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    kanipan55035874

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    kanipan55035874

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    昨日の夜の⚪︎体埋めふみいお
    できた

    「イオリ、イオリ、起きて」
     かなり雑に体を揺さぶられ、そして「起きて」という命令の声に反応して、イオリはバチ!と音が鳴りそうなほど勢いよく目を開けて飛び起きた。
    「ふみやさん、どうしました?お腹空いた?冷蔵庫にふみやさんの分のご飯あるから温めますね。デザートもありますよ。ちょっと待っててくださいね。あ、洗濯物あるならください。それから、」
     ふみやはベッドサイドに立っていた。当然部屋は暗いので表情も服装も、体の輪郭ですらイオリからはぼやけて曖昧に見えた。それは冬の畑に意味もなく立てられたカカシのようにも見えた。
     ふみやはイオリのマシンガン隷属トークを虫を払うように普通に遮る。
    「うん。食べた。生姜焼き。あと牛乳寒天。うまかった。ありがとう。洗濯物もある。あとで洗って」
    「は〜い。それで?それで?」
    「うん。ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど、いい?」
    「もちろんです。滅私、貢献、奉仕!」
    「ありがとう。イオリならそう言ってくれると思った。じゃあこれに着替えて。汚れ仕事だから」
    「は〜い」
     イオリは羅生の門がある荒んだ都で育った電ボのようなものなので、渡された服を何も考えずに着てノコノコついて行った。  
     家の中は当然静まり返っていて、普段は気にも留めない床が軋む音だとかが変に響いているように感じる。
     渡された服はふみやのスウェットらしく、水か何かで濡らしたのか右の袖が重く絞れそうなくらい湿っていた。
     イオリは本当に何も考えずにふみやの後ろをピクミンして行った。靴を履いて静かにエントランスを出て、外に出る。霧に巻かれた月がぼんやり明るい夜と冷たい外気がツンと鼻にしみる。
     そこで初めて、ふみやが真っ黒なウィンドブレーカーを着ていることを知った。髪もいつもより乱れていてほつれた髪が目に掛かっている。
     ふみやと言うのはただ立っているだけでものすごい威圧感がある。陸にいるのに、なんだか腹を空かせたホホジロザメに出会した気分になるのだ。
     その何も反射しないマット加工の目に見下ろされるたびに、イオリは「ッカ〜〜〜〜!支配されて〜〜〜〜!」と膝をスパン!と叩いてグッと下唇を噛み締めるのだ。
     そんな彼に、しかも草木も眠る深夜に叩き起こされて二人きりで……となればイオリの心臓はもちろんどきー…んと高鳴る。
    「車なんだけど」
     いよいよふみやが口を開いた。右手の人差し指が路駐してあるシェアハウスの車を指差す。
    「ちょっとやらかしちゃって。トランク開けて、見てほしい」
    「もしかしてぶつけちゃったんですか?安心してください、イオリが直しますからね。特に……理解くんとかに見つかったらめんどくさそうだし」
     イオリは本当に何も考えてなかった。そして普通に荷物を取り出すようにトランクを開けた。


     ところで、イオリが羅生の門のある都育ちだとして、ふみやもまた羅生の門の下で育った平安貴族のようなものだった。
    「うひゃ、」
    「ははは。サプラー……イズ」
     イオリはトランクの中を見て後退り、そしてすぐにふみやを振り返った。ふみやは顔の横でチョキを二つ作って真顔のままイオリを見ていた。目が合った。 
    「ふみやさ、」
    「まぁまぁまぁ……」
     イオリが背中を押されて助手席に押し込まれる様子が、後頭部がぺちゃんこに凹んだ男の濁った瞳に写っていた。




    「誰なんですか、トランクの人……」
    「わかんない」
    「わかんないって……と言うかふみやさんって免許持ってたんですね」
    「え、いや?持ってないけど」
    「帰ってもいいですか?」
    「なんで?だめ」
    「あぁ……も……やだ……」
     車は街灯もない山道を走っている。
     ふみやから渡された服には赤い斑点が散っていて、水か何かで湿っていると思っていた袖は血が滴るほど滲んでいた。

