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    031kinoko031

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    031kinoko031

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    王最小説です。さいはらくんのお誕生日祝い。
    付き合ってる高校生な二人が、若干いちゃつきつつ、おーまくんの家で甘めな誕生日を過ごす短編です。

    握りしめる 疲れ果てて辿り着いた部屋には、くつろぐ王馬の姿があった。彼の部屋なので当たり前の光景ではあるが、最原は大いに憤った。
     王馬の第一声が、言うに事欠いて「おっせー! のんびりしすぎ! 今日終わっちゃうじゃん」というものだったせいでもあるし、冷房の利いた部屋で彼が優雅にごろごろしていたせいでもある。
     暦の上ではとっくに秋ではあるが、春と秋が異常に短くなってきたこの国において、九月上旬は夏の気候でしかない。一日中歩き回った最原は、暑さと疲労でへとへとだった。
     文句の言葉すら出てこない様子を見て、王馬は嬉しそうに笑う。何を笑ってやがるんだと睨むも、悲しいかな、効果は全くといっていい程になかった。
    「こんなに時間がかかるなんて、どこで手こずっちゃったわけ? やっぱり真宮寺ちゃんのところ? あそこはホラー要素も加えてみたから、他とは違ったテイストで楽しかったでしょー?」
     よく回る口を見ながら、最原は少し驚いていた。こんなに簡単に、自分が黒幕だと白状してくるとは思っていなかったからだ。訝しみつつ、最原は王馬を見つめる。ソファーから下りながら、王馬は余裕の笑みを浮かべた。
     くそ、と心の中で悪態をついた。いつも振り回されるのは自分ばかりだ。いい加減嫌になってくる。
    「なにがホラー要素だよ。めちゃくちゃ本格ホラーだったじゃないか。最後、どこからか女の人の声までしたし。凝り過ぎだよ」
    「は? 女の声? オレ、そんなの仕込んでないんだけど」
    「…………嘘だよね?」
    「ざぁんねん! 嘘じゃないでーす! にしし! お祓いしてもらいに行った方がいーんじゃない?」
    「嘘だろ⁉︎」
     悲鳴と笑い声が響き渡った。私服の王馬がニヤニヤ笑いながら歩いてくる。
    「お憑かれさま案件だね! 百田ちゃんだったら卒倒確定じゃん。でもまぁ、とりあえず、汗だくの最原ちゃんはシャワー浴びてきたらー?」
     そう言って指を差したのは、浴室のドアだった。色々と言いたいことが山積みではあったが、シャワーの誘惑が最原を襲った。
     ぐらぐら揺れる瞳を、王馬の黒い瞳がじっと見つめている。あと数秒で最原が誘惑に負けることも、おそらく計算済みなのだろう。瞳の奥には笑みが浮かんでいた。
     
     
     浴室に入ってすぐ「背中流してあげよっか! 拒否権はないよ!」と、どでかい声で叫んでくる乱入者がいたが、来る気がしていた最原はあまり驚かなかった。そんな自分が少し嫌になる。破天荒な王馬の言動に、少しずつ慣れ始めていた。
     無駄な攻防を繰り広げた結果、今最原は王馬に髪を洗ってもらっている。意味がわからないが、背後にいる人間は終始ご機嫌な様子だった。
    「とりあえず、お約束はやっとかないとだよね!」と元気いっぱいに水をぶっかけてきた時点で、疲れ切った最原は何もかもがどうでも良くなっている。
     服のまま浴室に入ってきた王馬は、濡れるのも気にしないで、最原の髪を洗い始めた。冷水を放ってきた人間とは思えないような、丁寧な手つきだった。その感触は、喉に込み上げた文句を、胸の奥へと押し戻していった。
     王馬はなにがしたいのだろう。意味がわからないのはいつも通りだが、今日は少し度が過ぎているように思えた。
     かゆい所はありませんかぁー、というふざけた質問に適当に答えながら、最原は今日という一日について思い出し始めた。
