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    ioio68026495

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    ioio68026495

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    ハロウィンひぜなん

    最後に見たのは、血に染まった刀を振りかぶる敵の姿だった。嘘みてえな話だが、おれは血溜まりの中にびくびくと痙攣してる自分の体を、首だけになって、地面に転がって見ていたんだ。
     とか誰に向かって話してんのか自分でもよく分からねえが、首だけになってもこんな風にごちゃごちゃ考えるだけの意識があるなんて、驚きだ。おれはこのまま地獄にでも行くんだろうか。手足の感覚もなく、目蓋は付いているはずのそこにあるのかどうかすら感じられない上に、開く事もできず閉ざされたまま、おれの意識は暗闇の中に漂っている。
     ——肥前くん。
     ああ、先生。先生は首をもがれたおれを見て、どう思っただろう。人の身を得て再会して、最近じゃやっと恋仲らしい色々な事をするようになったってのに、また昔と同じように先生を置き去りにして、折れた。先生、怒ったよな。いや、泣いてたかもな。おれ達刀剣男士に、人間で言うところの死は存在しない。折れてもまた新しい魂と肉体が顕現し、「肥前忠広」と言う存在はそこにあり続ける。だから悲しむ事なんてないはずなのに、先生はおれの首を抱きしめて、泣いていた。
     ——肥前くん、肥前くん……!
     これは頭だけになったおれの都合の良い想像じゃねえと思いたい。体から抜けた魂だけのおれが本当に最後に見たのは、おれを想ってくれる先生の姿のはずだ。
     ——肥前くん、朝だよ……!
     朝起こしてくれる時みたいに声を掛けられ、眼下の血溜まりに沈む肉体に未練が湧いた。前はこれで斬らずに済むって思えただろうが、今は先生と離れたくなくて、心が締め付けられる。先生の腕の中にある自分の首に手を伸ばす。指先が赤髪に触れた途端、茶色くくすんでぼろぼろと土くれみてえに崩れ落ちる。先生の嗚咽が、大きくなる。白い手の指の間から、おぞましい程どす黒い液体が滴り落ちている。おれは、おれの体は、もう——
    「肥前くん、朝だよ。そろそろ起きたまえ」
    「あぁっ? ……あ?」
    「おや? 本当に起きたね。これは大成功だ」
     見慣れた天井とおれの顔をを覗き込む先生の顔。眩しい光が降り注ぎ、障子の外からは小鳥のさえずりが聞こえる。まだ体の感覚はないままだったが、どうやらおれは布団の中で目覚めたらしい。
    「肥前くん。ようやく目゛ざたようだね」
    「ああ……? せ、先生、おれは……」
    「うう。元気そうでによりだ」
     奇妙な事に先生は自分の鼻をしっかりと摘んだまま、にこにことしておれを見下ろしている。寝ぼけた頭を巡らしてその理由を考えるうち、首を斬られた瞬間の出来事が、夢にしては鮮明過ぎるほどに浮かんできた。
    「おい、その鼻つまんでんのはなんなんだよ。……じゃなくて、おれは敵に斬られて……」
    「う。それで君は死んでしまったのだよ」
     どんなにえげつけねえ事実でも、なんとでもないという風にぺらぺら喋るのはさすが先生と言わざるを得ねえ。だが、おれの頭をかすめていた「死」の記憶をこうもあっさり肯定され、またいつもみてえにおちょくられてんのかとも思った。それで咄嗟に、真っ二つになったはずの首元に手をやって確かめた。包帯もなく痕を晒していたそれは、いつもと変わりなくおれの命を繋いでいた。
    「死っ……! じゃあなんだ、ここは地獄だって言うのかよ?」
     寝起きのせいかぐらつく体を起こして問い掛けたが、先生は素早い動きでおれの布団から体一つ分、後ろに遠ざかるのだった。
    「あははっ、確かに地獄のような匂いはするが、ここは間違いなく生ある者の住まう世だ。……ふむ。肥前くん、君は嗅覚を失っているね。……陸奥守くん!」
    「かせちょけ!」
     声のする方を見れば、鼻を洗濯ばさみで塞いだ陸奥守が、先生の指示に従って何かを書きつけてるようだった。その体は何故か部屋の外の廊下にあって、半分襖に隠れてる。
