2人でソファに並んでぼーっとテレビを観る。こんな穏やかな日常を送ることになるなんて、数ヶ月前の自分に言っても信じないだろうなと蒼影は思った。
大学でつまらない授業を受け、顔も分からない誰かとつまらない会話をし、そそくさと紅丸の、今は2人の住まいに帰ってきたのが1時間ほど前。
長かった冬が終わりの兆しを見せようやく春に差し掛かるという季節なのだが、未だ外の空気は冷たく上着が必要な程度に寒い。暖をとる代わりに風呂に入り、上がったばかりでまだしっとりと濡れている紅丸の髪を片手に弄びながら、蒼影はつまらないテレビを眺めていた。
(何だこの番組…全く面白くない)
蒼影は昔からテレビに興味がなく見るのはニュース番組だけ。バラエティやお笑い等は完全に意味が分からないし理解も出来なかった。それは紅丸も同じようで、2人してこの家で暮らすようになってからテレビをつける理由はただのBGM、場の賑やかしとしてだけだ。恐らく一般人とはものの捉え方や感じ方が違うのだろう。世間一般で人気なもの、面白いものは2人にとって理解が出来ない事が多かった。
「…なぁ紅丸、番組変えていいか…うぉっ」
なので隣に視線を向けた時に、真剣な表情でテレビに夢中になっている紅丸を見て蒼影は少なからず驚いた。改めて視線をテレビに戻す。いま流れている番組は名所の宣伝のようだった。知らない芸能人が「絶景です!」とか言いながら、とある山の見晴台から街を見渡している。
(…まぁ確かに景色は良いと思うが、わざわざ見に行く必要性は感じないな)
絶景だろうが何だろうがたかが山だ、蒼影の心が動かされる事はない。そう言えばこの場所、ここから車で日帰りで行ける場所だな…と気付いた時、紅丸が弾むような笑顔でテレビを指差し蒼影に詰め寄った。
「なぁ、俺ここ行きたい!」
蒼影は言われた意味が分からずに、頭の上に「?」と疑問符を浮かべて数秒固まってしまったのだった。
「行くぞ、紅丸」
「あ、ちょっと待って。忘れ物ないかな…」
「ハンカチ持ったか?ティッシュは?旅のしおり忘れるなよ」
「子供か!元々ねぇだろそんなもん」
紅丸は揶揄ってくる蒼影の腕を軽く小突く。玄関先でふざけ合っているのは、少なからず2人とも気分が高揚してしまっているからだ。日帰りだが初めての2人での小旅行、これはデートと言っても過言ではないだろう。最初は乗り気では無かった蒼影も、紅丸が喜ぶのならとルート検索や諸々の事前チェックまで済ませている始末だ。
家を出てタワーマンションのエントランスを抜け外に出る。(出る時は比較的楽だが、蒼影は未だ3重ロックセキュリティに慣れない)レンタルしておいた車に乗り込み、紅丸がベルトをしたのを確認してから運転席の蒼影が発進させた。
紅丸の急な山行きたい発言から数日後、お互いの予定を合わせてようやく今日外出の目処が立った。勿論目的地は例の山だ。
「それにしても蒼影、お前免許なんか持ってたんだな」
「あったら便利だろ、“色々”と」
「ああ…“色々”な」
助手席に座った紅丸は、車内で食べたいと言って持ってきた菓子の山に早速手を付けている。まだ車を走らせてから1分も経っていないのだが。
「着く前に何処かで飯を食べるんだろう、いいのか菓子なんか食って」
「大丈夫、お菓子と飯は別だから」
理屈は不明だが紅丸の好きにさせておく事にする。嫌いなものはとにかく、紅丸は料理を残さずきちんと食べるのだ。2人で暮らすに当たっての料理担当は蒼影なのだが、紅丸が残した所を見た事がなかった。好き嫌いはあるにはあるが、それを避ければどんな物も食べてくれる。食に興味のない者が作る料理など大して凝った物ではないが、美味いと言って食べてくれる紅丸は作り甲斐のある相手だと蒼影は思っている。