     ラジオから場違いに明るい昭和のポップが流れている。

     イオリは、ただ助手席に押し込まれただけなのにものすごく疲れていた。膝を抱えて頭を埋める。横目で、熟年のドライバーのようなハンドル捌きをするふみやを覗き見た。日のあたる場所で本を読んでいるときの横顔となんら変わりないから、イオリは余計に恐ろしくなった。ずっと鳥肌がたったままだった。なんの加工もされていない、野晒しみたいな死体を見るのはもちろん初めてだったし、それと深夜のドライブをすることも初めてだった。

     しばらく走り続けていると、とうとう電波が入らなくなる。ザーっと砂嵐が流れるラジオを「うるさい」とふみやが止める。ちょうどそのタイミングで道が二つに分かれているところに差し掛かった。
     緩やかに車が停止すると、おもむろに口を開いたふみやが「イオリってさ、」と続ける。
    「デートは海派?それとも山派?」
    「え、なんですか急に、」
    「海?山?」
     海か山か。答えない限りひたすら機械のように繰り返す彼に押されるように、イオリは「や、やま…」と絞り出す。すると彼は「おお…」と感心した声をもらす。
    「さすが奴隷。負荷が大きい方を選ぶとは……」
    「は?何?マジで何?」
    「じゃああれは山に捨てに行くと言うことで」
    「……」

     車は山道を進む。分かれ道を過ぎて1キロくらいのところでとうとう道の舗装がされなくなった。土を踏み鳴らしただけの細道わひたすら、進む。
    「イオリ、シュークリーム剥いて(パッケージを破って口に入れて食べさせろの意)」
    「……どこですか?」
    「ダッシュボードんとこ」
     開けてみれば、保冷剤の上にちょんとコンビニのシュークリームが置いてある。
    「あ」
    「前見てくださいよ。危ないですよ」
    「大丈夫。この道はずっと真っ直ぐだし」
    「そう言う問題じゃありません。あ!溢して…も、ほんとに、」
     口の周りや服についたクリームを甲斐甲斐しく拭ってやる。そうしてお世話をしていくうちにイオリはいつもの調子を少しずつ取り戻していった。血のついた袖を捲り、お菓子を剥き、いちごミルクのキャップを外し、口を拭いて……変なものがトランクにある以外はとても微笑ましい空間だった。
    「イオリ、」
    「は〜い。なんですか」
     ふみやはニコ…と笑ってイオリの右手の人差し指を握る。そのまま手を滑らせて手首をギュッと掴んだ。
    「デートみたいで楽しいな」
    「んなわけあるか」
    「んん……」
    「通報しないのが僕の愛だと思え」
    「ガビーン……」
     スパン!と手を叩き落とされる。ふみやはもち…と下唇を噛みながら黙って運転を続けた。楽しいのは本心だったらしい。

     かろうじてあった轍も消え、いよいよ悪路となる。道なき道をガタガタと進み、大きな石をタイヤが乗り越えるたびにイオリはぴょんぴょん跳ねた。
    「ふみ、やさん!本当にどこまで行くんですか!?」
    「まぁまぁ、ま"ぁ、……」
    「舌噛んでるし!」
    「もうちょっと……」
    「お尻が痛い!」
    「俺も」
     ……確かに悪路は悪路だが、イオリは気がついていた。山の中だと言うのに車の行手を阻む木や倒木なんかが一切ない。明らかに車が通れるように整備してある。現に、ふみやは全く迷う素振りを見せずに車を走らせている。この道は、確実に人の手が加わっていた。
     車は次第にスピードを下ろしていき、左右に大きな木がある場所で停止した。ふみやが何も言わずに車を降りたので、イオリも慌てて降りる。お尻がジーンと痛かった。
     ふみやは後部座席からシャベルを2本と、何やら重たい・ボロボロのリュックを取り出してイオリに渡す。一方の彼はトランクの遺体を背負ってまたもや何も言わずに歩き始めた。
    「ちょっと、ふみやさん、」
    「ん?あぁコイツは俺が持つよ。死体って慣れてないと運びにくいから」
    「そうじゃなくて、」
    「とりあえず着いてきてよ。歩きながら話そう」

