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    セフレを卒業して恋人になりたい🐲 vs 都合のいいセフレのままでいたい🦁 ファイッ!

    というお話を、夏ごろせこせこ書いて最後までまとめられずにかきかけのままだったのをかきかけのまま上げます
    マレレオです

    (……ったく面倒くせェっ! なんっで俺がクソトカゲの尻ぬぐいなんざしなきゃなんねぇんだ!)
     レオナ・キングスカラーの怒りのボルテージを示すチャートは、この夜、上がったり、やや下がったかと思えば著しく上がったりを繰り返し、今この時最高値を叩き出そうとしていた。
     そのレオナの目の前には、賢者の島の北寄り、ナイトレイブンカレッジの崖下に位置する湖が広がっている。

     風に吹かれておこるさざ波のしぶきは、砕けたダイアモンドのよう。
     時折はねる魚の鱗はまぶしく輝く妙なる金と銀の彩り。
     夜空には、幾戦の星。きらめく彩雲。科学法則を無視した三重の虹。
     湖の手前には、『恋人たちの鐘』と名付けられた鐘が、白銀色に輝き、今にも天上の音色を鳴り響かせようとしているようだ。
     得も言われぬ美しい光景だ。――異常なほどに。

     (あのコウモリ野郎も、大概いけすかねェ。なにが『バーっとやってどーんじゃ』だ? 『おぬしなら簡単簡単』だ? ふざけてんじゃねぇぞ!) 
     激しい苛立ちを深呼吸で飲み込んで、自ら描いた魔法陣の中心に立ち、寮杖を中心に突き立てる。
     レオナの魔力が流れ込み、オレンジ色に輝いた陣からひときわ強い光が放たれた。それと同時に、一陣の風が吹き上がり、レオナのチョコレートブラウンの鬣を乱す。――自然界の精霊との交信の道筋が開かれる。
     
    「見事なものだな」
    (――他人事かよ)
     少し離れたところで湖畔の柵に肘をつき、レオナを眺めるマレウスの言葉に舌打ちする。
     レオナはもうひとつ深呼吸し、精神を集中させた。即興詠唱にはなるが、まぁ、大丈夫だろう。

    「――この地の地霊よ、ゲニウス・ロキよ。
     レオナ・キングスカラーが請願する。
     
     徒に増幅され捻れた不調和を、理(ことわり)をもって正し調和せよ。
     火は木の死を生き、水は火の死を生き、木は水の死を生きる。死は無であり、無は生を産む。
     有為転変の世も、この理は不変である。
     
     追懐せよ。
     陽光が汝を抱擁した。
     月光が汝を愛撫した。
     慈雨が汝の涙を拭いた。
     草木の根が汝を支えた。
     どれも、過剰でなく、慎ましやかだった。
     
     再度請う。この地の地霊よ。
     ゲニウス・ロキよ!
     不調和を理をもって正せ。
     調和せよ! 汝のあるべき姿に戻れ!」







     ラヴァーズ・ベル! ~夏の夜の魔法~







    「なぁなぁ、聞いた? 麓の湖に幽霊が出るって話!」

     昼休み、ナイトレイブンカレッジの食堂は、昼食を済ませた生徒たちの歓談する声で騒がしい。時折、今時分になって、授業が押したのか慌ただしくカウンターにかけ込んでランチを注文する生徒の声も聞こえてくる。
     期末試験が終わり、後は祈りながら結果を待つだけ。サマーバケーションを数週間後に控え、生徒たちの声色は一段とはしゃいだものになっていた。
     エース、デュース、ジャック、監督生、グリムに、今日はオルトも加わり、6人は午後の授業までの時間を食堂で共に過ごしていた。魔獣とヒューマノイドの正しい数え方について、ここでは議論しない。
     エース、デュース、監督生とグリムは学生定番のパックの甘い紅茶飲料、ジャックはプロテイン入りのヨーグルト飲料を片手に、のんびりと他愛もない会話を交わす。オルトはメインの聴覚センサーをみんなとの会話に集中させつつ、サブの方の感度を食堂全域に広げ、男子校生徒の一般的な昼食後の会話データを収集・解析していた(これがオルトのデータ的おやつだった)。
     