暫く車を走らせながら、他愛のない会話を続ける。人間と交わす会話などずっと面倒だと思っていただけに、会話が途切れず続く楽しさに気付いたのは2人ともごく最近だ。
「そう言えば…なんで出掛けたいなんて発想になったんだ?お前もテレビなんて興味なかっただろ」
「ん〜…なんか分からんが行きたくなった」
「あの山に?確かに景色は良かったとは思うが、それ程だったか?」
「景色と言うか、お前と一緒に行きたい…んだと思う」
「……そうか」
蒼影は何だか擽ったい気分になる。確かに最近、お互いの心情に変化が起きている事には気付いていた。例えば出会う前の彼らの部屋は、殺風景で最低限の必要な家具しか置いていないような有様だった。ところが2人で暮らすようになってから、余計な雑貨が増えるようになったのだ。
「なんか気になる」と言って紅丸が買ってくる青くて丸い謎の雑貨や、「似てる気がする」と思ってつい手を出してしまった、蒼影が買ってきた青と赤の猫の置物など。おかげで紅丸の家のリビングは最近どことなくごちゃごちゃしている。
それが悪い事だとは思わない。2人で過ごすようになって、今まで抱え込んでいたものを分かち合えるようになった。視野が広がったのかもしれない。あるいは周りを見る余裕が出来たのか。何故だか妙に気になる青くて丸い雑貨を見ていると、そう思わざるを得ない。
「…いいんじゃないか、家で渇きを持て余してるより」
「うん、俺もそう思う」
棒状のチョコレート菓子を唇でぷらぷらさせながら紅丸はにこりと笑う。蒼影も少し笑って、差し出された袋から菓子を一本取り出して口に含んだ。
蒼影の運転する車は高速道路に入り速度を上げ進んでいく。そろそろSAが見える頃なので、とりあえずそこで軽く食事を済ます予定だ。
「もう少し行くとサービスエリアがあるから、そこで飯でも食うか」
「うん、…あー、サービスエリアって何?」
「知らん」
子供の頃は人並みに旅行に行った事のある彼らだが、そもそも旅行自体に興味がなく、修学旅行などは頭の悪い同級生達と知らない場所を行動するのが苦痛でしかなかった。故にその時の記憶を綺麗さっぱり抹消してしまい2人は最早旅行初心者、高速道路だってほぼ初体験だった。
「知らんが、一般的には休憩所だな。売店、食堂、トイレなどが設置してあるらしい。良かったな紅丸、菓子の補充ができるぞ」
「…俺そんなにお菓子ばっか食べてるイメージある?」
「あるだろ、あれだけあった量がもう半分まで減っている」
蒼影が視線を寄越した先、大きめの袋ぱんぱんに詰め込んだ菓子の山のほぼ半分が既に空になってゴミと化していた。これで飯も入ると言うのだから、紅丸の胃の許容範囲は未知数である。
もうやめておけと蒼影に釘を刺され少し不貞腐れた紅丸は、サービスエリアに着くや否や物珍しさからすぐに機嫌を直したようだった。
「あ、あそこソフトクリームの看板ある。食べていいか?」
「まだ寒いのによく食べる気になるな…後でな」
そもそもこの季節に氷菓子など売っているのか疑問に思う蒼影だったが、取り敢えず周りをキョロキョロと見回す紅丸を引っ張って施設内へと入っていく。
時間帯のせいか人はまばらで、これなら人間嫌いの2人も落ち着いて食事が出来そうだ。
「えーと注文は…何これ」
「知らん」
メニューの表示されているボードの隣にある券売機に2人は初めて遭遇する。外食はたまにするが、券売機システムが採用されている飲食店は家の周辺にも大学近くにも無かった。
「金を入れて好きな物を選んで…出てきた券を店の人間に渡せばいいみたいだな」
