温かい日 両腕から溢れんばかりのプレゼントを抱えながら、店の外付け階段を登る。すっかり日が沈んだ時間。頬を撫でる秋風がほんの少し肌寒い。
「フッフ、みんな来てくれたなぁ」
けれど、今日のことを思い返すとそれだけで胸の内がふわりと暖まる。始まりは、毎朝通勤前にお昼のおにぎりを買いにくる常連のお兄さん。
「今日誕生日やろ? おめでとうな」
おつりを渡す時に、言われた言葉。そういえば、去年も、一昨年も、始まりはいつもこのお兄さんだった。それからは、常連客がひっきりなしに来ては口々に祝いの言葉をくれた。たまにプレゼントを渡してくれる人も居た。
愛されてるなぁ。
自惚れでもなく、しみじみとそう思ってしまうほど、温かい一日だった。
いつからか、おにぎり宮では十月五日はお誕生日をお祝いしてもらう日となっている。きっかけは、多分稲荷崎のメンバーがサプライズでお祝いをしてくれた事。あれは、凄かった。一つ上の代が主体となって、商店街を巻き込むほどに大掛かりなサプライズを仕掛けてくれたのだ。当日までバレないように、情報操作をするのが大変だったと、その後北が笑っていたのを覚えている。
その誕生日会に協力してくれた商店街の人々と、常連客。彼らがそれから毎年、治の誕生日を祝ってくれるようになったのも驚きだった。確かに、商店街の人々は治を孫のように可愛がってくれていたが、まさか誕生日を覚えていてくれるとは思いもしなかったので。
そんな商店街の習慣が新たな客にも伝わり、いつしか一種のイベントのような、特別営業日のような雰囲気になっていったのが、この十月五日という日だった。
本当に、幸せ者だと思う。まさか高校の頃は、専門学校で一生懸命勉強をしているときは、こんなふうになるとは思ってもいなかった。
指先だけで鍵を操って、なんとか自宅のドアを開ける。玄関にどさりとプレゼントを下ろすと、そこそこの山になっていた。飴玉ひとつから、日本酒まで、大小様々な食に関するプレゼント。普段いかに、自分を見てもらっているかがよくわかる。それが嬉しくて、擽ったくてたまらなかった。
山を切り崩しながら、一つ一つを整理していく。賞味期限を確認し、どれもこれも、絶対に無駄にはしないと心に刻み込みながら。これから、みんなの愛と一緒に暮らすのかと思うとワクワクしてしまう。
なんとか全てを仕舞終えたその時。ポケットの中でブルリとスマホが震えた。ちらりと画面を見る。途端に頬が緩んでしまう。反射的にポチリと通話ボタン押した。
「スナぁ!」
「おっほ、元気だね」
「スナからやったからついな」
「可愛いね。俺も治と電話したかったよ」
低く柔らかな声が聞こえるたび、頬が緩む。高校時代から付き合っている角名とは、もう何年も遠距離恋愛を続ける仲だ。社会人になって、兵庫と長野という思っていたよりも遠い距離での恋愛。もちろん常に順風満帆とはいかなかった。だが、どれだけすれ違っても、結局は互いを求めてしまう。それが分かってからは、比較的穏やかな日々を送れていた。
「治、お誕生日おめでとう」
「ありがとぉ」
「今年もたくさん祝ってもらえた?」
「フッフ、今年もいっぱいプレゼントもろたで。幸せよなぁ」
「俺も治が愛されてるの嬉しいよ」
「でもスナに祝ってもらうんが、いっちゃん嬉しい」
少し唇を尖らせながら言えば、角名が電話越しに笑った。途端に、顔が見たくなる。そこで、おや? と疑問がひとつ。
誕生日といえば、クリスマス、バレンタインと並ぶ恋人同士の三大イベントといっても遜色ないものである。しかし、遠距離恋愛故、互いの誕生日に毎回プレゼントを持って会いにくるのは難しい。だから、当日にテレビ電話をしながら今年のプレゼントを発表し、プレゼントが物であれば後日発送。届くまでをワクワクしながら待つ、というのが通例であった。
なのに、今日はテレビ電話ではない。間違えたんかな? と首を傾げるが、どちらかといえば、角名の方がいつも「テレビ電話で良い?」と聞いてくるのだから、それは考えにくい。ならば何故。