     始まりは、夢野の依頼だった。探し物を一緒に見つけて欲しいという簡単なもので、実際に対象物は呆気なく見つかった。探せばすぐに見つかるような場所におざなりに置かれていた時点で、怪しいと思うべきだったのかもしれない。
     そこから先は、坂の上を転がり落ちていくようだった。探し物を夢野に渡すと、彼女はキーボが最原を探していたと伝えてきた。キーボに連絡をすると「キーボは預かった」と聞いたことのある声が言い放った。何故か誘拐されたキーボをなんとか見つけ出すと、次は東条が現れて「暗号解読をして欲しい」と紙を手渡してくる。
     そんな具合に、事件を解決するとクラスメイトが現れて、最原を次の事件へと巻き込んでいった。暗号の解読もしたし、何故か部屋に閉じ込められて脱出ゲームのようなこともした。真宮寺が現れたときの事件は、先ほど王馬が言っていたように少しホラーテイストで、彼の口調も相まって妙にヒヤヒヤした時間を過ごした。
     事件は次から次へと続いた。一つ一つの謎を解きながらも、クラスメイト達を裏で操る糸の存在に、最原は気付き始める。
     こんなことを計画し、多くの人間をうまく動かすことができる人間なんて、一人しか思いつかない。
    「……なにがしたかったの?」
    「んー? なにが?」
     最原の髪を泡だらけにして遊んでいる男に声をかける。わかっているくせにと思いつつ、最原は顔を後ろに向けた。目が合うと、黒い瞳がとろりと蕩けていった。
    「みんなを巻き込んで、色んな事件を起こして、なにが目的だったの? 僕を振り回したかったの?」
    「正直、それもあるよねー。だって最原ちゃんって、オレに振り回されてるとき、スッゲーいい顔してくれんだもん。そんな顔、ホイホイしないでよね! 癖になっちゃうじゃん」
     絶句した最原の髪を、強くはないが振り解けないほどにしっかりとした力加減で、白い手のひらが掴んだ。固定され、王馬しか見えなくなる。
    「でもハズレ。それだけじゃないよー。ていうか、考えなくてもわかるようなことなのに、本当に最原ちゃんって、救い難い鈍感だよね!」
     王馬はくすくすと喉を微かに震わせた。その様子を、どこか居心地が悪い気持ちになりながら見つめた。こんな至近距離で彼を見るとき、次にすることは大抵決まっている。
    「謎解きはどうだった? 感想聞かせてよ」
     耳元で聞こえた声は甘く掠れていた。思わず震えた体を揶揄するように耳朶を喰んでから、王馬は最原に当然のように口付けた。途端にぼうっとし始める脳内から理性が飛んでいかないように、最原は必死で耐え続けた。
     前みたいに浴槽の中で色々として、のぼせてしまうのはもう嫌だったからだ。
     
     
     入浴を済ませ、王馬に借りた服を着る。冷房の利いたリビングに戻ると、最原は火照った頬を手のひらで押さえつけた。
     のぼせる寸前までいったが、なんとか生還した自分を褒めてやりたい。「水かけなくてもいいじゃん」とぶつぶつ言っている王馬が、濡れた服を脱ぎながら最原の隣を通り過ぎていく。早く服を着てくれないかなと、上半身裸の恋人の姿を見送りながら思った。
     王馬の部屋は、いつ来ても見慣れない気持ちになる。ここにいる自分が信じられなくて、心許ない気持ちになるのだ。どう振る舞うことが正解なのか、いまだによくわかっていない。
     そんな最原のことなんか、王馬はお見通しであるらしい。
    「ほら、最原ちゃん。こっち」
     意地悪なくせに、こういうときは揶揄ってこない不可思議な男が、ダイニングテーブルを指差した。王馬の言葉は、何故かついつい従いたくなってしまう。
     言われた場所に座ると、氷の浮いた麦茶の入ったグラスを渡され、更に最原は面食らう。王馬のくせに、常識的なことをしないで欲しいと、心の底から思った。
     服を着替えた王馬が、いつも飲んでいるジュースのペットボトルを片手に、最原の正面に座った。にんまりと笑いながら「で? 大根役者勢はちゃんと演技ができてた?」と尋ねてくる。
