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    2023年9月10日(日)に開催する「やさしい嘘は最後まで4」で頒布する、新刊のサンプルです。
    一冊目「藤花の下」R18
    サンプルには成人向けの描写はありません。

    藤花の下「藤花の下」 R18
    A6(文庫サイズ)・278P ・1000円ぐらいの予定
    イベント後、通販(BOOTH)でも販売をします。
    通販での値段は送料が追加される関係で、+200〜400円ほど値段が上がる可能性があります。ご了承ください。

    【あらすじ】
    本編の記憶を思い出した紅鮭団軸の最原くんが、悪夢を見つつも、王馬くんと過ごす一年間の話。少しシリアスめ。
    基本は紅鮭軸の二人の話ですが、本編の二人の話も入ります。ゲーム本編の話には、少しばかり捏造の設定が加わります。


    以下はサンプルです。


    「最初に殺されたのは天海くんだった」
     最原は静かに話し始めた。男にしては少し高く、しかし落ち着いた声色は、王馬の耳を柔らかく揺らしていく。
    「事件現場は図書室。そこには、コロシアイの首謀者のものと思わしき隠し部屋があったんだ」
    「ふぅん、見つけたんだ」
    「うん、本棚の一つが回転式の扉になっていた」
    「さっすが、細かくて目敏い最原ちゃん。若妻をいびる鬼姑かよ。そーいうの見逃さないねー」
    「な、何? そのたとえ……。えぇと、本棚を動かしたような形跡があったし、その本棚の上にだけ本が置いてなかったからね。わかりやすかったんだ」
     最原は説明を続けた。赤松と協力して、首謀者を暴こうとしたこと。モーションセンサー付きの隠しカメラの罠を設置して、首謀者を明らかにしようとしたこと。しかし、事件は起こってしまった。
    「天海くんは隠し扉の近くで死んでいた。死因は撲殺。近くには血のついた砲丸が転がっていた。それが凶器」
    「砲丸? 変な凶器ー」
    「……そう。学級裁判が始まってすぐの頃かな。キミは犯人がわかったと言い出したんだ。隠しカメラの罠を知っていた人間が犯人だ、って言ってね」
     それはカメラを作った入間のことを糾弾するための言葉ではあったけどと付け加えてから、最原は話を続けた。
    「後になってわかったけど、キミの意見は正しかったんだ。それは本当に……隠しカメラの罠をよく知っていた人間の犯行だった」
    「赤松ちゃん?」
    「そう。クロは赤松さんということになった。彼女はおしおきをされることになり……処刑された」
     王馬は口元に手を添えつつ、考える。
     意外だった。一回目の殺人の時には、コロシアイのタイムリミットが設定されたと言っていた。それに焦り、場当たり的な犯行が行われたのかと思ったが、同級生の中でも思慮深い二人が犯人と被害者という関係になり、命を落としたという。
     腑に落ちたこともあった。最原が赤松のことをどう思っていたのかがようやくわかった。ただの好意だけではない、どこか陰のある視線を赤松に向けては、最原は気まずそうにしていた。思慕と後ろめたさ。相反する感情の上に笑顔を貼り付け、赤松と話をする最原を見て、王馬は何か気持ち悪いものを感じていた。
     その気色悪さは、理由がわかった今となっては明白だ。面白くなかったのだ。特別な想いを視線に纏わせて、赤松を見る最原が気に食わなかった。だから王馬は、その視線を遮るようにして最原の目の前に立った。作戦を立ててその通りに実行し、最原が自分のことしか考えられないようにした。その結果、王馬は最原を手に入れた。我ながら、鮮やかな手腕であったと思う。
     王馬は思考を元へと戻す。第一の殺人。それに伴う環境の変化。そうなるにあたって、自分が何をどう思ったかは考えなくても読み取れるから興味はない。ただ、最原はどうだったのだろうと思った。