    「幽霊?」
     噂話に詳しいエースに、みんなの目線が集中する。
    「そうそう! 部活のヤツに聞いたんだけどさ、NRCの麓にでっかい湖あるじゃん? あそこに何十年か前に設置された『恋人たちの鐘』ってしょぼい鐘があってさ、その辺りに幽霊が出るんだって!」
     あ~、なんか、山頂とか海辺とか景色のいい観光スポットにやたら置いてあって「恋人同士二人で鳴らすと幸せになる」とかうたってる、ああいう系の鐘かぁ、家族旅行の時によった高速のサービスエリアにもあったな……、ツイステッドワンダーランドにもあるんだ……、と監督生は思わず懐かしい気持ちになる。
    「こないだソイツの友だちが夜、寮を抜け出して肝試し行ったらしいんだけど、ほんとに出たらしい……! 話によると、白い服を着た女の幽霊に、腕を引っ張られて湖に引き込まれてそうになったとか……。恋人に振られて湖に投身自殺した女が、霊になって恋人たちを呪ってるんだって……」
    「こ、怖いんだゾ……!」
     グリムに顔を近づけ、わざとらしく幽霊のジェスチャーをつけて、おどろおどろしい口調で話すエースに、ジャックが冷静に突っ込む。
    「ほんとかそれ? ソイツの友だちって誰だよ?」
    「そーれは知らないけどぉ」
     即座に不確かな情報のソースを検索するオルト。
    「インターネット上にあるデータを検索したけど、あの湖にかかわる死亡事件・事故は一件も検索結果に出てこないよ?」
    「いや、ネットとかがないくらい昔の話なんじゃん? 細かいこと気にするなって! なぁ~、俺達も行かねぇ? 肝試し!」
     夏じゃん? 夏といえば肝試しじゃん? とウキウキした口調で誘うエースを、デュースは『優等生』らしく突っぱねる。
    「夜、寮を抜け出すってことか? そんな不良行為出来るわけないだろ! それに、どうやって湖まで行くんだよ。僕たち一年は、賢者の島の市街地の上を箒で飛ぶ許可は降りてないだろ」
    「そーだけど! 別に市街地の真上は飛ばないからいいんじゃん? NRCのすぐ下なんだから」
     確かにNRCから湖までの飛行ルートに、人家はない。
    「正確には『一年生はNRCの敷地内のみ、箒での飛行を許可する。授業、部活、行事など教師もしくは上級生の監督下で行うこと。自主練習の際は届けを出し許可を得てから行うこと』だから、完全に禁止行為に当たるね!」と、オルト。
    「そもそも俺は夜、自主トレーニングがあるから無理だ」と、ジャック。
    「はぁ~、お前らノリ悪すぎ。つまんねぇ」と、うなだれるエース。
     なんとなく場が白けて他の話題にうつりそうになった時、オルトが不思議そうに首をひねった。
    「う~ん、食堂内の他の生徒の会話を解析していたんだけど、麓の湖の噂は、幽霊が出るって話だけじゃなくて、他にもいくつかパターンがあるみたい」
    「パターン?」
     聞き返す監督生に、オルトが指を立てながら説明する。
    「その一、エースさんが今話した、白い服を着た女性の幽霊が出るという噂。
     その二、湖には太古の恐竜の生き残りである首長竜ケッシーがいるという噂。
     その三、湖の中央に、選ばれたものの前にのみ異世界へのゲートがひらかれるという噂。
     その四、近頃、湖の上空にUFOが現れ、たびたび周辺の森の動物をアブダクション……つまり誘拐しているという噂。
     他にもバリエーションはあるけど、主にこの4つ。この真相を解明しようと寮を抜け出す計画を立ててる生徒もいるみたい」

     何故、麓の湖に関する、そんなてんでバラバラな噂が突然広まり始めたんだろう?
     5人ぞれぞれが頭を働かせるが、当然答えは出ない。ちなみにグリムは監督生の膝で満腹な腹をさすってウトウトし始めていた。
     しばらく無言が続いた後、タイミング良く予鈴がなり、みんなは席を立ち教室へと移動し始める。
     監督生は首をひねりながら、その後に続いた。
     (普段からゴーストと普通に話していて、ゴーストのつくった食事を食べていて、ゴーストが関わる騒動に散々巻き込まれていて、幽霊の噂話って……。ゴーストと幽霊って、この世界では、カテゴリーが違うのかな? しかも、UMAに異世界へのゲートに宇宙人? 魔法だけでもおなか一杯なのに、この世界って、一体どうなってるんだろう?)
     監督生の疑問ももっともなのだが、まぁ、それはそれ、これはこれ。このねじれた世界では、不思議なことなら何でも歓迎されるのだった。

     その次の日。
     学園長室に呼び出された監督生とグリムは、それらの噂の出所を突き止め、噂を終息させるように指示された。
     なんでも、夜中に学園を抜け出し、慣れない夜間の箒での飛行中に怪我をしたものが数名発生したとのこと。
     例によって『働かざる者食うべからず!』の一言で、拒否権は与えられなかった。