     最原はうっかりと笑ってしまった。今思い返してみれば、夢野や茶柱、獄原なんかは、王馬に渡された台本通りに事を進めようと、おそらくは必死だったのだろう。どこか棒読み気味だった声の調子を思い出すと、今更ながらもじわじわと面白くなってくる。
    「……うん、頑張ってたよ」
    「たはー。その返答でお察しなんですけど」
     それからしばらくの間、王馬と今日の一連の事件について話をした。意外にも演技が上手だった百田の話や、暗号の解読に必要となった情報はヒントとしてはアンフェアではなかったという問題提起など。謎を明らかにしながらも、王馬に話したいと思うことはたくさんあった。
    「脱出ゲームの部屋の仕掛け、凝りすぎだよ。キミの部下の人達の、情熱と努力の結晶みたいなものをうっすらと感じとっちゃった……。それに、脱出ゲームの相棒役を、なんで、その……よりにもよって、入間さんにしたの?」
    「えー? だって、ハンデがいた方がつまんなくないでしょ?」
    「入間さんをハンデって呼ぶの、ひどすぎない?」
    「よりにもよって、なんて言ってる最原ちゃんも大概なんですけどー。でも、部屋の中のアイテムを合体させて、脱出用の鍵を作るところでは重宝したでしょ? ドMで色情魔な雌豚ちゃんも、手先だけは器用じゃん?」
    「呼び方が更にひどくなってる……むぐっ」
     話しながらも、王馬は最原の口の中にスプーンを突っ込んできた。あーんとかいうような、甘い雰囲気のやつではなく、問答無用で口に押し込んでくる、回避不可能なタイプのやつだ。
     口の中のものを飲み込んでから、最原は文句を言った。
    「……急に、口の中に食べ物を突っ込んでこないでよ……。うぐっ」
    「だって、最原ちゃん、食うのおっせーんだもん。さっさともぐもぐしてくんない? オレお手製の料理が冷めちゃうでしょー!」
    「普通に自分で食べたいんだけど。……あ、なんか今、すごく美味しい味がした。なんだろ。なんかすごく……えぇと、うん、美味しかった」
    「最原ちゃんって食レポがド下手だよね。食レポの才能、根腐れ起こしてるレベルで皆無だよね」
     馬鹿にされつつも、なにかわからないが、すごく美味しいものを給餌され続けた。
     教室でクラスメイトをしていた頃には知らなかった事実だが、王馬は一人暮らし歴が長いらしく、実は料理も上手だ。たまにだがこんな風に、最原に手料理を振る舞ってくれることもある。
     もう少し最原が理性的であったのならば。そしてあのとき、王馬の手を握らなければ。こんな一面は知らないまま、二人はただのクラスメイトとして、高校を卒業をしていたはずだった。
     きっと王馬は、最原から言わなければ、特別な関係になろうとはしなかっただろう。
     食事はデザートまであったらしく、今の最原の口の中は爽やかな甘みで満たされている。過度に甘すぎないそれは最原好みの味で、買ったのか作ったのかはわからなかったが、どちらにせよ純粋にすごいと思えた。両親ですら、ここまで最原の好みを熟知してはいないだろう。
     とはいえ、こんなに美味しいならもっと味わって食べたかった。スプーンに乗せたデザートを、一回で口に突っ込んで終わりにするのは、最原であってもあんまりだと思った。
     餌やりおーわり、と言って、王馬は席を立った。食器を持ってキッチンへ歩いていく背中に向かって、最原は急いでお礼を言った。
     美味しかった、ごちそうさま。
     乱暴に餌付けをされながらも、自分のことを考えて作ってくれたのが伝わってきて、嬉しさと恥ずかしさが込み上げた。
     最原はずっと、信じられない気持ちでいる。やぶれかぶれに伝えた想いを、王馬が受け止めてくれたという事実が、偽りに思えてならないのだ。
    「オレも好きだよ。最原ちゃん」
     そう言って、最原が掴んだ手を握り返すと、王馬はにっこりと微笑んだ。
    「にしし! 両思いだね?」
     続く言葉はどうにも嘘っぽく、見上げてくる黒い瞳を疑いの眼差しで眺めることしかできなかった。
     それ以来、最原は王馬と付き合っている、らしい。信じられない気持ちのまま、最原はこの部屋の中で、王馬の知らなかった一面をたくさん見つけてしまった。