    「てめぇ何してんだよ?」
    「おんしの事が心配やき、こうやって先生の研究の手伝いをやりゆうがよ」
     どうやら臭い物扱いされてるってのは理解したが、地獄にそんな罰があったか? ますます意味が分からねえこの事態の真っ只中に、廊下を踏み鳴らしてこっちに向かってくる奴がいた。
    「……うわっ、すげえ匂いじゃねえか! ほらな国広。オレの言った通り、やっぱり南海太郎のせいだぜ」
    「本当だ……。もー南海さん、僕たちの部屋まで匂ってるんですよ。いい加減にして下さい!」
     四つも隣の部屋で寝起きしてるはずの和泉守と堀川が、寝巻きの浴衣のまま文句をつけに来たみてえだ。つうかやっぱりって何だよ。普段先生が面倒ごと起こして迷惑振り撒いてんのは確かだが、ロクに偵察もできねえデカイだけの刀がいきなり先生を悪者扱いしてんじゃねえぞ。ヘラヘラと先生を指差して文句垂れてる奴には死ぬ程腹が立つ。いやおれは既に死んでんのか。全然意味がわらかねえ。とにかく、布団を抜け出て庇うように先生の前に立ちはだかってみたが、先生はそんなおれからまた半歩遠ざかる。そして両の手の平をヒラヒラと振り、まるでおれを見世物かなんかみてえに「披露」した。
    「ごんよ。でほら、見たえ。肥前くんが蘇ったよ」
    「はぁ? おいおいマジかよ……こりゃアレじゃねえか」
     和泉守のにやけ顔が急に真剣なものになり、さらに隣の堀川が真っ青になって、世にも恐ろしいものでも見たようにおれを指差して震えてる。
    「ひ、肥前さん……! 腐ってる……」
     腐ってんのはてめえの目ん玉だろ、とやり返してやる前に、ふと白い寝巻きから伸びる自分の手に目が行った。
    「なっ、な、なんだよっ、これ!」
     匂いが分からなくとも、先生や陸奥守の臭い物扱いにも頷けるほど、おれの腕は確かに腐っている。所々紫や緑の斑点で彩られ、今にも崩れ落ちそうになっている張りのない皮膚が、その感覚もなくただ骨にぶら下がっている。思わず先生の方を見遣れば、焦るおれを茶化すみてえに嬉々として手鏡が手渡された。顔も腕と同じ有様で、何故か首の傷痕だけは唯一生きている肌のままだった。
    「君の首がはねられてすぐさま接合を試みたのだが、驚くべき事に斬られたのが嘘のように元通りになった」
    「元通り……になってねえだろうがよ!」
    「あはっ、そのようだね。どうやら意識が戻るまでの一週間、肉体の方は損傷を免れ得なかったようだ。これぞまさに『生ける屍』というやつだ、実に珍しいね」
     淡々と語る先生にはおれを実験動物扱いしてるって罪悪感はこれっぽっちもなさそうだ。生ける屍の名の通りおれの肉体は腐り果て、悪臭を放って色んな奴らに迷惑がられてる。それをどうにかしてやろうってのは先生の興味の範囲外らしい。先生はおれが死んでも気落ちしたりなんかしない、いつもの先生のままだ。良かった良かった。とか一瞬腐った胸を撫で下ろしそうになったが、おれもこんな気味悪い体で生き続けるのはごめんだった。
    「笑ってねえでさっさと元に戻せよ! あんたが無理なら手入れに行く」
    「主はとっくにおんしの手入れを済ませちょる。けんど、一度折れた刀は元には戻らんっちゅう話やったにゃあ」
     鼻の洗濯ばさみもそのままに、廊下に寝転がって腹を掻いてる陸奥守が言う。こいつもおれが死のうが大した事じゃねえみたいに振る舞ってやがる。まあそれはどうでもいい。
    「お前もしぶとい奴だよなあ。昔も折れて直してもらったんだろ? 今度は縮まなくて良かったじゃねえか! だははっ!」
     それよりこいつはさっきからなんなんだよ? 長い髪を巻き付けて鼻を覆っておれを間近で見下してくる。前々から態度も図体もデカくて気に食わねえとは思ってたが、今日の先生やおれへの舐めた態度は許せねえ。普段は堀川の腰の低い仲裁でおれも溜飲を下げてやってるが、脳味噌まで腐ってるせいかとにかく今は理由もなく許せねえ。
    「ううっ……くさい……ねえ兼さん、部屋に消臭剤の買い置きあったかなあ……?」
