BREAK TIME カラン、とドアベルが鳴った。
「おじゃましまーす……」
くろーずど、と手書きの札が掲げられたドアをおそるおそるといった様子で開けて入ってくるアルスを視界に捉え、戌亥は目を細めた。
「いらっしゃい、アルス」
まっすぐ戌亥のいるカウンターまでやってきたアルスは、他に客のいない店内を見渡してから戌亥へと戸惑ったように視線を向ける。
「ねえとこちゃん、お店閉めて待ち合わせに使わせてもらっちゃってほんとにいいの?」
「ええのええの、店長の道楽でやってるようなもんなんやから。いつでも気分次第で臨時休業よ」
常連さんもその辺わかってくれてるしな、と戌亥はからからと笑い飛ばした。あっけらかんとした、その全くもってなんでもないような言いようにアルスはほっと息を吐く。
「それで?」と戌亥はアルスに椅子に座るように促しながら言う。
「おれんはまだ掛かりそうなん?」
「うん、そうみたい。あっちは大人数での企画の収録だからねぇ……もう少しっぽかったから邪魔しないように待ってようとも思ったんだけどさ」
珍しく今日はアルスとフレンの二人共にスタジオでの収録案件があった。せっかくだし終わった後にどこか遊びに行こうと約束したはいいものの、自分の用事を早々に終え、他に知ってるライバーも見つけられずに手持ち無沙汰になったアルスを一人で待ちぼうけさせることにフレンは抵抗があったようで。
「先にとこちゃんのお店行って待っててください、って。フレン、とこちゃんに連絡もしてくれたんだよね?」
「ぇん。これからアルスが行くからよろしくお願いしますって来てたわ」
「いや正直ぼくもスタッフさんの視線に晒されながら一人はちょっとアレだったから、こうしてお邪魔させてもらえて助かってるけど……まさか臨時休業してるとか思わないじゃん」
「やって久しぶりにアルスが来てくれるんなら、めいっぱいおもてなししたいやんか」
「ぇええ……」
相変わらず自分に甘いところを遺憾無く存分に見せてくる戌亥にアルスはテレテレと頰を掻いた。いや嬉しいけどさあ、でも流石に臨時休業はやりすぎじゃない?と内心で呟きながら。
「ま、昼のちょい忙しい時間終わって一息つこうと思ってたとこで、元々今日は早上がりの予定やったしで実際ちょうどよかったんよね」
「そうなの?」
「そうよ。それに待ち合わせの時間潰しにこちら最適とライバーの皆さんからは好評やし」
「それはそう」
なにせ事務所兼スタジオから程近い立地。
雰囲気の良い落ち着いた客層の喫茶店で、そこまで混み合ってもいない――特に今なんて貸切だ。さらに給仕係が気心の知れた同僚とくれば自他共に認める人見知りのアルスであっても文句のあろうはずがない。
「なんで気兼ねなくアルスもゆっくりしてな。久しぶりに会えて嬉しいし」
「……うん、ぼくもとこちゃんに会えて嬉しいよ」
「さて、せっかくやしご注文は?」
「えー、どうしよっかなー」
椅子に座り、戌亥から差し出されたメニューを開きながらアルスは悩ましげな声を洩らす。
「……ぼく、コーヒー飲めないからさぁ」
「ああ、そういえばそやったっけ」
「そーなんだよー。喫茶店に来といて申し訳ないっていつも思うんだけどね……」
「別にそんなん気にせんよ。うち、コーヒー以外にもジュースとか色々あるしな」
「うん、ありがと」
頷いてメニューをめくっていくアルスを急かすこともせず、手元にグラスを用意して冷蔵庫を開けながら戌亥は他愛のない話を振る。
「やっぱりコーヒーは苦いのが駄目なん?」
「……苦いのもだし、あと、なんか酸っぱい感じするのもやだ」
眉を八の字にして、唇を尖らせながらのアルスの答えにくふ、と思わず戌亥は喉を鳴らした。ふんわりと目元も緩む。
「かーわいいねぇ、アルス。はい、そんなアルスには戌亥特製クリームソーダです」
とん、という音と共に目の前に置かれた通常よりアイスクリームとチェリーが多めに盛り付けられたそれにアルスは瞳を輝かせた。
「わ、なんでわかったのとこちゃん!」
「そりゃ戌亥はつよつよケルベロスやからね、可愛いアルスのことならなんでもお見通しよ」
