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    捏造961もどき・雑談するだけシリーズ(?)
    題:騎士と昔話

    『Sword and oath, And all you need!』 しゅ、しゅ、と目の粗い布と剣の腹が擦れる音が目の前で立てられるのを、ロイドはずっと見つめている。
     右から左へ──向こうにとっては反対だ、ゆっくりとした、だが決して軽くはない手の動きが繰り返されるのを、ただ、ずっと見つめている。
     その手を見るのが好きだった。この時間が。目の前のひとの、剣士としての父の立ちふるまいを見ているのが。

     少し距離を空けて並んだ寝台にどちらからともなく向かい合うように腰掛けて、いや、大抵の場合はロイドのほうが先だ、夜の他愛もない時間を過ごすのが常だった。風呂も済ませて服を着崩していつでも寝てしまえそうな格好のロイドとは違い、クラトスはまだ旅装を少し解いた程度だ。
     剣の手入れをするクラトスの手元、それから表情をまじまじと眺めていられるのは、自分のぶんを早々に終えてしまった時の特権だ。
     昔、初めて宿で同室になった日、それまで見よう見まねで手入れをしていたロイドに正しい作法を教えたのは彼だ。思い出せば思い出すほど彼はいろいろなことを教えてくれている。その記憶の中の姿と目の前の光景が重なる瞬間が、好きだ。

     黙って眺めているときもあるが、他愛ない雑談に興じるときもある。今回は、前者のつもりだった。
    「この街には騎士団がいるようだが」
     珍しいことに、この夜口を開いたのはクラトスのほうからだった。
    「え、……ああ、昼間見たやつか」
     彼の言うところを理解するまでには一瞬の間を要した。手元を眺めていることについて苦言を呈されたことはないが、嗜められた気分になってどこか気恥ずかしい。

     今訪れている街は、今地図上にある中ではかなり大きな街と言える。ロイドの知るかつてのテセアラ王都メルトキオにも似た規模だが、歴史はそれよりも少し浅いくらいだ。少しと言っても、あくまでロイドにとっての時間の尺度での話だが。
     今はただの旅人であるロイドには各地の権力事情はほとんど関わりがなく、今この街を治めているのは王ではなく民に選ばれた代表であるらしい、という知識のみがあるだけだ。実際のところ、深く関わる必要がないのならその方がいい。
     自治がそれなりに行き届いているだけはあるのか、街を適当に歩いているだけでも何度か軽鎧を纏った同じ服装の人物が巡回しているのを見かけた。揉め事の対処が主な仕事らしいそれらの人物の正体は、ここでは騎士団と呼ばれる者たちだそうだ。

     ……というのを、クラトスの言葉で思い出した。いろいろと事情があった頃はともかく今はやましいことをする気はないので、正直ロイドはあまり気に留めていなかったというのが本音だ。

    「統率のとれた組織というのはある種権力と繁栄の象徴でもある。すなわちその様子を見れば上の人物、あるいはこの土地自体のことも大まかに察せられる。この街は随分と活気があるようだ」
     鈍い輝きを取り戻した剣の腹を眺めながらクラトスは語る。
     もちろん彼の言わんとすることは理解できるが、彼の立場はロイドとそう変わらないはずで、自分とは違い何がそれほどクラトスの興味を引いたのかまでは瞬時に思い至らなかった。

    「俺が今までで一番印象に残ってるのは何回も戦ったテセアラの教皇騎士団なんだけど」
    「……あれはとても健全ではないな」
     連想を重ねてロイドの記憶の引き出しの中で最初に引っかかったのは、しつこく追い回され剣を交えた者たちだった。仰々しい甲冑の音を今でも思い出せそうだ。
     その名前を口にすると、クラトスは苦笑した。──確かに、あれは完全に“上”が腐敗していたと言えることは分かる。少なくとも表立って黒い噂は聞かないこの街と比べるのは失礼だったかもしれない。