     監督生が調べたところ、そもそも、賢者の島において、その湖は、観光ガイドなどに取り上げられるような、特筆すべきスポットではないようだった。
     賢者の島に訪れる観光客の目的は、主に、イベント開催時に開放される2大魔法学校のRSAとNRCだ。しかし、それ以外の時期にも、観光客は訪れる。
     魔法学校のイベント以外の賢者の島の観光スポットは、主に港から出る遊覧船や、眺めのいい海辺のレストランやホテルなど、海岸沿いに集中している。そのため、湖に観光客が訪れることはほぼ無かった。
     そこで、20年ほど前に、湖の周囲の町の町内会が中心になって新しい観光スポットを作ろうと、湖のほとりに『恋人たちの鐘』をつくったのだという。鐘の傍らに建てた案内板には、賢者の島にゆかりがある詩人の詩(恋人たちが湖を眺めながらお互いに対する愛を語り合うロマンチックな詩だとルーク・ハントが熱心に解説してくれた)も添えて、ムードを盛り上げようとしたらしいが、集客は上手くいかなかったらしい。鐘とその案内板は、雨風に吹かれてちょっぴり錆びて、今も湖のほとりに佇んでいる。
     しかしながら、それでも湖の周囲の道は近隣の住民を主としたボランティアの手によってよく整備されていて、地元の人々がよくウォーキングやジョギングをしているし、湖を望むちょっとした広場もあって、季節のいい時期には島のエレメンタリースクールの子供たちが遠足に訪れる。そんな風に昔も今も、地味ながら地元の人々に親しまれている場所だった。


     調査を続けるにつれ、次第に噂の詳細が明らかになってきた。
     どうも、ことの発端はオカルト研究会の一人が先週末のテスト明け、金曜日の夜、学園のはずれを歩いていたところ(一人でUFOを呼ぶ儀式を行っていたとのこと)、崖下の湖が怪しく光るのを目撃したことだったらしい。
     その話を聞いた研究会の面々は、あくる土曜日の夜中、学園を抜け出して湖に調査に繰り出した。そして、実際に、不思議な現象を目撃した。ただし、会員全員が、バラバラなものを見た。あるものは幽霊を。あるものはUMAを。あるものは異世界へのゲートを。あるものはUFOを。それが、バラバラな噂が広まった理由だった。
     そして、その話を聞いた後すぐ翌日日曜日、湖に行った生徒もまた、不思議な現象を目撃したという。
     週明け、テスト勉強から解放された生徒たちの間で、話が爆発的に広まり、噂は加速した。

     しかし、結局、監督生が調査を始めて数日、噂が広まって一週間とちょっとで、噂は勝手に失速していった。
     各寮の寮長たちが、いたずらに寮を抜け出すことのないよう対策を即座にとったこともある。それでも、まだ夏の浮かれ気分で寮を抜け出すものもいた。しかし彼らは、みな、湖で何も見ることは出来なかったようだ。そこで、結局のところ、オカルト好きな連中の妄想話だったということで話は終わり、移り気な生徒たちの話題の中心はサマーバケーションをどんな風にすごすかの話にかわっていった。

    (妄想にしちゃ、真に迫った話だったけど……)
     実際に幽霊など、不思議な現象を目撃したオカルト研究会の生徒にも話を聞いた監督生は、放課後、なんとなくスッキリしない気分でひとり廊下を歩いていた。
     いくつかの目撃情報や証言から浮かび上がってきた二人の人物。

     湖が光ったいうその日の昼間、湖のほとりを散歩するのを目撃されていた、ディアソムニア寮寮長、マレウス・ドラコニア。
     噂が失速し始めたころ、授業内ではとうてい溜まることのない量のブロットで染まったマジカルペンを目撃されていた、サバナクロー寮寮長、レオナ・キングスカラー。

     噂の原因と始末に関して、どうも、この二人が関係しているような気がする。
     はっきりした証拠も根拠もないが、この一年、学園内の数々の騒動に巻き込まれてきた監督生の勘はそう告げていた。