得意げに胸を張る戌亥の首元で揺れる二対の髪飾り――バンとケンがまばたきみたいなウィンクをする。
メニューを見ながらあれこれ悩んでるように見えて、アルスの視線が早々一点に釘付けだったのを見逃す戌亥ではないのだ。
「ん〜!」
ゆっくりメロンソーダに溶け出していくアイスをスプーンでひとすくいして頬張り、アルスは声にならない声をあげる。
至福、と言葉にせずとも伝わるアルスのリアクションに戌亥もつられるように笑みを深める。
「おいし?」
「うん!」
「ならよかった。……あたしもなんか飲もかな」
「そうだよ、とこちゃんもぼくと一緒にお茶してよ」
鼻歌まじりにコーヒー豆とカップを取り出して、慣れた様子で準備をしていく戌亥の手元をアルスはじっと見つめる。
「……そんな見てておもろいもんでもないやろ?」
「ううん、そんなことないよ」
ケトルでお湯を沸かす間に戌亥は手際よく豆を挽いていく。新たに漂い始めた香ばしい匂いを胸いっぱいに吸い込んで、アルスはうっとりと呟いた。
「コーヒー飲めなくってもとこちゃんが淹れてるの見るの、好きだもん」
「……なんや、照れるな」
「だってカッコいいし。なんか、こうやって見てるとぼくも飲めるようになりたいって思うんだけどさ」
「ぇん」
「……ぼくたちみんな、揃ってコーヒー飲めなかったから。だからずっとこのままでもいいかなって思ったりもするんだよね」
ストローをマドラーがわりにして残り少なくなってきたた中身を掻き回しながら、どこか遠くを見つめるような眼差しでアルスがぽつりと呟いた。
ぼくたち――アルスを含めて青色で繋がった三人に思い至り、戌亥は「……そう」と小さく頷いた。アルスにとってその二人はどれほど大きく大切な存在だろう。
例えば自分にとってのリゼとアンジュなのだと思えば、戌亥は安易に口を出す気にはなれなかった。
束の間、会話が途切れる。
溶けた氷が崩れる音。
セットしたペーパーフィルターにお湯を注ぐ音。
お互いの立てる物音だけが微かに響く、やわらかな沈黙の中で。
「――あんなあ、アルス」と、手を止めないまま戌亥は独り言のように話し始めた。
「少し前までな、戌亥もコーヒー飲めなくなってたんよ」
「え、そうなの?」
「ぇん。まかないでずっと飲んでたら飽きてしもたんよな。豆の種類とかブレンドとか、色んな組み合わせもほとんど試しきったしもう別に飲まんでええかなって思っとったんよ」
はじめは確かにあったはずの微かな味わいの違いに対する喜びも、次はこうしてみようという探求心も、やがて何十回、何百回、何千回と繰り返し尽くして何も感じなくなってしまったことに気づいてしまった時、戌亥はもう自分のために淹れる理由を見失ってしまった。
「……けどほんまに久しぶりに、仕事としてじゃなくて人に淹れて一緒に飲む機会があってさ」
懐かしむように目を細め、戌亥は言葉を継いでいく。
「そしたらその子らがめっちゃ美味しいって喜んでくれて――」
未だくっきりと脳裏に残るあの日のこと。
戌亥が淹れたコーヒーを一口飲んだ瞬間、目を丸くして顔を見合わせた二人のことを戌亥はこれから先も何度だって思い出すだろう。
「そんなに?って思いながら自分でも飲んでみたらさ、なんか、不思議とめっちゃ美味しく感じられて」
誰よりも戌亥本人が驚いた。記憶の最後にあるコーヒーは無味無臭と言っていいほど何も感じなかったのに、久しぶりに口にしたそれは香りも味も鮮やかで、耳も尻尾もぶわりと毛羽立ち目の覚めるような気持ちだった。
『――あ、れ。美味いな?』と、思わず心底不思議そうにそう零した戌亥を見てきょとんとした後、笑い出した二人――リゼとアンジュが戌亥にコーヒーの美味しさを思い出させてくれたのだ。
「それからまたちょこちょこ飲むようになったんよな。ひとによってきっかけなんていつどこに転がってるかわからんもんやし」
だから――と、敢えてその先を戌亥は口にしなかった。
黙ったまま戌亥の話に耳を傾けていたアルスは、過たず戌亥の伝えたいことを汲みとった。
「そっかあ……うん、でも、そうだよね」
変わらないもの。
変わってゆくもの。
変わってしまっても変わらないものだってある。
