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    sika_blue_L

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    未来捏造ifのcrykです。億光年ぶりにらぶらぶ書いた

    ベッドの上での戯言は聞きません! 目を覚ますと、ぽっかりと胸に大きな穴の空いた感覚がした。本来の半分も機能しない思考を巡らせて少々経ち、ふと気がつく。腕の中が空っぽだ。大の男が二人、並んで寝転んでも余裕のある寝具の上にひとりぼっち。
     
     おかしいな、大事に大事に仕舞い込んだはずの可愛い恋人は何処へ。右、左。もう一度右を向く。…いない。さて、どうしたものか。
     
     そういえば、恋人になる以前から俺の手からすり抜けていくのが上手だったな、キミは。
     
     青い監獄でのプレーを経て、プロの舞台で活躍するキミを、俺は近くで見ることは叶わなかった。お互いがお互いの場所で一番を目指していたときは、液晶越しのキミばかり見ていたね。よくもまあ満足できていたものだよ。本物を前にしたら、もう液晶越しでなんて満足できないもの。
     
     時が経って現役を退いた俺は、君を口説き落とすことばかりに力を入れていた。メディアでは完全英雄ことクリス・プリンスのセカンドキャリアは指導者?会社経営?タレント!?なんて憶測が出回っていたが、全部ハズレ。答えはしばらくは最愛な人を口説くのに専念します、だ。
     
     世間で俺の行方を騒ぎ立てる一方で、堂々と正面から会いにきた俺に、君は大層驚いていたっけ。何をそんなに驚いているのかはよく分からなかったけど。
     
     何をしにきたと問われると、答えはひとつしかない。君を口説きにと返した。正直に伝えると、キミは途端に俺の正気を疑い、呆れたように肩を落とした。呆れた顔も素敵だったけど、少し傷ついたな。あの時は。
     
     一拍遅れて、本当に来るとは思わないじゃん!と。確かにそう言った。砕けた口調のキミが珍しくてキュンとときめいたのをよく覚えている。交際している今でさえあまり口調は崩してくれないから、あれは特に記憶に焼き付いている。
     
     昔々、青い監獄で過ごしていた頃。俺たちは棟を跨いで身体の関係を持っていた。未来ある子どもに何をしているのだ、と詰られたら返す言葉もない。しかし、抱いて欲しいと言い出したのは彼からだ。ジャパニーズ特有の奥ゆかしさの削げた、明け透けな物言いで「顔と身体が好みです…抱いてくれませんか」と宣ったのだ。
     
     大人としては嗜めるのが正解だ。しかし、正直なところクリス・プリンスとしては大変魅力的な誘惑だった。一目見たときからタイプだな〜とぼんやり思案していたし、対戦を経てからはプレーも相まってより好ましく思っていた。
     
     あわよくば、どうにかなれないものか。そう考えていたところに飛び込んできた彼に、NOと言えるだろうか。答えは否である。
     
     彼は、幼い見た目とは裏腹に蠱惑な雰囲気で俺をベッドに誘った。行為には積極的で、慣れてるな、というのが彼とした初めてでの印象だ。勢い余ってめちゃくちゃにしてしまったけれど、特に後悔などはない。交際遍歴は気になったけれど、野暮なことは聞くまいと、その場では大人の余裕で言葉を飲み込んだ。だってその時、俺たち二人は何者でもなかったから。
     
     新英雄大戦のプログラムが終了し、日本から離れるその日になっても、俺が惜しみなく与えた愛は、彼の心にはまるで響いてないようで。本当に俺の身体目当てだったのか…と少しの悲壮を覚えた。加えて、柄にもなく焦る。どうしよう、身体だけ籠絡するという奇妙な状況を生み出してしまった。まずい、かなりまずい。俺が居なくなったら彼の身体の疼きを鎮めるのは誰だ。彼氏でも作られた日には何をしでかすか分かったもんじゃない。
     
     焦燥の末、咄嗟に口から出た言葉は、何の変哲もない…飾らない愛の言葉だった。気の利いたことも言えずに自己嫌悪に陥るも、彼の反応は意外なものだった。じわじわと頬を朱色に染め、身に覚えがないとばかりに狼狽したのだ。
     