     おい、こいつ何時からこんな太々しい事言うようになったんだ? 完全におれをただの腐った生ごみ扱いじゃねえかよ。試しに半歩堀川に近寄ってみたが、奴もきっちり半歩分後退する。この部屋で今おれに一番近い和泉守を除けば、全員がおれから畳一枚分は距離を置いている。なんでこんな事になったのか、原因を作った張本人の先生はというと、座り込んで懐の本に匂いが移ってないか鼻を鳴らして確認してる。周りの奴らの薄情な態度よりも、おれを実験動物扱いしたくせに平然としてる先生に腹が立った。
    「中途半端にしか直せねえんなら手出すなよ! あんたのせいでまた……死に損なったじゃねえか」
     自分で言っときながら、おれは「直す」先生がどこまでも逸話に忠実である事に気が付いてはっとした。先生はおれを助けたかったわけじゃねえ。ただ刀剣男士として逸話通りに生きてるから、直した。先生の涙は、死に損なった頭が作り出したおめでたい想像だったってわけだ。やり場のない怒りに握り締めた拳の指先が、柔らかくなった肉にずぶりとめり込む。
    「しかしね、あのまま放っておくなど僕には出来ないよ。なにせ僕は刀工の逸話によって……」
    「黙れ! 今も昔も直してくれなんて頼んでねえんだよ、おれは! あんた、自分が何でも出来るって見せびらかしたいだけなんだろ。そうやっておれを助けたつもりでいるだろうがな、迷惑なんだよ……!」
    「……肥前くん……」
     途端にしんと静まり返った室内に、先生の掠れた声だけが響く。随分大声出したつもりなのに、息ひとつ乱れねえ。いやそうじゃない、おれはさっきから、呼吸をしてねえんだ。
    「肥前の、おんしちっくと言い過ぎじゃ。先生はおんしを助けようとして……」
    「だからそれが気に入らねえって、言ってんだよ」
    「……でも僕は……僕は、肥前くんを、失いたくなかった……う、ひっく……」
     俯く先生が鼻をすすって訴えかけてきた。わざとらしく眼鏡取って目元を押さえたりなんかして、いかにも「泣いてます」って様子だ。今までさんざんあの手この手で誑し込まれてきたおれだが、もうそんなんじゃ騙されねえ。
    「泣いたふりしても無駄だぞ。あんたは血も涙もねえただの刀なんだからな」
    「僕は……刀だ……でも、心があるっ……うっ……ううっ、ひぐっ……」
     畳に涙を溢す先生の、哀れっぽい嗚咽がなんとも言えねえ気まずい空気を作り出す。和泉守がおれを責め立てるみてえに、思いっきり目を細めて見下してくる。元はと言えば先生がこんな化け物の体にしてきやがったんだ。おれは絶対悪くねえだろ、どう考えても。
    「なー、肥前。これまずいんじゃねえの?」
    「う、うるせえな。どうせ嘘泣きだ。あの先生だぞ? それくらい全部計算ずくだ」
    「先生〜。おお、よしよし……肥前のはまっこといらちじゃのう」
     おれに見せつけるように先生を抱き締め、陸奥守の野郎が白い目でちらちら見る。こいつはおれが腐った死体になった事も、先生が珍しく弱気な事も深刻に受け止めてなんかいねえ。芝居でも見るみてえに成り行きを楽しみにしてるだけだ。先生はそんな事にも気付かず、奴に縋っておいおい泣いてる。
    「む、陸奥守くん……うぅっ、ごめんよ……」
    「面白がってんじゃねえよ陸奥守! 先生もいつまで泣いてんだ、いい加減にしろよな……!」
    「みんな落ち着いて! 南海さん、まずは泣き止んで、肥前さんを元に戻せないか主さんにもう一度相談しましょうよ、ねっ?」
     いいぞ堀川、おれはお前のそういう所に免じていっつも隣のデカブツに目を瞑ってやってんだ。早く先生宥めておれをなんとかしてくれ。陸奥守に取って代わって先生の背中をさする堀川に、おれは期待の眼差しを向けた。
    「ありがとう堀川くん。でもね……全て肥前、くんの……言う通りだよ。僕は……君とずっと共に戦いたくて、それで……身勝手な想いで君を、苦しめたっ……ううっ」
    「南海さん……僕、分かります。その気持ち……。肥前さんは大切な人だから、守りたかっただけなんですよね? 南海さんは、悪くないです」
    「あっ? てめえ、なんだよその目……」
