名付け親になるスタVの話 人間台風ことヴァッシュ・ザ・スタンピードと葬儀屋ことニコラス・D・ウルフウッドは小規模ながらも活気のある街に来ていた。
資源もあるようで、銀行や薬屋、宿なんかも充実しているようだ。
砂だらけの星とはいえ、数日間砂漠を歩き続け、野宿が続くと、インディペンデンツと強化人種といえどベッドの柔らかさが恋しくなるというもので、ヴァッシュとウルフウッドは今夜の宿を探していた。
二人が「あの時泊まっていたら」「あー?おどれがもうちょっと進もう言うたんやないかい」と軽口を言いながら街を闊歩していると、突然、ドォンという銃声が聞こえた。
ある程度栄えているこの街でも争い事は絶えないようだ。
ヴァッシュは音が聞こえた方角に走り始めた。
ウルフウッドもヴァッシュの行動には慣れたもので後ろからパニッシャーを抱えながら軽々と走ってついて来る。
大通りに出たところで状況が理解できた。人だかりが出来ており、はっきりとは見えないが、どうやら銀行が何者かに襲われたようだ。
中からは男たちが野太い声で「金を出せ!もっとだ!あるだけ寄越せ!」と喚いている。
ヴァッシュの行動は早く、人混みをかき分けたかと思うと銀行にまっすぐ進んでいく。入り口に銃を構えて立っていた見張り役がヴァッシュを見つけると銃を構える。
しかし、それよりも早くヴァッシュは自身のビースプリンガーを相手の頸部にドスっと打ち当てる。すると相手は声を上げずに地面に倒れる。
その早技にもう一人の見張り役が怯みながらも走ってくるが、あまりにも遅い。
ヴァッシュが銃口を向けるとさらに速度は低下し、ついに銃を捨てて手を上げる。
相手はあまり戦闘慣れした人ではないのかもしれない。
相手に戦闘する気がないことを黙視したヴァッシュは銀行の中に突入する。ウルフウッドはその間に見張り役の二人を早々に縛り上げる。人質は10人ほどだ。
ヴァッシュは近くに落ちている石を拾い、強盗の死角に投げる。
壁にガンッと石がぶつかる。
見張りが石に気を取れられている隙にヴァッシュは部屋の隅に固められている人質の中に紛れる。
「もうじき助けが来るからね」と小声で人質に声を掛ける。声をかけられた人質は当初びっくりした顔をしていたが、ヴァッシュが味方であることがわかるとコクコクと頷く。人質に頭を下げて身を屈めるように伝える。
そして、ひょいっと強盗の前に飛び出し、
「あのお、こんなところで銃なんて出して何してるんですかー?もしかして銀行強盗?強盗なんて割に合わないんでやめませんか?」
「ああ?なんだてめえ!人質なら大人しく黙ってろ!」
と怒号が飛ぶ。
うん、話し合いは通じないタイプだと確信する。
「まあまあ、そんなに怒らないで〜」
と両手を挙げながら強盗に近づくと
「それ以上近づくと撃つぞ!」
と脅される。
相手の銃の引き金に指がかかる。
と、その時。
外で待機していたはずの葬儀屋がパニッシャーをぶっ放す。あっという間に銀行の壁が崩れる。驚いたのは強盗もだが、ヴァッシュも目を丸くしている。
「ちょっと!ウルフウッド!早すぎるって!タイミング合わせてよ!」
「うっさいわ、オンドレがちんたらして遅すぎんねん。はよ倒して出てこんかい。」
「今、強盗を説得しようとしてたところなんだけど!」
「おどれの説得なんかで聞くかい。はよせえ。」
その言葉を合図にウルフウッドは威嚇の銃撃、ヴァッシュの体術で強盗をバタバタと倒していく。
緊迫していた空気であったが、あっという間に強盗を制圧していく二人の闘いぶりを見た人だかりの中から応援の声が聞こえる。
その声は周囲に広がりを見せている。駆け付けた保安官たちにより、強盗はあっさりと御用となった。