     色んなことを、今まで知らなかったことを、一緒にした。王馬は恋人にするように、最原のことをちゃんと大事にしてくれている。
     嬉しくて幸せなのに、付きまとってくる不安は、相手が王馬だからこそ生まれる感情だった。「全部嘘だよ」と王馬が言って、最原の手を離すときがいつかくるような気がしてならない。彼は自他ともに認める、嘘つきだからだ。
     そのときが来たら、最原は絶望しながらも、黙って彼の言葉を受け入れるのだとわかっていた。追い縋るようなことが、自分にできるとは思えなかった。
     食器同士が当たる甲高い音が鳴り響き、最原を現実へと引き戻した。王馬はくるりと振り返った。
    「できた嫁でしょー? 料理上手だし、最原ちゃんの財布の紐もギッチギチに締め上げることもできるやりくり上手だし、ついでに言うなら床上手でもあるよ! 手放しちゃだめだよ、最原ちゃん!」
     端正な顔を利用して、卑怯なぐらい可愛らしい表情で微笑んでいるが、言っていることがあまり可愛くなかった。
     最原は上擦った声で突っ込みを入れたが、なんだか情けなくなってきて、ため息をついた。王馬はいつも、最原よりも一枚上手だ。
     憔悴する最原の様子を見ても、王馬は更に楽しそうな表情を浮かべるだけだった。
     
     
     最原の両親は今夜も不在だ。だから無断外泊をしてもバレないし、バレたとしても「友人の家に泊まった」と言えば「終一にそんなに親しい友達ができたなんて……!」と涙ぐんで感動するだけだと想像がついた。
     王馬も慣れたもので「泊まっていく?」とすら聞かなくなってきている。その代わりに「オレ、ベッドの壁際で寝るからね! 最原ちゃんが壁際だと、体でめっちゃ押してきて、床に落とされそうになるんだもん! 寝相悪すぎ!」などと文句を言ってくるようになっていた。
     寝る前のひとときが、最原は好きだった。王馬の匂いがするベッドは、何故かとても落ち着いた。
     最原は寝つきがとてもいいので、ベッドに入ってすぐに寝てしまうことも多い。「ガキんちょじゃん」と揶揄う王馬の声を聞きつつ微睡むのも、なんだかとても贅沢な時間に思えて、心地良かった。
     すぐに睡魔がやってこない今夜みたいな日は、どちらかが眠くなるまで話をする。意外なことに、話題には事欠かない。呆れたり勘弁してくれよと思ったりすることも多いが、頭の回転の速い王馬と話をするのは、基本的には楽しい。
     手に触れられる。最原は少し迷ってから、その手を握り返した。ただのクラスメイト相手にはしないようなことで、最原が最近ようやく慣れてきた行為だ。
     黒い瞳を近くで見つめると、自分の姿が表面に映っているのが見えた。最原は、自分は今どんな顔をして王馬を見ているのだろうと思った。きっと、困った顔をしているような気がした。
    「……本当に、どうして今日、あんなことを企てたの?」
     最原達のクラスメイトがフル出演の、大掛かりな悪戯だ。しかし最原は、星が姿を現した時点で、これは本気の計画だと思い直した。ノリのいい面子だけならともかく、星が協力してくれるなんて、余程のことだと思ったのだ。
     ぎこちない演技の人間も数名いたが、共通していたのはみんな楽しそうであったことだ。クラスメイト達は最原が事件を解決すると、満足そうに笑い「誕生日おめでとう」と言って帰っていった。
     最原は困った表情を更に深めながら、考える。
     まさか本当に、そうなのだろうか。そんな単純な答えで、間違ってはいないのだろうか。あの王馬が、最原が誕生日だからという理由だけで、クラスメイトを巻き込んで、謎を解くための場面を創り上げるなんて、そんな。
    「楽しかったでしょ?」
     最原は目を見開いて、目の前の顔を呆然と眺めた。
     ベッドに寝転がっている王馬が、明るい口調で、若干辛辣なことを言い始める。しかし、薄く微笑んだその表情は綺麗で、最原の目にはとても眩しく映った。
    「だって、最原ちゃんってヘンタイじゃん! 謎を解いてるときが一番イキイキしてるし声も出てるし、他の何をしてるときよりも楽しそうじゃん」