想い出に囚われて立ち尽くすのではなく、大切にしながら、前に進んでいくこと。
「それにやっぱりコーヒー飲めるのってかっこいいもんね。オトナって感じ」
抽出し終えたコーヒーを温めておいたカップに注ぎ、何も入れずにブラックのまま口元に運ぶ戌亥をアルスは憧れと尊敬の眼差しで見つめる。
くすぐったそうにその視線を受け止め、おどけたように戌亥が言う。
「ま、いきなりブラックは難易度高いやろし。まずはミルクと砂糖たっぷりのカフェオレが大人への第一歩ってとこやな」
「……とこちゃん、今度ぼくでも飲めそうなやつ作ってくれる?」
「当たり前やろ、任せとき」
甘えるようにねだるアルスに芝居掛かった仕草で戌亥が請け負い、二人はくすくすと笑い合う。
そうして戌亥特製クリームソーダを綺麗に飲み終える頃。
「おとな、おとなかぁ……」と何かを考え込むように小さく口の中で転がして、はーあ、とアルスが大きな溜息を吐き出した。
「どしたん?」
「……ぼくもとこちゃんみたいにカッコよくて歌が上手かったりリゼ様みたいに人望激アツで頭良かったり、アンジュさんみたいに面白ければ良かったのになぁって」
大人になれたらもうちょっとマシになるのかなって思ってさ――口調こそ冗談めかしてはいたけれど、切実さを滲ませたアルスの言葉に戌亥はそっと首を傾げてみせた。
「歌ならアルスも上手いやろ。こないだのも良かったと思うけどな」
「え、待ってとこちゃん聞いてくれたの!?」
「ぇん、タイトル通り可愛かったで」
にこにこと満面の笑みで頷く戌亥。
「その前のィゼちゃんたちとのやつもハモリめっちゃ綺麗やったし、アルスが頑張ってくれたってィゼちゃんも嬉しそうやったよ」
「え、あ、う、……そ、そっかあ」
予想外の戌亥からの褒め言葉にアルスは上手い返しを思いつけずに落ち着きなく視線を彷徨わせる。
「そんなに照れんでもええやん」
「いやだってまさか知り合いに聞かれてるとか思わなくってぇ……」
今にも泣き出しそうな、蚊の鳴くような声でアルスが言う。その声の響きにただの照れとは違うものを感じ取り、戌亥ははてと首を傾げる。
「それこそおれんにだって聞かれてんちゃうの」
真っ先にめちゃくちゃ褒め倒してそうやのにと何気なく続けた戌亥の言葉にアルスはバツが悪そうに俯いた。
「え、と……その、フレンには」
そこでしばし言い淀んだ後、先ほどよりもさらに小さな声でアルスはぽつりと零した。
「……ぼくの前では聞かないでって、言ってるから」
常人ならば聞き逃してもおかしくないほどか細いそれを、ケルベロスの聴覚は拾いあげた。
ぱち、ぱちと戌亥は瞬きをする。色違いの瞳が当惑に揺れた。
「……アルス?」
それは、どうして――? と、いう純粋な疑問を孕んだ戌亥の呼び掛けに、アルスは観念したように一度瞼を閉じる。
「……フレンってさ、めちゃくちゃ歌とかダンスも上手いじゃない?」
なにせトリニティのメンバーの一人としてフレンはメジャーデビューも果たしているのだ。
金銀銅のポンと称される普段とはかけ離れた、まるで別人のような堂々たるパフォーマンスをステージ上で魅せる姿を何度も見てきた。
それに比べて、昔よりはマシになってはいても未だに歌うことに対し深く根付いた苦手意識が抜けていない自分はどうだとアルスは比べずにいられない。
「だからさ、ぼくの下手くそな歌なんて恥ずかしくて聞かれたくないっていうか……」
「……んん」
ぺしょりと耳を伏せ、何か言いたげにしながら難しい顔で見つめてくる戌亥の先回りをするように、アルスは今まで誰にも零したことのない内心を吐き出して行く。
「わかってるんだよ。気にし過ぎっていうか、ぼくの勝手な劣等感だってことくらいさ」
でも――とアルスは俯いた。
フレンならきっとなんだって心から褒めてくれるとアルス自身、わかってはいる。
けれどその褒め言葉を素直に受け止められない。
自分のダメなところばかりが目について、相手の眩しいところばかりが目を焼いて、確かにある自分の良いところまで霞んで見えなくなっていく悪循環。
今日、少し見学させてもらった収録の様子をアルスは思い返す。
