夜空太陽は大いに焦っていた。
いつでも何でも楽しむこと、をモットーにしている太陽は、苦しい状況でもそれをむしろ楽しんで乗り越えてきた。それなのに今は、訳もなく走り出したいような、叫び出したいような、そんな漠然とした不安と焦りが胸中には渦巻いている。
「はぁ……やっぱそう簡単に見つからねーよな」
深い溜め息と共に太陽はそう独り言ちた。キョロキョロと何かを、誰かを探していた太陽は、落ち着け、と自分に言い聞かせながら立ち止まる。
焦ってもいいことなんてない、そうわかってはいるけれど。ぐっと握りしめた拳を、太陽は悔しそうに見つめた。
◇◆◇
大型戦闘演習が終わって数日。結果は惜しくも負けてしまったものの、太陽にとっては得るものの大変大きな演習だった。
でも負けが悔しいことには変わりない。もっと動けていたら、もっと能力が強かったら。どうしてもそんな考えが頭を過る。
ペアも対戦相手も、皆太陽より年上だったけれど、その差はたった一つだ。彼らと太陽の間に、大きな違いはないはずだった。なのに彼らはすごく大きくて、強くて。たった一つの年の差では説明できないような、そんな明確な隔たりを感じた。
「……何が足んなかったんだろ」
皆が全力でぶつかった、その最後の瞬間。勝利を掴むためにあと一歩必要だったもの。太陽はずっと考え続けていた。
例えば身長、体格。戦える者達はやはり体格に恵まれている人が多い。だが例外はあるし、望んでも必ず手に入れられるものではない。太陽だってもう数年もすればまだでかくはなるハズだし。まだまだ成長期だし!
例えば戦うための技術。演習の参加者は皆それぞれにあった武器を使いこなしていた。太陽は近接武器ならある程度何でも使えるが、これといった武器はない。素手の方が能力を使いやすい、という理由もある。
技術が未熟であるのは痛感した。だがこれも一朝一夕で身に付くものではない。これからも友人達と切磋琢磨して磨いていくつもりだし、演習でペアを組んだ鷹見和叉先輩にも組み手や剣術を教わる予定もある。できたら和叉先輩の主従の人とも手合わせさせてもらいたいな、なんて。
「……あ」
そこまで考えてふと、思いついてしまった。主従。そうだ、太陽にはまだマスターがいない。
主従契約を結べば能力を強化できる。もちろん演習は強化なしの純粋な実力勝負だったけれど、主従の相手がいれば力の使い方だとか、一人では手に入れられない強さが見つかるんじゃないか。
「俺の、マスター……」
一体どんな人がマスターになってくれるだろう。一緒に戦える人か、それとも太陽が守りながら戦うことになるのか。恋人とはまた別の、太陽が守るべき相手。
急いで見つける必要はないと思っていた。でも、今はまだ見ぬその人に早く会いたい。自分の可能性をもっともっと広げたい。
「よっし!」
そうと決まれば、自分の足で探さないと。太陽は急く心のままに部屋を飛び出した。
◇◆◇
そうしてマスター探しを始めて、もう何日経っただろう。闇雲に走り回っても見つからないとは思っていたが、何かきっかけの一つでも落ちていないかと期待していたのに。
「うーーん……どうすっかなぁ」
もういっそ『マスター募集中!』と書いた看板でも背負うか、なんてことを考えていたら、突然後ろから鋭い声が掛けられた。
「危ねぇっ!」
えっ、と思ったのは一瞬。気がつけばぐんと強い力で体が持ち上げられて、逞しい腕に軽々と抱えられていた。ザザッと地面を滑る音、ガクンと伝わる衝撃。
一体なんだ、と太陽が顔を上げた瞬間、たった今まで太陽がいた場所にガァンッ! と大きなコンクリート片が落ちてきた。
「なっ……」
「ふー、危なかったな」
ヒビでもあったのか、老朽化していたのか。校舎の壁の一部が剥がれ落ちたらしい。何か落ちてこいとは思っていたが、こんなものが落ちてくるのは予想外だ。
「怪我、なかったか?」
トンッと地面に下ろされて、太陽は助けてくれたその人を見上げた。太陽よりも大分背が高い。ネクタイの色は青、高二かな。すごいスピードで移動したと思ったのは彼の能力だろうか。
「大丈夫、ありがとな! 助けてくれて」
「ああ」
ぽんぽんと頭を撫でられたかと思えば、目の前にふよふよと小さなサンタ? みたいな女の子が飛んできて、何やらぷんすかしている。
「なんだよベル、このくらいで怒んなって」
どうやら彼が太陽を撫でたことに抗議しているようだ。ちっちゃくてかわいいサンタ妖精を連れた彼は、太陽に怪我がないと分かると「気を付けな」と残してもう去ろうとしている。
「あっ、待って!」
面白そうな彼らとこのまま別れてしまうのはなんだか惜しくて。思わず太陽は彼を呼び止めた。振り返った彼は不思議そうに首を傾げている。
何かお礼を、いやもっと話してみたい、そう考えてふと、彼の着ている制服が目に入った。白のジャケット、それは。
「なぁっ! あんた、マスタークラス?」
「ん? そうだけど」
これはもしかしてもしかするんじゃないか。太陽は期待せずにはいられなかった。
「俺のマスターになってくんないっ?」
「……え?」
かくかくしかじか。事情を説明すると、彼は真面目にふむ、と顎に手を当てて首を捻った。
「理由は分かった。だが急いでもいいことねーぞ」