     泣き虫だから、とても泣いたのだろうなと思った。たくさん泣いて苦しんで、でもそのうちに前を向いて立ち向かおうとしたのだろう。
     そういう最原の魂の根本にある真っ当さみたいなものが、王馬の胸をじりと焦がす。荒々しい衝動が渦巻いては胸をざわつかせる。
     王馬と最原の在り方は、きっと本来は相容れないのだろう。考え方は似ている。目的のために思いつく手段はおそらく同質のものであるはずだ。でも実際にやるかどうかは別だ。そこが違う。でもそれは決定的な差だと王馬は思っていた。
     だからこそ自分は、最原のことをよく観察し始めたはずだ。隠さなくなった瞳で前を見据える最原を、目は知らず追っていたことだろう。わかってしまう。嫌になるぐらいに。そしてそのうちにどんな感情が芽生えていったのかも、手に取るように予想できてしまう。
     ため息をつきたい気持ちになりながらも、王馬は言う。
    「そんでさ、最原ちゃんはどーしたの?」
    「え?」
    「全部話してって言ったけど、知りたいのは最原ちゃんのことだし」
     最原は張り詰めていた表情を少しだけ崩すと、ゆっくりと瞬きをした。揺れる睫毛を見つめながら、王馬は手を伸ばす。頬は冷え切っていて、未だ利ききらない暖房を思うと少しもどかしくなる。
    「僕は……みんなと必ず才囚学園を脱出するって決意した。託されたんだ、赤松さんに。みんなと学園を出て、友達になるんだって」
    「うん」
    「僕は、人の視線が怖くてずっと被っていた帽子を、被らなくなった」
    「ふーん。なんか最原ちゃんって、根暗っぽい帽子とか被ってそうだもんね!」
     最原は泣きそうな顔をして表情を強張らせた後、やっぱり王馬くんは王馬くんだなと、へたくそに笑った。
     その弱くて拙い強情が、王馬を苛立たせる。握る手に力を込めた。温かい方から低い方へと流れ始める体温にほっと安堵してみせるくせに、その後にはちゃんと傷付いた顔をする。いつもみたいに。
     イライラする。何を考えて、何を見ている? 考えようとしても材料が足りない。ならば集めるまでだ。理解ができるまで。
     王馬が触れると、その体温に嬉しそうに目を細めるくせに、すぐに離れていこうとする白い手のひら。王馬に好きだと告げてくるくせに、言ったそばから傷ついたように目を伏せる薄茶色の瞳。抱きしめると弛緩する体が、そのうちに何かを思い出したかのように硬直する。
     王馬のそばに居たがるくせに、最原はいつも逃げて行こうとする。いい加減、腹が立っていた。何を怖がっているのか、何に囚われているのか。暴いてやる。全て。
     ──にしし。
     不快感が込み上げる。
     自分に似た何かが、こちらを見て笑っているような感じがした。

    「最原ちゃんの中のオレは、いつ、どんなふーに死んじゃったの?」
     ぐしゃって音がしたみたいだった。表情を歪ませた最原が王馬を見つめ返す。隈がひどい。毎晩のように悲鳴をあげて起きているのだから、当たり前だ。
    「な、何を……言って」
     形だけを取り繕おうとする最原を見て、王馬は唇に薄い笑みを浮かべた。それは悪手なんじゃないの? 心の中で呟いてから、彼が逃げられないように言葉を言い連ねる。
    「わかるよ、流石にね。最原ちゃんの目がたまにオレを見てないってことも、オレの目を見ながら違う奴を探していることも。でも変なもんでさ、最原ちゃんが探しているのは、オレと全く違う人間のようには思えないんだよね。なんかわかんないけどさ、最原ちゃん。違うオレを見てるんでしょ?」
     震え始める体に、自身の推測の正しさを知る。
    「話して、全部。初めから」
     躊躇う瞳に先手を打った。そういうのはもう一切いらない。曝し尽くすまで、許してやらない。
    「嘘も誤魔化しもいらないよ。虚言でも妄想でも作り話でも、何でも信じて聞いたげる。だから」
