冷めたチキンを温めますか?②【レムマツ】「だ〜か〜ら〜、この際唾液でも良いんでサンプルをですねぇ」
「嫌に決まってんだろ。出てけ」
レムが親友(と勝手に思っている)の吸血鬼の屋敷を訪れると、なにやら来客の対応をしているようだった。
吸血鬼……万波と言い争いをしている男は、異様な出で立ちをしていた。顔に包帯を巻いていて、その包帯の隙間から覗く目は丸くギョロッとしていて、耳まで裂けた大きな口にギザギザの歯をしている。白衣を纏ったその身体はレムよりもブクブク醜く太っていて、全体的に清潔感が無いというか汚らしい。白衣のところどころに謎の液体のシミがついてて尚更だ。
レムがその男の異様さに驚いていると、その男はレムを見やり失礼にもチッと舌打ちした。
「いいところだったのに、空気読んでくださいよ……じゃあ、俺はこれで。でもまだ諦めたわけじゃねぇですからね?後日また来ますんで」
「二度と来るな」
万波はそう言ってシッシッと手で払う仕草をすると、その男はやれやれと肩をすくめて見せた後部屋から出て行った。
「何あのおっさん?すげー胡散臭いし風呂入ってなさそうで汚いんだけど」
「ブーメラン刺さってるぞ。……あいつは、監獄島の獄長のひとりだよ。”ブラックスラッグ”ってとこの」
「えっ?あー、”ブラックスラッグ”って監獄島の中でも死刑囚取り扱ってる監獄だっけ?獄長って大体知ってるけど顔までは知らないからなぁ、初めて実物を見たよ」
「そうなんだよ。なんか我のサンプルを摂りたいとか言ってよく家に押しかけてきてさ」
「へぇ、大変だねぇ〜」
「しっかしホント汚かったな〜」と思いつつ、レムは万波に向き直り本題に入る。
「それよりもさぁ〜……キミ、クリスマスに予定ある?」
「お前とゲーム大会する気は無いけど」
「ブッブ〜!残念でしたぁ〜!ボク今年はクリスマスに予定埋まってるんでぇ〜!!プークスクスwwww」
「じゃあなんで「予定ある?」って聞いたんだよ」
万波が呆れつつそう聞くと、レムは「待ってました!」と言わんばかりの表情で鼻息荒くする。
「知りたい?知りたい?」
「いや、まったく」
「仕方ないなぁ〜!キミがそこまで言うなら教えてやらんでもないなぁ〜!!」
「だから知りたくもなんとも」
レムは得意げに笑うと、スッと片手をあげる。そのブヨブヨとした薬指に輝いているのは、十字架の形にカットされた紫の宝石がついたエンゲージリング。
「ボクはねぇ、今年……愛する”婚約者”とクリスマスを過ごすのさ!」
「……………は?」
万波は思わず目を丸くし、レムの顔をジロジロと見る。
「お、お前……ついにマツリとそういう関係に」
「は?なんでそこで悪役令嬢が出てくんの?」
「えっ」
「ボクの推しVtuberの〜暗井夜音たんに決まってるじゃん♡」
「…………あっ」
万波は何かを察して、それから憐れむような表情になる。
「そうか……お前、ついに現実と妄想の区別がつかなくなって」
「違うって!!これ、公式からも出されてるから!!このエンゲージリングは暗井夜音誕生日記念に出たグッズなの!!暗井夜音の『墓場まで一緒♡エンゲージリング』!!」
「エンゲージリングが、グッズて……」
ついていけない様子の万波に構わず、レムはスマホ画面をグイグイと見せつける。
そのスマホ画面にあるのは、少し恥ずかしそうな表情で黒いウェディングドレスを纏い黄色の百合のブーケを持った暗井夜音のイラスト。すると、今度はスマホからこんな音声が流れる。
『まさかド低脳なてめぇと結婚することになるとは……ね。人生何があるか分かったもんじゃねぇです……まっ、この私と結婚する以上一生モルモットになる覚悟はあるようですねぇ?フヒヒッ、たとえ死んでも壊れても死が二人を分つことになっても………ずっと、ず〜っと一緒ですよぉ?』
「ねっねっ?最高でしょ?エンゲージリング購入特典の書き下ろしイラストと限定シチュエーションボイス!!これで寿命が数百万年伸びたよ!!」
「…………」
興奮するレムをよそに、万波はなんともいえない怪訝な表情になる。
「確かに、見た目は可愛いっちゃ可愛いけど、喋り方がどっかで……」
「もう本当にさぁ!これだけで14万出した甲斐があったっていうか」
「じゅっ、14万……!?」
「14万」という金額が飛び出して、万波は思わずさっきより目を丸くする。
「通常だとエンゲージリングって給料三ヶ月分ぐらいするでしょ?それと比べたら破格だし、なによりこれで夜音たんと婚約を結べるならお安いもんだよぉ♡」
「婚約って……じゃあ、その指輪買ったやつはみんな暗井夜音の婚約者ってことになるんじゃ」
「あーあー!聞こえな〜い!ボクな〜んも聞こえな〜い!」
「コイツ手遅れだ」
耳に手を当てて聞こえないふりをしているレムに、心底呆れたような顔をする万波。「とにかく!」とレムは万波さんに向き直ると、見たことないぐらいのドヤァとした笑顔を浮かべて肩をポンッと叩く。
「婚約者がいる者同士、お互いクリスマス楽しもうね……フッ」
「一緒にするな」
万波はそんなレムを冷たい目で見やり、ファミコンでピコピコとゲームの続きをする。
「何言ってるのさ!同じだよ!なんだよ、彼女持ちだからって余裕ぶってさぁ!」
「彼女じゃないし」
「はぁ?婚約者なのに彼女じゃない?それ矛盾してない?てか、美人で明らか好感度MAXな幼馴染連れといて彼女じゃないって抜かすとかどんだけ」
万波はゆっくり振り返り、レムの顔を見据える。その目を見たレムは、思わず言葉を失った。なぜならその目は冷え切っていて、そしてどこか絶望を感じさせるような、そんな虚なものだった。
「お前に、何がわかるんだよ」
その低い声音に、レムの背筋にゾワッと冷たいものが走った。相手は、どう見てもひ弱な吸血鬼の筈だ。それでも、時々凄みを感じる時がある。それは”影の兵”の血の影響なのか、それとも……
「ヴァン」
その声にレムは振り返ると、そこには真っ白で綺麗な女性が佇んでいた。綺麗だが、どこか昔話に出てくる”雪女”を彷彿とさせられる、そんな女性。
「ビアーコ」
「急に来てごめんね、ヴァン。突然会いたくなって」
その女性……ビアーコは万波にそう微笑みかけると、そしてレムに向き直る。
「ごめんなさいね、私彼と二人きりになりたいの……引き取ってくださる?」
ビアーコは、柔らかい笑顔を浮かべてそう言った。笑顔、なのだが……その笑顔に有無を言わせない何かを感じて、レムは思わずコクコクと頷いた。
「わ、わかったよ……じゃ、じゃあ帰るね」
レムはぎこちない笑みを浮かべ、逃げるようにその場から退散した。
「ひゃあ、おっかねぇ!ある意味お似合いな二人だよ……まったく」
屋敷から出たレムはそう言ってやれやれと肩をすくめる。それから、来たるクリスマスに備えて暴食の国へと向かった。
つづく