無題 ただ、その横顔が綺麗だと思ったから。本当に、それだけ。
見開かれた赤銅の瞳からは、怒りとは少し違う困惑の色が見て取れた。
いたずらに触れ合った唇からは伝わった体温が落ち始め、射す陽を遮るように近付いた顔も、いまでは相手の匂いすら微かな距離に戻っていた。
「あは、変な顔」
「……ふむ、どうやら僕は君の評価を見誤っていたようだ」
「あっ、ちょっと。ごめんって、行かないでよ」
誤魔化すように紡いだ言葉は余りにも不誠実だった。男の僕からみても端正な顔立ちだと言うのに、思い切り顰められた眉からは明らかに不快の文字が顔に現れていて、思わずふ、と笑みが零れてしまう。
そんなふざけた態度の僕にさらに気分を悪くしたのか、反された踵が僕とは反対の方向に歩き出してしまわないように、僕は慌てて彼の手首を掴んだ。このまま逃がしてしまわないように、と口から出た薄っぺらい謝罪は、数センチも彼の心を動かせていないようで、固く結ばれた唇からは呆れたような溜息が漏れ出ていた。
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