     逃げ道なんかも作ってやらない。心を抉り取ってでも、白日の下に曝してやる。本来、これは探偵の仕事だ。しかし仕方ない。その探偵が、隠そうとしているのだから。
    「全部話して。最原ちゃんは、何を考えてんの?」
     王馬の視線が揺るぎないことを知ると、最原は諦めたように目を伏せた。
     そうして、最原は話し始めた。狂ったコロシアイ。狂っていった十六人の高校生。
     最原の胸に巣食う、紫色の悪夢。
     

     ◆ ◆ ◆


    「あれー、最原ちゃんじゃん。何してんの、こんな時間に。ヒトでも殺しに行くの?」
     じゃあ邪魔しちゃいけないねと、明るく言ってくる男に、最原は眉を顰めながら視線を合わせた。苦手だ。そう思いつつも、声をかけられたので無視をするわけにもいかない。
    「……王馬くんこそ、ここで何を? 夜時間だよ?」
    「自分にも返ってくる言葉だってわかってて言うのはよくないなー。質問に質問で返すのもね。それとも、それが探偵の流儀なの? それならオレにもましてやなヤツじゃーん! ……探偵ってのはさ」
     王馬は笑っている。底知れない瞳で最原を見据えながら、貼り付けたような綺麗な笑みを浮かべていた。何となくだが、いつもと違う雰囲気を感じた。最原は王馬を観察する。容姿も表情もいつも通り。違うのは言葉だと思いついた。
     露悪的な言葉ばかり吐く王馬だが、今夜はやけに棘がある気がした。怒っているのかと少し考えるが、おそらく違うように感じられた。もしかしたら、疲れているのかもしれない。ならば最原と一緒だった。
     だからなのだろう。いつもなら通り過ぎていくはずの、トラブルメーカーの座っているベンチに、最原が座ろうと思ったのは。
     藤の花が星の光に照らされて光っていた。同じような色合いを髪と瞳にもつ王馬が、少しだけ虚をつかれたような顔をした。近くなった顔を見ながら、最原は口を開いた。
    「眠れなくて、部屋にいるのも息苦しくて、ここに。王馬くんは?」
     少し肌寒いような気がする。黒い学ランは部屋に置いてきてしまった。シャツだけを着た最原は、同じような白い色を纏った王馬を見つめた。座ったベンチの冷たく硬い感触に眉を顰める。王馬はいつからここにいるのだろう。元々白い肌は、一層白くなっているようにも見えた。
    「……同じようなもんかな、最原ちゃんと。にしし、気が合うね! 運命的なものを感じるよ! いっそ付き合っちゃおっか〜!」
    「王馬くんも眠れなかったの?」
     後半のセリフを丸ごと無視して尋ねると、ぴくりと眉が動いた。本当に不調だなと、最原は思う。彼がするいつもの表情、仕草、行動。全て計算されたように芝居がかっていて、堂々としているその様が、今の王馬からは薄くしか感じられない。
     いくら王馬のような人間であっても、致し方ないことなのかもしれない。もう少しで明け方にもなろうとする深夜の時間。訳のわからない場所に閉じ込められ、コロシアイを強要され、ちょっと前まで一緒に過ごしていた仲間が殺された。そんな非日常に最原達が迷い込んでから、それなりの時間が経っている。
     王馬は常にこの状況を楽しんでいるようだった。つまらなくないとお馴染みの言葉を溢しながら、仲間の気持ちを振り回し、時には傷つけた。
     王馬は少しずつ孤立していっているように見えた。でもそんなことは気にならないらしい。彼の言動は控えめになるどころか、最近ではより激しくなっていくようだった。
     そんな王馬が、夜の藤棚の下で静かに座っている。
     何かが密やかに呼吸を始めた音がして、最原は自分の中の音に耳を澄ます。刺激されているのは探偵としての探究心か。何かがある気がすると、囁く声がする。
    「……どーだと思う? もしかして、何か企んでいるのかも? 夜時間に出歩いて、こんなところで一人で座っているんだよ。限りなく怪しいと思うでしょ、探偵なら」
