、続けて彼女の唇を手のひらで隙間なく覆った。
     
    「〜〜!!!」
    「はは、アホ面」
     
     ユッキーは、見た目より少し幼い部分がある。目の前の疑問に対してなんで?どうして?が尽きないところとか、恋愛観とか。彼女の思い描く好きは、きっとこの世で最もピュアな好きだ。その人さえ居れば、周りのことなんてどうでも良くて。恋が二人の間だけで完結する。だから、外野なんてどうでも良くて。嫉妬という感情に、疎いのかもしれない。
     
    「温度感が同じひとに出会わないとこれから先ずっと別れなきゃいけないのかな。恋、ムズすぎでしょ」
    「それを繰り返して、自分と同じ温度感のひと探すんが恋とちゃうん」
    「もしくは、同じ温度になるまで待つのが…愛?」
    「きしょ、さぶいぼたったわ」
    「言ってること大差ねーだろ、殺すぞ」
     
     烏との言い合いに熱が入る。すると、彼女は何が可笑しいのか、声を出して笑い、肩を揺らした。

    「二人見てたら、お腹空いてきた」
      
     程なくして、両親たちが帰ってきた。おおよそ三家族で食べ切れる量ではない食べ物を携えて。卒業式であったこと、これから進学する大学の話、先程までとは打って変わって当たり障りのない話題が続く。
     
     オードブルが半分ほど減ったあたりで、両親らは姿を消した。同じフロアにある雪宮邸で酒盛り!とのこと。既に何本か空いている空き缶を横目に、快く送り出した。
     
     美味しいご飯を胃におさめてすっかり元気な彼女は、元カレとの思い出を整理するかのように語ってくれた。
     
     ちゃんと好きだったよ、ちゅーもしたし、それ以上だって出来たよ。彼女は元彼への好意を証明したいのか、要らないことまで教えてくれる。おそらく、彼女にとっては、どこまで許せるかが恋だったのかもしれない。
     
    「乙夜くんはよく彼女変わるよね」
    「え、俺刺す流れなの?」
    「それに比べて烏くんは女っ気ない…」
    「こっちまで刺してくんなや」
     
     雑魚寝をしていたら、眠気が舞い込んできて、そのまま寝る運びになった。烏の部屋に入り浸るのは、初めてではない。数えきれないほどここで遊んで、時には寝起きしたこともある。
     
     時計の針の進む微かな耳に届く。個人的には賑やかな方がアガる。けれど、これほどまでに心地のいい静寂を、俺は知らない。
     
    「…お前は薄情やないで、」
     
     烏が口を開く。気にしいな彼女の性分をよく分かっている。
     
    「励ましてくれるの?優しいところあるじゃん」
    「いつから一緒に居ると思ってん、薄情ならとっくに縁切れとるわ」
    「言えてる」
     
     彼女を真ん中に横たわらせ、烏と俺で端と端を陣取る。川の字を作るように寝転ぶのは、さすがに小学生以来だ。そういえば、俺たち、あんまり思春期特有の、男女の気まずさってなかったな。…まあ、妥当か、と納得してしまう自分も居る。
     
     きっと、明日には背中が痛いと文句を言いつつ、朝ごはんの調達にかかって居るだろう。
     
    「しゃーないことと思って、忘れてまえ」
    「しょうがない? 本当に?」
    「世の常やろ。出会いと別れなんて」
    「烏、たまにはいい事言うじゃん」
    「たまに、は余計じゃボケ」

     寝支度は済ませた。適当にシャワーを浴びて、ユッキーと一緒に烏のクローゼットから適当に寝巻きを拝借して、あとは眠るだけ。
     
    「ね、二人とも」
    「なに、まだ話し足りないの」
    「はよ寝ぇ」
    「私とエッチできる?」
    「ぶっ」
     
     正直、校門でユッキーが泣いてるのを見た時よりも、脳には衝撃が走った。眠気飛んだな。何を言い出すんだこの子は。
     
    「ヤケを起こすな、寝ろ」
    「別に自暴自棄じゃないよ? …今日ね、本当は彼氏…元彼の家寄って、エッチする気満々だったんだ」
    「そんで?」
    「行き場のない勝負下着、可哀想だと思わない?」

     結構可哀想だと思う。乙夜は素直に口にすると、烏から拳が飛んできた。
     
    「セフレになれなんて言わないよ。今晩だけでいい」
    「セフレとかあんま聞きたないで幼馴染みの口から」
    「烏くんがイヤならいいよ。乙夜くんとする」
     
     なんか矛先こっち向いてるな。まずい。乗り気な発言をしておいてアレだが、俺は可愛い下着が日の目を見ないのは可哀想的なニュアンスで言ったつもりだった。俺がまごついた態度をとっていると、段々とユッキーの顔が曇ってゆく。表情とは裏腹に、行動は大胆だった。
     
    「…今更女として見れない?」
     
     十二分に魅力的な女の子が、臍の下あたりの際どい部分に乗り上げ、跨っている。
     
     自身の可愛さを熟知した仕草で小首を傾げては、そんなことを言う。年頃の男子高校生には刺激が強いだろ、とどこか他人事のように思った。
     
     でも、不思議と下半身にカッと血が上ることはなくて。全くと言ったら嘘になるが。
     
     自分でも驚くほど、心は凪いでいた。多分、しようと思ったら出来る。勃たないことはない。けど、
     
    「なんか、今のユッキー抱いたらさ…一生、俺たち幼なじみに戻れない気が、する」
     
     罠な気がするんだよな。と、俺の下半身センサーが言う。この勘は結構あたるのだ、大学生の元カノから渡されたスキンに小さい穴が開けられていた時も作動したから間違いない。
     
