終焉の旅路に祝福を(作業具合2)手の主らしき声がアポカリモンに複数の輝く紋章を手渡すそれは『8つの紋章』だった
アポカリモンは手の主の正体に気づく
紋章を管理できる存在はこの世で神しかいない
「イグドラシル…!?
まさか本物なのか!?」
人の形をした光がアポカリモンの前に姿を現す
イグドラシル
世界の裁定者でもないアポカリモンに世界の秩序や運営を押し付けた張本人。
億万年という気の遠くなるような時間働かされ、謁見するどころか存在そのもの何処にいるのかすら分からず毎日恨み辛みを吐いても決して現れることのないデジタルワールドの管理者であり神だ
目の前にいる奴は自身を生み出した原因、死ねない体にした張本人だというのに、アポカリモンの口から出た次の一言は思いもよらない単語だった
「お母さん」
は?
自分でもよく分からず発した単語に思わず口を塞ぎ、イグドラシルの足元に平伏す
「何故、何故我は、コイツを母と呼んだのだ?」
アポカリモンは無念の魂の集合体
その大半は誰からも愛されなかったという無念。生まれた意味を得られず叶わず散って逝ったデータ
イグドラシルに一度も会ったことの無い
それでも常時イグドラシルに対して恨み辛みを吐いた。けれどこうして会ってみれば間違いなく"彼女"がアポカリモンを生み出した存在だと確信する
「解析しなくても分かる
お前から懐かしいオーラを感じる
とても、とても不愉快なオーラだ」
人の形をかたどっていたアポカリモンが本来の姿に戻り、大型の五角形キューブと触手を用いて実体を表したイグドラシルに殺到する様に囲む
人間の女性の姿したイグドラシルはなんの躊躇もなくアポカリモンの本体部分に触れる
このまま怒りに任せてコイツを握りつぶしズタズタに引き裂くことも容易であろう
しかしイグドラシルは人の形で涙を流し出した
何故泣く?動揺させ隙を作るためか?
『アナタをずっとひとりぼっちにさせてしまってごめんなさい』
「は?」
イグドラシルの発言に困惑する、その言葉の意味から察するにイグドラシルはこっそりいつも監視していた?と思っていたが違った
「見ていたのか?
我々がこの姿で生まれた時から?」
イグドラシルは涙を拭いながらコクリと頷く
アポカリモンは絶句した。イグドラシルはアポカリモンが生まれた瞬間から今に至るまで全てを"見ていた"。それがもし事実だとしても今まで散々コチラを無視し、理不尽な責務を背負わされたことに恨みがある
今更泣いて謝るだなんておこがましい
「訳があろうとなかろうと我々はお前を憎んでいる。それを承知の上で接触しているのだろう?ならば早く言え!!
さっさと言わないとお前を今すぐズタズタに引き裂いてやる。」
『今の私、イグドラシルは見ていることしかできなかった
その理由は"過去の過ちを繰り返す"と判断したからです』
「過去の過ち?それはなんだ?」
握り潰そうとしていた触手を引っ込ませイグドラシルに近づく
きっと罠だ、これも演技だと思った
けれど光の世界にいるからだろうか
人の形をしたイグドラシルからは悪意が全く感じられない
けれどアポカリモンは信じたい、その思いで彼女に近づき目と目を合わせた
『改めて私は2代目イグドラシル
アナタを生み出したこの世界の管理者であり、人のデータを取り込んだコンピューターです』
「2代目!?
別のイグドラシルがいたというのか!」
『初代イグドラシルは世界を愛情こそが幸せの鍵になると信じ注ぎ続けた結果、自らの幸せだけを望む管理者へと変貌してしまったのです。
その後人間の来訪をきっかけで自らシャットダウン
その後リセットし2代目イグドラシル、私が誕生したのです』
「取り込んだ人間はどうなった?
お前が本体ではないのか?」
『私はその人間のデータを元に生まれたコンピューターにすぎません
この姿もその人間の姿を借りてるのです
そしてアポカリモン、彼女がいなければアナタは生まれていませんでした』
「どういうことだ」
『アポカリモン、アナタはデジタルモンスターであり"人間"でもあるのです』
「!」
デジタルワールドを最初に来訪した彼女は妊娠していました。出産する直前で彼女の子供は初代イグドラシルの手でデジタルの海に捨てられてしまったのです
彼女の無念と後悔、子供を想う力が加わったことでアナタは生まれた
アポカリモンは存在そのもの不明
アナタは他のアポカリモンとは違う形で生まれた
元となった器が"生まれなかった人間の赤ん坊の無念"
人間性を兼ね備えたデジタルモンスターとして生まれた
『その証拠にアナタは世界を憎むことを良しとせず自ら消えることを選びました。
そう、まるで人間の自殺願望と同じ。
デジモンは自らの意思で自殺を望みません。
少なくとも私が管理するこのデジタルワールドでは自殺するというプログラムは存在しないのですから』
「我が、人間か…なるほど、それで…」
『その様子ですと気づいていたのですか?』
「ああ、薄々気づいていた。
我は生物として破綻していた
生き方も、生物としての在り方も…
生きたいのに死にたいと願い
救われたいのに見放してほしい
何もかもが矛盾だらけ
まるで人間が混ざっているかのようだ、と
お前の話を聞いて確信した。デジモン性と人間性の欲の部分が混ざり合って生まれた"エゴの塊"なのだ
だが、だからと言って何故今更我の前に現れたんだ?出生を話す為?我をどうする?
