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    紫@🐏

    @purplesheep0125

    腐女子↑20。
    ここはナタ→→→ハン♂(ワイルズ)専用

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    紫@🐏

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    思春期真っ只中自覚なしの少年。

    春来たりなば そろそろと爪先を浸した水は冷たく、思わず噛み締めた奥歯がきり、と鳴った。苔で滑る丸石を注意深く避けながら、緩やかに傾斜した川床を踏み締める。水位が脹脛から腿、腰骨へとたどり着いたところで詰めていた息を吐き出すと、鬱蒼と枝を絡み合わせた樹影の向こうで、ほう、と夜の鳥が声を上げた。
     手のひらに掬い上げた水を頬に浴びせかければ、一瞬だけ心地よい冷たさを感じた皮膚はだが、すぐに熱を取り戻した。燻り続ける熾火に、内側から炙られ続けているかのようだった。
     急速に背丈が伸び、漸く掠れが取れた声は以前のそれとは別人のようで、最近は――アルマには微笑ましげに目を細められ、ジェマにはしげしげと観察されたものだが――上唇や顎のあたりに、産毛よりも少し濃いものがもやもやと生えるようにすらなった。身体が大人に近づきつつあることに戸惑いはあるが、厭だと思っている訳ではない。重い武器を以前よりも楽に扱えるようになったことはむしろ喜ばしく、憧れの人の背中に一歩ずつ近づいていると思えば鍛錬にもますます身が入る。
     ――ただ。
     ひやりとした大気を吸い込み、吐き出す。少しでも追い出せるかと思った不快な熱は、身体の中をぐるぐると巡るだけで一向に治まりそうになかった。師の眠りは浅く、テントを抜け出したことに気づかれていない筈はない。あまりに長く戻らなければ、きっと探しに来るだろう。そう考えた瞬間――下腹のあたりが、不意にずくりと疼いた。腰のあたりが重苦しく怠く、熱い。
     自分の身体の一部であると云う以上の認識をしたことなど、一度もなかった。幼い頃には無闇に触れてはならないと教えられたが、人体にとっては急所でもあるのだし、当然のことだと思っていた。
     なのに。
     時折――何かがどうしようもなくもどかしくて、叫び出したくなる。疲れ果てているのに、眠れぬまま朝を迎えることが増えた。そう云う時にはいつも、熱を帯びて腫れたその箇所が、下穿きの布地を押し上げていることは知っていた。病気かとも思ったが、気を紛らわせているうちに治まっていたし、何となくの恥ずかしさもあって、誰にも言わなかった。それが――今日に限ってはなぜか、一向に静まる気配がない。
     触れてはならないのに、触れたい。ぐるぐるとうねり唸るような熱を、吐き出したい。肌に触れている水の感触さえ耐えられない。どうすることもできないまま、焦燥感ばかりが募ってゆく。苛立ちと情けなさのあまり視界がじわりと滲んだ、その時。
    「……ナタ!」
     低くなめらかな声が、丸めた背中を打った。びくりと身体が跳ね、水しぶきがちいさな音を立てる。振り向かずとも判る声の主を、だが、今はどうしても確かめたくなかった。
    「だ――大丈夫、だから、」
     声を発して初めて、震えていることに気づく。身体の内側は熱いのに、指先は凍りついてしまったかのように冷たい。
    「放っておいて、ください……そのうち、戻るから」
    「ナタ! おまえ――」
    「大丈夫だって、言ってるじゃないですか……!」
     違う。こんなふうにしたい訳じゃない。でも、どうすればいいのか判らない。
     熱い。寒い。歯の根が合わない。
     男の立つ川辺から遠ざかろうとした足元が、つるりと滑った。反転した視界に、蒼く輝く月が映る。
    「ナタ!」
     珍しく焦りを含んだ男の声は、水音に遮られた。強く閉じた目を開いて何とか顔を上げれば、月光の蒼を帯びてきらきらときらめく泡が、無数に暴れ渦巻いている。時間にすれば、瞬く間のことだっただろうか。力強い手に腕を掴まれ、水上へと引き上げられて、そうして――ナタは、激しく咳き込んだ。