    「……言葉を返すようだけど」
     普段であれば、最原はこんな言い方はしない。ましてや王馬相手だ。軽々しく挑発するようなことを言うのは、浅はかだと思い知っている。
     でも今は深夜で、ここは外だ。紫の花が吊り下がる藤棚の下に二人はいた。造られたように明るく光る星空の下、お互いの顔が冴え冴えと星明かりに照らされている。
     非日常な毎日の中でもとりわけ別世界に来たかのような、静謐な空間。目の前には探りたくなるような微かな隙を見せた、底知れない存在。最原は暴きたくなった。王馬のことを。
    「それは僕にも返ってくる言葉だよ、王馬くん。そして、質問に質問で返してくるのはマナー違反だって、キミがさっき言ったんだ」
    「……へぇ」
     にやりと口角を上げる王馬の顔が、少しだけ普段の色を纏い始める。黒い瞳をまろく弛ませると、王馬は言った。
    「最原ちゃんはそんな風に喧嘩を売ってくるんだねー。後学のためにも勉強になったよ。数日前まで赤松ちゃんの後ろで俯いてたくせに、なっまいき」
     何となく、ここで赤松の名前を出してくるだろうなと最原は思っていた。考えればわかる。狙うなら弱点だ。未だ血が流れている傷口を撃てば、相手は逆上するか動揺する。ろくに思考ができなくなった人間相手に、王馬が優位をとるのは容易いだろう。そんなやり方に乗ってなんかやらない。
     最原は頭を働かせる。彼が好きそうな話題。関心をもたせるような事項。そして自分の疑問を満たすことのできる、何か。
    「喧嘩を売られても買わないよ。そんなことより、王馬くん。ゲームをしない?」
    「は? ……ゲーム?」
     王馬がついに真顔になった。自分の発言が彼から表情を奪うのは初めてのことで、最原は少しだけ嬉しくなる。
    「この藤の花の下では嘘をついても、本当のことを言ってもいい。相手が言ったことが真実なのか嘘なのか、考えて遊ぶゲームだよ」
    「……何それ、つまんなそう。ていうか、そんなの普通のことじゃん」
    「嘘をよく言うキミにとっては普段通りのことかもね。でも僕にとっては違うよ。僕はキミほど嘘はつかないし」
    「そーかなー? キミの一世一代の大嘘を、この間聞いたよーな気がするけど?」
     学級裁判でのことを言っているらしい。しっかりバレている。歩く嘘発見器のような王馬は、笑みを深めながら最原を見つめてくる。
     近くでよく見ると、王馬の目の下には微かに隈があった。今夜眠れないのは事実なのかもしれないと予想する。
     こんなに近くで王馬の顔を見たことは無くて、少しだけ動揺した。子どもっぽいと思っていた顔は、ひとつひとつの造りがよくできていた。印象的な瞳につい目が行ってしまうが、薄い唇もつんと尖った鼻先も綺麗な形をしていた。意外にも長い睫毛が揺れる。
     最原が王馬を見つめている間に、彼は考えを深めていたようだった。正確に最原の思考を読み取ると、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて言う。
    「最原ちゃんはオレのことが知りたいんだ?」
    「そんなこと……いや……そう、なのかな」
    「うっそ! ここで素直なのかよ! ここは違うって言うとこでしょー」
     変な笑い方をしながら、外見だけはいつも通りの王馬が笑う。
     よっと、と声を出して王馬は立ち上がると、最原に背中を向けた。寄宿舎の方角に向かって歩き始める。声だけが最原のところへ戻ってきた。
    「いーよ、そのよくわかんないゲームをやってあげても。でも、また今度にねー。流石に眠くなってきたからさー」
     そう言うと、軽い足音を響かせながら歩き去っていく。逃げられてしまった。
     少し悔しい気持ちになった最原は、地面に落ちた藤の花びらをじっと見つめる。
     よく彼が言う、ゲームという言葉。彼が好きな嘘。外してしまっただろうか。王馬が食いつきそうな内容だと思ったのだけど。
