後々後悔することになる それを初めて目にしたのは、黒衣森だった。冒険者ギルドからの依頼で東部森林の茨の森を歩いていた私は偶然それに出くわしたのだ。その時の衝撃と言ったら!
それはそこだけまるで切り取られたかのように私の脳内に焼き付いてしまった。なんとなく両親からそういうものがあるとは聞いていたが、実物を見るのは初めてだったのだ。
ぼうっとする頭でもなんとかギルドの依頼を片付けた私は先ほどの光景を頭の中で再生させながらとまり木までの道を歩いていた。
「――ルさん、メルさんっ!」
突然声が上から降ってきて、それから誰かの腕がお腹に回されて抱き抱えられた。何が起こったのかわけがわからず、思わずジタバタと暴れてしまったが、少しして、名前を呼ぶ声に聞き覚えがあるとようやく気が付いた。
「ルカさん……?」
暴れるのをやめて恐る恐る振り返ってみれば、確かにそこには見知ったヴィエラの男性がいた。困った表情をしているのは、私が暴れたからだろうか。
いくら名前を呼んでいたとしてもこの状況はまるでルカさんが私に無体を働くというか、連れ去ろうとしてるというか。とにかくルカさんにとってあまり良い感じじゃない。
「椅子にぶつかりそうだったよ。何度か名前を呼んだんだけど。聞こえなかったかな」
「あう……ごめんなさい」
おまけにぶつかりそうだったのを助けてくれたなんて。騒いでしまって申し訳ないことをしてしまった。
「うん、もう大丈夫ならいいんだけれど」
苦笑しながらルカさんは私をそっと床に下ろしてくれた。
「それで、何を考えてたのかな?」
どうやら説明しないといけないらしい。確かに迷惑をかけたのだから当然かもしれない。でもなんだか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。仕方なくとまり木の入り口近くの椅子に腰掛けたが、正直な話、何を考えていたのかなんてわざわざ説明したくない。でもそうも言っていられないのはわかる。
「その。素敵なものを見て、それを思い出していただけなんです……」
「素敵なもの?」
もう子供じゃないのにあんなものに憧れてぼうっとしていたなんて恥ずかしくて本当に言わないで済むなら言いたくない。でもそれを許してもらえる感じがしない。
「茨の森で」
それだけで私が何を見たのかルカさんにはわかったみたいだ。本当恥ずかしい。
「そうか、エターナルセレモニーをやってたんだ」
エターナルセレモニーというのか、あれは。純白の衣装を纏った二人が真っ白なチョコボに乗って、優雅に大聖堂から歩いて森へ消えていった。
「綺麗だった?」
「それはもうっ!!」
綺麗かなんて、そんなの当たり前だ。ドレスに施された刺繍が陽の光にきらきらと煌めいて、風に揺れるヴェールも本当に素敵で。二人は幸せそうに微笑んでいて。いつか自分もと、つい夢を見てしまっても仕方がないことだと思う。
「はぁ、いいなあ」
ドレスもチョコボも。ほしいなあ、着たいなあ。でもどう考えてもあれは自分一人でやれるものではない。相手が必要だ。もちろんそんな相手はいない。ただあのチョコボがほしいとかドレスが着たいとか、そんな理由を言ったらきっとみんな呆れるに違いない。ルイならば溜息をつきながら付き合ってくれるかもしれないけれど、一応義理とはいえ弟だし。ナシだ。
旅を続けていればいつか素敵な人と出会えるかな。優しい人がいいな。出来れば同じ冒険者。お父さんやお母さんみたいに一緒にあちこち行ける人がいい。待っていてくれる人がいるのも素敵だと思うけれど。一緒がいい。何かあった時に一緒に乗り越えることが出来る人。
例えばそう、ルカさんみたいな。
「…………」
思わず隣の椅子に座っているルカさんの顔をまじまじと見つめてしまった。
「? どうかした?」
怪訝そうにこちらを見つめ返してくるルカさんに何と言えば良いものか。ルカさんは装備も私服も普段からあれこれ考えているらしいし、きっとあの白い服も完璧に着こなすんだろうな、とか。カッコいいんだろうなとか。ルカさんに恋人がいるとか聞いたこともないし、もしかしたらもしかして、とか。でもそんな理由でお願いするのは間違っているよね、とか。でもこんなどうしようもない私に文句を言うことなく付きっきりで面倒をみてくれる人そうそういない気がする。
「あの、私とエターナルバンドしてくれませんか」
頭の中でぐるぐると色々なことが渦巻いて。気が付けばとんでもないことを口走っていた。
「メルさんと?」
パチパチと目を瞬かせるルカさんを見て何を馬鹿なことを言っているのだと血の気が引いた。恋人がいると聞いたことがないし良いのでは、なんて。単に口外していないだけなのかもしれないし、たとえ本当にいないのだとしてもそれは私とエターナルバンドしてくれる理由になんてならない。本当に何故そんなことを口走ったのか。
「あ、いや、冗談です!」
とにかく笑って誤魔化そう。そんな、多分チョコボとかドレスのためにやるものではないはずだ。こんなに私に良くしてくれるルカさんを巻き込んだらいけない。そう思ったのに。
「メルさんが俺でいいなら、いいよ」
「本当妙なこと口走ってごめんなさい、忘れてくださいって、いいんですか?!」
馬鹿な私はつい確認してしまった。少し考えればこんな言い方をすればルカさんは否と言えるわけがないとわかるだろうに。
でもあの真っ白いチョコボと素敵なドレスの誘惑には勝てなくて。私は結局自分の発言を撤回することは出来なかった。