ある穏やかな日の事だった。
「君には僕を救えないし、僕にも君は救えない」
牧師は降旗に背を向けたまま言った。降旗は白丘がコーヒーを淹れてくれると言うので座って待っていた。
黒い液体が透明なポットの中にぽとりぽとりと落ちる。
なぜ急に白丘がそんな事を言い出したのか、降旗にはめっきり分からなかった。
「そんなの分からないじゃないですか――」
降旗はムッとしている。心のどこかでは目の前にいる恩人の苦悩をどうにも出来ないことなど自分でもうっすらと感じていたからかもしれない。
「――私の心理学的な知識で助けになれることがあれば、と考えています」
白丘はふう、と息を吐き出すとくるりと振り返った。
「降旗くんが看てきたという患者も一体どれだけの人が本当に救われたんだろうね」
「どうしてそんな酷いこと言うんですか」
「そもそもね、僕にとって赦すのも救うのも神の領分なんだよ。僕からすれば君の方が酷いことをしているように思うね」
降旗は思わず立ち上がった。
「そうやって私の傷を抉って楽しいですか。亮さんは私の過去に何があったか知っていますよね。知った上で言っているのですか」
握った拳に力が入る。
「そうですよ、私は驕った人間ですよ。心理学を学べば人を、自分自身を救えると思ったんですよ――失礼」
そう声を荒げて言うと、白丘には一切目もくれず部屋を出ていってしまった。
「すまない降旗君――こうでもしないと僕は――」
白丘はよろめいてテーブルに手をつく。
コーヒーポットからは黒い液体が溢れ、流れ出した。