    「べ、別に楽しんでるわけじゃないよ! 依頼主が苦しんでいる事件だって多いし、僕はいつも真剣にやってるつもりだよ」
    「その真剣っぷりが異常なんだってば。天職に巡り会えて本当によかったねー」
     閉口する最原を見て、王馬が笑みを深める。
    「だからさ、誕生日の最原ちゃんに、楽しく解ける謎を提供してあげたんじゃん! 最原ちゃんが一番好きなことでしょ? オレってば超有能なんですけど! 全世界に自慢してくれてもいーよ! そーいうこと、最原ちゃんはぜってーできねーけどー」
    「えっ、あ、う……うん」
    「お、フリーズした。なに、その顔ー。楽しくなかったわけ?」
     唇を尖らせる王馬を見ながらも、最原は色々と思い出し始める。
     王馬が最原にしてくれたことは、たくさんの手間と時間のかかることだった。謎もトリックも暗号も、一癖あったし凝っていた。無駄に伏線が張り巡らされていて、解明したときは若干イラッとしつつも、うまいこと整合性を保つものだなと感心してしまった。
     王馬に振り回された一日だった。歩き回って疲れたと、本心から言える。でも、若干うんざりしながらも、心の底ではわくわくしていたことも事実だった。
     王馬の気配を感じる謎に、夢中で思考を巡らし続けた一日だった。
    「……楽しかった。すごく」
     口からぽつんと出ていった本心に、王馬は目尻を下げると「でっしょー!」と自信満々な様子で笑った。その顔を見ていると、本当に変な人だなという気持ちが込み上げてきて、最原はうっかり笑ってしまった。
    「なにしてるんだよ、もう。才能の無駄遣いじゃないか」
    「いんやー? オレ、エンターテイナーなんで、本来の才能の使い方なんじゃない?」
    「キミは悪の秘密結社の総統だろ」
    「すっげーワルかったでしょ! 最原ちゃん好みの事件を量産してやったんだからさー」
     本当に大量だったなと思いつつも、最原は眉を下げてもう一度笑った。
     繋いだ手のひらが熱い。緩んでいく口元と込み上げる感情を持て余しながらも、最原は今も困り続けていた。
     王馬の気まぐれで始まった関係だと思っていた。「好きだ」と言ってしまった最原の言葉に、王馬が満足げに表情を緩めたのは、嘘とか悪い冗談が理由だと思い込もうとしていた。
     嘘だよと言うタイミングは、今までに幾度もあった。元の関係に戻れなくなる前に、王馬は最原にそう言ってくるものだと思っていた。
     だってそうじゃないと、悪趣味が過ぎる。嘘や悪い冗談で、同性のクラスメイトとキスをしたり抱き合ったりするのは、いくら王馬であってもありえない。
     でも、最原が「あれ?」と思っているうちに、いろいろなことは滞りなく済んでいった。
     恋人みたいに二人で過ごして、恋人にするように触れ合った。王馬がどんな目で抱く相手を見下ろすのか知ってしまったし、その目を見た自分の胸がどれだけ痛むのかも思い知った。
     王馬は今も、最原の手を握ったまま離さない。
    「……モーソーヘキのある最原ちゃん。顔がスッゲー真っ赤なんですけど、なにを想像してんの? エロエロなことー? 流石というかむっつりというか、マジで青少年が過ぎるんですけど」
     王馬の揶揄いを一切無視して、最原は尋ねた。
    「キミは、僕のことが……結構、好きだったりする?」
     王馬は可哀想なものを見る目で最原を見つめた。器用なことに、表情は笑顔のままだ。
    「妄想癖に加えて健忘症も患ってんの? 重症だね!」
     明るい笑顔とは裏腹に、手に圧を感じ始める。やばいと思った頃には、大抵のことはもうどうにもならなくなっているものだ。
    「言葉で言っても態度で示しても実感できないんだったら、体に教え込んであげよっか? おら、とっとと服脱げクソ鈍感探偵が」
    「い、痛、痛い! ごめん! ごめんってば!」
     服をギリギリと引っ張られ、最原は情けなく悲鳴をあげた。運がいいことに、王馬の発言は本気ではなかったらしい。怯え散らかす最原を見て溜飲が下がったのか、馬鹿にするように鼻で笑って、服から手を離した。