     シャカシャカ…とふみやのウィンドブレーカーが擦れる音、腰ほどの高さの草を掻き分ける音、遠くから微かに聞こえる生き物が蠢く音、鳴き声、木々がゆらめく音、二人の息遣い。山と言うのは存外静かではない。
     ふみやは整備されていない山道に慣れない、荷物を抱えたイオリを気遣ってか、満腹の牛のようにのんびりゆっくり、イオリの隣を歩いた。麦の唄を歌いながら意味もなく草をもいでは捨てていく。
    「ふみやさん」
    「ん?疲れた?」
    「どこまで行くんですか、だいぶ山奥まで来たと思うんですけど」
    「まだまだ」
    「えぇ……」
     イオリは息がもう上がっているのに、人間を抱えているふみやはケロリとしている。休むかと聞かれたが奴隷根性で首を横に振った。
     するとふみやはおもむろに死体を下ろしてその辺の倒木に腰掛け、「チョコ剥いて」と言うので、イオリも渋々隣に腰を下ろす。
    「山ってのはさ、結構人が入ってるんだよな」
    「人が入ってるって?…口の周り、ついてますよ」
    「とって」
     ふみやは剥いてもらったシルベーヌをむしゃむしゃ食べながら続ける。
    「山って俺と一緒でお世話する人がいるから……定期的に木を切ったり、山菜採りに来たり、鹿撃ったり……とにかく人が結構深くまで出入りしてる」
    「確かに。前に逃げ回ったとき、結構奥まで来たなーと思えば標石がありましたもんね」
    「うん。だから山に死体を捨てるとにはものすごい奥に行くか、登山者とかのフリをさせなといけない」
    「……そういうのって、どこで知るんです?」
    「え?うーん……義務、教育かな…」
    「適当?」
    「うん適当」
     ……二人はまた荷物を背負って歩き始める。



    「ふっ、よい、しょ、っ、はぁ……穴掘るのって、体力、いるなぁ…….」
     シャベルの先端と柄の部分に固まった血液がべったりとついたシャベルを必死に動かす。人、しかも成人男性がすっぽりと収まる穴を掘るのはかなり骨が折れるし、時間もかかる。
     一方のふみやは、ボロボロのリュックに入っていた変に錆びた鉄のペンチで死体の歯を無理矢理引っこ抜いている。
     後ろから聞こえるベキベキブチブチ、鳥肌と吐気がいっぺんに押し寄せてくる音をどうにか誤魔化そうと魔法が使えないならを震えながら口ずさんだ。力が入り過ぎて真っ白になった手を機械のように動かす。時折ふみやが確認にやってきては「もうちょっと」と言う。それを3回ほど繰り返したところでようやくOKが下る。

     深い穴に、裸に剥かれた死体は投げ込まれた。死後硬直が随分と進行していて、小学生が作る意味のない粘土作品みたいに固まっている。
     そして今度は埋める作業に入る。2人は黙って掘り返した土を歪な死体にかけた。
     土を入れ、土を入れ、死体は見えなくなって、また土を入れる。最後に不自然に盛り上がってところを踏み鳴らして、枯葉や石を適当に上にばら撒く。
     
     車に戻るまでイオリは無言だった。すごく疲れていた。息が出来ていないような感覚がずっと肺の奥にあった。黙ってふみやの後ろをついて行き、そして助手席に座って、車が走り出したところでやっと、大きく息を吐いた。
    「お疲れ。ありがとな」
     ふみやの大きな手がポンと頭に置かれる。イオリは置かれた手の甲をビ!と抓る。
    「い、いたい……」
    「バカ、伊藤ふみやのバカ……もう何?ほんと、も……」
    「ん。ありがとう、イオリ」
     ふみやはニコ…としてイオリのてを掴んだ。2人はしばらく頭の上で変に手を繋いだままだった。
    「…このスウェット、ふみやさんのですよね」
    「うん。殴ったときに思ってたより血がドバってなった」
    「はぁ……これ落ちるかなぁ……」
    「血はセスキ炭酸ソーダで落ちる」
    「義務教育?」
    「義務教育」