     先生の泣き落とし罠にまんまと嵌まりやがった堀川の、軽蔑の視線が脆い体に突き刺さる。グズグズやってる先生の周りに集った三振りの刀の鋒が、真っ直ぐおれを捉えてる。なんでおれが悪いみてえに言われなきゃならねえんだ。すっかり被害者ぶってる先生が憎たらしくて睨み続けてたら、顔を上げた矢先に目が合った。真っ赤になった目と鼻の周りが、しゃくり上げるたびにぐしゃぐしゃになって、なんつうかすげえ不細工だ。でもたまにはこんな先生も良いかもしれねえ。おれがそう考えて油断した瞬間の出来事だった。
    「肥前くんがっ、大切、だよっ……ひぐっ、いつも僕の手を引いて歩いてくれてっ……寒いと言えば温めてくれてっ……裸で、抱きしめてくれた……うっ、うう……」
    「おん……?」
     一層静まった部屋に、更に吹雪でも吹いたような冷たさが満ちる。さっきから体の感覚がねえおれでも胃の中に氷をぶち込まれた気分になった。それとなく隠していた先生との関係をこんな時に明らかにされて、気まずいどころかもういっそ殺してほしかった。おれもう死んでるけどな。
    「んだよ、そういう事かよ……へいへい、ご馳走さん。行くぞ国広」
    「あっ、待ってよ兼さん!」
    「あ〜、なんじゃ、その……仲良うしとおせ! なっ!」
     潮が引くとはまさにこんな状況なんだろう。まだぐずってる先生と、立ち尽くすおれを残して野次馬どもは足早に去っていった。残されたおれと先生はまだ距離を保ったまま、先生が派手に鼻をすする音がなんとも気づまりだった。しょうがなくまた布団の上に戻って腰を下ろし、腑に落ちねえがご機嫌取りに謝ってみる事にした。
    「おい……もういいだろ、おれが悪かったって事でいいよ、先生」
     先生は懐から取り出した紙で鼻をかんだだけで、おれの謝罪には答えなかった。その瞳からはポロポロと雫が流れて止まらない。
    「なんでそんな急にピーピー泣いてんだ、ガキじゃあるまいし」
    「昔を思い出したから……君がまた、折れていなくなってしまうと思ったら……涙が止まらなくなった」
     先生がシャツの袖で涙を拭きながら、辛気くせえ昔の話なんて持ち出してきやがった。長い間ひたむきに想われているという喜びに一瞬胸が高鳴ったが、壊れて止まった心の臓がそんな音を出すわけがねえ。すぐにまた、いつもみたくたらし込まれてるだけだという疑心が、おれの口からそれらしい屁理屈を捻り出した。
    「おれは……『肥前忠広』は消えねえよ。それが刀剣男士ってもんだろ」
    「消えるさ。君と過ごした大切な日々は消えてしまう。それも、昔と同じだ」
    「先生、あんた……」
     おれが言い終える前に先生はこっちににじり寄ってきた。真っ赤になった鼻先を摘んではいない。その手は今にも崩れ落ちそうなおれの手の皮膚の上に添えられた。おぞましい色の腐った死体を目の前にしても、この人の眼はそれに恋をしていた。
    「肥前くん、もう僕を置いていかないでくれ……」
     幾度となく交わしたはずの口付けも、今はもう恐ろしかった。あと少しで触れそうになった唇を避け、今度はおれが先生の身から遠ざかった。
    「っ……先生、やめとけよ。おれは死んでるし、体は腐ってる。あんたに……今まで通りにしてもらおうなんてもう、考えてねえんだ……」
    「何を言っているのかね、肥前くん。君がどんな姿になろうとも、僕は変わらず君を愛しているよ。だって僕は、刀工の逸話によって生まれた南海太郎朝尊なのだから……」
    「……先生……!」
     こうやって先生に想いを打ち明けられるたびに、おれは自分が贅沢者であると感じずにはいられねえ。顕現してからこれまで何度そう思った? 多分もう、数えきれねえ程だ。
    「いいのか……? 先生?」
     微笑んで頷いた先生はそのまま瞳を閉じて、おれを待っていた。その期待に応えるために、唇に触れる直前になって、さっきまでの言いががりを詫びた。
    「先生、ごめん……おれが、悪かった」
    「……いいや、全て僕のせいだ。だから、その責任は当然負う……おうよ……おう、お、おえっ、う、うえぇっ、おろろろろ……」
    「…………ああっ? ……おい、嘘……だろ…………」