    「それ以前はそもそもそういう存在を知らなかったしなぁ……でも、もっと昔からあるにはあったんだろ?」
    「私が騎士となった頃には既に当然の存在だった。歴史自体はさらに昔から存在するだろう」
    (あ、)
     なんでもないように続けられた言葉は、ロイドにとっては特別な話だった。
     いろいろな思惑があったのだろうが、これまで昔話を積極的にすることのなかった彼がロイドの希望を汲んで、おとぎ話の人物になるよりもさらに前の話を時折してくれるようになったのはごく最近のことだ。
     知りたいと願う心は今でも変わっていなくて、他愛無い会話の中にそれを見つけるとつい嬉しくなる──のは、ロイドの中での些細な秘密だ。過去の話はクラトスにとっては良い思い出ばかりでもないだろうから、そのうち自然と聞く機会が訪れればいい、とうっすらと考えていたのだった。

     しかし、直接関わりがないのにクラトスが気に留めていた理由は、出自のことを思い出していたからだったのだろうか。
     おそらく彼の剣術にその頃のことが関わっているであろうことは察している。剣士としての彼の出自に興味を惹かれずにはいられない。
    「やっぱり今とは全然違うのか?」
    「今日見た限りではそうだな……状況が違えば在り方も自然と変わるのだろう。昔は知っての通り戦の時代だったからな」
    「……そうだよな」
     尋ねてみればクラトスは淡々と答えてくれるが、その内容はけして穏やかなものではない。
     遠い昔を思い出すというのはどんな気持ちなのだろう。……どこまで覚えていられるものなのだろう。声を聴きながら、思わずだらしなく丸めていた背を正す。
    「当然、剣を学ぶのは国を守るためであり、有り体に言えば命を捧げることにも等しかった。長く戦が続いたがゆえに、ほとんどの者がそれを疑いもせず、そういうものだと思っていた」

     ほんのわずか金属質な音を立てて、クラトスが手入れの終わった剣を鞘におさめた。ずっと手の中の一振りを眺めている、その凪いだ表情が目に留まる。
    「だが、本質は大局よりも目の前のことにあったのだと思う。主君を戴き民を守ると誓いはすれど、遠すぎる存在のために生涯を懸けて戦いに身を置く覚悟のできる者などそう多くはない。
    騎士は誓いに生きる、と言うのなら、己が大切にしているもののために剣を取るというほうが余程人間らしく相応しい。私がそれに気が付いたのは、皮肉にも誓いを反故にした後だったが……。
    ……この点においては、この街の騎士たちの士気を見ると今も変わらぬように思える」

     今の人々だってきっとこの街の平和のために日々を過ごしているのだろうが、それとは毛色の異なる、命を捧げる覚悟、とは、たとえ大昔の当たり前だったのだとしてもロイドにとっては重い鎖のように感じてしまう。クラトスの“その後”については大まかに知ってはいるが、それよりも前、彼が剣を取るのにそんな覚悟があったのなら、──やっぱり、強いな、と思う。

    「気付いた、ってことは……最初は」
    「……ああ。ただそういうものだと、少しも疑いはしていなかった。ただ己の立っている場所が虐げられる者たちの上にあることを真に思い知った時、ようやく初めて剣を取るための誓いを漠然としたものではなく己に…… 彼ら・・の理想に立てたのだ。だがそれも、永遠にはならない」