    (いっそ、本人たちに聞いてみようか……)
     考え込みながら廊下の角を曲がった監督生は、『わっ!』という声とともに現れた逆さまの顔に驚き、尻もちをついた。
    「うわあっ!? ……リ、リリア先輩」
    「すまんすまん。くふふっ、そこまで驚くとは思わなんだ。なんぞ考え事でもしとったんか?」
     くるっと180度上下に回転し、廊下に通常の向きで立ったリリア・ヴァンルージュの差し出した手を取り、監督生は立ち上がった。
    「ところでおぬし、例の湖の噂について調査しとるらしいな? もう噂も収まっとるようなのにご苦労なことじゃな」
    「え。あ、はい」
    「ふうん。……さて、その先、鬼が出る蛇が出るか。あぁ、これは極東のある国のことわざなんじゃが。……うん? もしかして、おぬしは竜や獅子が出てくると勘ぐっているのか? さぁ、竜が出るか獅子が出るか……どっちだと思う? それともどっちもだったりしてな? くふふっ」
     三日月形に細められた目の奥で、ルビー色の瞳が怪しく光っている。
    「あぁ、もう一つかの国のことわざを思い出したぞ。『知らぬがホトケ』といってな。余計なことを知らない方が、心安らかにいられる、といった意味だそうだ」
    「は、はぁ……」
    「さて、さる筋からつかんだ情報によると、その噂の『原因』はとっくに解決しとるらしい。これ以上調べても意味はないと思うが……、お主は無駄なことに労力をかけるのを楽しむタイプだったかのぅ?」
    「…………わかりました。情報、ありがとうございます」
     くふふっ、ではの、と小さな蝙蝠たちの羽ばたきと共に姿を消したリリアと別れて、監督生はオンボロ寮に帰った。噂は収束しているし、学園長もどうせサマーバケーションに浮かれて噂の解明を監督生に指示したことなんて忘れている。
     なんにせよ、リリア・ヴァンルージュが赤く瞳を光らせながら、言外に『深堀りするな』とわざわざ釘を刺しにきたことを、いちいち掘り返そうとするほど、監督生は、勤勉でも愚かでもなかった。
     




     ◆





     さて、話は戻って、エースたちが昼休みに食堂で麓の湖の不思議な噂について話していた日、その夜のことである。

     サバナクロー寮、寮長室。そろそろ日付も変わろうかという時間。
     レオナ・キングスカラーはいらだっていた。
     (――マレウスが来やがらねぇ)
     昼間、学園内の廊下を通るのにどちらが道を譲るかというひどくしょうもないことをネタに、嫌みと皮肉の応酬を何往復かした後、双方乱暴に肩をぶつけてすれ違う。そのすれ違いざま、マレウスのふくらはぎを、誰にも気づかれないように尻尾の先でひと撫でする。
     それが、『今夜、部屋に来い』の合図だった。

     ラギーは夜食を置くだけおいて、何かを察しているのか察していないのか、とっくに自室に下がっていた。
     こちらは風呂も済ませて準備万端の態勢で待ってやっているというのに。
     いつもならそろそろ一発目をヤリ終わっていてもいい頃合いのはずが、マレウスはまだその姿を見せない。
     他の相手であれば、スマホで連絡して所在を確かめたり、遅刻(別に決まった時間で待ち合わせているというわけではないが)を責めてどやしつけたりできるが、電子機器と非常に相性が悪い次期妖精王が相手では、それも叶わない。
     レオナは時間潰しにそれまで広げていた本を傍らに置き、どさりと乱暴にベッドに身を横たえた。

     魔獣と異世界人の飛び入り参加の入学式で幕を開けた一年は、数々のオーバーブロット事件を始め、全くおかしな事件でいっぱいで、例年通り行われた学校行事やイベントも、例年以上に思いがけないハプニング満載で、とにかく騒々しかった。
     そんな一年の中で、最高に目障りだったマレウス・ドラコニアとたびたび身体を重ねるようになったのは、この一年で起こったどの騒動よりも、不可思議な事件だったといって良い。
     きっかけは些細なことだったが、結局のところ、情欲も憎悪も、相手への執着心という共通因子を見つけて、なんらかの公式や複雑ヘンテコな計算式で割ったり掛けたりすれば、結果は近似値になる。
     そうして始まった、俗な言葉でいうところのセックスフレンドと称されるような関係は、サマーバケーションを控えた学年末の今に至るまで続いていて、今日もこうしてマレウスを待っている。

     休暇でおたがいの国に帰れば、それぞれの国の公務や雑事に追われてそうそう会うこともできない。休暇が終われば、4年次の学外研修だ。いくら相手が桁外れの魔力をもち、自由に転移魔法を使えるといっても、それぞれ学園を離れれば、さすがに今のようにそう気軽にヤることもできなくなる。

     ――だから、サマーバケーションが始まる前に、1回でも多くヤっておきたい。

     マレウスを待つレオナの願いは、今日のところは叶うことがないようにも思えた。
     けなげにもこうして風呂上がりのままパンツ一丁やる気満々で待っているというのに……。
     下着一枚で待つな、お前には情緒というものがないのか、というマレウスの言葉は無視し続けているレオナである。

