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    HellHellBurger

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    真夏の白「暑い……大瀬くん、大丈夫ですか?」
    「はい、お気遣いありがとうござい、ます……」
    ちゃんと大丈夫そうに言えていただろうか。ふらふら、くらくら。
    「ここまで暑くなるとは……疲れたでしょう?お出かけは別の日にした方が良かったかもしれないね」
    「い、いえ……理解さんのおすすめのオムライス、美味しかったです。ありがとうございます」
    ニュースによればこの夏一番の暑さだとかいう太陽が、身体の水分を奪っていく。このまま溶けて死んでしまいたいけど、今死んだらあと二十分は歩く距離の家まで理解さんに死体を運ばせる羽目になってしまう。せっかくの休日を僕なんかのために使ってくれた理解さんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。死ぬなら、家に着いてから。
    そう決意したのに、身体は依然言うことを聞かない。それどころか、景色はまるで回転してるかのように目まぐるしく変化する。空が大きい気がする。理解さんの声が響く。僕の名前を、呼んでいる。

    「水を買ってきますから、ここで待っててください」
    「……ごめんなさい」
    気がつくと地面に倒れていた僕は理解さんに手伝ってもらいながら、近くにあったベンチへ。隣に大きい木があるから、影が出来ていて少しだけ涼しい。理解さんが言うには、脱水症状から来る立ちくらみじゃないか、とのことだった。そこから離れないように、死のうとしないようにと念押しして離れていく理解さんの背中を見つめる。正直に、少し休みたいと言えばよかった。自分の体力のなさを自覚しているのに無理したせいで、結局こうして余計な迷惑をかけている。どうしようもなく死にたくなるが、今動いてもまたふらふらと倒れるだけでどこにも行けないだろう。それに、自分のために水を買ってきてくれると言う理解さんのご厚意も無下にすることになる。やはり、死ぬのは帰ってから。そんな事を考えていると、理解さんが早歩きでこちらに戻ってくる。
    「おまたせ、大瀬くん。ほらこれを飲んで」
    そう言って、五百ミリリットルのペットボトルを差し出される。冷えたペットボトルの表面についた水滴が手のひらを濡らす。
    「理解さん、本当にごめんなさい」
    「いいから早く飲んで。症状が悪化したらいけないだろう」
    そう急かされ、上手く力の入らない手でキャップを回し、飲み口に口を付ける。ペットボトルを傾けた途端、冷たい水が喉を駆け抜けていく。直射日光に焼かれた全身を冷やすようなそれが美味しくて、ペットボトルを傾けて一気に半分くらいを飲んでしまう。喉をごくりと鳴らしてひと息つくと、理解さんが自分の顔を覗き込んでくる。
    「大瀬くん、落ち着いたかな」
    「……すごく、美味しいです。ありがとうございます」
    感謝を述べながら理解さんの顔を見上げると、酷く汗をかいていることに気がつく。この暑さの中、急いで買ってきてくれたのだ。汗をかかないわけがなかった。
    「理解さん、あっあの、これ飲んで……!あ、でも、自分の飲みかけなんて……」
    「ああ、大丈夫だ大瀬くん。私の分も買ってきたんだ。それは君の分だから、気にしないで全部飲んで」
    理解さんは手に提げたビニール袋の中からペットボトルを取り出して飲み始めた。さすがは理解さん、自身の体調管理も怠らない。感動しながら見つめていると、理解さんの持つペットボトルのラベルに気になる文字が見える。
    「雪……?」
    思わず口に出すと理解さんにも聞こえたようで、微笑みながら僕の手元を指さした。
    「大瀬くんのも同じ水だよ。見てごらん」
    そう言われ、手に持ったペットボトルを回転させ、ラベルの文字を見る。
    『██山の雪解け水』と表記されている。
    「ドラッグストアで見かけて、あえてこれにしたんです。大瀬くんは雪が好きだと言っていたから、喜んでくれるかと思って」
    そのラベルと、中に入った半分に減った透明な液体を眺める。ペットボトルの向こうにある雑草を透かすその液体は水道から出る水や、あるいは近くを流れる川の水とも同じ色をしていた。無色透明なそれは、あの美しい白の面影を残していない。これはもう、雪じゃない。
    「大瀬くん?」
    僕が返事をしないから不審に思ったのか、理解さんに名前を呼ばれる。
    「あ……その、お気遣いいただきありがとうございます!雪、だったんですね、この水……すごく、美味しいです」
    再びキャップを開けて喉を潤し、笑顔を向ける。理解さんの気遣いで、優しさで、こんなに救われてますと言ってみせるように。
    「……そうか、良かった。もう少し休んでから帰ろうか」
    理解さんはビニール袋の中から塩飴を取り出すと、袋を開けて僕に舐めるように言った。汗をかいて塩分を欠いているだろうからと言われ、素直に受け取る。口に入れると、口内にじゅわりとしょっぱさが広がっていく。
    「理解さん、もう大丈夫です。いただいた水と飴で、すっかり元気になりました!」
    立ち上がり、元気だと示すように腕を動かしてみると理解さんが安心したように笑ってくれる。
    「そうか、良かった。でもゆっくり帰ろうね」

    木陰から出た途端、現実に引き戻されたように日差しと熱気が全身を襲う。理解さんのおかげでもう倒れそうになることはなかったけど、家に帰る頃にはへとへとになっていそうだ。
    「次に出かける時は水筒を持っていきましょうね」
    「はい」
    少し前を歩く理解さんは、背筋を伸ばしてきびきびと歩いている。この暑さの中で、こんなに綺麗な姿勢で歩けるのはこの人くらいなものだろう。ああ、やはり全ての人の模範となるのはこういう人なんだろう。すでに三分の一ほどに減ったペットボトルをおでこに当てる。もう随分ぬるくなってしまったけれど、それでも気持ちよかった。手を少し下ろすと、視界の上の方が歪んで見えた。ペットボトルの表面の凹凸に歪む景色は、いつもと違って見えて面白い。ラベルを剥がしてハダカになったペットボトルを再び目の前にかざしてみる。ちゃぷちゃぷと音を立てながら動かしてその景色を楽しんでいると、ペットボトル越しに人の姿が見える。目の前にいるのは理解さんだと分かっているのに、ペットボトル越しの歪んだ姿は一瞬その本質を見失わせた。
    片手に持った、剥がしたばかりのラベルに視線を移す。雪解け水。かつて美しい真っ白だったはずの水。今は人の手で汲み取られ、人の手でこの小さなペットボトルに閉じ込められている。人が溶かしたわけじゃない。ただ、いつまでも雪ではいられなくなっただけなのだ。穢れのない白も必ず解けて、透明になって、こうして人の手に渡ったり、あるいは自然の中に消えていくのだろう。
    そんなことを考えていると、日が沈み出したのか、辺りの空が薄らとオレンジ色に染まっていく。視線を戻すと、目の前の背中はやはり美しい姿勢のまま歩みを進めていた。
    貴方は、いつまで。そんな言葉が貴方の白を穢さないように、ペットボトルに残った僅かな水とともにごくりと音を立てて飲み干した。
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