     ゆえに、私はもう騎士ではない。とうの昔から。そう言い切って、クラトスは視線を上げた。
     その目の奥に浮かぶ自嘲と後悔に、ロイドが触れることはできない。彼にとってはただの昔話にすぎないのかもしれない。……でも。
    「……でも、父さんだって、ちゃんと大事にしたい理由が見つかったんだろ? 何も知らなかった俺がこんな、軽々しく言っていいのかは分かんねーけど……」
     少しだけ表情を和らげたクラトスを前に、深呼吸をひとつ挟む。こんなことが言えるのは今だからだ。昔話ができるようになった、今だから。
    「そんなさ、昔の自分のことをそんなに自分で悪く言わなくてもいいんじゃないか。俺が教わった剣術も、俺とは全然違う普段の戦い方だって、見てればなんとなくわかるよ。なんとなくだけど、まだ……大事にしてるんだなって」
     戦いにおいてよく見ることになる父の背に抱く感情のひとつは、憧れだった。ロイドにとってそれは昔から同じだ。それを彼自身に否定してほしくはない。

     ────おまえは本当に。そう僅かに呟いたクラトスは、ゆっくりと瞬きをしてから立ち上がった。
    「……そうだな。そうだ。すべてを後悔しているわけではない。それに、剣技の基礎ばかりは切っても切り離せないな」
    「……」
     それを寝台の上に座り込んだまま目で追っていると、ロイドの側からは少し距離を開けたところで立ち止まる。それから鞘に収めたばかりの両刃の剣がすらりと引き抜かれて、驚きに目を見張った。
    (なんだろう)
     ふと、ほんのわずかにクラトスの纏う雰囲気が変わったように感じた。それはふとした瞬間の父の背に感じるものにどこか似ている。
     当のクラトスはやわく目を細め、部屋の照明に反射して銀色に光る刀身を静かに見つめていたが、少しして、また剣を収めた。
     目の前に佇んでいる、帯剣した男がおもむろに口を開く。
    「騎士の命を受ける時の誓いの言葉を知っているか」
    「……そういうのがあるのか?」
     あまり理解に至っていないまま聞き返す。胡座をかくのをやめ、疑問と一抹の興味に惹かれるまま寝台の端ににじり寄って浅く腰掛け直した。

     見上げる男は襟元を正し、
    「今も形式じみたものが残っているのかはわからないが……」
    そう、ロイドにひとつ前置きを告げて目を伏せた。



     互いの微かな呼吸の音が重なって、一瞬だけうまれた静寂を皮切りにするように、すっと眼前の剣士が顔を伏せる、────いや、衣擦れの音を残し、流れるような動作で片膝をついて跪く。
     その物静かな光景に、雰囲気に流されるとはこのことだろうか、静止の言葉をかけることは憚られた。言葉になり損なった感情がこくりと喉の裏を滑り落ちていく。

    「これよりいつ如何なるときも、」
     抑揚の少ない低音が、術を詠みあげるように言葉を紡いでいく。

    「けして裏切ることなく」

     心臓の音が聞こえ始める。
     彫像のようにぴくりとも動かない爪先を、肩を、頭を。頭を垂れた男の普段見えない旋毛を、ロイドはただ呆然と見下ろしていた。自分と足元の男を取り巻く環境のすべてが場違いであるかのように錯覚する。最後には自分すらも。

    「欺くことなく」

     声には不思議な魔力がある。音を辿った先から目が逸らせない。どうかこのまま聞き届けてくれと言われているようにも感じる。真実かどうかは、すべて彼の胸の内にある。

    「誠実であり」

     ことばを咀嚼しようとしては、ただならぬ雰囲気に呑まれて失敗し、思考が浚われていく。流れる言葉は水のようだ。日々見る優しさも厳しさも、静かな闘志も、それから後悔も滲まない透明な声色。

    「この身を捧げ」

     見惚れていた。ロイドが座っている場所は地位ある者の椅子ではないし、クラトスが膝をついている場所は荘厳な建物の磨き上げられた床ではないが、そんなことはもはや関係なく、ただ彼の姿に。

    「主の理想を守る盾となり」

     不思議と、正面から見下ろしているのに彼がひとりで鍛錬をしている時の横顔を思い出した。今は長い前髪の奥にあって見えない瞳は、いつも静かに剣を見つめている。同じだ、と思った。