いつもとは違うことに悶々としている治とは裏腹に、角名は特に違和感を覚えることもないようで、軽快に話を進めている。自分の近況から始まり、何点か治へ投げかけられる疑問符。それに答えていると、なかなかテレビ電話では無いことを聞けなかった。
もしかして、今年はプレゼントとか、そういうのをすっかり忘れてたんかも。
思わずそんなことを考えた矢先。「さて、今年のプレゼントのことなんだけど」と切り出されたものだから、治はその場で数センチ飛び上がってしまった。
「お、おんッ、何ぃ⁉︎」
「オッホ、なんで声裏返ってんの」
「や、べ、別になんもない」
「そう? それよりさ、画面見てよ」
心臓をバクバク言わせたまま、耳にしっかり当てていたスマホを離してみれば、画面いっぱいに角名の顔。「うわ⁉︎」と別の意味で驚いて心臓を跳ねさせれば、その様子をしっかり見ていたらしい角名がまた笑った。
やっぱり、角名はテレビ電話のことを忘れていた訳じゃなかった。久々に角名の顔みれるん嬉しい。そんな想いを込めながら眺めていると、ちょっとずつ角名の顔が画面から遠のいて、背景が入り込んでくる。
「さて、治に質問です」
いたずらっ子のような声色。けれど、治はそれどころではなかった。ヒュッと息を呑む。
「俺は今、どこにいるでしょう?」
その言葉を聞くやいなや、スマホのことなんて忘れて立ち上がる。
短い廊下を駆け抜けて、ついさっき、プレゼントの山を作った玄関へ向かう。三和土に置きっぱなしのサンダルを急いで突っ掛けると同時に、勢いよくドアを開けた。上気しきった頬に叩きつけられる秋風が気持ちいい。
外付け階段を駆け降りる。ガンガンガン、と金属が独特の音をあげたけれど、気にしてはいられなかった。
だって、あの画面の背景は。
「角名‼︎」
店の戸を背にして立つ、黒いコートに身を包んだ長身の男。その薄い唇が「おさむ」と紡ぐのを見た途端、胸の内の衝動が溢れた。階段を駆け降りたその勢いのまま、思いっきり角名に抱きつく。ギューッとその身を力一杯抱き締めれば、ふわり、と愛しい匂いがした。
「うお、ふふ、治、会いにきたよ」
まさか抱きつくとは思わなかったのだろう。驚いた様子の角名も、すぐに治の身体を抱き寄せるように腕を回す。互いにギュウッと抱きしめ合うと、治の胸の内に温かいものが込み上げた。
「休みとってくれたん?」
「うん。今年はどうしても治を直接お祝いしたかったから」
「フッフ、嬉しいなぁ。今年は角名がプレゼントやなんて思わんかった」
角名の首筋に額を当ててぐりぐりしていると、ふと、きらりと光る物を感じる。なんやろう。角名がアクセサリー付けるん珍しいな。そう思いながらも再び首筋に埋もれようとしたところで、そっと、身体を離された。
「もちろん、俺もプレゼントだけど、それだけじゃなくて」
片手で治を抱きながら切り出した角名は、ごそりとポケットを探る。そして、再び現れた指先には、細身のチェーンがシャランと垂れ下がっていた。
「およ? ネックレス?」
なんの変哲、飾り気のないソレ。もしかして角名の首筋にあったのと同じものかも。そう思い至ったところで、角名が真剣な顔をした。
「うん。でもソレ、完成形じゃないんだよね」
「え、そうなん?」
「そこにつけるやつ、明日一緒に選びにいかない?」
ドクン。心臓が跳ねる。察しの悪い治でも、こんなの流石に気づいてしまう。角名の緊張が伝わって、背に回した指が震えた。
「指輪。治は俺のだって、そろそろ印つけさせて」
囁くような言葉。外だというのも忘れるほどに胸が震える。
こんなの、とんだサプライズだ。誕生日と、クリスマスとバレンタインがまとめてやって来るよりも、もっと嬉しくて擽ったい。
だから目の前にあった角名の唇に、外だというのも忘れて噛み付くようなキスをしたのだって、今日だけは多めに見て欲しい。そう思いながら、角名の首筋にかかる揃いのネックレスに指を絡めた。
明日は今日よりももっと温かい日になりそうだ。