犬にやきもち 今日はお互い午後から仕事。お昼までは個人的な用事もなく、短いながらも完全な自由時間だ。こうなると、出久くんが言い出す事はもう決まっている。勿論私の返事も。
デートしましょう、と誘われて、足を運んだ先は近所の公園だった。今度はもう少し遠出をしたいとか、夕飯は何がいいとか、他愛もない会話を楽しみながら散歩をするだけの時間も、出久くんは全力で楽しんでいる――筈、だったのだが。
「浮かない顔してるな」
やけに大人しい恋人に声を掛けると、はい、と元気のない声が返ってくる。一体どうしたのか、見当もつかない。会話に不穏なところは無かったし、散歩中の出来事と言えば、大きな白い犬に出会って撫でさせてもらった事くらいしか思い付かない。
「笑わないで聞いてほしいんですけど」
出久くんが躊躇いがちに口を開く。何だか緊張してしまう。立ち止まる彼に合わせて、私も足を止めた。深刻な話ではないようだけど、見上げてくる顔は真剣そのものだ。
「さっき、口も舐められてませんでしたか?」
一瞬、何の話か分からなかった。理解した瞬間噴き出してしまう。撫でた犬が人懐こくて、何度か顔を舐められたのだ。
「そんなこと気にしてたのか」
「笑わないでって言ったのに!」
情けない声を上げた出久くんが、恥ずかしそうに両手で顔を覆う。その様子が可愛らしくてまた笑いが込み上げてくる。悪いと思っていても止められない。震える声で、ごめん、と一言謝ると、指の間からいかにも物言いたげな視線が返ってくる。
「僕だって今日はまだしてないんだから、先を越されたら悔しいですよ。たとえ相手が通りすがりの犬でも」
俯く彼の手のひらの下から、深い溜息がこぼれた。髪の隙間に覗く耳が赤い。こういう時、敵わないな、と思う。どんな言動も好意の形だと感じる度に、彼を甘やかしたくなる。
「じゃあ帰る?」
出久くんが慌てた様子で顔を上げた。動揺するのも無理はない。外に出てから、まだ三十分も経っていない。ここでデートを切り上げたくはないだろう。また俯いてしまいそうになる頬を撫でて、顔を寄せる。私もただ終わりにする気はない。
「帰ったら、ここ、一番乗りしていいよ」
唇を指して小声で言うと、大きな目がにわかに輝いた。言いたいことは充分伝わったらしい。次の瞬間には熱い指先に手を掴まれ、踵を返した出久くんに腕を引っ張られていた。