     あれ?おかしいな。行為中に幾度となく伝えてきたつもりが、まともに取り合ってくれていなかったらしい。服着て初めて受け取って貰えた。嬉しくて年甲斐もなくはしゃいだ。
     
     けれど、時間は有限である。ガッツポーズをしたのも束の間のこと。せっかく彼の心が揺れたというのに、数時間後には簡単には会えない距離で、お互いの人生を歩まなければいけない。
     
     だから俺たちはひとつの約束を交わした。脈が少しでもあるのなら、恋人を作らずに待っていて。必ず君の元へ行く。また一から君のことを口説かせてください、と。
     
     ————そうして、いまに至るわけだ。無理やり線と線を交わらせたなんて外野から詰られるが毛ほども痛くない。現役時代、君の所属するチームにツテを作っておいて良かった。指導者兼スポンサーとしてキミのことを四六時中視界の中に入れておける。こんなに幸せなことはないだろう。
     
     *
     
     現在はオフシーズン。休暇に入ってからというもの、愛の巣で過ごすばかりで退屈させてしまっているのだろうか。
     
     昨晩も愛し合ってる最中に「飽きないですか?」なんて意味のわからないことを聞いてきたっけ。動揺のあまり思わず奥をガン突きしてしまったが、そういう意地悪を言う子の口は丁寧に塞いでおかなくてはいけない。長めのキスも見舞ってやった。
     
     気絶するように寝入ったと思っていたが、起きるほどの元気があって安堵する。流石現役選手、回復が早くて大変よろしい。
     
     シーツの、彼が先程まで寝ていたであろう部分撫でると、温さは感じられない。ベッドを離れて少し経つのだと分かる。
     
     自身の身体を起こし、寝室を出る。水回りの方から音はしない。リビングも違う。…あ、ダイニングの方、少し明かりがついてる。壁掛けの時計に視線をやると、時刻は明け方を指していた。
     
    「——はいはい、お土産買ってくから。もう切るよ? ダメじゃないって。もー、酔っ払いの相手疲れる〜」
     
     ダイニングでは、薄暗い灯りに照らされながら寛ぐ恋人…ユッキーの姿があった。耳にはワイヤレスイヤホンがついていて、誰かと話している。こちらにはまだ、気づいていない。
     
    「流石にダルいって。時差何時間あると思ってんの。…うるさ! 分かったって、ちゃんとそれまでには間に合わせるから。烏くん、乙夜くん! 聞いてんの…!?」
     
     ジャパニーズで喋っているユッキーは新鮮だ。こちらでの日常会話はもっぱらイングリッシュ、青い監獄にいた頃はイヤホンのおかげで不自由はなかったから、彼の母国語を学ぶ機会をどうにも見失っている。単語単語で拾える程度のジャパニーズ力の俺には、ユッキーが何をそんなに楽しそうに話しているのか、見当もつかない。でも、何となく。砕けた喋り方をしているんだろうな、というのは、漠然と理解できた。
     
    「…へい、ユッキー」
    「わ!? ッッびっくりした…!」

     思ったよりうまく声が出ない。掠れた声で彼を呼んで後ろから抱きすくめると、肩を揺らしてびくついた。あたたかい、求めていた体温だ。後頭部に鼻を埋めてグリグリと押し付ける。構ってほしいとアピールすると、ユッキーは電話口に二、三言告げてさっさと切電してしまった。
     
    「すみません、起こしちゃいましたか」
    「ユッキーがいないから…、」
    「わざわざ探しに? もう、俺なんて気にしないでいいのに。…早くベッドに戻りましょう」
    「だれ」
    「へ、」
    「相手のひと」
    「旧友ですよ。ほら、いつもの」
    「カラスとオトヤ?」
    「…別に友達が少ないわけじゃないですよ?」
     
