蝉の声がした。
教室の外、春には淡いピンクの花を咲かせる大きな桜の木。窓を開けても風なんて入ってこない、蒸し暑い陽気の日。
今年最初の蝉の声だった。ヒグラシではない。「チー、チー」としたそれは、確かニイニイゼミとか言う可愛い名前だっただろうか。
今年は少し早いな、なんて思いながら、窓際の席の降谷が窓の外を見やっている時だった。
カクン、と視界の端で何かが揺れた。前に視線を戻せば、前の席の黒髪が、机に頬杖をついて船を漕ぎそうになっているところだった。
また、カクン、と。
特徴的な後ろ髪の部分が、ぴょこんと揺れる。長々と朗読されている英文を、まるで子守唄にでもしているかのように。
「ぷっ……」
それに思わず笑みを漏らしていると、ふと、教師の視線が彼に向けられたのに気づいた。まだ若い女性の教師だが、いくら成績優秀者とはいえ授業でこう堂々と寝られては困ることもあるだろう。
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