二十人近い出演者の中でも、すらりと姿勢よく立つフレンの姿はよく目立っていてすぐに見つけることが出来た。
輪の中で朗らかに笑うフレンから目が離せなくて、その輝くような存在感を誇らしく思うと同時に――自分なんかが隣に立つのは相応しくないんじゃないか、見劣りしてるんじゃないか、なんて。
誰に言われたわけでもないのにそんな不安が心の片隅をよぎり染み付いて離れない。
そうしていつか、他の誰でもなく――フレン本人にがっかりされて、幻滅されてしまうのがどうしようもなく怖い。
「……ごめんね、とこちゃん。こんなこと話すつもりじゃなかったんだけど」
「んや、そんなんは全然構わへんのやけど」
「なんか、ぼく、こういうのフレンが初めてだから……わかんなくなっちゃってさ」
「アルス……」
「……どうしてぼくなんだろうって、ちょっと、思ったりする」
そう最後に結んで、アルスは黙り込んだ。
手を伸ばし、口を開きかけ、結局戌亥はアルスに触れず言葉も掛けることもしなかった。
戌亥がどんなに代弁しようとしてもダメなのだ。
アルスが向き合って話さなければならない相手は別にいる。
それでもこんなアルスを見て何もせずにいられる戌亥ではなかった。
「――っ」
ぴく、と考え込んでいた戌亥の耳が動く。
店の入り口、ガラス越しに見える外をちらりと一瞥し――戌亥は声を潜めた。
「……アルス、ちょいと耳貸して?」
「う、うん」
怪訝そうにしながらも言われた通りカウンター越しにアルスが身を乗り出すようにして顔を近づけてくるのに、戌亥は内緒話をするように唇を寄せ、
「あんな――」
囁きの続きはけたたましい音と悲鳴じみた叫びにかき消された。
「だめーーーッ!!!!」
ガランバタンドタドタドタッ!!!!
瞬きの間にドアを蹴り開けるような勢いで突進してきた人影――戌亥からアルスを引き剥がすように背後から胸元へと抱き寄せたフレンが、血相を変えて捲し立てる。
「いっ、いくらとこ先輩でもアルスさんはダメですっ!」
「くふ、いきなりご挨拶やなおれん。アルスがびっくりしとるやん」
尋常でないフレンの剣幕にも驚き動じた様子もなく、戌亥は降参するように両手を上げて一歩後ずさる。
「そんな顔せんでもおれんが心配するようなことはなんもしてへんよ」
にこりと笑った戌亥になあ?と同意を求められ、そこでようやくアルスは我に返った。
「フレン、ちょ、くるしいって」
ぺしぺしと未だ自分を離さず力も緩めないフレンの腕をアルスが軽く叩くと、バッとフレンは飛び退くようにして離れる。
「あ、あああすいません! つい……!」
拘束を解かれて振り向いたアルスとフレンは、いまいち現状を把握しきれずにお互いの顔を見やる。
いったい、いま、何を――?
二人、待ち合わせていた場所でようやく会えたというのに狐につままれたような気持ちだった。
パン!と二人の意識を無理やり切り替えるように高らかに狐――もとい、ケルベロスが手を叩く。
「さ! 二人ともこれからお出掛けするんやろ? はよ行かんと日ぃ暮れてまうで」
ニコニコと一見して笑顔なのに、有無を言わさぬ迫力で戌亥が半ば強引にアルスとフレン二人共を追い立てる。
「え、いや、あの、ちょ、と、とこせんぱ」
「とこちゃ、ぼくまだお代も払ってな」
「ええからええから」
問答無用とばかりにぐいぐいと店の入口まで二人の背を押しやりながら、戌亥が世間話のように言う。
「おれん、言いたいこと、言わなきゃあかんことがあると思うならちゃんと話さなあかんで」
赤と黄色、底知れぬ輝きを秘めた瞳が二人を射抜いた。
「……アルスも、な?」
そして二人の返事を待つことをせずに、戌亥は店のドアを閉めた。
「…………」
何が何だかわからないまま戌亥に店を追い出され、気まずさからいつもよりも少しフレンとの距離を空けて、なんとなく人通りの少ない道を並んで歩きながらアルスは考えていた。
店に入ってくるなりフレンが取った行動の意味、その理由。
果たしてフレンの目にはさっきの光景はどう映っていたのか。
――あの時。
店の入口のガラス、その限られた視界から見える――カウンター越しに顔を近づけようとするアルスと戌亥。