     身体をぐっと伸ばした後、また寝返りを打つ。
     仮に今、自分で自分を慰めたところで、情欲に火照った体は、自分では到底届かないところを深く打ち付けられなければおさまりがつかない。
     待たせられているイライラと、情欲を満たせないイライラで、レオナのいらだちは徐々に高まりつつあった。

    「キングスカラー」
     黄緑色の魔力を宿した光の粒が集まり、人の形をとったと思うと、それは制服を着たマレウス・ドラコニアその人の姿へと変わった。
    「お前、おっせぇえんだよ。今まで何してたんだ?」
     ベッド上のクッションをその姿に全力で投げつける。しかしその体幹はクッションぐらいではびくともしない。
    「ったく、待たせやがって。オラ、さっさとヤるぞ」
     なぜか黙ってベッドの横に立ったままのマレウスの手を引いてやる。普段ならば、尻尾を振る犬コロみたいに(あのマレウス・ドラコニアが!)嬉しそうにこのまま覆いかぶさってくるはずなのに……、マレウスはやはり動かない。
    「少し、まずいことになった。一緒に来てほしい」
    「あ?」
     再び光の粒が空間に漂い始める。ちょっと待て――そういう間もなく、レオナはマレウスとともに転移していた。

     屋外。
     目の前には湖。見覚えがある。
     学外活動をさぼるのに何度か来たことがあった。たぶんNRCの崖下に位置する湖だ。
     若干……、というか、前来た時とはだいぶ様子が違うようだが。
     そしてリリア・ヴァンルージュ。

    「おぉ、来たか。一応見張っておったが、今んとこ誰も来ておらんぞ………、っと」
     常に飄々としたリリアの顔に、珍しく、一瞬、虚を突かれたような表情が浮かぶ。
    「ふむ……、マレウスや。自らの思わぬしくじりに慌てる気持ちもわからんでもないが、そこまで……急ぐ必要はなかったとは思うがな」
    「……ん? あぁ、すまない」
     夜の月の光を受けて輝くレオナの均整の取れた肉体をしげしげと眺め、(やはり美しい……城の宝物庫のどの宝石よりも……。ドラコニア家の者しか立ち入ることのできない禁足地にある花畑よりも……)と、心中でその肉体美にポエミーに賛辞を送っていたマレウスは我に返った。

     レオナ・キングスカラーを、パンツ一枚のままの状態で屋外に転移させてしまっていた。

     パンイチのレオナは、身体を震えさせながら、無言で自分のマジカルペンを召喚した。
     震えるといっても夏の夜である。日中より気温が下がると言っても寒さで震えるほどではない。
     もちろん、怒りによって身体を震わせているのである。
     レオナはマジカルペンをふるった。黙って自らの魔法で衣服を身に着けるのかと思いきや、そうではなかった。

    「――俺こそが飢え。俺こそが乾き。お前の――」

    「わーーーー!!! スマンスマン! レオナ! これはマレウスが悪い! わしからも謝る! とりあえず落ち着いて話を聞いてくれ!! な? 頼む頼む頼む!」
     マレウスの魔法で即座に制服を着せられ、リリア一世一代の誠心誠意の平謝りでオバブロ寸前から、普通に激怒程度まで多少落ち着きを取り戻したレオナは、改めて、目の前に広がる光景を見て息をのんだ。

     水面を渡る風に吹かれて起こるさざ波のしぶきは、一瞬ごとにダイアモンドが砕けてその欠片が散らばるようにきらめいている。
     夜空は幾千の星が瞬き天の川が雄大なカーブを描きながら広がり、彩雲が輝きを放つ。科学法則を無視して夜にもかかわらず、三重の大きな虹がかかっている。
     時折はねる魚のうろこは、まばゆく光り輝く金と銀。
     湖の手前、レオナが立った場所から数メートル前にある、『恋人たちの鐘』と名付けられた鐘は、湖をバックに白銀色の輝きをまたたかせ、今にも天上の音色を鳴り響かせんとこちらを手まねいているかのようだ。えもいわれぬ美しい光景だ。――異常なほどに。

     あきらかに通常の湖とは違っている。
     地味なスポットながら、地元の人々の心をなごませる、そんな湖畔の風景が、絵画やファンタジー映画にでも出て来そうな、神秘的な光景に様変わりしている。