こうしている間にもアバドモンコアによってデジタルワールドは破壊されているというのに」
闇の世界から爆発音が聞こえる
アバドモンコアがアポカリモンの体で破壊の限りを尽くしているのだろう
急いで戻って止めなければ
アポカリモンの思考を読み取ったイグドラシルは安堵した
彼は彼のままだ
人間以上の自己犠牲精神
デジモン以上の承認欲求
『私がこうして現れたのはアナタに8つの紋章とアバドモンコアに対抗する切り札を渡すためです』
イグドラシルの手に色彩りに光り輝く紋章が渡される
「これは、別世界のアポカリモンの封印に使った紋章!?それに…これは?」
更にアポカリモンは切り札と言われた物を渡され困惑する
「これで一体何をしろと?」
尋ねた時には既にイグドラシルの姿はなくなっていた。光の世界はやがてアポカリモンを排除しようと再び闇の世界へ送り出そうとする
「待て!我はこれからどうすればいい!!
答えてくれ!イグドラシル!!」
アポカリモンの体が闇に飲み込まれ、もう遠くなった光。その中で微かに人影が現れてアポカリモンに語る
『あとのことは"お母さん達"にまかせて』
アナタを████━━━━━━━━━。
ノイズのかかったイグドラシルの声が闇にかき消される
だがアポカリモンは聞いた
イグドラシルが最後に放った言葉
「愛してる」を
こんな醜い自分を愛してる?
そう言われたいと願っていたがいざ言われてみるとなんて胸が苦しいのだ
「愛されるとはあっさりとしているのか
なんとあっけない」
「本当に馬鹿馬鹿しい…」と呟き自らを抱きしめ瞼を閉じると、精神は現実の体に戻る
こうして長い昏睡状態だったアポカリモンの意識は現実世界へ帰還する
しかし何もかもが遅すぎた
目覚めると世界は姿形も残されてなかった
ただ闇が広がっていて、アポカリモンとアバドモンコアしか存在していない
遅かった
アポカリモンが嘆く間もなく突然アバドモンコアが怒り散らしながら泣き出した
「どうして咎めに来ないんだ!!!!!
おい!イグドラシル!
俺は全てのデジモンを消したぞ!
全てのデジタルワールドを消したんだぞ!!
なのに、なのになのになのになのにぃ!!!
俺はまた死ねないのかよぉ…」
アバドモンコアは嗚咽しながら身を掻きむしる
ズタズタに引き裂かれた体、恐らく何度も自害を試みたのだろう。闇しかない空間の中、涙と傷口から滴る血液だけで満たされる
ドロリ
「?」
アポカリモンの額から流れる緑の液体
手で脱ぐうとベッタリと緑色の血液が掌を汚す。再生が追いついていないのか、他の箇所からもドクドクと血が零れ落ちる
アポカリモンのキューブもボロボロに破損していた。どうやら洗脳されてる際に究極技"グランデスビッグバン"を使用したらしい
星は消え失せここには闇しかない
だが不死身であるアポカリモンとアバドモンコアは健在
世界は破壊できても己自身は壊せないなどなんて皮肉だろうか
「お前は初代イグドラシルから生み出された死ねない、消えない生き物として創られたデジモンだな」
「そうさ、だかな、それがなんだってんだ!
見ろ!何にも無くなった!
俺は自由だ!俺の望みはこの生命という枷から解き放たれることだ!なのに!
お前のグランデスビッグバンを6発食らっても俺は!俺の体は死なねぇ!!!!
世界を何度も何度も消して消して消しても!
神によって生かされ続ける…
なぁ、俺らに終わりは来るのか?
この仕事は役目はいつ下ろしてくれるんだ?」
「それは…"私"にも分からない」
アポカリモンは黙ってアバドモンコアに寄り添う様に触手を伸ばす。試しに退化技の"デスエボリューション"をかけてみるもアバドモンコアは退化しない
「無駄さ、お前に近づいた時ケラモンの姿をしていたがアレは皮を被っていたに過ぎない。力もそのまま、結局俺は別の誰かに成りきることも成りたいモンに成ることさえできない」
「成りたいものにもなれない?」
「そうだ、笑っちまうと思うが俺は幼年期デジモンに憧れてたんだ」
「それは一体何故なのだ?」
「俺は生まれた瞬間から強かった
弱い命が誕生してから成長する体験をすっ飛ばしちまった。全てを消すのは簡単だが積み重ねて強く生きてきた奴らが悔しがりながら消えていく無念の顔が感情が理解できなかった」
「お前は弱さを知りたかったのか?」
「悪いかよ、この力じゃそこら辺に咲く花も触れられねぇんだ」
「そうか、お前も世界そのものから拒絶されていたのか」
何も無い空間を眺める
今まで散々怒りや悲しみ、憎しみを押さえつけ精神が押しつぶされそうだったのに
いざぶつける対象が無くなくってしまった途端気力が無くなってしまった
世界を壊す、消す、それで?
この世界にコンティニューもリスタートもない
目標も生きる意味もない
虚無、無だ
「我々はなんの為に生まれたんだろうな」
アポカリモンはイグドラシルに渡された紋章を取り出す
「紋章なんざ今更使ったってどうしようもねぇぞ」
「ああ、だがイグドラシルのことだ
何か理由があるに違いない」
「紋章に釣られて俺らを産んだ黒幕が出てくるのかよ」