    「全く、おまえは……何を考えているんだ……!」
     ぐいと引き寄せられた頭を、男の腕に抱え込まれていることに気づくまで、暫しの間があった。頰を押し当てた広い胸は温かく逞しく、速く乱れた鼓動が伝わってくる。僅かに引きかけていた熱がひと息に押し寄せるようで、厭だ、とナタは呻いた。
    「先生……離して、」
     訳の判らない感情と訳の判らない熱の所為で、頭の中はぐちゃぐちゃだった。何かとんでもないことを口走ってしまいそうで、強く唇を噛み締める。引き摺り上げられた川縁の柔らかな下草の上で膝を抱え込めば、暫し沈黙したままこちらを見下ろしていた男が、やがて深い息を吐いた。
    「……一体、何のつもりだ」
     抱えた膝に額を押し当てて、別に、とナタは答える。
    「何でも、ない」
    「比較的安全な場所とは云え、いつ何に出くわすかは判らない。水浴びなら、日が暮れる前にも時間はあった筈だ」
    「だから、何でもないってば――!」
     こんなことが言いたいんじゃない。心配してくれているのは知っているし、本当はもっと、その温かさに触れていたい。ちゃんと顔を見て、素直に謝りたい。でも、できない。どうしても。どうしても。
    「……ナタ」
     低く柔らかな男の声が、僅かに険を含んだ。当たり前だ。勝手な行動をしておいて、その理由すら説明しようとしない子供になど、誰だって腹を立てるに決まっている。だから。
     なのに。
    「――判り、ません」
     喉の奥から迫り上がり溢れ出すものを、止める術などなかった。
    「僕が何をしたいのかなんて、そんなの、僕が――一番、知りたいよ……!」
     次々に落ちる涙が、膝頭を濡らしてゆく。早く大人になりたいと思っていた。背中を追いかけてばかりの人の、いつか隣に立てるように。だから、こんなふうにしたくないし、こんなことが言いたいんじゃない。冷たく突き放されるなんて、とても耐えられない。なのに、触れられない。顔を見られない。みっともないところを見せたくないし、煩わせたくない。
    「どう、して――どうして、僕、」
     膝を抱え肩を丸め、幼い子供のように泣きじゃくる。判らない。自分の心も、身体も全部がばらばらで、何ひとつ思い通りにならない。ただ傍にいるだけで幸せだった、あの頃に戻りたい。
     乱れた呼吸に波打つ背中に、やがて、温かいものが触れた。
    「……ナタ」
     声は低くなめらかで僅かに甘く、そして、優しかった。躊躇いがちに撫でさする手のひらが、どこかぎこちない。逡巡するような沈黙の後、俺は、と男は言った。
    「武器を振るう他に、取り柄のない人間だ。気遣いが足りない自覚はあるが、もし……それで、おまえを傷つけているのなら、」
    「……違います、」
     顔を伏せたまま首を振ると、止められない涙がぱらぱらと散る。
    「悪いのは、僕です。僕が、自分のことさえ、ちゃんと理解できないから――」
     背中を撫でる手のひらのその穏やかな温もりが、頑なに絡まり合っていた心の結び目を少しずつ緩めてゆくようだった。
    「したくないのにしてしまうことがたくさんあって、しようと思っていても、どうしてもできないことがあって、全然、判らなくて、」
    「……そうか」
    「言いたいのに言いたくなくて、言えなくて、酷い態度ばかりで、このままじゃ、先生に嫌われて、見捨てられるって――判ってるのに」
     触れていた温もりがそっと離れた後、やがて、向かい合う位置に腰を下ろす気配があった。
    「ナタ」
     顔を上げなさい、と男は言った。
    「……ナタ。俺を――見ろ」
     見られない。見たい。でも見たくない。相反する感情を奥歯の間で砕き、その苦味を噛み締めたまま、緩々と視線を上げる。
    「先生――」
    「おまえを嫌ったり、見捨てたりなど、決してしない」
     蒼く輝く月に似た静謐な美貌を、安堵の苦笑が柔らかに歪ませた。
    「おまえが進みたいと思う道が何であれ、俺はそれを尊重するし、できる限りのことはするつもりだ」
    「僕は、」
