恋と天秤(もう少し分散してくれたらありがたいんだけどな……)
なんてことを思いながら、成歩堂は昼下がりの街を急ぐ。目指すは某喫茶店だ。
現在珍しく複数の依頼が舞い込んで、連日クライアントとの打ち合わせが入っている。
今日は外での打ち合わせをご所望とのことで、約束の十五分前に喫茶店に着き、関係資料を広げた。
約束から十分、二十分、三十分………
待てども待てどもクライアントは現れず。
さすがにおかしいと思い、同時に嫌な予感がよぎる。勢いよく手帳を広げると、はぁぁー……と深い溜息。
約束は明日だった………。
連日の疲れがドッと押し寄せた。自業自得なのだからと甘んじて受け止め、喫茶店を出る。
駅へ向かう道すがら、聞いたことのあるメロディーに足を止める。
ポポポンポンポンポンポンポン
テレッテーテテーテレレレーー♫
ゲームセンターから流れるその音楽に顔を向ければ、店頭にトノサマンのUFOキャッチャーが幅を利かせていた。
「トノサマン特大クッション……」
お尻二人前はありそうな円型の上部から、トノサマンのちょんまげが突き出ている。この部分、どう考えても邪魔だよな…。
…ちょっと息抜きでもするか。
その景品は、取ろうとすれば間違いなくン千円のお金が吸い込まれ、結局普通に買えたよというオチの付く程にはデカい。
どうせ取れないだろうし、財布のコインは七百円。一回五百円の投入口にじゃらじゃらと五枚を入れると、ウィィンとクレーンを動かす。
少しだけ落下口にかかっていたので、持ち上げるより押して落とす作戦を選ぶ。
…ん?
……え?!
………はっ?!?!
ボスッと鈍い音とともに、デカトノサマンが落ちてきた。
取れた。
…どうするんだ?これ……。
取り出して持ち上げると、天秤と二つの顔が脳裏に浮かぶ。
真宵ちゃんとあの男を天秤にかけ、下がった皿にあの男が乗っていたので、成歩堂は検事局に向かうことにした。
いや、仕方なくだ。仕方なくなんだ…。
なぜなら、ここから検事局までは歩いてひと駅分。事務所に持ち帰るにはこのデカトノサマンと共に電車に乗ることになるのだ。
…どこか、真宵ちゃんに対する懺悔のような、御剣にあげたい言い訳のような…誰も聞いていない正当な理由を探している自分が滑稽で、素直じゃなくて、少しばつが悪い気分になる。
店員さんに透明の景品袋をもらうと、検事局目指して歩き出した。
ぜえ、ぜえ………
日頃の運動不足を痛感する情けない呼吸と共に、ようやく検事局に到着した。
携帯電話を取り出すと、御剣に電話を掛ける。
…
………
「留守番電話サービスセンターです。」
あれ。あいつ今日裁判所か?
…まぁ、いいか…。
すっかり顔パスになった検事局の受付を通り抜けると、あの部屋に向かった。
ドアノブに袋の持ち手を掛けると、手帳とペンを取り出し、一枚破いて置き手紙を書く。
それを二つ折りにして袋の中に落とすと、「可愛がってもらえよ」と呟いて執務室を後にした。
✻
…今日はなかなかに手厳しい審理だった……。
心身ともに疲れた様子の御剣が裁判所から戻ると、すれ違う上司や後輩検事たちが心なしか笑みを浮かべている。
いつも眉間に近寄り難いヒビを入れ、歩けば海割れて道ができる程には敬われた存在の彼だから、本人もその違和感に気づいていた。
上級検事執務室・一二〇二号
ドアが近づくと、目に飛び込んできた光景に仰け反った。
透明な袋は中身を隠す機能を成さず、飛び出たちょんまげはシュールに来訪者たちの力を抜けさせる。
「……ッ!!!」
こんなふざけた真似をするのは、御剣の知る限り二人しかいない。そのうちの一人、糸鋸刑事は今日は確か終日外回りのはずだ。
となると、残るもう一人のふてぶてしい顔が浮かぶ。一体何の嫌がらせなのだ……!
…ん?紙か?
袋の中にあるメモの存在に気づき、取り出して開くと、やはり犯人はあの男だったが、
お疲れ!
一個しかないからお前にやるよ。
マヨイちゃんには言うなよ!
…真宵くんより、私に……。
眉間のヒビはすっかり消え去って、代わりにほんの少しだけ、体温が上がるのを感じる上級検事御剣だった。