事態は収束し、連行される強盗たちの様子をながめていると突然ヴァッシュに「あんたたち、強いんだね。」と誰かが声をかけてくる。
声のする方を見ると、少し腰が曲がっているが、明るい声の老婆がいた。丸いメガネをかけていて、ニコニコと笑っている。
ヴァッシュが人懐っこい顔で「あはは」と曖昧に返しているうちに人混みの中から赤子を抱えた若い女性が「お義母さん!」と老婆を呼び掛ける。
「無事だったんですね、怪我はありませんか?お義母さんが人質に取られた時はダメかと思いましたよ!」と矢継ぎ早に話すと途端に泣き崩れる女性。
どうやら義母であるこの老婆が先ほどの強盗に捕まってしまっていたらしい。
老婆はというと「だーいじょうぶだよ!かわいい孫と義娘を置いておっ死んでられるかってんだよ!」と明朗に笑う。
頬には先ほどの騒動で煤がついているが、気にする様子もない。
老婆は突然手を叩いて「あ、あんた相当腕に自信があるんだねえ!あの強盗たちに説教垂れようとしてただろ!腕が立つやつじゃないとあんなことできないよー?あたしら人質が不安にならないようにって声もかけてくれてさ。ありがとねえ。」とヴァッシュを褒め称える。
「それにあんたも!すごい十字架だね!あんなの見たことないよ!」と興奮気味にウルフウッドの腕を叩く。
ヴァッシュは「いやあ」と照れながら自身の後頭部を無意識に掻き、ウルフウッドは「おばちゃん力強いな」と叩かれた腕をさすっている。
老婆は女性の抱いている赤子を見ながら「見ず知らずのあんた方に頼むのもどうかと思うんだけどね、この子の名付け親になってくれるかい?あんたみたいに強くて優しい子に育って欲しいのさ」と依頼してきた。
「「え」」とヴァッシュと女性が驚いた声を上げる。
ウルフウッドは「ええやんけ」とあっさり答える。
女性は戸惑った表情であるものの、ヴァッシュの顔を見ると安心したようで「お願いできますか?」と尋ねてくる。
ヴァッシュは母親の明るいブラウンの瞳と、その瞳によく似た赤子の瞳を交互に見ながら後頭部を掻く。
「いやあ困ったなー、名前って一生呼ばれる者だし、よく考えてからつけたほうが良いんじゃないかな?」と言ってみる。
しかし、女性も老婆も食い下がって「あんたが良いんだよ」「お願いします」と拝んでくる始末だ。
チラリとウルフウッドに助けを求める視線を送るが、ウルフウッドは飴玉を咥えて静観しているのみだ。いや、目は確実に「はよせえ」と言っている、気がする。心なしか顎をしゃくっている、気もする。
気が進まないものの、この状況を打開するには名前をつけてあげるのが一番の近道のように感じる。
いや、人の名前をそんなふうに考えるなんて失礼だな、と思い直し、頭の中でいくつかの候補に絞る。
「じゃあ、」といい、しばらく考えて赤子の名前を伝える。最後に「この子に幸多からんことを」と額を右手で撫でてやる。
赤子は小さな手でヴァッシュの右手をキュッと掴む。
暖かい、人の子供の手だ。その温もりを感じてなぜかヴァッシュは泣きそうになる。
老婆と女性は何度もありがとうありがとうと頭を下げて、最後にこの街の名物だというお菓子を二つ渡してくれた。
その後、宿に着いた2人は老婆と女性から受け取ったお菓子を食べて風呂に入り、床についた。良いことをした後の食べ物はなぜか美味しく感じるものだ。
この街に長居する理由はなく、旅の疲れも癒えたところで次の街に向かう。
そんな2人の耳に驚きのニュースが入った。数日前に訪れたあの街で大きな火事が起きているとラジオから流れる衛星放送で知った。
ヴァッシュは居ても立ってもいられず、それまで徒歩であったが急いでトマを借りて街に戻る。ウルフウッドもその後に続く。
ろくな休憩も取らずに数日歩いた道を戻る。
