ディノが不在だった頃に比べれば、酒を飲み過ぎて動けなくなったから迎えに来いとキースに呼ばれる機会はかなり減ったが、まだゼロというわけではない。
キース本人も酒の量を減らそうとはしているが、四年の間に身についてしまった悪習は早々どうにかなるものではないらしい。
スマホの短縮ダイヤルのトップに俺を登録しているのも影響すると思われる。
ただ、今日はキースからの電話を受けた段階で違和感があった。
口ぶりはしっかりしていたし、よく出入りしているウエストセクターのバーでないのは珍しい。
キースが俺に迎えに来いと連絡してきたのは、イーストセクターのリトルトーキョーに近い場所にあるビアガーデンだった。
初夏から秋口に掛けて期間限定で開かれているそこは、場所こそ以前から知っていたが訪れたのは初めてだった。
平日だが思っていたよりも人が多く、賑わっていることから察するに人気のスポットの一つになっているのだろう。
バーベキューを楽しむファミリーやカップルたちの中から目的の相手を探していると、不意にくい、とネクタイが軽く引かれた。
キースのサイコキネシスかと引かれた方向へと顔を向ける。
奥のテーブルから手を振って来たキースはさほど酔っている様子ではない。
どういうことだと訝しみながら、キースの元へと足を進める。
「よう、ブラッド。迎えに来てくれてサンキュ」
改めて近くでキースの様子を確認しても、ほぼ素面と言って良い。
「……酔って動けない、ということはなさそうだな。動けるようなら俺は帰る」
「帰るなって! だって、お前、普通に飲みに誘っても大体断るだろ。ここまで来たんだから、とりあえず座れよ。あ、さっき言ってた和食のつまみのセットとスパークリング日本酒二つずつ頼む」
「おい! 酒は――…………今、和食のつまみと言ったか?」
俺の腕を引きながら、キースが近くを通りがかったウェイターに手早く注文する。
和食のつまみと日本酒という言葉に一瞬心奪われてしまったのを、キースは見逃してくれなかった。
ペリドットの瞳が楽しげに揺れる。
「気になるだろ? 日本酒もつまみに合わせて選んだもんなんだってよ。きっと美味いだろうなぁ」
「……一杯だけだ」
半ば、自分に言い聞かせるようにそう告げた。
幸い、急ぎの仕事は残していなかったこともあるし、車を停めてきたのも市営のパーキングで、明日まで置いておいても差し支えない。
車で帰ることは諦め、キースの向かいの席に腰を下ろした。
人の多さもあるだろうが、大きめのパラソルの影になっている場所故か、俺たちに気付いている者も少なさそうだ。
思ったよりは落ち着いて過ごせるかもしれない。
「そうこなくっちゃな」
「……で。和食のつまみのセットの内容はなんだ」
「知らねぇ。オレも今日初めてここ来たし」
「何だと?」
それで和食のつまみが出ることを知っているのはどういうことなのか。
和食の時点で一般的なビアガーデンで饗されるものでもない。
「この前、いつものバーで飲んでた時に聞いたんだよ。リトルトーキョーのなんとかって日本料理店の料理人が今年このビアガーデンに参加してて、そいつがいる時はリクエストがあれば和食のつまみを出してくれるんだとさ。ただ、自分の店の都合もあって、いつもいるわけじゃねぇから、食えるかどうかは運次第だし、出す料理もその時によるっつーから、じゃ試しにって来てみたら」
「今日がちょうどその日だったということか」
「そ。次がいつかわかんねぇなら、お前呼ぶしかねぇよなって」
「それならそうと最初から言えば――」
「言ったら、ディノやジェイも一緒にって言ったろ? 今日はお前と二人で飲みたかったんだよ」
どうして、と聞こうとしてやめた。
何か理由があったとしてもはぐらかされる可能性もあるし、そもそも大した理由もないのかもしれない。
ただ、何となくそういう気分だったと言われればそれまでだ。
少なくとも、和食のつまみが出されると聞いて、俺と一緒に食いたいと思ってくれたことに変わりはない。
…………和食を作るのは面倒だとよく口にするし、実際早々作ってくれることもないが、気に掛けてくれるのは嬉しく思う。
「そうか。……帰りは車が使えないから、あまり飲み過ぎるなよ」
「わかってるって」
たまにはこんな夜も悪くない。
少しだけネクタイを緩めて、じきに来るだろう酒とつまみを楽しむことに決めた。