    「主の道を切り拓く剣となれ」

     この男は、ロイドのすぐそばにいる男の剣は、そういうものでできている。



    「本来であればもっと儀式的に行ううえにこれを述べるのは私ではないのだが……、……ロイド?」
     淡々と誓いを述べた剣士の──騎士の男は、次の瞬間には区切りをつけたかのようにいつもの声色を纏っていた。何も反応を返せずにいるロイドに気付いてか、膝をついたまま顔を上げた男は、父の顔をしている。
     でも、さっきまでのは…………多分、違う。
    「……なあ、これ……。本当に俺が聞いてよかったのか?」
    「それは……どういう意味だ?」
     その差を認めてしまうとどことなく落ち着かなくなって、少し遠回りな質問をした。だが結局はまっすぐに聞き返されて意味を成さない。
    「いや、その、なんつーか、冗談には聞こえないというか」
     項垂れつつもどうにか言葉を続ける。

     ずっと眠っていた憧憬が不意に起こされると、いつもこうだ。体感温度は少し暑い。目を逸らしているから分からないが、おそらく涼しい顔をしているであろうクラトスとは正反対に。
    「冗談で言うようなことではないな。誓いというものは、本来そのくらい大切なものなのだ」
     彼の語るトーンは冗談とは程遠い。そんなことはさっきの宣誓を聞いていれば分かっていた。……それでも。
    「だったら」
    「冗談のつもりはない。先に言ったことはすべて」
     それでも言い切ってしまったクラトスに驚きすら感じる。
     ただ遠い過去をなぞっていたのではなかったのか。では彼の宣言した内容が向けられていた相手はかつての名も知らない主君ではなく、ロイドに他ならなかった。
     一体いつから彼がこんなことを思っていたのかをロイドは知らない。ロイドにとっては突然大切なものを投げて寄越されたようなものだ。それをこの一瞬であらためるなど…………無理だ。とても。
    「…………俺、そんな偉そうな立場じゃねーし、そもそも守られるだけのつもりなんかないけど」
     観念してちらりと視線を上げたロイドが呟いた言葉はただの負け惜しみだ。べつに最初から何とも争ってなどいないが。
     鳶色の視線が重なる。もう頭を垂れてはいない男は、ロイドが項垂れたぶん先ほどよりもほんの少し近くなった距離でふっと小さく笑って、
    「心配するな。騎士になる際に誓うのはたしかに忠誠だが、これは…………そうだな、私なりの、約束、のようなものだ」
    そう言ってなめらかに立ち上がった。
     目で追った先にある立ち姿は、ひとりの剣士であり、いつも通りの、ロイドが傍にいることを望んだ男の姿だった。




    「話し込んでしまったな」
     昔話はおしまいだというように、クラトスが肩をすくめて一言をこぼした。

     ロイドが座ったまま見ているうちに彼はさっと剣帯を解いてしまって、剣と手入れの道具を軽く片付けてから、風呂に入ってくる、と言い残してあっという間に扉の向こうへ消えていった。
     嵐が去って日常が戻ってくるのは一瞬だ。ロイドは首を捻って父の背と閉じられた扉のほうをしばらく見つめていたが、
    『──けして裏切ることなく、』
    やがて透明な声が耳に鮮明によみがえってきて、どうにもそれを振り払ってしまいたくはなかったので、諦めて行儀悪く背中から寝台の上に倒れ込んだ。ぼふり、とやわらかい布団が音を立てる。

    「……ずるいなあ」
     白い天井を眺めながら呟く。暫くすれば戻ってくるであろう男は、おそらくほんの少しやわらかい表情をしている。しかし結局は、冷静な剣士の顔でも、あるいは秘めた騎士の顔でも、どんな表情をしていてもロイドの心の深いところにいる男には違いない。
     胸のうちから絞り出された言葉は、取り繕う必要もない今、間違いなくロイドにとっては本音であり、負け惜しみにもならなかった。
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