「先払いタイプなのか、ふーん」
「おい、1番最初にデザートを選ぶな」
未知数のシステムだったが、2人は案外すんなりと注文を終え各々好きな物をテーブルに運ぶ。向かい合って席に座り、一応は育ちのいい紅丸は「いただきます」と一言言ってから食事を始める。何となくその一連の動作が好きで、蒼影は紅丸のいただきますを見届けてから食事を始める事にしている。
「ん、案外美味い」
「普通」
「蒼影お前…大して肥えた舌でもないくせに」
「そう言うお前は普段冷凍食品しか食ってないだろ」
「俺料理できないし」
そう言いつつ食べ物を奪おうとする行儀の悪い紅丸の手を、蒼影は軽く叩いて引っ込ませる。
「うわ、ケチ」
「食いたいなら自分で買え」
「お前が食ってるから美味そうに見えるんだって」
「…クソ、お前そう言う所だぞ」
蒼影は紅丸の、こう言う物言いが好きではない。何だかむず痒くなって、紅丸の言うことを何でも聞いてやりたくなるからだ。本人も分かってやっている節があるから始末が悪い。
今回も蒼影は悪態をつきつつも悪戯に笑う紅丸の皿に望む物を乗せてやる。素直に喜ぶ顔を見るとどうしようもなく嬉しくなるのだから、つくづく自分はこの男に弱いのだと思い知らされる。
「やったぁ、じゃあ代わりにコレやる」
「嫌いだから食えないだけだろ」
押し付けられた人参を仕方なく口に運ぶ。更に文句を言ってやろうかと思ったが、たかが食事でこんなにもはしゃぐ紅丸を見ているとその気も失せてしまった。我ながら甘くなったものだなと蒼影は苦笑するしかなかった。
食事を終えて各々買いたい物を買い、再び車に乗り込み目的地へと走らせる。蒼影は前を見つつ横目でチラリと助手席の様子を伺うと、隣に座る紅丸は腕を組んで分かりやすく不機嫌そうにしていた。
「せっかくの可愛い顔が不細工になってるぞ」
「可愛くねーし…なんでアイス売ってないんだよ…」
「当たり前と言えば当たり前だな」
蒼影の予想通りで、まだコートが手放せない気温の日もあるこの季節、アイスなど売っている筈がなかったのだ。紅丸はそれに納得がいっておらず、先ほどから唇を尖らせて文句を言っていた。
甘い物に全力をかけすぎだろとは思うが、放っておくと面倒だと蒼影は知っている。それを見越してか蒼影はポケットに入っていた物を紅丸に差し出した。丸いそれは俗に言うガチャガチャの景品で、不透明の緑のカプセルの中身は外からは何が入っているかは分からない。
「何これ」
訝しみながらもぱこりとカプセルを開けて中身を確認した紅丸は、少し表情を明るくさせた。
「わ、コレあれじゃん、俺が集めてるやつ」
「そうだと思ってお前が菓子に夢中になってる最中に回した。…回しておいて何だが、それは一体何だ?」
「実は俺も知らない」
紅丸はカプセルの中身、半透明の青くて丸い小物を目の前に翳す。それは今人気のゲームの敵キャラで、初期に出てくるモンスターのフィギュアだった。柔らかそうな曲線に青くて半透明な丸い体、目や口はなく前後がよく分からないそれは、紅丸が集めているシリーズのグッズだった。とは言え紅丸は別にそのゲームをプレイしている訳でも、好きと言う訳でも全くない。
「何でだろうなぁ…?なんかこう、青くて丸いものが気になるって言うか、つい手に取っちまうんだよな…」
紅丸は小さいフィギュアの曲線を撫でる。初めてこのフィギュアを見つけた時、何故かは分からないが引き寄せられる様にガチャを回した。紅丸本人もよく分かってないのだが、何だが見てると懐かしいような、愛しい気持ちになるのだ。
「でも可愛いのには変わりないな、蒼影ありがと」
