お前がいる夢を見る お前がいる夢を見る。
当たり前のように朝が来て、眠っている俺の瞳をこじ開けるようにカーテンを開く。爽やかな朝の日差しに照らされたお前の横顔が、俺を見て笑っていた。
「もう起きる時間だ」
ハッとして目を覚ますと、部屋の中は暗いままだった。真っ黒な天蓋の向こう側には何の光も照っていない。
夜中だ。俺は悪い夢を見た。
寝返りを打つ。悪い夢を見た。
目を閉じる。悪い夢を見た。
眠れない。悪い夢を見た。
体を起こし、ベッドの周りを見渡す。真っ黒な天蓋が檻のように垂れ下がっているだけ。そうでもしなければ眠れないと言い出したのは俺の方だ。誰も立ち入らない、何も気にならない場所で眠っていたいと言い出した。
アレがいなくなった後の話だ。
目を閉じる。パチパチと瞬きしても視界は変わらない。まだ悪夢から逃れられていない、倒錯感がある。あの悪夢がまだ続いている。だとすれば、だとすれば、だとすれば……
己の手首を掴む。硬い、無機質な腕。その先にある手の平に指を這わせる。冷たい、機械の指。
夢ではない。夢ではない。
そしてアレは、悪夢ではない。
「……ソウド」
「どうした、イデア」
ふと紙面から視線を上げると、相も変わらず均整の取れ過ぎた身体を揺らして調理に励む男の姿が視界に入った。
薄く白く立ち昇る湯気の向こう、筋張った腕が慣れた手付きで二人分のスープを掻き混ぜる。
肺に吸い込んだ匂いと共に微かに胸を満たしたあれは、もしかすると安らぎだったのかもしれない。
「いや、少し……ほうけていたらしい」
「呆ける? 白昼夢でも見たのか?」
「そうかもしれない」
「気が抜けているんだろうな」
フッと僅かに表情を柔らかくする、その一瞬にまた目を奪われた。微笑みというにはぎこちない心の機微。それを彼は気にもとめずに投げ捨てて、また無表情でスープの世話に戻ってしまう。
一つ、二つ、空気を切りながらゆっくりと回る彼の腕。その度に鼻先を通り過ぎる甘い香り。感じていたのは空腹感だ。満たされない何かを満たしたい、ただそのためだけに、彼の姿を見つめていた。
「美味しそうだな」
単純すぎる感想が、涎のように口から溢れた。
「有り合わせで拵えただけの、ツギハギみたいなものだ。あまり期待するんじゃない」
「お前の作るものなら美味しいはずだ」
言ってしまった後に、何故かボッと顔が熱くなった。そんなことを言うつもりではなかったのに、つい思ったことを馬鹿正直に口にしてしまった。言ったのは在り来りな褒め言葉のはずなのに、それが何故かとても恥ずかしい。
思わず逸らしていた視線をフッと戻してみると、彼は相変わらずの無表情で鍋の中を見ていた。
あぁそうだ。今のはただの日常会話で間違いない。
「オマエ、俺のことが好きなのか?」
ガタンッ 机の上のグラスが倒れ、ゴロゴロと転がる。突然こちらに向けられた視線とどう向き合えばいいのかわからず、目が泳ぐ。
「好き? なぜそうなる?」
「俺の作るものが好きなんだろ? それなら俺のことも好きなのかと……思ったんだが、違うのか?」
「私はお前の腕前を評価しただけだ。何もそこまで褒めたつもりはない!」
「褒める? そうか、そういうものなんだな」
見苦しい言い訳だった気がしたが、それで彼は納得してくれた。この話題はこれでお終い。
「出来たぞ。早く机の上を片付けろ」
広げっぱなしの情報誌と、端の方を転がっている一つのコップ。今にも机の上から滑り落ちそうなそれらを手で掴み、そこで、
目が覚めた。
反転。これは悪夢だと私は提唱する。
天蓋の隙間から灰色の光が刺している。それを邪魔に思った。
こんなつまらない、残り火のような光に起こされた。煩わしい。なんて煩わしい。
眠っていたかった。ずっと、ずっと。誰の姿を見ることもなく、誰も姿を見れないように。暗闇の中で、ずっと、ずっと。
縋るものなど無いこの場所で、死んだように眠っていたい。
もう起きる時間だ。
わかっている。わかっているとも。
お前が望む目覚めの朝など、とっくの昔に通り過ぎていたのだから。