     黙って反省をしていると、もう一度王馬の声が響いた。
    「最原ちゃん」
    「……なに」
    「そんなとこにいないでさ、早く寝なよ。でないと、誰かに殺されちゃうかもよ?」
     おやすみー、と言葉を続けると、王馬の姿は物陰に消えた。しばらくして、最原もベンチから立ち上がる。何だか、部屋に戻れば眠れるような気になっていた。
     王馬と初めて会話したような気持ちになりながら最原は自室への道のりを辿り始めた。


     ◆ ◆ ◆


     奇妙な恋愛バラエティー番組の収録を終えた最原達は、マイクロバスに乗せられた後、おそらくこの国で一番有名であろう駅で降ろされた。
     お役御免と言わんばかりに、全員を降ろし空っぽになったバスは走り去っていく。その呆気なさと無責任さに、いい加減腹が立ってくる。
     高校生十六人が当然のようにがやがやと騒ぎ始める話題は、モノクマや紅鮭団とかいうテレビ番組関係者への悪口だ。それぐらいは許して欲しい。何せ十日ぶりの自由だ。ようやく訪れた自分の世界への帰還に、最原達は実感し始めていた。終わったのだ、何もかも。
     騒いで愚痴って、笑って。そのうちにすることがなくなってしまった。こういう時に舵取りをするのは百田か、意外なことにも王馬だった。百田は目に見えてわかりやすくリーダーシップを執り、自信をもって自分が正しいと思った意見を押し通していく。
     王馬のそれは、リーダーシップと言ってもいいかもしれないが、最原のもつイメージは少し違っている。傀儡師だ。王馬の放つ言葉、仲間への質問が、みるみるうちにみんなの意見をひとつに集約していく。
     自分達で決めたような実感をもちながらも、流れはいつの間にか王馬が望んでいる方向へと進んでいる。その時には気付けない。後から考えてみるとよくそんな状況に陥っていて、気付いた時に背筋が震えたことを覚えている。
     何故あんな流れになったのかなと思い返してみると、必ずきっかけになった言葉は王馬が発しているのだ。人心を掌握し、読み切り、巧みに操らなくてはこんなことはできない。
     きっとそのことに気付いているのは、最原とそう仕向けている本人だけ。紅鮭団という、未だに意味が理解できない腹立たしい恋愛バラエティー番組を、最原と一緒に卒業すると決めた、超高校級の総統。
     その王馬小吉が、解散する流れになり様々な方向へ歩いていく仲間たちの真ん中で、最原を振り返って大声をあげた。
    「おーい、最原ちゃーん! 行っくよー!」
    「行くって……どこへ」
    「えっ! ひ、ひどいよ、最原ちゃん……! 約束したのにもう忘れちゃったの⁉︎ オレとの約束なんて、最原ちゃんはどうでもいいんだね……。一緒に卒業して欲しいって、藤棚の下で最原ちゃんが涙ながらに頼んできたのは嘘だったの? 王馬くんじゃなきゃダメなんだって潤んだ瞳で見つめてきてくれたのに……。たはー、悪の総統ともあろうオレがやられちゃったなー。これが美人局ってやつ? オレの純情を弄ぶなんてひどいよ! 慰謝料を請求してやるからな!」
    「それは違うよ。美人局っていうのは男女が共謀して行う、恐喝行為や詐欺行為の名称だ。僕らの場合は当てはまらないだろ」
    「そこじゃねーだろーってとこに食い付いてくんじゃん。やっぱり最原ちゃんって、なぁんかズレてんね」
     あーあ、とため息をつく王馬が、ゆっくり此方に近付いてくる。頭の後ろで腕を組みながら、やけに堂々とした仕草で最原を見上げた。
     底知れない黒い瞳は数日前、柔らかな笑みを浮かべて、最原にこう告げた。
     だって、最原ちゃんはオレのこと、これぽっちもわかってないでしょ? 本当のオレのことを、もっと知りたいと思ってくれてるはずでしょ? だったら、ここを出てからも、オレのそばにいるべきだって思うんだよね。