     迫った唇から勢いよく飛び出したゲロを食わされるなんて、生きてる内に一度でも経験するかどうかの滅多にねえ災難だ。だがおれには二度も覚えがある。半年ぐらい前だったか、バレンタインとかホワイトデーだとかいう浮かれた行事にかこつけて調子に乗った先生は、酒に酔っておれに酸っぱい思いをさせた。まさか今日もそういうアレなんじゃねえか? そういや去年の今頃は、祭り好きの連中が妖怪の格好なんかして騒ぎ立ててたな。へえ、そういう事かよ。つまりおれがこんな化け物みてえな格好になったのも、行事を知った先生の「粋な計らい」で、ご丁寧にお約束の酸っぱいオチまでつけて貰ったってわけだ。さすが先生だな、絶対に許せねえ。
    「おえっ……やはり無理だ。君、かなり口が臭いよ」
     過去の経験がなけりゃこの人でなしの一言にわんわん咽び泣いてただろう。だがそんなのはもうお見通しだし、何よりおれの体にはもう涙なんてものは一滴もねえ。あるのは腐った肉と、煮えたぎるような怒り、それと急激に湧いてきた飢餓感だ。
    「いっ! 痛いよ肥前くん、こら、何をするのかねこんな朝方に……痛いっ!」
     気付けばおれは先生の手に噛み付いていた。わずかにかじり取った肉が舌に触れると、途端に重苦しかった体も軽く感じるようになった。そういや前に誰かから聞いた事がある。
     ——西洋の妖には「生ける屍」というものがいる。その屍は生者を喰らい、同族を増やしていくのだという。恐ろしいね、しかし実に興味深い!
     いやまた思いっきり先生じゃねえかよ。力任せに組み敷いた先生の体を夢中になってかじり続けてたが、次第に抵抗のなくなったゲロ塗れの白い肉体にはおれと同じ紫の斑点が浮かぶ。
    「先生、これであんたもおれの『お仲間』だなあ?」
     またピーピー泣いても許さねえと言うように、おれは虚な先生の瞳を睨め付けた。ほとんど死体と言って良いくらいに血の気の失せた顔の中、突然灰色の瞳が息を吹き返したように輝いた。
    「素晴らしい、『生ける屍』の出来上がりだ! さあ肥前くん、皆を驚かせようじゃないか。なにせ今日はハロウィン、なのだからね」
     死体になって、そのハロウィンとやらが終わった後はどうするつもりなのか。審神者の手入れでも元に戻れねえってのに、たかが浮かれた行事のためにおれと先生は死んで腐った。なのに先生は手鏡を手におっかねえカオ作って遊んでる。何でだ、何でおれはこんなのに惚れてんだ。後悔と食らったゲロのせいでこっちまで吐きそうになる。でも頭の中では、優しい声が響く。
     ——君がどんな姿になろうとも、僕は変わらず君を愛しているよ。
     ま、腐った肉同士ならもう、ゲロ食らわされるって事もねえんだから、それはそれで良しとするか。そういう事にしねえとまた、出ないはずの涙が出そうになる。おれはそういう刀……もとい、死体なんだ、よーく分かってる。
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    ioio68026495

    PAST絵じゃねえ〜〜〜!!!
    縦書き機能お試し。ひぜなんワンライで投稿したちょっとホラーな話。Oヘンリー「賢者の贈り物」を後味悪くした感じ
    12月に出せたら出すツイログ本に収録予定
    愚者の贈り物 やあ、今晩は。夜更に部屋まで押し掛けて、済まないね。しかし梅雨も明けて、蒸し暑い夏の盛りといえば……そう、我が主のお好みの、怪談話と洒落込もうじゃないか。なに、堀川くんから主が何やら妖の類の話を蒐集していると聞いてね。僕も一つ、披露してみようと馳せ参じたのだよ。……まあ、まだ真夏ではないからね、にっかりくんの持ち話に比べれば、大した事もない。楽にして、そう、寝転びながらでも聞いてくれたまえ。
     時に主は、「何でも売っている万屋」というのを知っているかね? 当然、普段行くあの便利な万屋ではないよ。……そこはありとあらゆる品物を取り揃え、訪れる者が望む物、全てを売っているらしい。らしい、というのはね、僕はその店に行った事がないのだよ。その存在すら、つい最近知ったくらいだ。ある大雨の日、僕が書庫で雪崩れた本に埋まっていた時の話だ。歌仙くんに食材の買い出しを頼まれていたはずの肥前くんが、手ぶらで駆けてきて僕を掘り起こすなり、何やら忙しなく捲し立ててきてね。何事かと尋ねても、「いいから早く来い、とんでもねえ店がある」などと凄むから、僕も思わず根負けしてね、渋々大雨の中、その店へと向かったのだよ。
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