     豪雨の森で二人、小さなテントの中で過ごした時間が、永遠に続けばいいと思った。何ひとつ消化できぬうちに噛み砕いたものの欠片が、ざくりと胸を抉る。
    遠ざかっていた熱が、寄せる潮のようにまた満ちてゆく。
    「先生の、傍に――いたいです」
     どこかきょとんとした表情で、いるじゃないかと男は首を傾げた。
     そうだけど、違う。
     漸く口に出すことのできた、それこそ決死の思いに等しいひとことは、それまでの葛藤も躊躇も全てなかったことにされてしまえば、幼かった頃、無邪気に口にした言葉と何も変わらない。伝わらない。
    「そうじゃ――なくて、」
     歯止めが効かなくなったかのように流れ続ける涙を懸命に拭いながら、ナタは言った。
    「ずっと、です。僕がもっと大人になって、一人前のハンターになっても、ずっと、あなたの隣にいたい」
     男は――暫し、何も言わなかった。短からぬ沈黙の後、つややかに赤みを帯びた唇が、ちいさな吐息をこぼす。こちらに伸ばされた手がくしゃりと髪を撫でて、離れた。
    「……そろそろ、戻ったほうがいいな」
     立ち上がった男の頭上に、全き月が蒼く輝いている。
    「セレネーがいるとは云え、アルマを長時間一人にしておく訳にはいかない」
    「先生――」
    「それに、そのままでは風邪を引く」
     男がその肩から外し、投げて寄越した毛織物を咄嗟に受け取れば、仄かに残る温もりが指先を包み込むようだった。
     身体の深い場所が、またずくりと疼く。
    「……僕……まだ、戻れません」
    「……なぜ」
    「……なぜ、って」
    「……話したくないか」
    「……話したくないって、云うか」
     恥ずかしい。
     煩わせたくない。
     余計な心配をかけたくない。
     そのどれもが少しずつ当てはまっているようでいて、それでいて、全然違う。
    「アルマになら、どうだ」
    「……女の人には、ちょっと……」
    「セレネーは……?」
    「……獣人族とは……色々違うかもしれないし……」
    「同性で、同種族なら構わないと云うことか」
    「……構わないかどうかは、判りません、けど」
    「――だったら」
     今話してくれないか、と男は言った。
    「何があろうとおまえを嫌ったり、見捨てたりすることはない。そう――言った筈だ」
    「……でも、」
    「ナタ」
     落ちかかる髪を掻き上げて、男はため息を吐く。
    「おまえの個人的なことにまで、踏み込むつもりはない。だが、それが任務に支障を及ぼしかねない状況であれば、話は別だ。――判るな」
     唇を噛み、そうして、ナタは頷いた。
    「……判ります」
     自分の勝手な行動で迷惑を掛けたことは紛れもなく、時と場所が違っていれば、要らぬ危険をも招き寄せてしまっていたかもしれない。未だ半人前であろうと、ハンターを名乗っている以上は許されざる行動だったと――少し冷静さを取り戻した今なら判ることだった。
    「――ごめんなさい……勝手なことをして、」
    「判ればいい」
     気持ちが僅かに落ち着いたからだろうか、冷え切った身体が今更ながら小刻みに震え始めた。握り締めていた毛織物を鈍々と広げ、その長さのある幅広の柔らかな布地ですっぽりと身体を覆う。香草に似た清しい匂いが、ふわりと鼻先を擽った。
     それが、長い亜麻色の髪が纏う石鹸の香りだと云うことに気づいた、瞬間――。
     頭の中が、ぼふり、と音を立てた。
     ような気がした。
    「……先生」
    「何だ」
    「……むり、です」
     怪訝な表情を浮かべる男から勢いよく視線を外し、ひと息に燃えるような熱を帯びた顔をがばりと膝に埋めて、やっぱり言えません! とナタは叫んだ。

     ――翌日。
     『鳥の隊』所属の少年の訪いを受けたヴェルナーが、無闇に思い詰めた様子で持ちかけられた『折り入っての相談』とやらの内容に、色々な意味で頭を抱えたのは――また別の話。
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