    「ほんと、最原ちゃんってめんどっくせーやつ」
     呆れた顔で王馬は笑った。怒っているわけでもない表情は最原を安堵させると同時に、胸を叩くような衝撃を与えてくる。
     優しい顔だった。そこには嘘がないように見えた。その推理が間違っていなければいいと、最原は祈るように思う。
    「……ごめん。あと、今日のことも……ありがとう」
     眩暈がする。自分ばかりだと思っていた感情を、相手も同じぐらい抱えているのかもしれない。その予想を裏打ちするような証拠を、最原は今日、いくつか見つけてしまった。
     頭の中で組み上がっていく推論は、最原にとって都合の良いものでしかないのに、王馬は否定をしてこない。
    「いーよ。キミの頭の中をオレのことでいっぱいにすんのも、悪くない気分だし」
     特殊な能力でももっているのかと言いたくなるほどに、王馬は最原を困らせることが得意だ。嘘で揺さぶり、手を引っ張っては物理的にも振り回し、めちゃくちゃにされているうちに、最原の頭の中は王馬でいっぱいになっていく。
     王馬のことしか考えられなくなった最原を眺めて、王馬は幸せそうに、満足そうに笑う。
    「そーやってさ、ずっとオレのことだけ考えてればいーんだよ」
    「ご、傲慢だよね……」
    「傲慢のなにが悪いの? 無欲な総統なんて名称詐欺も甚だしいじゃん! ただ可愛いだけのオレになっちゃうじゃん!」
    「自己肯定感の高さが、心底羨ましいよ」
     片方は楽しげに、もう片方は呆れたように、二人で小さく笑った。手を伸ばしあって、お互いの肌に触れる。感じる体温に胸の奥がじんと痺れた。
     自分が手を伸ばさなければ、この体温の心地よさを知ることはなかった。そして、王馬が自分のものになることはなかったはずだと、最原は思っていた。
     でももしかしたら、それすら王馬の想定内だったのかもしれない。人を自分の思い通りに動かすことが、憎らしいほどに得意な男だ。
     自分でしたつもりになっていた告白すら、させられていたのかもしれない。しかし今となってはもう、真相は闇の中だ。
     怖い人だなと思いつつ、最原は王馬をじっと見つめる。そうして、少しだけ顔を動かして、触れるだけのキスをした。
     唇を離すと、恋人が驚いたような表情を浮かべて、最原を見つめていた。知らず、頬が緩んだ。そうか、これが王馬の心境か。好きな相手の頭の中を自分のことだけで染め上げるのは、とても気分のいいことなのだと、最原は思い知った。
     どれだけ観察をしても、頭が痛くなるぐらい考えても、ちっとも理解ができない謎だらけの存在に、熱を込めた視線を向ける。
    「キミといれば、これから先も、ずっと楽しいんだろうな」
     子どものような本心からの言葉に、王馬はにんまりと笑った。
    「当たり前でしょ! 脳みそが常にフル稼働で擦り切れそうになるぐらいの、退屈とは無縁の人生を送らせてあげるから覚悟してよね!」
     返ってきた言葉は不安を感じさせるものではあったが、最原はとりあえず、ぎこちなくも頷くことにした。疲れそうだなとか、休ませてはくれないのかなとか、少しばかりの懸念が浮かぶのは、不可抗力であるように思えた。
     にしし、と笑いながら、王馬が顔を寄せてくる。
    「あとさー、オレ、やられっぱなしってめちゃくちゃ嫌いなんだよね!」という言葉に、思わず眉が寄る。なんだか嫌な予感がした。
     次の瞬間、噛みつかれるようなキスをされたので、予感は当たりだった。とはいえ、若干の予想はできても回避することは不可能だ。王馬とはそのような、災害じみた存在なのである。
     
     二人きりの夜が静かに、ゆったりと過ぎていく。
     王馬の体温を感じながら、最原は手に力を込めた。しっかりと、王馬の手を握りしめる。離されないように、離れることがないように。
     握り返される感触に、微笑する。

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