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    【ラギ監♀】箒の使い方を教えてくれるブッチ
    ※バレてないと思ってる男装監督生♀

    世話焼きブッチに夢を見ています

    ##ラギ監

    「……何してんの?」
    「…ええっと……」

     頭上からじりじりと太陽光に焼かれながら、ラギーは首元に流れる汗を拭った。ぱたぱたと手で扇ぎつつ、目の前の木陰を占領する二人組に再び目を向ける。言外に視線で答えを問うと、二人組の片方――箒の後ろに跨った監督生が気まずそうにそろりと目を逸らした。

    「…これは、ですね…」
    「にゃっはー! いつも子分は羨ましそうに見てばっかりだからな。大天才のオレ様が後ろに乗せてやるんだゾ!」

     監督生が目を逸らした先で、箒の前方に乗ったグリムが高々と拳をあげた。こういうことです、と、すべてを諦めた監督生の目線がラギーに戻る。先輩と相棒の間で交互に視線を彷徨わせる監督生に片眉をあげ、ラギーは「ふーん」と興味なさそうな声を漏らした。

    「大変ッスね」
    「あ、あはは……」
    「本当に子分は世話が焼けるんだゾ」

     ラギーの言葉を自分に向けてととったのか、グリムがふんと鼻を鳴らして肩を竦めた。

    「子分、しっかり掴まってるんだゾ。落ちたってオレ様責任持たねーからな」
    「はいはい」
    「グリムくんて専用サイズの箒じゃなかった? それ、人間オレたちと同じ大きさッスよね」
    「エースに借りたんだゾ」
    「……なるほどねぇ」

     素早く周囲に視線を走らせる。サボり上手な彼らの友人は、箒が手元にないのをいいことに他の生徒と雑談していた。先生の動向に目を光らせ見つからないよう器用に移動しているあたり抜け目がない。相変わらず要領がいいことだ。
     ラギーはグリムと監督生が乗っている箒に目を落とす。監督生の足がつく高さまで浮き上がった箒の上で、グリムは足をぷらぷらさせていた。安定したバランスを保っているところを見る限り、確かにグリムはその高さまでは浮かせられているようだ。だがそれ以上となると監督生の体重がかかることもあるのか、ふよふよと浮く箒はそこまでの高さで僅かに上下に揺れていて、監督生の両の手がぷるぷると震えながらそれを支えていた。

    「……ねぇグリムくん」
    「何だ?」
    「オレも乗せてくれる?」
    「えっ」

     驚いた監督生が顔をあげるよりも、グリムが返事をするよりも早く、ラギーが箒の一番後ろにさっとまたがった。
     三人分――二人と一匹分の体重を乗せた箒がぐんと沈む。慌てて持ち直した監督生の後ろからにゅっと手を伸ばし、ラギーが監督生の拳を包むように箒を握った。

    「――っ!?」
    「監督生くん、そんな握り方じゃ危ないッスよ」

     汗ばんだ手を開かされ、一回り大きなラギーの手のひらが監督生の手ごと箒の柄を掴む。同時にとん、と背中に汗ばんだ体温が密着して、監督生の喉からひきつった声が漏れた。

    「ひっ」
    「はいはい、姿勢も真っ直ぐね。グリムくん、もうちょっと前行ってくれる?」
    「ふな~。仕方ないんだゾ…」

     今更抗議しても意味がないことを悟ったのか、グリムがずりずりと箒の前面に移動した。
     呆けている監督生を急かすように、ラギーが後ろからぎゅっと抱きしめるように監督生を押した。

    「ぅひゃっ!」
    「シシッ、ほらほら監督生くんもずれて」

     ラギーの掠れた笑い声が耳朶を舐める。ずれるも何も、ラギーに抱き込まれる形で手を掴まれているせいで動けるわけがない。そう抗議しようともがく監督生の肩に顎を乗せ、ラギーは前方のグリムへ声をかけた。

    「グリムくん、もー少し強めに箒に魔力込めれる?」
    「おう」
    「慎重に頼むッスよ。……よし、そのくらいで」

     ラギーの指示に従いグリムが魔力を込めると、箒がさらに数センチ浮いた。つま先立ちになって慌てる監督生の腰に手を回し、ラギーは監督生にしか聞こえない声量でそっと囁いた。

    「ちゃーんとオレに掴まって……行くッスよ、せーのっ」

     ふわりと、監督生の足が地面から離れた。
     空中三十センチの浮遊。グリムと監督生の歓声が上がる。ぐらついた監督生の腰をラギーの腕がしっかりと抱きとめて、密着した体温にどくんと心臓が跳ね上がった。

    「わ、わ…!!」
    「シシッ。どう? 楽しい?」

     耳元でラギーの声が鳴る。耳朶を掠めた吐息にかっと全身が熱くなり、たまらなくなって否定とも肯定とも取れない声を漏らすと、ラギーはまたシシシッと笑い声をあげて、ゆっくりと箒の高さを戻していった。

