朧月「そうやって人を狂わせてる自覚あるのか?アンタ」
いつもと違うどこか抑揚のない声が感情を見せずに発した。そんなもの余程俺よりもアンタの方がわかっちゃいないだろうと榎本は今にも言いそうになったのを、寸でのところで飲み込んだ。結局は互いに何かを狂わせているのだと、理解をした。それは決して愛や恋などというものではない。近いもので言えば執着や独占欲に近しいだろうか。気軽に欲を吐いたとしても引きもしなければ同じような境界線に棲むその男はいつも受け入れるものだから、感覚が麻痺していただけだ。
「……お互い様じゃないか?」
「言うじゃねぇの」
あぁどうして自分は、彼の首に手をかけたのだったか。視界に映る自分の手を見て思案する。衝動は確かにあった、だが、それだけじゃないはずだ。決して彼を殺したいと言う、敵対心や猜疑心からくる殺意ではない。もっと別の…焦燥と執着と憧憬と。
1957