「ふ、それだけじゃないぞ、なんと全種コンプリートだ」
「え?うっわ、マジでコンプしてる…実は蒼影の方がハマってんじゃねぇの…?」
ガサリと差し出された袋には全8種色違いの同種モンスターフィギュアが入っていた。ダブりなし。蒼影は激運の持ち主であった。
食べられなかった氷菓子の事などさっぱり忘れフィギュアに夢中な紅丸は、それを車のダッシュボードに並べてご満悦の様子で眺めていた。
家を出てから数時間、ようやく目的地の登山口近くにある駐車場に到着した2人は、何故か車から降りずに未だ車内にいた。そして2人して難しい顔をして先にある“筈”の山頂を睨んでいた。
「…なぁ、天気予報って確認したんだよな?」
「勿論だ、今日は終日晴れ、雲ひとつない快晴だ」
「だよな、でもさぁ…………霧凄すぎないか?」
2人の視界の先、今から登ろうかという山道が濃い霧に包まれていたのだ。駐車場から少し離れた所にある登山口の門と看板が辛うじて視認できる程の濃霧だった。
2人は顔を見合わせ、そして何かが決壊したように同時に吹き出してしまった。
「あははははは!なんだよ霧って!こんなの何にも見えないじゃないか!」
「くっ…ふふ、言うだろ、山の天気は崩れやすいって」
「何も今日じゃなくても…あははは!」
2人はひとしきり爆笑した後、ゆっくり深呼吸して気持ちを落ち着かせた。そうでなければまた笑い出してしまいそうだったからだ。
「はー…腹痛い」
「悪かったな、こんな日を選んでしまって」
「別に蒼影は悪くないだろ。それに何か、逆にテンション上がってきた。よし行こう」
「登るのか?何も見えないのに?」
「当然。ここまで来たんだから山頂まで行こうぜ」
「そうだな、行くか」
ドアを開けて外に出ると、霧も相まって冷たい風が吹き抜けていく。紅丸がふるりと身体を震わせていると、蒼影が後部座席に置いてあった上着を投げて寄越してきた。軽く礼を言って上着を羽織り、2人で登山口まで歩いていく。
「今はまだ寒いし、登山客も殆どいないな。車もそんなに停まっていない」
「そうだな…でもいいな、今なら悪さしてもバレないし」
クスクス笑う紅丸を横目に、蒼影は周りの様子を伺う。霧で見えないだけではなく、本当に登山客はいないようだ。いるにはいるだろうが、登っている最中に数人とすれ違う程度だろう。ならばと、紅丸のふらふらと揺れている右手に自身の左手をそっと触れ合わせた。
「おっ?」
「ここなら人目を気にする事もないからな」
「…誰か降りてくるかもよ?」
「知った事ではない」
「ふふ、今日の蒼影は大胆だなぁ」
「嫌か?」
「まさか。よし、このまま山頂まで行くぞ!」
触れ合わせるだけだった手をぎゅうと握り締め合って、2人は登山口の門を意気揚々とくぐったのだった。
この山には登山ルートが上級者用、初心者用と2通りある。
上級者ルートとなると険しい山道が続くのだが、今回2人が選んだ初心者ルートは整備された穏やかな傾斜が続くだけの、子供から老人まで登れるような道が続くルートである。
道中は背の高い木は一本も生えておらず、季節の花々が咲き乱れる花畑のようになっていて、春の開花シーズンは眼下に広がる街並みと相まって素晴らしい景色が見れると評判の山だった。
「今はなーんも見えねぇけど」
「そもそも今はシーズンでもないからな」
「別に花とか見たい訳じゃねぇし」
「そうだな、紅丸が花を見たいとか言い出したらどうしようかと思ったが」
「俺だって花を愛でる心くらいはあるぜ?」
「お前は花を愛でると言うよりは、花を千切って蜜でも吸ってる方がお似合いだな」
「そこまで卑しくは…ねぇよ?」