    「はい、到着」
    「…………あ、ありがとう、ございます……」

     息も絶え絶えに監督生が礼を述べる。いろんな意味で心臓が限界を迎えていた。
     先に箒から降りたグリムが地面の上をぴょんぴょんと跳ねまわりながら、監督生の方を振り返った。

    「子分! どうだった? オレ様、二人も乗せて飛べるなんてすごいだろ!」
    「ああ、うん、そうだね…?」
    「コラァーッ!!!!」
    「ふなぁっ!?」

     突然の怒声に、グリムと監督生はその場で飛び上がった。
     抱き合ってがくがく震えながら見回すと、眦を吊り上げたバルガスが、数十メートル離れたところから全力で三人の元にに走ってくるのが視界に入った。

    「ひぃっ! バルガス、怒ってるんだゾ!」
    「な、なんで!?」
    「お前たち、今何をッ…………って、一人はブッチか」
    「はーい」

     息も乱さず辿り着いたバルガスがラギーを見て目を瞠る。ラギーは臆することなく腕組みをするバルガスの前に立ち、飄々とした態度で続けた。

    「二人に頼まれて指導してたんスよ。監督生くんは本来見学だけど……二人で一人の生徒ってことで、一緒に」
    「そうか。生徒同士で切磋琢磨するのはいいことだ! これからも励むように! ただし、安全には十分に注意しろよ!」
    「はぁい」

     バルガスの大音声も受け流し、ラギーは間延びした返事をかえしてちらりと背後に視線をやった。去っていくバルガスの背を手を取り合って見送る後輩を眺め、おもむろにぷっと噴き出した。

    「ふは、なぁにいつまでもビビってんスか」
    「ふなぁ……何もしてないのに怒られるかと思ったんだゾ」
    「何もしてないのに? そういえばお二人さん、授業の最初にバルガス先生に言われたこと、覚えてる?」
    「ふな?」

     ラギーの言葉にグリムと監督生は同時に振り返る。同じタイミングで首を傾げる二人を見て、ラギーはにまりと垂れた目尻を歪めて言った。

    「一年生は、絶対に箒に二人乗りするなって」

     ぴしりと、グリムと監督生が揃って凍り付いた。
     ラギーに言われてから思い出したのだろう。目に見えて慌てふためきだした二人を前に、ラギーはさらに口角を引き上げた。

    「あーあ。さっきはオレが誤魔化してあげたけど、知られたら先生はおかんむりだろうなぁ。ついでに箒を貸してくれた優しーいお友達も一緒に怒られちゃったりして…」
    「え、エースはホントに関係な」
    「そうだゾ! あいつがサボったのはオレ様たちには関係ないんだゾ!」
    「あれ、いーんスか? そんなこと言って。俺みたいな優しい先輩としては、こういう危ないことする後輩を放ってはおけないし…どうしよっかなァ?」
    「ふなーっ! 卑怯なんだゾ!!」

     グリムが吠えた。監督生もあまりの言い草に絶句している。注意するだけならば見つけた時点で言えばいいものを、二人乗りどころか三人乗りまでした共犯の癖にいまさら何を言い出すのか。

    「……何が目的ですか」
    「んー? やだなぁ、目的なんてないッスよ。んーでもそうだなァ……どうしてもって言うなら」

     ラギーが言葉を切る。ラギーを睨みながら沙汰を待つ四つの瞳を見つめ返して、ハイエナは歪めた口角から鋭い牙を覗かせて笑った。

    「そーッスね、明日のお昼、食堂の前で待っといてほしいッス」
    「…オレたちに昼飯奢らせる気満々じゃねーかッ!!」

     グリムの絶叫が、抜けるような青空に轟いた。
     やってられないとグリムが駆けだしていく。慌ててその背に手を伸ばしかけた監督生が、思いつめた顔でラギーの方を振り返った。

    「……何が、目的なんですか」
    「んー?」
    「いつものラギー先輩なら、デラックスメンチカツサンドで手を打つって具体的に言いそうなのに」
    「…勘がいいッスねぇ、監督生くんは」

     さく、さくと芝生を踏み鳴らしてラギーは監督生に近づく。その耳元に唇を寄せ、そっと身を屈めてくすりと笑った。

    「別に、なーんもないッスよ。明日はパンの日じゃないし、ちょっとお手伝いしてほしいことがあるだけ。……それに、少しは役得だったしね」

     ラギーはするりと、監督生の腰のあたりをすれ違い様に撫でた。男子生徒らしからぬ細い腰を撫でられ、監督生はぎゃっと声を上げて飛び上がる。涙目で腰を押さえて睨みつける監督生に、ラギーは肩を揺らしながら片眉を上げてみせた。

    「……そんな顔するから、ハイエナなんかに目を付けられちまうんスよ」

     ラギーの言葉に赤くなったり白くなったりする監督生を置いて、ラギーは自分の箒を手に集合の笛を中心に集まる生徒たちの元へ歩いて行った。
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