     触れた手のひらの温かさに胸が詰まった。冷たくないことにひどく安心しながら、最原はそれを握り返した。忘れられない感触と温度は、胸の中に沈むようにまだ残っている。
    「オレの隣にいてくれるって言ったのって嘘? 度胸あるね。オレ相手に嘘をつくなんて、高くついちゃうよ?」
     にししと笑う声を響かせながら、強い眼光で見つめてくる黒い双眸を見返す。
    「……何も約束なんかしてない。だから今のは、キミの嘘だ。でも、キミのそばにいるって、僕が手を握ったのは本当だよ。王馬くん」
     僕をどこに連れて行きたいの、と最原は問う。王馬はいつもと少し違う笑い方をした。眉を少し下げて、形の良い唇を緩ませる。その動作にどうしようもないぐらい目を奪われた。それは十日間の間に見たことのない表情だった。
    「オレんち。一緒について来てよ、最原ちゃん」

     正確に言うと三つある拠点兼自宅の一つでーす、と言いながら、王馬はドアを開け放った。生活感のない部屋だった。使われた形跡の少なそうな家具が、ぽつんぽつんと置かれている。
    「ここ、オレの高校にまーまー近いんだよね」
    「ああ、帝都大帝都高校。なんかすごい名前だよね……強そうと言うか」
    「うえ〜、ちゃんと電子生徒手帳読み込んでんの? その上暗記までしてんの〜?」
    「え……みんな読んでないの?」
    「読んでも覚えてないでしょー。ていうかいつまで玄関にいるの。上がったら?」
     そう言いつつ、王馬はリビングらしき部屋に先に向かってしまう。キミのだから覚えていたんだけどなと思いながら、最原は辺りを見渡した。見慣れない部屋と知らない空気に、何だか緊張をしてしまう。
     おじゃましますと言ってついて行った部屋は、小さなパソコンデスクと椅子が壁際に置かれているだけで、他には何もない。テレビやソファーなどといった、人の嗜好や快適さを求める家具がないと、こんなにも心許ない気持ちになるものなのだなと思う。
     その部屋は正確にはリビングダイニングだった。入ってすぐ隣にキッチン。部屋の中には三つのドアがあり、それぞれの部屋へと繋がっていた。普通に考えれば、寝室とトイレ、洗面所兼浴室だろうか。
     一つの部屋に入っていった王馬が、何の話だったっけー、と言いつつ手招きする。後を追う最原に、王馬の説明が続けられる。
    「そうそう、高校に近いって話ねー。そんでさ、部下達が、何かと必要でしょう、つってこの部屋を用意してくれたわけ。他に家があるし、特に必要性が無いからいらないよって言ったんだけど、いやいやいりますよの一点張りで」
    「へぇ、それは一体どうして?」
    「何でだと思う?」
     にやりと王馬が笑った。何だか嫌な予感を感じさせる笑いだった。
     王馬が入って行った部屋は寝室だった。部屋は八畳ほどの大きさで、大きめのダブルベッドが置かれている。ファミリー向けとまではいかないが、二人暮らしの家族が住むことを想定した間取りなのかもしれない。
    「こーいうわけなんだって」
    「……何?」
     ベッドの隣に置かれた白いサイドチェストの、一番上の引き出しを王馬が開けた。自分が立っている角度からは何が入っているか見えず、最原は王馬に近付いた。
     中を見て絶句する。王馬はその表情を見て耐えきれなかったのか、吹き出した。
    「ふはっ! いい顔するじゃん! 最原ちゃん」
    「なっ、なにこれ!」
    「何って、ゴムとローションとその他色々なオトナのオモチャだし。知ってるでしょ? むっつりのくせして知らないふりとかするの止めてよね!」
    「そ、そうじゃなくて! 何でこんな所にあるのって話だよ!」
    「そーいう部屋として使ってくださいね、ってことらしーんだよね」
     思わず口籠もる最原に構うことなく、王馬は続ける。
    「初めて見た時、普通に逆セクハラじゃねーかって爆笑しちゃった! オレ上司なんですけどー、つって!」