やはり強さは一朝一夕に身に付くものではないから、と。守りたいから強くなることと、強くなりたいから守るものを手に入れることは違うのだ、と。諭すように彼は言う。
「分かってる、けど……」
「……焦る気持ちは、まぁ分かるよ」
それでもマスターはよく見極めてから決めるべきだと、彼は太陽の頭をくしゃくしゃと撫でた。年上なだけあって、彼は随分と大人のように冷静だ。なのに初対面の太陽の話をちゃんと正面から聞いてくれて、こうして考えてくれる。
お互いに何でも意見をぶつけあって一緒により良い方を目指せること、どちらかが熱くなっても冷静に注意しあえること。太陽の理想の主従像だ。断じて適当に選ぶわけじゃない。
「なぁ、やっぱり俺、あんたにマスターになってほしい」
そう言った太陽を、彼はじっと見つめる。太陽もけっして目を逸らさなかった。
「……本気か?」
「もちろん!」
「はー……わかった。でも今日はダメだ」
真剣さが伝わったのか、彼は頷いてくれた。でも何故か少し困ったように彼は頬を掻く。
「え、どゆこと?」
「まぁ明日だな、えーと?」
「あ、ごめん。俺は夜空太陽。中等部三年」
「太陽、な。俺は戸仲井鈴谷だ」
ここにきてようやく互いに名前も知らなかったことに気がついた。思った以上に焦りがあったのかもしれない。まぁ、だからといって主従契約の申し出を覆そうとは全く思っていないけれど。
鈴谷先輩、と声に出してみると、彼は苦笑して「先輩はいらねぇ。鈴谷で構わねーよ」と言った。
「太陽。気が変わってなけりゃ明日中等部二年のマスタークラスに来い」
「なんで中二?」
「いいから、間違えんなよ?」
そう念を押して、今度こそ鈴谷はベルを連れて行ってしまう。何故明日でないとダメなんだろう。それに何故中二のクラスに? わからないことばかりだが、せっかく落ちてきたこの縁を大事にしたいと、太陽はそう思った。
◇◆◇
逸る気持ちをなんとか押さえて、太陽は翌日言われた通り中二のマスタークラスを訪ねた。下手すれば小学生にも間違えられる太陽は、下の学年のクラスを覗いてもさほど違和感は感じられなかったらしい。
教室を見回してみても昨日見たあの高身長は見当たらない。まだ来ていないのか、からかわれたとは思いたくないが……
「なぁ、戸仲井鈴谷っている?」
クラスの人にそう聞いてみると、いるよ、とすんなり呼んできてくれた。だがとことこと近付いてきたのは、太陽よりは大きいものの年相応の身長の男子。
「えーっと、戸仲井は俺だけど……先輩、誰?」
太陽がズボンのベルト通しに結んでいるネクタイを見て首を傾げた少年は、確かに鈴谷の面影がある。ふわふわと周りを飛んでるベルの姿も同じ。でも昨日会ったことも、話したことも覚えていないようだった。他人にしては似すぎているし、兄弟なら同じ名前はつけないだろう。フルネームで聞いたから彼が鈴谷であることは間違いない。
どういうわけかはわからないが、もしかしてこれが昨日契約を即断しなかった理由なのだろうか。先輩はいらないって本当に先輩じゃなかったから?
やっぱり、この学園は不思議でワクワクする出会いに満ちている。太陽はニッと笑って、改めて鈴谷に手を差し出した。
「俺は夜空太陽!」
「夜空、先輩」
「なぁ、俺のマスターになってくんねぇ?」
鈴谷は突然の誘いに驚いた顔をしていたが、少し考えた後すんなりと首を縦に振った。
「俺年下だけどいーの?」
「全然いーぜ!」
太陽の方からお願いしているのだ。年下だとかそんなことは関係なく、太陽は鈴谷と主従になりたい。差し出した手を握られ、太陽もぎゅっと握り返した。
もっと話がしたい、鈴谷のことを知りたい、太陽のことを知ってほしい。わからないことがたくさんで、でもそれが面白くて楽しい。
まだ何もわからないけれど、きっと面白い主従になれそうだ、と。そう思った。
「へへっ! よろしくな、鈴谷!」
終
おまけ
鈴谷と無事主従契約が成立し、これからよろしく、と改めて握手を交わして。なんだか不思議な感覚だった。
主従としてはもちろん、ただの友達としても鈴谷とはもっと仲良くなりたい。太陽がそう思っていた所、目の前にふよふよと小さなサンタが漂ってきた。
「えっと、ベル? これからよろしくな」
鈴谷に小さい頃からついているという彼女にも挨拶してみると、彼女は何やら小さなプレゼントボックスを出して太陽にくれた。友好の印みたいなものだろうか。
「え、何くれんの? ありがとな」
「あ、太陽君それは……」
少し焦ったような鈴谷の声が聞こえたが、遅かった。太陽が箱を開けると、ポフッ! と勢いよく白い粉が飛び出してきた。
「わっ! ケホケホッ!」
「あ~! こらベル! 何やってんだ!」
鈴谷が怒るものの、ベルは楽しそうにリンッと鈴の音を鳴らして逃げていく。
「太陽君、ベルがごめん……」
「けほっ、あーびっくりした」
咳き込んでいた太陽が顔を上げると、まともに粉がかかったせいか顔が真っ白になっていて。
「! あはははっ!」
太陽と鈴谷は顔を見合わせて大きな笑い声をあげた。思わぬいたずらにあったが、ベルも一応歓迎? してくれてるんだろう。鈴谷との主従関係は、やっぱり思った通りに楽しいものになりそうだ。
終