試しに脳裏で描いてみれば、まるで――
「――あ」
パズルのピースが嵌るように不可解に思えた戌亥の言動、フレンの言葉、それらが繋がっていく。
カタチになり始めたそれを確かめようとアルスが顔を上げると、フレンもまたアルスを見ていた。
「……さっき、とこ先輩と何話してたんですか」
いつものフレンらしからぬ、どこか拗ねたような眼差しと声色が問いかけてくる。
一瞬だけ考えて、アルスは顔を逸らした。
「んー…ナイショ」
「なっ、えっ……! なんでぇっ!?」
わかりやすく動揺するフレンに、アルスはつい小さく吹き出すように笑う。
――とこちゃんは、わかってたのかな。
店から出る別れ際、自分にだけわかるように次はちゃんと二人一緒においでと意味深に目配せをしてきた戌亥の真意がアルスもようやくわかった気がした。
パチリ、と最後のピースが嵌る。
こんな狼狽したフレンの姿。そしてを先ほどの言動からいやでも思い知らされる。
耳を貸して欲しいと戌亥とアルスが顔を寄せていた光景を、フレンは勘違いしたのだ。
『いくらとこ先輩でもアルスさんはダメです…ッ!』と余裕のない切羽詰まった声で、啖呵を切ったフレン。相手はフレン自身の憧れの対象なのに――そして何より、背後からアルスを抱き留めたフレンの腕の力を思い出して、アルスは頬が熱くなる思いだった。
なんで、ぼくなんだろう――そんなことを勝手に思って卑屈にいじけていたのが馬鹿らしくなるくらいに、フレンはアルスのことを強くまっすぐに想ってくれているのだと、どうしようもなくはっきりと突きつけられた。
「あのね、フレン。とこちゃんも言ってたけど、変なことはなんもしてないかんね?」
「……はい。それは、もちろん信じてますけど」
「えっとね、まあ色々話してたんだけど、……うん、最後はフレンのことだったよ」
「え」
「フレンがさ、ぼくのこと好きなんだなって話」
そう言ってアルスがちら、と反応を窺うように視線だけで横顔を見やれば、フレンはアルスの予想――戸惑うか照れるか――そのどれとも違う反応をした。
「……知らなかったんですか?」
「え?」
今度はアルスが間の抜けた声を洩らす番だった。
「私がどれだけアルスさんのこと、大好きなのか」
「あ、――え、っと……?」
不意打ちをしたつもりが綺麗にカウンターを叩き込まれ、アルスがじわじわと頰を熱くして言葉を探していると、
「いいんです、アルスさんそういうとこあるってちゃんとわかってますから、私」
拗ねたような表情から一転、フレンは覚悟を決めたようにニッと笑ってみせる。
「だから、何度だってちゃんと伝わるように頑張りますので!」
言ってフレンはアルスの手を取った。指を絡めてぎゅっと握る。
「そっか……わかってんのかぁ」
繋がれた手のひらをじっと見つめ、アルスはなんだか泣いてしまいそうだった。
「……ごめんね、ちゃんと知ってたよ」
それなのに、信じきれなかったのは自分の方で。
もしかしなくてもこれから先、何度もさっき戌亥に吐露してしまったような弱気が顔を出すんだろう。
――だけど。
「フーレーン!」
今は、それを振り切るように。
フレンの方から繋がれた掌をアルスからもぎゅっと握り返し、それから――
「あ、アルスさんっ?」
勢いをつけて身体ごと抱きつくように腕を組む。今までにないアルスの積極的な行動に驚き戸惑うフレンの声を聞き流し、
「で、これから何処に連れてってくれんのー?」
「えっと、ちょっと今すぐ考えるんで少しお待ちいただいて! ていうかアルスさんどっか行きたい場所とか食べたいものありますか!?」
「ぼく? ……フレンと一緒ならどこでもいいよ」
そう答えたアルスがフレンを上目遣いで見上げれば、何かを堪えるようにぎゅっと瞼を閉じたフレンが頬を染めて呻く。
「ほんとそういうところですからねアルスさんってば!!」
「え〜? なんだよそれぇ」
いつのまにか出ていた大通り、行き交う人の流れに紛れて。
弾かれたように笑い合い時々少しよろめきながら、あてもなく、それでも楽しそうに腕を組んだ二人が歩いて行く。