     笑って済ませられるところが大物だな、と少しだけ感心した。少しだけだが。
    「部下が言うわけー。いやいや総統、男子高校生の性欲って半端ないですから。ラブホとか行くのも、俺たちが毎回ついて行って警備するわけにもいかないし、防犯上も危ないじゃないですか。だったらこーいうセキュリティばっちりの部屋を一個持っとけば、安心安全ですよ、だって」
    「……」
    「バカで可愛いでしょー、オレの部下達」
     無駄遣いでしかないように思うが、そういった使い方が気軽にできるぐらい、彼らの組織はお金に困ってはいないらしい。このご時世に景気の良いことだと思う。
    「家帰るのめんどい時ぐらいしか使ってなかったけどさ、今日は初めて有効活用できるかも」
     最原は困ってしまっていた。こういったことは初めてだし、疎い。でも王馬がどうして最原をここに連れてきたのか、わからない程鈍感でもなかった。
    「じゃ、早速いただきまーす」
    「うわぁっ!」
     王馬は元気な声で言い放つと、最原の肩を思い切り押した。バランスを崩した先にはベッドがあり、スプリングが利いたマットレスが、いっそ腹が立つほどに優しく最原の体を受け止めた。
     乱れた前髪が目にかかる。見えにくくなった視界の隅で、ベッドに乗り上げてくる王馬が見えた。黒髪が揺れる。無邪気と言ってもいいような、楽しげな笑みを浮かべていた。
    「最原ちゃん、声が色気なーい。もうちょっと可愛くないてよね」
    「なっ、ないて、って! いや、やっ、ちょっと! ちょっと待ってよ王馬くん!」
    「何で?」
     両足の間に膝立ちになり、王馬は最原を見下ろした。孤を描いた唇が、一層深く曲がっていく。
    「な、何で……僕が下なの?」
    「あ……?」
     見つめ合ったまま、しばらくの間時が止まった。静寂を切り裂いたのは、王馬の爆笑する声だった。
    「わはははは! マジで? 最原ちゃん、オレのこと抱くつもりだったの?」
    「あっ、いや、違う! そもそもそんなつもりなかったよ! で、でも……だって! キミより僕の方が体が大きいし!」
    「でも最原ちゃん童貞じゃん! やだよオレ、痛い思いすんの」
    「僕だってそうだよ! 痛い思いなんかしたくないに決まってるだろ!」
    「えぇ〜、ちょっとぐらい我慢してよねー。オレだって、男とやるのなんて初めてなんだからさ」
    「……男とは、初めて?」
    「へ?」
     最原は王馬の顔面をまじまじと見つめた。先程の発言は、つまりは女性とは経験があるということだ。この顔の男が? 最原は混乱する。王馬は可愛らしい顔をしていると思う。黙っていればだが。でも、母親や叔母のことを思うと、確かに女性というものは小さいものや可愛いものが好きかもしれない。
     大きくショックを受ける最原の表情に、王馬は嫌そうに眉を顰めた。
    「何、処女厨なの? あ、童貞厨か」
    「違うよ! 変な言い方しないでよ!」
    「はいは~い。もー、最原ちゃんうるさーい。する気が萎えちゃいそうなんですけど」
     はぁーと大きなため息をついてくるのが腹立たしい。半目になる最原に、王馬はいつもと違う感じに目を細めた。胸が激しく波打つ。何だかとても色気がある表情に見えて、心が落ち着かなくなっていく。
    「最原ちゃんはさ、オレのこと、天国に行けるぐらい気持ちよくしてくれんの? それならいーよ、オレが下でも」
     勝ち気な表情で言われた言葉に、最原はもう黙り込むことしか出来ない。王馬が気持ちよくなるように、抱く? まず字面からして理解ができない。意味が頭に入っていかない。思わず出てきた二文字を、最原は口に出した。
    「……無理」
    「じゃあオレに任せといた方が良くない? オレ器用だし男相手でも多分うまいよ! 知らねーけど!」
    「不安にならないことしか言わないな! キミは! で、でも……そもそも、なんで、こんなこと……」