    「なんだよこれ……。マレウス、お前の仕業か? いや、この魔力のニオイは……」
    「直接的には違うが、間接的にはそうだ。さらに言うならお前のせいでもある」
    「いや、100パー俺のせいではないだろ。っつうか、お前の仕業ならさっさと元に戻せ」
    「それが、戻せないんだ。正しく元に戻すには、お前の力が必要だ」
    「……どういうことだよ。説明しろ」
     関係ないから帰る、といいたいところではあった。だが、一体全体どうしてこんな状態になったかと、あのマレウスをもってしても戻せないとはどういうことなのか、それはこの高慢なドラゴンの弱点につながる部分なのではないか、という点に興味がわいたレオナである。とりあえず話だけは聞くことにした。ちなみに、お前の力が必要だと言われて、はいそうですかと力を貸す気は毛頭ない。
     リリアが一歩すすんで話し出す。
    「近頃、この湖で幽霊が出るとか、ケッシーがでるとか、そういう噂、おぬしの耳にもはいっとるじゃろ?」
     たしかに寮生の間でそんな噂があるのは聞いていた。夜に学園を抜け出して湖に行き怪我した寮生がいるとの報告も。自業自得だが。 だが、まぁ十中八九学園長から寮長の監督不行き届きだと責任を押し付けられるのは分かり切ったことなので、この間、寮生にはアホなことを考えないよう、キツく言い含めておいたが。
    「どうも、先週末の金曜日の夜、マレウスがこの湖の遊歩道を散歩しとったらしいんじゃが、その時ひょんなことからこの地の地霊の力をマレウスの魔力が増幅させてしまったらしくてのぅ」
     地霊――すなわちゲニウス・ロキ。
     土地に宿った霊的な存在についての記述は、数多の歴史書に残されている。
     人類史において、魔法の誕生した理由の一つが、地霊と交信するためだったというのは、教科書にも載るような一般的な常識でもある。
     春に豊穣を祈り、秋に収穫を感謝する。夏に雨を願い、冬に再び春が訪れるよう祈る。
     嵐、地震、飢饉、災いを遠ざけるように願う。
     そんな人々の祈りは、文明の発展とともに進歩し、原始的な呪いや占いから、今日の現代的な魔法へと姿を変わっていったのだ。
     ただ、いかに魔法が進歩しようとも、人々の素朴な祈りの形式が全て消え去ったわけではない。ツイステッド・ワンダーランド内の各国の文化に根付いた祭や神事などに、その姿は残されている。『夕焼けの草原』においては、タマーシュナムイナがその例のひとつだろう。
    (そういう存在の地霊の力を、ひょんなことで増幅させんな。クソトカゲのバカ力が……)
     レオナは眉間にシワを寄せ、舌打ちした。やることやっている相手に向けた態度としては、先ほどからやや辛辣である。まぁ、やることだけはやっている、そういう関係の二人ではあった。
    「そんなこんなで、このありさまじゃ。どうも、湖を眺めた者の魔力に呼応してその者の見たいものの姿を映すっちゅうことになっとるらしい」
     魔力に呼応するならば、賢者の島の多数の一般市民には影響がない。その点は幸いだった。
     そして、オカルト研究会の4人の生徒が、てんでバラバラなものを見た理由も単純だった。それぞれ推しのオカルト的現象を見たんだろう。
     では、この目の前に広がっている異常に美しい光景は、誰の魔力に呼応しているのか。いや、これだけの範囲、これだけの反応、そして呼応している魔力の主本人以外にもこの光景を見せることを可能にしている時点で、誰という疑問を浮かべるのも馬鹿らしいことなのだが。
     リリアは話を続ける。
    「この湖の地霊が持つ力自体は、この地にすむ人々の愛着と結びついた清く正しいものではあるが、もともと大したものでは無い。マレウスが増幅した分の力は、どうやらこの20年程前に建てられたこの鐘が核になっとるようじゃ。依り代自体も、長い歴史があるものでも、由緒正しいものでもないようじゃから、鎮めるのにそう魔力はいらん」
    「ふぅん、じゃあとっとと自分たちで元に戻すんだな」
    「そういわれるとぐうの音も出んのじゃが、ほら、わしらって、どっちかというと鎮める側っちゅうより鎮められる側じゃろ? 鎮めの儀とか、そういうのやるのちょいと苦手なんじゃあ~。第一、わしら妖精が地霊にかかわると、どうも地霊そのものに干渉してそのあり様を変節させてしまうのよな……」
     わしらの魔力が純度の高いものであるばかりに……と、リリアは困り顔である。
    「目に見える範囲をもとに戻すことなど造作もない。僕にとっては糸紡ぎよりもたやすいことだ。……ただ、そうなると、この湖付近一帯を、一度、元素単位まで分解した後、再構成することになる。今存在する、この地のゲニウス・ロキは消え去ってしまうだろう。そうなると、目に見える形があるわけでもなく言葉で表すのも難しいようなこの地特有の雰囲気や空気感……といったものも全て消失して、魔力を持たない人間にも何か違和感を感じさせる変化が現れるだろう。些細なものではあるだろうが。……認めるのは少々癪だが、僕にもこの地の地霊を、全て消し去ることは出来ても、鎮めることは出来ない」
     僕の魔力が膨大なばかりに……と、マレウスは少々落ち込んだ様子である。
    「だから、ここはレオナの手を借りたいと思ったんじゃ。猫の手もとい、ライオンの手も借りたいとはこのことじゃな!」
     レオナなら自国の祭祀やなんかで地霊との交信の儀式っぽいこともやっとるだろうしな~、鎮めの儀っちゅうのは結局説得の儀式じゃからな、誠心誠意どうどう落ち着け~とか言っとけばどうにかなるじゃろ、適当に魔法陣書いてバーっとやってどーんじゃ、おぬしなら簡単簡単、魔力量もそりゃ人間にしては大したものだが地霊に干渉するほどのものでは無いしな~、安心安心、とつらつらと述べるリリアである。
    (こいつら、俺の魔力量を遠回しに見下してることに気づいてねぇのか?)
     一度落ち着いたかに思えたレオナ・キングスカラーの怒りチャートは、またしても急上昇した。
    「さっきからまるで俺がお前らの代わりにこの厄介ごとの始末を引き受けて当然みたいな口ぶりで話しているが……、なんでったってこの俺様がわざわざお前のケツを拭く必要がある? マレウス?」
     低く響く声で言うレオナの言葉を受けて、マレウスは無言で返し、リリアは珍しく言いよどんだ。
    「まぁ、それは、そのぅ……、おぬしらって、そういう……、なぁ? マレウス? そもそもの原因っちゅうのも……、あ、これは直接言いたいか。くふふ、アオハルじゃ~」
    「リリア……。やめてくれ……」
     うりうりとマレウスの脇腹をひじでつつくリリア。うつむき、こちらを見ようとしないマレウス。端的に言って気持ちが悪い。不穏な方向に話が進んでいる気がする。
     寮に帰ろう。
     マジカルペンで箒を召喚しようとすると、リリアに先を越された。
    「いくらマレウスとはいっても、普通に散歩しただけでゲニウス・ロキの力が増幅するなんて事態には普通はならん。まったくおかしな話じゃ。協力してもらうには、なんでこうなったかっちゅうところもしっかり説明する必要があるな。ん? マレウス? 自分で言えるか? やっぱりわしが説明しようか?」
    「いい、リリア。自分で言える」
    「くふふっ。……そうかそうか。ではわしは行こうかの。あとは若いお二人で、じゃな」
     軽いウィンクをしたリリアを止める間もなく、次の瞬間、彼の姿は数多の蝙蝠の羽ばたきとともにかき消えた。