「ちょっとやりそうなのが怖いな」
緩やかとは言え、山道には変わりない。繋いだままの手は坂を登るのに些か不便ではあったが、2人は手を離すことなく歩みを進める。途中数組の登山者とすれ違ったが、どうせ霧で顔も姿も碌に見えていないだろうから気にもしなかった。
そして他人の目を気にする事なく、30分程で山頂まで登りおおせた。山頂には簡素なベンチに見晴台、休憩する為の山小屋などが設置されていた。紅丸は見晴台の手摺りまで行き、景色を眺める。
「ここだよな、例の見晴台からの眺めって。見事に一面真っ白だけど」
「ほら紅丸、これが本来あるべき景色だ」
「わぁ〜凄い花畑〜キレ〜」
蒼影がスマホの画面を紅丸の前にかざす。そこには見晴台から見える景色の写真が写っていた。紅丸は画面の景色と背景の霧ばかりの景色、2つを見比べてまた笑い出してしまう。
「分かったからもういいって!また笑えてくるだろ!」
「おい、あっちに望遠鏡が設置されているから見て来い、小銭やるから」
「見えるか馬鹿!」
紅丸は蒼影の背中を軽く叩く。釣られて蒼影も笑う。ふざけて戯れ合う2人は、どこからどう見ても“普通の人間”のようだった。
「俺さぁ、こんなに笑ったの生まれて初めてだ」
「俺もだ」
「笑えたんだなぁ、俺もお前も」
「そうらしいな」
先の見通せない掠れた景色を眺めながら、紅丸は手摺りに肘をつきぽつりとこぼす。それに続き蒼影も手摺りに手を添えて白一色の景色を眺める。
「今日ここに来れて良かった」
「こんな悪天候なのにか?」
「言ったろ、景色が見たかったんじゃなくて、お前と来たかったんだ。どんな所でも、蒼影がいれば俺はそれでいい」
2人の間をびゅうと冷たい風が吹き抜ける。おまけに霧雨も降ってきて霧もより濃くなり、天気は悪くなる一方だ。それでも紅丸と蒼影は今までの人生の中で1番満たされていた。それは殺人では得られない奇妙な感覚。
「ならばまた来ればいい。ここでなくても、俺はお前となら何処へでも行こう」
「ホントか?地球の裏側まで行きたいって言っても?」
「ああ、お前が望むなら」
2人は見つめ合って微笑む。今この時だけは、物心ついた頃からずっと付き纏っていた渇きを忘れられた。2人はただの人間になれたのだ。
ただそれがほんのひとときの間だけだと言うことも理解していた。渇きは決して満たされない。この世の全ての人間を殺し尽くしたとしても、この衝動はずっと付き纏うのだろう。それを理解しているからこそ、紅丸と蒼影は“今”を楽しむ。やりたい事をやり、己の心のままに行動する。
「…なぁ蒼影。後ろの山小屋、めちゃくちゃ燃えそうじゃないか?」
「気持ちは分かるがやめておけ。雨が降ってすぐ消火されるし、誰が見てるとも限らない」
「分かってるよ、言ってみただけ」
2人はやはり何処で何をしようが、人間の心など知る事のできない怪物なのだ。
その証拠に、スマホが鳴り蒼影は画面を確認するとニタリと笑う。
「誰?」
「次のターゲット。今夜会いたいだと」
「いつもの場所に誘導しておけよ」
「ああ、任せておけ」
「よし、じゃあ帰るか」
「そうだな、霧も先程より濃いし、迷子になるなよ」
「手ェ握ってりゃ大丈夫だろ」
再び手を握り合った2人は、来た道を戻っていく。肩を寄せ合って歩きにくそうに戯れる姿は、本当にただの人間に見えた。
今夜、この世から人間が1人姿を消す事になる。元から存在などしていなかったかのように跡形もなく消えるのだろう。
罪悪感を抱くどころか寧ろ楽しげに語り合う人間の姿をした2匹の鬼は、日常だけでは決して満たす事が出来ない渇きを満たす為に、冷たい霧の中に溶けていった。