    「大方、コトに及んだらそれを理由に今度は俺たちのこと避けるつもりやろ」
    「…うっそ、なんでバレるの」
    「ハニトラ下手くそ女、無理すんな」
    「くっそ〜!」
     
     ユッキーは大の字で寝転んで、悔しがる。
     
     君たち、優し過ぎるよ。私のお守りなんて、早く辞めた方がいいに決まってる。彼女は、訳の分からない動機を並べ始めた。
     
     覚えのある響きだ。どこかで…ああ、小学生の頃か。
     
     階段の踊り場で、女子が寄ってたかってユッキーのことを悪く言う場面に出くわしたことがある。聞き耳を立て漠然と様子を伺っていると、ユッキーに非があるとは思えなくて。俺は、いても立っても居られず輪の中に飛び込んだ。
     
     ひとりの女の子が、雪宮さんのお守り大変じゃない?と俺に問うた。
     
     俺はイマイチピンとこなくて、丁寧に訂正してやる。どっちかっつーと世話焼かれてんの、俺たちなんだよね、と。すると、女の子たちは居心地悪そうに散っていった。
     
     古くて、かなり気持ちの良くない記憶が綻び、紐解かれる。
     
     ユッキーは気にしてないと言いつつ根に持つタイプだ。だとは思っていたけど、結構、根深いのかもしれない。
     
    「私が男だったら良かったのに。そしたら、一生三人でバカやってられたと思う」
    「そんな変わらん」
    「絶対そっちの方が良かったよ〜」
    「ねえユッキー、烏」
    「ん?」
     
     ユッキーからは覇気のない返事。いよいよ微睡んできたのか、とろんとした眼は、今にもくっついてしまいそうだ。
     
    「三十歳なって独身だったら、結婚しよーよ、俺たち」
    「…私のこと抱けないくせによく言うねえ?」
    「抱けないじゃなくて抱かない、な。間違えんなし。時が来たら吝かじゃないね」
    「えー、ほんとかな」
    「つーか、烏はなに他人事で寝たフリしてんの」
    「幼馴染み同士の色恋、気まずいねん。目ぇ瞑っといてやる、さっさと済ませろ」
    「勘違いすんな。俺は烏にも言ってんだけど」
    「は?」
    「気の長いプロポーズ、二人宛て」
     
     ユッキーは、飛び起きて目を輝かせる。
     
    「それってさ、もし私だけが結婚したらどうなるの?」
    「俺と烏が付き合うに決まってんじゃん」
    「なにそれ、めちゃくちゃ見たいっ」
    「コーフンすな、座れ」
    「乙夜くん、乙夜くんっ、烏くんも抱けるってこと…!?」
    「抱くし、抱かれることも吝かじゃないね」
     
     ユッキーは何が琴線に触れたのか知らないが、きゃー、と黄色い声をあげる。
     
    「なんなんそのテンション感」
    「大好きなひとと大好きなひとが付き合ったら、そりゃ嬉しいでしょ」

     好きなものの話をしている女の子はとびきり可愛い。この笑顔が見たかった。

    「乙夜くんも、私と烏くんが仲良かったら嬉しいでしょ?」
    「そりゃあね」

     屈託のない、飾らない姿に、ざわざわとつい先程まで落ち着かなかった胸の辺りが、穏やかに鼓動を打ち始める。

     約束ね、ユッキーはそう言って俺と烏の小指を絡めとった。今から十二年後、楽しみだねと可憐に笑っていた。
     
    「ね。明日、出かけよーよ」
    「起きれんくて一日潰すのが関の山やな」
    「起こして、烏朝得意でしょ」
    「何するの?」
    「鈍行で行ける所まで。…卒業旅行、的な」
    「なにそれ、めちゃくちゃ楽しそう!」

     十八歳の俺たちからすれば十二年後の未来の自分自身なんて、全然実感が湧かなくて、他人ごとも同然だ。つまり、未来の自分……他人に丸投げである。じゃあ、なんでそんなことを言ったのかって?そんなの、俺のエゴに決まってる。
     
     俺は不確かな未来を騙っては、この幼馴染みとの関係の終わりを先延ばしにする。今日も、明日も、三人でいることにしがみつく。
     
    「烏くんこっち向いて、」
    「寝かせろ」
    「やだ」
    「っおい、」
    「──。…んふふ、嫌そうな顔」
    「何楽しそうなことしてんの」
    「乙夜くんはなぁんにも言わなくてもこっち向いてくれる。えらいね」
     
     暗がりで表情はよく分からない、顔が近づいてきて、可愛らしいリップ音がした。

     確かなのは唇ど真ん中の柔らかい感触。まさか真正面を射抜かれると思っていなかった。思考する時間を与えずに、隙の無い犯行だ。
     
    「乙夜くんも烏くんにちゅーしてから寝なよ」
    「……ご期待に沿いましょうかねぇ、」

     フェアの精神に則って、俺はユッキーを跨いで烏の元へ。抵抗する烏をユッキーと二人がかりで抑えて、めちゃくちゃにキスをした。烏は、それはもう嫌そうな面持ちを浮かべている。
     
    「あ、烏くんってば、私にキスされた時と同じ顔してる」
     
     俺もだよ。今の顔、多分ユッキーにチューされた時と、そんな変わんない。
     
     そしておそらく、それは彼女にも当てはまる。俺にキスするのも、烏にキスするのも、彼女にとっては、右足から踏み出すか、左足から踏み出すか。その程度のこと、些細なこと。




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