シャリクワ導入「ジオンはかえれー」
シャリアは上空に逗まるソドンを見上げながら、デモ隊によるシュプレヒコールの後ろに混じって野次を飛ばした。シャリアの声に続いて、隣に居た見知らぬ男も同じように「ジオンは帰れ!」と声を張る。
周囲の視線は皆上空に浮かぶソドンか軍警のモビルスーツへと向けられていて、こちらを振り向く者は居ない。まさか外壁を突き破ってコロニー内への侵入を決行した者がこの場に居るなどとは誰も思わないだろう。
雑踏のなかで再び足を進めようとしたところで、ふと背後に違和感のようなものを捉えた。
殺気とも違う、ただ数秒、こちらを注意深く見ているような気配があった。人混みに紛れてなるべく自然にその方向へと視線を走らせる。
そこにあったのは長身の男性の後ろ姿だった。
柔らかそうな金髪を揺らしながら路地に消えていく姿を目にした瞬間に、心臓がどくりと跳ね上がった。
「コモリさん」
「はい?」
取り出した名刺の裏に手早くこれから向かう予定だった店名を書き留めて、隣りに居る彼女に手渡した。
「急用が出来たので、3時間後にこの場所で落ち合いましょう」
「えっ、ちゅう……シャリアさん!」
偽名で作られた名刺は見る人が見れば分かるものだ。記した店にいる者なら彼女相手でも通じるだろう。
呼び止める声を無視して、シャリアはコモリを撒きながら先程見かけた男を追いかけた。気配を辿って人通りの少ない路地を駆け抜ける。道とも呼べないような建造物の隙間を幾度か曲がった先に、彼は居た。
「大佐」
口から零れ落ちた声は小さく、離れたデモの喧騒にすら掻き消されてしまうほどだったが、男はシャリアの声に反応するように足を止めた。
振り向いた彼のサングラス越しに青い目を見た、気がした。
「人違いでは?」
想定していた言葉で返される。分かってはいたが、このような場所で彼の名を呼ぶわけにもいかなかった。シャリアには彼を引き止める術が無い。あるいは、強引に攫うことも已む無しか、と悪魔が囁く。
「と言っても、あなたは引き下がらないのだろうな」
彼は呆れ混じりに笑いながらそう告げた。
***
案内されるまま違法建築によって入り組んだ道なき道を進みたどり着いたのは、どうやら彼の根城とする場所らしい。そう広くはないが、応接間のようなソファとローテーブルのある部屋へと通された。
「まさか、ジオンの軍人がデモに参加しているとは」
笑いながら、彼は手ずから注いだ紅茶をシャリアの前に差し出した。礼を言い、手にしたティーカップに口をつける。熱湯に近い紅茶が舌先を焼くが、緊張と興奮のせいで痛みも味も感じなかった。
「あなたは…」
「クワトロ・バジーナ。ただの一般人だよ」
「ご冗談を」
「連邦軍の軍籍など、一般人とそう変わらないだろう」
クワトロは笑みを浮かべながら、シャリアの隣に腰を下ろした。向かいにもソファがあるにもかかわらず、だ。
表情を隠していたサングラスが呆気なく取払われ、現れた青い瞳に目を奪われる。伸ばされた長い指先がするりとシャリアの顎を撫でた。
「残念ながら、あなたはまんまと、一般人に連れ去られてしまった、というわけだ。シャリア・ブル中佐?」
挑発的な声色に煽られて、シャリアは無意識に喉を鳴らした。