    「最原ちゃんも男子高校生でしょ〜! わかんないとは言わせないよ」
     つん、と鼻先に王馬の鼻が当たる。こっちを向けと言うみたいに肌の上を滑っていく感触に、目線が誘導されていく。黒い瞳を最原は見てしまった。視線が外せなくなる。動けなくなる。
    「オレさ、自分のものにはちゃんと名前書いとくの。オレのものだって」
     指同士が絡んでいく。シーツの上で波を作りながら、王馬の指が最原の指を縫い付けていく。強い力ではないのに、どうしてか指先一つ動かせない。
     心底困っているし、正直に言えばとても怖くて嫌だと思う。しかし、蹴り飛ばしたり頭突きをしたりしてでも逃げようとしない、自分の体に気が付いてしまった。
     この状況を受け入れようとしている。それを理解すると、羞恥に頰が赤くなっていった。白い肌に熱が灯ると、なかなか消えてはいかない。
    「そうじゃなきゃ、危なくって外を歩かせられないでしょ?」
     小さく笑った吐息が最原の肌に落ちてくる。それすら刺激に変わって、体の中に泡のような快楽が浮かび上がってくる。
    「逃がさないよ、最原ちゃん。オレのものになってくんないと、この部屋から出してあげないかも?」
     信じられないことに、これは王馬の執着の表れのようだった。王馬の執着心が、最原の体をどんどんと重くしていく。動けない。手を振り解けない。目が離せない。どう考えたって、何をどうしたって、無理だった。
     だって、温かいのだ。指先が、手のひらが、生き生きと光を灯した瞳が、最原を捕まえたことに満足するように熱を帯びている。最原だけを見ている。
     逃げられない。──逃げない。
     次の瞬間に最原から仕掛けた口付けは、王馬に少しばかりの動揺をもたらしたようだった。触れるだけのそれは、二人でする初めての行為で、最原にとってはそもそも人生初の経験だった。
     男であるから惜しむような唇ではないと、最原は淡白に思う。しかし初めてを王馬に捧げたことが、心の底から何も惜しくはないと感じた。少しだけ悔しいのは、王馬にとってこれが初めての経験ではないことぐらいだろうか、と胸の片隅で拗ねるように思った。
    「……痛くしないでね」
     最原の言葉に王馬は笑う。それがいつもの貼り付けたような笑顔でなく、何だかとても素朴なものだったので、最原は嬉しくなった。ちゃんと笑える。ちゃんと喜べるのだ、この男だって。
    「いいんだー? 諦め?」
    「僕だって、そこまで酔狂な流され体質じゃないよ。キミだから、僕は今ここで大人しくしているんだ」
    「変なとこで男前~! 怖くないの?」
    「めちゃくちゃ怖いに決まってるだろ。何なら変わってよ」
    「やーだね! 抱かれるより抱く方がオレの好みだもん」
    「……じゃあ、もう仕方ないじゃないか」
     顔を赤らめつつ、最原は縫い付けられた指の拘束を外そうと手を動かした。自由になると王馬の背中に腕を回し、捕まえる。また少し距離が縮まって、近くなった唇が言葉を紡ぐ。
    「じゃあ、ちゃんと天国につれて行ってあげるから、安心してね? 最原ちゃん」
    「……なに、その自信」
    「にしし、総統だもん。どんな時だって、自信ありげに笑うもんなんだよ。オレみたいな立場の奴はさ」
     その通りだと最原は思った。実際、王馬はずっとそうだった。彼は変わらなかった。笑みの下にうまく感情を隠しながら、狂った世界でも堂々と立ち振る舞った。いっそ憎らしく感じるぐらいに、そこには迷いというものがなかった。
     目を閉じる。落ちてきた唇は熱かった。最原と同じように。そのことに安堵しながらも、最原は王馬に全てを委ねていった。







    全体で13万字ぐらいです。よろしくお願いします。
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