     などと言っているが、ユッキーが自ら友人と教えてくれたのは、その二人くらいだ。気心が知れている故の距離感にモヤモヤを覚える。
     
    「たまに縁切りたくなるほど無遠慮で困っちゃいますけど」
     
     またそうやって、電話口の向こうの誰かを雑に扱って。羨ましいったらない。
     
    「…かたい、」
    「そりゃ男の身体ですからね」
    「ううん。キミの身体は最高だよ」
    「そーゆーのは聞いてないです」
    「…ユッキーが、俺に対してかたいって言ってる」
    「え。…そんなこと気にしてるんですか?」
    「そんなことじゃないよ。俺にとっては一、二を争うくらい重要なことさ」
    「えー? わっかんないなぁ」
    「……同い年の彼氏に甘えるみたくして」
    「しょうがない人ですね。…早くベッドに連れてって、クリス?」
     
     ダメだ。彼と過ごしていると自分がどれだけチョロい人間かを思い知らされてしまう。もたげていた機嫌が最高の気分へと変貌を遂げた瞬間である。
     
     仰せのままにベッドまでお連れした。先に横たわらせると彼は、両の腕をひろげてクリスのことを誘う。期待にこたえようと無防備な身体に覆い被さるも、しない!と拒否されてしまった。意図を汲み違えたらしい。
     
    「…ジャパン行きのフライト、キャンセルする気はない?」
    「しませんよ。前々からお伝えしてたと思いますけど、楽しみにしてたので」
    「そうやって俺の知らないところで他の男と会うんだ…?」
    「人聞きの悪い。ブルーロックス達の集まりですよ。第一あなた、全員顔知ってるでしょ」
     
     これから会う相手の顔を知っているだとか、男だとか女だとか。そんなのは一切関係ない。俺のもとから離れていくこと自体が大問題なのだ。
     
    「ユッキー、」
    「どうしました」
    「俺も一緒に行こうかな」
    「…外せない仕事、あるんじゃないんですか」
    「なぜそれを…?!」
    「ついて行くって真っ先に言いそうなのにそうじゃなかったから。…なんとなく?」
    「君っていう人は…こういうことばっかり察しがいいね」
    「? ありがとうございます」

     ああ、憎たらしいと愛おしいが交互に中年のいたいけなハートを苛む。
     
    「チームの…俺のスポンサーなんでしょ? ちゃんとお仕事してきてくださいね」
     
     ベッドの上、向かい合ったまま横になる君は目を伏せながら、意図しているのか定かではないが、甘い声音で俺の鼓膜と脳を溶かす。
     
     たまらなくなって、今度は自らの意思で、彼に覆い被さる。彼を見下ろすと、微睡んでいた瞳が途端に焦りをみせた。
     
    「…けんゆー、いい?」
    「ちょ、やです。なに急にっ」
    「まんまと誘われてしまってね」
    「さ、誘ってないし! あんたの琴線どうなってんの…!」
    「これから一週間も会えないんだ、もう少し触れさせてくれてもいいだろう」
    「もう少しってあんた、さっき散々したくせに…!」
    「散々? 少々の間違いだろう。…俺はかなり譲歩したよ」

     あー、これこれ。自然と口の端が吊り上がる。焦ると拙くて雑になる口調が何よりも心を満たしてくれるのだ。
     
     付き合う前の方が積極的だったけれど、嫌がられるのもそれはそれで趣があって好ましい。その気にさせるまでの過程も楽しめるから。腕の中であやしていると、次第にとろんとした面持ちで、俺だけの剣優が出来上がる。
     
    「まって…っ」
    「なぁに、剣優」
    「…フライトに間に合うように、起こしてください」
    「ん、任せてよ」
    「俺、半日飛行機なんです。その…お手柔らかに、お願いしますね…?」
    「んー…?」
    「こら、キスで誤魔化すな! 人の話聞いてますか…!?」
     
     一字一句聞こえてるさ。怒ってるキミが可愛くてわざとやってる。意志の強い瞳と目が合った。
     
    「あと、ベッドの上での戯言は聞きませんので…! 大事なことは、ちゃんと…太陽の下で聞かせてくださいね」
     
     
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