ニュースを聞いてから半日は要した。ようやく街に戻ると酷い有様だった。
あたりは焼けこげており、看板もいくつも燃えた後でかつての街の面影はない。いくら乾燥がひどい星だといってもここまでの被害は出たことがなかったようにヴァッシュは思う。
街の住人の視線が刺さる。ヒソヒソとこちらを見ながらなにか話している。耳をそばだて、口唇の動きを読む。
以前襲ってきた強盗が輸送中に逃げ出し、この街に戻ってきたそうだ。
そして、捕まったのは賞金首の人間台風のせいだ!やつを出せ!と街で暴れたようだ。
だが、その頃にはヴァッシュ達はすでに街を離れており、それを知った一味が怒り狂ってこの街を放火したと。
住人はヴァッシュ達が戻ってきたことに対して、なぜ帰ってきたのか、また強盗が人間台風を狙ってこの街を襲ってくるのではないかと不安と明らかな拒絶の色が伺える。
救護活動が先だと、ウルフウッドと二手に分かれる。
気持ちを切り替えて街を見渡した時、ふと見知った顔があった。
それは強盗に人質にされていた老婆だ。
老婆は立ち尽くしており、視線の先には崩れた瓦礫の山があった。
その瓦礫の下に何かいる。
確信したヴァッシュは急いで老婆の元に向かい、声を掛ける。
「この下、誰かいるんだね?」
すると老婆はその場に泣き崩れた。
「嫁と子供が下敷きに……」
そこまで聞いてヴァッシュは急いで瓦礫を退け始める。
すでに時間が経っているためか周囲の人は傍観するだけで手を貸すものはいない。
誰かと呼びかけようとした時、老婆がやめてくれと叫んだ。
「もういいよ。この街から出てってくれたら、もうそれだけでいい。」
「そんな!でも彼女と赤ん坊は、」
「もう手遅れなんだよ」
「下敷きになってからもう3日は過ぎているんだ。あの子らは苦しんで死んでしまったさ。今更どうしろっていうんだ。」
老婆は自身の白髪混じりの髪を掻き乱しながら「……もう放っておいてくれ!早く出ていけ!疫病神!」と叫ぶ。
ヴァッシュはそれ以上何もいえず、老婆に背を向けてその場を後にする。
周囲はやはり遠巻きに視線を寄越すだけで老婆にもヴァッシュにも声は掛からない。
街の外れまで来た時、ウルフウッドが立っていた。
ゆったりとした歩みでこちらに向かって歩いてくる。
黒っぽいシャツやジャケットなんかは煤や灰で汚れていた。
パニッシャーの紐を握る手にも黒い汚れが付着している。
ウルフウッドの方は建物の崩落が激しかったことと既に救護活動は終了していたため、下敷きになっていた生存者はいなかったそうだ。
ヴァッシュはウルフウッドの顔を見るとずるずると力が抜けて建物の壁に体を凭れかけた。
そのまま壁に背を向けて座り込むとウルフウッドもその隣に腰を下ろす。
しばらく沈黙が流れていたが、先に口を開いたのはヴァッシュだった。
「この間の赤ん坊、覚えてるかい?」
「おん、おどれが名前つけた子やな。あのおばちゃんとおかんも無事やったか?」
「いや、母親と赤ん坊は…」
そこまで言うと推測がついたのだろう、ウルフウッドはそうか、とだけ返事した。
ヴァッシュは「2回目なんだ」と零しながら体育座りの膝に顔を埋める。
「何がや」
「名付け親になったこと、名付けたその子が亡くなること」
ヴァッシュの声は小さく、籠っている。
ウルフウッドは黙ったままでその先を促すとヴァッシュはぽつりぽつりと話始める。
「風の吹かない村、風車のところであったロロ、彼も僕が名前をつけてたんだ」
「僕、あの村が好きでさ。何回か訪れてたんだよね」
「生まれたばかりのロロは可愛くてさ、抱っこさせてもらった時は嬉しかったなあ」
「ロロが家出した時もさ、これは君に少し話したよね。僕がたまたま近くに来てたからロロのお母さんから頼まれてさ」
