Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    MRsA277

    ☆quiet follow Send AirSkeb request
    POIPOI 34

    MRsA277

    ☆quiet follow

    その日は久しぶりの雨だった。

    フィグ先生と出会ってからのこの数週間、私の世界は一変して色づいた。
    魔法界のあらゆる知識・常識を叩き込まれたあと、半日掛けて基礎呪文を習得。その後少し高度な魔法を屋外のしかるべき場所で、時間をかけて教えてもらっていた。一日たりとも退屈な日など無かった。
    窓の外を見るフィグ先生の表情はその日の天気とは対照的に穏やかだった。

    「雨を防ぐ呪文とかないんですか?」
    「あるにはある…が、今日は大人しく室内で勉強するとしよう。幸い、と言っていいか分からんが、詰め込むべき知識も処理しなくてはならん書類も、この通り山のようにあるからな。」

    先生が指差す先には文字通り山のように積み上げられた本や紙の束があった。薄々気づいてはいたが、先生はどうやら書類整理や書き仕事などが少し苦手らしい。何かきっかけでもない限りこれらがずっと放置されたままだった可能性を思うと、確かに今日の雨はタイミングが良かったのかもしれない。
    大人しく机に向かい、分厚い本と向き合う。「分からないことがあれば質問しなさい」と言って、先生は自身の仕事に取りかかった。
    私のホグワーツ入学に関する手続きや先生がこれから請け負う授業の準備その他諸々、フィグ先生が抱えている仕事は思った以上に多そうだ。自動速記羽ペンを複数同時に操るという器用さは果たして魔法界ではよくある光景なのだろうか。

    そうして同じ室内で双方無言のまま数時間が過ぎた。ふと、読んでいるページの挿し絵に疑問が湧き、先生に質問しようと顔をあげ─出かかっていた言葉を飲み込んだ。

    先生が、肘をついて居眠りをしている。
    瞼は完全に閉じられ、耳を澄ますと微かに規則的な息づかいが聞こえた。その寝顔がこちらを向いているのを見るに、すっかり本に集中していた私を見守っているうちに眠気に襲われたと見える。そう考えると少しくすぐったいような恥ずかしいような気持ちになった。
    いつの間にか羽ペンも動きを止め、主の指示を健気に待っているように見える。私はそれを静かに手に取り、羊皮紙に慎重に滑らせていく。
    先生に投げかけようとしていた質問、それは動く挿し絵のことだった。これまでも何度か目にしていたので今更驚くことは無かったが、絵を動かす魔法は一体どうやるのかそういえば聞いたことがなかった。

    目の前で眠る恩師の姿を、まっさらな羊皮紙に描きとめよう。本人が起きているうちでは絶対に出来ないことだった。何せ自分の拙い絵を見られることほど恥ずかしいことは無いのに、その絵の対象である本人に見られるなど。
    フィグ先生ならきっとからかってくれるだろう。それが嬉しいことなのか避けたいことなのかどうかまだ分からない。
    先生の目尻の皺を描く手に熱がこもる。フィグ先生の笑った顔が好きだ。穏やかな笑顔が。時折私を見据える、慈しむようなその瞳が──


    ──………目が、開いている。


    確かに閉じた目を描いていたはずのその絵の中のフィグ先生が、片目を開けてこちらを見ていた。
    叫びそうになるが、声が出ない。絵の先生と目を合わせ完全に固まったままでいると、先生はふっと笑ってまた目を閉じ眠りだした。

    …ゆっくり、ゆっくりと顔をあげ、『本物』の方を確認した。
    目は閉じられたままだが、隠せていない悪戯な笑みでたぬき寝入りをしているのは明らかだった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited