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    DARK_azaz

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    DARK_azaz

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    某御友人ウェンゼン=リーベと死神店長の10年くらいメモリアル。
    あることないこと捏造バージョンです。

    君と会うのはこれで四度目なんだウェンスペパラレルSS


    「実のところ、君と会うのはこれで四度目なんだ!」
    「は?」
     この人はまた突然何を言い出すんだ。思わずこぼれた気の抜けた返事を呑み込みなおし、まじまじと店長の顔を見つめた。相も変わらずのヘラヘラ顔だ。
     四度目どころじゃない、もっと会っているじゃないか……とツッコミを入れようとしたところで、彼が言いたいのはそういう意味ではないんじゃないかと気付く。
     
     俺はとある事情のために、今までに複数の「世界」を旅して回っていた。その奇想天外な旅路の中には、たまに行ったはずなのに記憶があまり残っていない世界がある。確かに行ったという実感や記録が残っているのに、そこで自分が何をしていたとか、何があったかとか、詳しいことを思い出せない時がある。ぼんやりと、どこかの店の手伝いをしていたかなとか、国家間で勃発した大規模戦争に参加してたっけなとか、詳細がハッキリとしない漠然としたイメージだけが残っている。
     記憶の混乱は世界転移を行ううえでよくあることだと、知り合いのケモ耳が言っていた。何度も転移を繰り返していると、たまに複数の世界に「存在」が同時に発生してしまうバグが起きる。それはよくあることで、命に別状のない範囲でさえあれば、さほど気にしなくて良いんだよとも。
     いや、気になるだろ普通。
     バグが起きると記憶をうまく引き継げなかったり、実際にあった出来事に対して間違った認識をしてしまったり、記憶そのものを紛失してしまったりする。
     「でもそれって普段の記憶と同じだろう」なんて軽い口調で言われても、簡単に納得できるわけがなかった。不服だ。
     
     店長はカウンター越しに座る俺の顔を下から覗き込みながら言葉を続ける。
    「君はこれで二度目だと思っているんじゃないかな?」
     このスペーデス・スリードと俺が初めて出会った時のことは、わりとしっかり覚えている。けれど、それ以外はなかなかどうして、意外とさっぱり思い出せない。
     この世界にやって来て再び彼と出会った時には「また再会したんだな」というぼんやりとした認識しかなかった。いや、「また再会した」という点には今思えば違和感があったかもしれない。
     
     彼の言う通り、スペーデスと出会ったのは本当にこれで四度目なのかもしれない。
     しかし、アイツの言うことを簡単に真に受けて、後からからかわれるというパターンも十分にありえる話だ。
    「どうせいつもの冗談だろ?」
    「えー、信じてくれないの? 俺のことを? 哀しいなぁ……でもウェンゼン君にかまってもらうためなら、こんな冗談くらい言いそうだしなぁ。俺も俺のこと信用できないし、しかたないか」
    「日頃の行いかねぇ」
     日頃の行いに関しては自分の方がよっぽど悪いような気がしたが、今このタイミングでそれを言うのは面倒くさくなるだけのような気がするからやめておいた。
     店長は不貞腐れたようにカウンターに顔をつっ伏す。黒い頭がツルリとした木材のカウンターの上をころころ揺れている。しばらくそうしていた所で、不意に顔を上げてから楽しそうな笑顔で言う。
    「ねぇ、その時のウェンゼン君は俺とどんな話をしてたと思う?」
    「どんなって、どうせくだらない話だろ? 空飛ぶ白菜がどうだとか、ウサミミとネコミミのどっちがより優れているかとか……」
    「おーっ、結構覚えてる!」
    「マジでしてたの!?」
    「でもカンジンな部分はもぬけの殻だな! 全く薄情なもんだよ!」
     店長は腹を抱えてケラケラ笑う。どうしてこんなに楽しそうなのか。自分のことを忘れられていたなんて聞いたら、あまり良い思いはしないと思うんだけど、彼は違うのか?
     いや、そんなわけがない。なんだかんだで俺と彼とはそれなりに長い付き合いになってきている。彼の事情についても、少なからず、なんとなく、察しているところがある。まだまだわからないことの方がよっぽど多いとはいえ、「忘れる」という行為が彼にとって良い事であるはずがないという確信めいた不安が胸の内でモヤモヤし始めた。
    「謝っておくべきか?」
    「いいよ。俺にとっても忘れてもらって構わない記憶だからさ。またこうやって会えたんだから、それで十分!」
     忘れてもらって構わない。その言葉にちょっと心がチクリと痛んだ。その程度の出会いだったということか?
    「じゃあなんでわざわざ掘り返したりするんだよ」
    「それはそれー、これはこれ! 嫌がらせってヤツだな! 忘れられること自体は、やっぱ不本意っていうか?」
    「へぇー、そうですかそうですか」
     
     俺が知らなくて、アイツだけ知っていることがある。それがなんだか悔しいというか、カッコ悪いというか。とにかく不満だ。
     そういえば異世界転移をし始めたばかりの頃は、転移先の世界で起きたことをこと細かくレポートに書いてまとめておくように言われていたっけな。
     異世界レポート。
     いつの頃からか書かなくなっていたもんだから存在自体を忘れていた。書かなくなったのは、確か……ある日突然「あれはもう書かなくていいよ」と気まぐれみたいに伝えられたからだ。
     書くのは面倒なだけだったし、そんなもんかなって思ってすんなりやめてしまったんだっけか。今あのレポート、もとい日記帳はどこにやったんだろう。それなりに大事なもののはずだし、処分したりはしていないはずだ。
     
    「急用を思い出した!」
     急に立ち上がった俺の方を見た店長は「またねー」と気の抜けた声で別れの挨拶をしながら、店から出ていく俺の背中を見送っていた。
     
     
     
     拠点内の自室に帰ってくるや否や、俺はクローゼットや引き出しを片っ端からひっくり返して漁り始めた。
     部屋の中のありとあらゆる場所を思い当たる限り探してみるが、なかなか見つからない。そんな面倒な所に保管した記憶はないんだけど、いや、その記憶そのものが曖昧だから探しているんだったか。
     あれこれ探し回っていると、突然「あっ!」と頭の中にひとつの閃きが浮かんだ。古着入れ代わりに使っているトランクケース。あの中に確か入っていたような気がする。
     異世界から持ち込んできたたくさんの荷物の中から、そのトランクケースを掘り出して鍵を開ける。パンパンに詰まっていた中身が勢いよく飛び出した。何をこんなに詰めてんだよと自分で自分にドン引きする。
     いくつか前の世界……確か俺がまだ20代のイケてるヤングだった頃(全盛期だか黒歴史だか)によく着ていた服が入っていた。懐かしいなぁ。露出多くないか? 若かったなぁ〜なんてオッサン臭いことを考えながら物色していると、その服の間に何か四角い物が挟まっているのを見つける。お目当ての日記帳だ。
     中をペラペラ捲ってみる、と、数年前に自分が書いていた異世界レポートで間違いなかった。読み進めていると「あぁ、懐かしいな」と思わず声に出てしまうようなことがたくさん書いてあった。文字を目で追っているうちに楽しくなってきて、なんだかんだで面倒だけど書いておいて良かったのかもなぁ、とか思い始めた。
     そんな矢先、めくったページの中にスペーデス・スリードの名前が現れた。おっ、と思ってその前後の記述を詳しく読んでみると……確かに、行ったことのある世界で起きた出来事について書いてある。書かれていることをそのまま読めば、その通りの記憶がすんなりと蘇ってくる。けれどどうして、よりにもよって、彼と出会っていたことなんかをすっかり忘れてしまっていたのか。
     なんでだろう? そう思いながら次のページをめくると……ページ全体が真っ黒なインクで塗り潰されていた。
    「……え?」
     次のページも。
       その次のページも。
         その次の、次のページも……
     
     なに? 何が起きたんだ?
     
     必死に記憶を掘り起こしながら考える。
     確か、スペーデスに会った。それは確か。場所は……時期は…………その時の俺は…………………………あっ。
     
     脳の奥底に、何か、名状しがたい、赤黒い何かの痕がこびり付いている。たぶんこれだ。この記憶だ。
     でも、これは……思い出していいのか?
     いや、いいんだよな。
     だって店長はまるで笑い話みたいな風に軽い口調で話していたし、俺のこと、怨んで?なんて?いなかった、し?
     
     怨む? どうして店長が俺のことを怨むなんて発想が出るんだ?
     なんだ? 何かおかしいぞ?
     いや……思い出せばいいのか。そうだ、この記憶の奥底にべったりとこびり付いている、赤い色彩の正体は…………

     スペーデス・スリードの血液だ。

     頭からサーッと血の気が引いた。
     そうだ、俺。あの時、あの世界で俺、は……金に釣られて、店長を殺したんだ。
     殺した? 俺が?
     あの、店長を?
     
     そんなバカなことがあるのか?
     
     何かの思い違いじゃないのか。それこそ、世界転移の弊害による記憶の覚え違い。
     しかし目の前にある黒く塗り潰された日記帳が真実を物語っている。
     目を逸らすな。これは事実だ。思い出せと。
     
     そんなそんなそんな。
     いや、何かのジョーダンだろ。
     それこそ突然変なことを言い出した死神店長の悪趣味なドッキリで……
     
     いやいや…………それは無いだろ。
     だって、あの人の良さだけが取り柄のアホ面な男より、俺の方がよっぽど信用できないオトコだ。いくらなんでもそれくらいの自認はあるさ。
     冷や汗が止まらねぇ。
     
     足元に広がる血液の映像に合わせて湧き出す動揺と焦燥が、心を赤く塗りつぶしていく。
     だんだんと記憶が鮮明になっていく。
     
     目の前で、左肩から右胸にかけてスッパリと切り口を入れられたスペーデスが絶命している。
     俺の手の中にはスペーデスの血液がベッタリとこびり付いた武器があって、服は返り血で染まっていて……その時の俺の表情は……笑っていた。
     何かに勝利した! という、得体の知れない悦びが心を充たしていて、それだけでいっぱいいっぱいになっていたせいで、他のことが考えられなくなっていた。
     正確には、考えないようにしていた。それが正しい。
     『これはただの敵』『これはただの獲物』『これはただの赤の他人』『なんなら人間でもない化け物で』『どうせ……そのうち生き返る』
    『だから、だからきっと、平気なんだ』
    『俺が殺したところで、コイツは何とも思いやしない』
    『どうせ俺は、コイツにとっての俺は……大した意味もない、偶然道端で出会っただけの、赤の他人なんだから……』
     ハハハッ、ハハッ、ハハハッ。声と表情は笑っているくせに、眼からはボタボタと涙が溢れていた。生温い熱を持った血液がベッタリとかかった左手と、右手が、震えていた。カタカタと。カタカタと。
     
     何かの間違いだ!!
     この期に及んでまだ受け入れきれない俺は、真っ黒に塗り潰された日記のページを力いっぱいちぎり取り、めちゃくちゃに破って部屋の中にバラ撒いた。
     そんなことをしてラクになるはずがないのに。
     バクバクとうるさく跳ね続ける心臓を右手で押さえ、冷静になるんだと深呼吸をする。脳に酸素が入るのと同時に、またあの鮮烈なシーンが脳裏にフラッシュバックした。
     ダメだ。このままじゃダメだ。
     自分の命を脅かされるレベルの危機を感じる。
     
     謝ろう。
     
     そう思い至った俺は勢いよく玄関を飛び出していった。
     
     
     町外れの丘の上。近くに痩せこけた林しかない辺鄙な場所に建った骨董品店。見慣れた外観。見るのはこれで何度目だろう。わかんねぇよそんなの数えてないし。
     とにかくその中に飛び込んだ。
     バタンッ と、勢いよく扉を開けた音が狭い店内に響いて、マグカップを片手に雑誌を読んでいた店長が驚いて飲んでいたものを空中に吹き出す。
    「えっ、なに? どうしたのウェンゼン君。用事があったんじゃなかったの? この世の終わりみたいな顔してるよ? 終末骨董品店にようこそ?」
     急な訪問に混乱した店長はまたもわけのわからない言葉を言い並べている。今はそんなふざけた態度に構っている余裕はない。
     
    「店長!!」
     
     店の中をズカズカと横断し、カウンターの椅子にちょこんと座っていた店長の腕を両手で掴み取る。彼の白い手から冷たくて柔らかい温度が伝わってくる。
     そのまま真っ直ぐに向き合って、困惑したスペーデスの紫色の瞳を真っ直ぐに真っ直ぐに見つめながら、めいっぱいの誠意を込めて声を出した。
    「ごめん。前の世界で何があったか、思い出した」
     謝罪の言葉を言い放った途端、急に怖くなって思わず目をぎゅっと強くつぶってしまった。
    彼が俺に向けてどんな言葉を叩きつけてくるかさっぱり分からなくて、それが無性に怖くて固まってしまった。
     しかし、いつまで経っても店長が何かを、たとえば「あの時はよくもやったな!」などの言葉を吐いてくる気配はなくて、これはなんだか様子がおかしいのでは?と、目をつぶったまま少しずつ不思議に思い始めた。
     それでとうとう店長が何かを言い始めるより先に、恐る恐る薄目を開けて彼の顔を見てみると……
     
     店長の顔がこれ以上無いくらい真っ赤に染まっていた。
     
    「へ?」
     
     真っ赤だ。それはもう、顔から湯気が出るくらい熱が上がっていて、耳も鼻も、首まで赤く染めている。
     明らかにおかしな挙動で口をパクパク空けていて、やがて、俺からやっと目を逸らしながら、なんか小さな声でゴニョゴニョと言葉を吐いた。
    「そ、そっか……いや…………流石に、いや、こんなに恥ずかしいもんなんだね」
     え? え?
     店長がどうしてこんなリアクションをしているのかさっぱりわからなくて、少し考えて、それからハッとあることに気付いた。
     
     君と会うのはこれで四度目なんだ!
     
     一度目はアレで、二度目がソレで、四度目がコレで……三度目は、ナンダ?
     三度目って前回だよな?
     
     店長はこちらから完全に逸らした目を空中でふわふわ泳がせ、けれども俺が握りしめた手のことは振り払わず、逃げる気配もなくその場でソワソワ挙動不審になっている。
     明らかに動揺している。俺なんかよりずっと。いや、なに?なにがあったんだ三度目。何をしたんだ三度目の俺。
     
     ……あれ? なんか、思い出してきたぞ。
     
     目の前で顔を真っ赤に染めた店長が、ほとんど泣き出しそうな涙目で俺の顔を見上げている。
     
     あ、可愛い。
     
     その禁忌的とも言える感情が心のうちに湧いた途端、俺の脳に……スペーデス・スリードと恋人だった頃の記憶が流れ込んでくる。
     
    「…………マジかよ」
     
     俺の顔まで熱くなってきた。
     恐らく真っ赤に染まった俺の顔を上目遣いで見つめながら、スペーデスは大声で文句を言った。
     
    「だっ、だから忘れてくれてて良いって言ったのにーーーっ!!!!」
     
     
     
    おわり。
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