     湖上を渡る風が、またその水面を波立たせ、輝くダイヤモンドの飛沫をあげさせる。
     その風は、残された、不機嫌さを隠すつもりもないレオナとうつむいたマレウスの間にも通り抜ける。二人きりである。
    「お前……、リリアに俺らのことを話したのか? セフレですって? 保護者に何でも相談しましょうね、ってどんだけお子さまだよ。坊や、おいくつかな? 自分が何歳か、言えるかな?」
     怒りをにじませながら、それでもマレウスを煽るのに言葉を惜しまないレオナである。マレウスは、レオナの煽り自体に反応するというより、その珍しい口調に『そういうのもアリか……』と新しい扉が開きそうになるのを、理性で押さえつけながら答えた。
    「……くっ。いや、話してはいなかったが、今回のことでバレた……」
     ぐぬぬ……とも形容できそうな顔でうなだれるマレウスの表情に、なぜだかレオナの身体と心の一部がピクッと、いや、明け透けに言うとムラっと反応した。
     ――そう、今日はこいつにガツガツ腰をふらせて、体力の尽きるところまでヤり尽くして、スッキリして、気持ちよく寝る予定だったのだ。元々は。
     湖の噂? ゲニウス・ロキ? そんなことはどうでもいい。
     このレオナ様に待ちぼうけさせたこと。勝手にパンイチで転移させられ、屋外に連れ出されたこと。ごちゃごちゃ訳のわからない妖精の魔力マウントに付き合わされたこと。
     それらは後で、たっぷりと利子をつけて借りを返してもらうこととして、とりあえず今夜は不問にする。
     とにかく、さっさと帰って、さっさとヤってスッキリして、さっさと寝たい。
     あの頭脳明晰なレオナ・キングスカラーといえど、若い肉体を持った一人の男であって、一度、情欲に火がついたら頭の中の大半がそれで占められてしまうのも無理はないことだった。
     果たして、とにかくヤると決めたレオナは、湖のほとりの柵近くに立つマレウスに歩みより、身体を寄せ、シュル……とその尻尾をその足に絡ませると、マレウスの鼻先でピルピルと耳を震わせて囁いた。
    「なぁ……、さっきから何ゴチャゴチャ言ってるんだよ。さっさと元素単位の再構成でもなんでもして湖を元に戻して、俺の部屋に戻ろうぜ? お前だったら簡単に出来ることだろ? いつもみたいに、俺を楽しませて、俺に『もっとしてくれ』って懇願させて、防音魔法のかかった部屋でも、外に聞こえないか心配になるまで俺に声を上げさせる、それと同じくらい、お前にとっては容易いことだ。違うか?」
     なぁ、マレウス? とキスする直前の距離で、上目遣いでマレウスを見つめるレオナ。魔力を使っていないはずなのに、魅了(チャーム)の魔法なんかよりも、もっともっと引き付けられる、その仕草、声色、緑の瞳。
     マレウスはその瞳をたっぷり20秒間は凝視して、今すぐ抱き締めて誰にも邪魔されない密室に転移しその頭から足の先まで全てを味わいつくしたいという抗いがたい衝動としばし脳内で激闘し、頭をふって正気を取り戻すと、一歩横にずれ(後ろに下がろうとしたが背中に柵があたった。茨の谷の次期当主としてはやや威厳にかけた仕草であったと言わざるをえない)、レオナと距離を取った。
    「ちょ、ちょっと待ってくれ、キングスカラー。落ち着いて話を聞いてくれ」
     距離を取られたレオナは、また盛大にひとつ舌打ちした後、低く唸った。