「家に連れて帰れた時さ、ロロもお母さんも助けなきゃって思った」
「でも結局、ロロは助けられなかったし、お母さんだって、村のみんなも…」
「ロロの薬をもっと早く持っていっていれば、」
「それは仮の話やろ」静聴していたウルフウッドが口を挟む
「もしもの話でも、いや。僕があの子の名付け親になんてならなかったら、また違ってたのかな。誰かの命の誕生に関わることが怖くてさ、だから名付け親を断ってたんだ。」
「僕は、人が好きだけど、やっぱり人が怖いよ。」
ヴァッシュがようやく膝から顔をあげる。
涙は溢れていないが、ひどく泣きそうな顔をしている。
「ええか、とんがり。あのロロちうのを殺したんはワイや。おどれやない。」
「おどれが抱えることは何も出来んかったこと、それだけでええ。殺しまで背負うな。」
ウルフウッドはヴァッシュの頭を肩に乗せ、頭をぽんぽんと軽く叩く。
ヴァッシュの瞳からついに涙が溢れ、ウルフウッドの右肩をじんわりと濡らす。
「落ち着いたらおどれのその気持ちも弔ったるわ。この街の牧師も死んでもうたらしい。ワイが葬儀屋やてわかったら葬式あげてくれんかて頼まれとんのや。」
「僕は表に出られないからここからこっそり祈ることにするよ」
「おう、そのほうがええわ。」
そう言ってウルフウッドは葬儀を執り行った。
パニッシャーを砂の上に突き刺して、いつか見たあの時のように。
ただ、あの時と違ってウルフウッドは間違わずに経典を挙げる。
天にまします我らの父よ
願わくは御名を崇めさせたまえ
みくにに来らせたまえ
地にも成させ給え
我らの日用の糧を
今日も与えたまえ
我らに罪をおかす者を
我らがゆるすが如く
我らの罪をもゆるしたまえ
我らをこころみにあわせず
悪より救い出したまえ
国と力と栄えとは限りなく
なんじのものなればなり
アーメン
その声はどこまでも伸びやかで心を慰める声だった。
葬儀が終わるとウルフウッドはきっちりと葬式代を回収し、さっさとパニッシャーを持って街を出ようとする。
ふと立ち止まり、振り返らずに「ワイは葬儀屋やからこないなことしたけど、ワイの連れを傷つけたことは忘れるなよ。」
と街の住人に向かって吐き捨てた。
街の外れでヴァッシュと合流したウルフウッドは煙草をふかしながら胸ポケットから棒付きキャンディーを取り出し、無言でヴァッシュに手渡す。
受け取らないヴァッシュにウルフウッドは舌打ちを一つして「食うてええし笑ろてええ言うたやろ。食うとき。」とキャンディーをヴァッシュに押し付ける。そのままスタスタと歩き始めるウルフウッドをヴァッシュはあとから追う。
ウルフウッドに半ば強引に渡されたキャンディーを見つめ、包み紙を解く。
中から出てきた丸い琥珀色のキャンディーはあの子供と母親の目の色にそっくりだった。
ヴァッシュはコロコロとその飴の味を堪能する。甘くて、優しい味が口に広がる。まるで、傷ついた心を癒すように身体に染み渡る。その味を堪能していると鼻の奥がつんと痛む。
ヴァッシュがウルフウッドの隣に並んで歩く。
「ありがとう、君がいてくれてよかった。」とお礼を言うと、ウルフウッドは深くため息を吐き「おどれは、いっつもこんなんばっかりか。」と呆れた表情を見せる。
視線は合わないけれど、同じ方角を見てくれるウルフウッドの存在が嬉しかった。
「うん、それでも僕はこの道しか歩いて来られなかったから。」
「それにしてもウルフウッド、こんなにしょっぱい飴も持ってたんだね。」
ヴァッシュの目には再び涙が浮かぶ。先程は悲しくて泣いていたが、今の涙はそばにいてくれる人がいることが嬉しい。
その嬉し泣きの表情を横目に見たウルフウッドは「アホか」とまた頭を乱暴に撫でた。