     そして。ついにこの深夜ドライブも終わろうとしている。


     先ほどの分かれ道に差し掛かったとき、ふみやが「歯、捨てたい」とウィンドブレーカーのポケットの中に手を入れてガチガチと嫌な音を鳴らした。そして車はもう一方の道へと走っていく。
     どうやらイオリが山と答えなければ海に死体を捨てにいくことになっていたようだった。少し走るとうっすら顔を覗かせる太陽に照らされた海が見える。
     砂浜の手前に車を停めて、またもや何も言わないで海へと向かうふみやの後にイオリは続く。からりとした海風が寝不足の目にジンと沁みた。

     ふみやが野球のフォームで歯を海に向かって投げる後ろ姿を、漂着して干からびた木に座って眺める。車の中ではかなり眠かったものの、朝日を浴びると目が冴えて頭がクリアになる。イオリの脳みそはもうすっかり朝モードに切り替わっていて、帰ってからの家事のあれそれを考えていた。洗濯物を回し、その間に急いでシャワーを浴びてご飯を作り……その前にこのスウェットをセスキにつけておかなければならない。あと車のトランクもあの死体のせいで随分な汚れようだった。誰かに見つかる前に綺麗にしなければいけない。
     膝の上に肘をついて、朝日に目を細め……今日も奴隷冥利に尽きそうだなぁ…と思っていた。
     そのあたりで28本全て投げ終えたふみやが振り返り、悠然と朝日を背負ってイオリの方へ向かってくる。そのまま隣にどっかり座って、汗でベタつく前髪を適当にかきあげた。彼もまた突き刺さるような陽の光に目を細める。
    「イオリ、ねえ。聞いてもいい?」
    「なんですか」
    「なんでついてきてくれたの?なんで一緒にやってくれたの?」
    「なんでって、」
    「前の彼女にも、その前の前の彼女にも同じことをお願いしたらビンタされた」
    「あらら…」
    「すげー痛かった。で、なんで?」
     グッと顔が近づく。イオリは仰け反るような形でふみやと向き合っていた。イオリの少し充血した目にはふみやが映っていたし、ふみやのマット加工の目にもイオリが映っていた。お互いにそれだけが映っていた。
    「……ふみやさん、僕はね」
     徐に口を開く。イオリの太ももにあったふみやの手に、イオリの手が絡み付いた。ギュッと力を込めて握り、押し返し、今度はイオリがふみやにのし掛かるような体勢になる。

     上から覗き込むように顔を掬いあげ、ふみやの目の下を親指で擦る。

    「すごく、すごーく恋人には尽くすんですよ。どんなことでも」
     イオリが鬱蒼と微笑む。
     一方で、ふみやの目は突然ギラギラと激烈な鋭さを帯びた。瞳にイオリを写したまま。
    「……もし、今までの恋人が、おんなじようなことしてたら、俺とおんなじくした?」
    「どうでしょう」
    「これからもし、ないけど、絶対、100パーないけどさ、俺以外に恋人が出来たとして、同じことする?」
    「さぁ……」
     ふみやは、手をギュッと、強く強く握った。ほとんど睨みあげるような視線で、人を威圧するような声色で「他の人にも同じようにした?」と質問を続ける。しかし、ひらりはらりと風に乗る花弁のように、イオリはふみやの問いをかわし続けた。
     そして最後には
    「イオリ、」
    「はぁい」
    「俺、結構重いんだけど」
     拗ねた子供のように言う。
    「あはは、知ってますよ、そんなこと。と、言うか……僕が他の人にも同じことするかなんて、」
     イオリの顔(かんばせ)が睫毛が触れ合いそうなほど近づく。もうお互いに焦点が合わなくて、ぼんやりとした視界の中、はっきりと、クリアな声でその答えが返ってくる。


    「義務教育でやったでしょ!」
     チュ!とされたのは右目の目頭。
     途端に重たい感情が吸い出されたかのようにふみやの顔が緩んだ。
     ぽかん…と口と目を開く彼をよそに、イオリはさっさと背を向けて車に向かっていく。
     ふみやはしばらく「え、ん、え……」とまぬけに座っていた。
    「ふみやさーん!はやくはやく!奴隷は朝から大忙しなんですよ!」
     その声でハッと我に返り、のそりと立ち上がる。
     よた、よた…と車に向かう。すでに助手席にはイオリがご機嫌に座っている。
     朝日を背にしたふみやは、本当にまぬけで、おたんちんな顔で一言、
     
    「し、してやられた……」

     ふみや、トホホのホ。
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