    「その……ゲニウス・ロキの力を増幅させてしまったきっかけについてなんだが」
     ふぅ、とひと息ついてマレウスは話を始める。
     「先週末のことだ。僕は一人でふもとの町に行き、古書店を一通り回ったあと、散歩しようとこの湖の周りを一人歩いていた。そこで……この『恋人たちの鐘』の前ではしゃぐカップルを見た。いわゆるデート、というやつをしているところなんだろう。その者たちは、その鐘を鳴らして笑い合ってこの上もなく幸せそうだった。そして僕は――お前のことを思った。あのカップルのように、お前と二人であんな風になんでもないことで笑い合えたらと。二人でこの湖を眺めたら、なんてことのないただの凡庸な風景も、天界の風景のように妙なるものに見えるのではないかと」
     いや、そんなことはない。お前と俺は身体だけの付き合いで、これまでもこれからもデートという行為をしたこともなくする必要もない。いきなり何を言い出すんだお前は?
     頭に浮かんだ突っ込みを、レオナは口に出すことが出来なかった。マレウスが説明を始めようと口を開く度に、そのセックスアピールでもってマレウスを自分の思いどおりにさせようと何度もその身を寄せ話を聞こうとしなかったため、マレウスの魔法の茨で、口と身体を動けなくさせられていた。
     あームカつきすぎて頭がチカチカしてきた。マジで覚えてろよクソが。
    「ちなみに今目の前に広がるこの光景は、この詩に由来している」
     マレウスは鐘の傍らの案内板を指差した。案内板には、賢者の島にゆかりがある詩人の、恋人たちが湖を眺めながらお互いに対する愛を語り合う詩が書かれており、それと共に「恋人たちの鐘」についての説明が記され、「一緒に鐘をならすと、二人には永遠の幸せが訪れるでしょう」という全くエビデンスのない文言が書かれている。
     ちなみにその詩は、韻律はきちんと基本を踏まえているものの、内容や比喩は陳腐といってもよい。
     ダイヤモンドのような水面の飛沫だの。金と銀の鱗の魚だの。三重の虹だの。あなたと見たらどんな景色もこんな風に光輝いて見えるだの。確かにこの目の前に広がる光景どおりだ。
     まぁまぁありきたりではある。比喩の新規性で言ったら、ゴーストの花嫁騒動の際に、トレイ・クローバーが疲労した即興歌の歌詞の方が上回っているといっても良い。
    「彼らのように、恋人同士で眺めたら、ありきたりな景色もこんな詩の通りに見えるのかと……、お前と二人でこの景色を見たらどんな風に見えるのかと……、考えながらしばらく僕はこの湖のほとりでたたずんでいた。気がつくとすっかり日は暮れていて、夜、そう、すなわち僕たち闇の眷属が司るときを迎えていた。自然、僕の魔力も自然の周期に合わせて増大する。そして意図せずこの湖の地霊に影響を与え、その力を徒に増強させてしまっていたという訳だ」
     いや何時間突っ立ってたんだよとか、こんな陳腐な詩に影響されるなとか、つっこみたいがつっこめない。なんせ茨で口をふさがれているので。
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