気配を感じ、重い瞼を持ち上げた。二色の瞳と視線が絡む。
薄暗い部屋の中でも浮き上がるような白さの男が、不機嫌そうに眼を細めた。唇が開き、小さな吐息だけを吐き出して閉じられる。幼子のような躊躇いを覆い隠すように口角が持ち上がり、皮肉屋の笑顔が張り付いた。
「やあ、ブラッドリー。ずいぶん面白い顔になってるじゃない。それ、フィガロにやられたんでしょう?」
やけに白い指先が伸びて、ブラッドリーの左目に巻かれた包帯を引っ掻いた。僅かに走った痛みに眉を顰める。
薬が効いて眠りに落ちる前には副官が部屋にいたはずだが、今は姿が見えなかった。視線を戻してため息を吐く。
「何しに来たんだ、てめえは」
いくらブラッドリーが痛みに強いとは言っても、この大怪我だ。さすがに喋るのも億劫だった。それを言ったところで素直に従うような男ではないとわかっているから尚更だ。まあ、ブラッドリーとしても正直に告げる気はないのだが。
片側が塞がれた視界には、笑みを消した男が一人ぽつんと立っている。癇癪を起す子猫のように包帯の上を動き回っていた指先はいつの間にか止まっていた。おまえ、と呟く声はやけに静かだ。
「弱いんだから、フィガロを捕まえるとか考える方が無駄じゃない?」
「んなこと言いに来たのかよ」
純粋な戦闘能力だけなら、フィガロの方が上であることはわかっている。だが、それが諦める理由になるかと言えば話は別だ。隙間なく包帯で覆われた手を振り、視線を外した。
「てめえはそう言われて、はいそうですかって従えんのかよ」
答えはない。予想通りの反応にため息も出なかった。
自分より強いからなんだというのだ。そんな事実で矜持を捨てるはずもない。ブラッドリーも、この男も。
わかったらさっさと出ていけ、とベッドの中で背を向けた。今の体では、気を張るだけでも体力が削られる。これ以上相手をする気にはなれなかった。
気配が動き、微かな衣擦れの音がする。そのままドアの向こうに消えるだろうと瞼を落とし、シーツにかかった重みに再び目を開く。振り向けば、枕元に小さな箱が置かれていた。無造作に投げつけられたからか蓋が開いて中身が見えている。
義眼だった。フィガロに壊されたものの代わりのようにそこにある。
「……何のつもりだ」
「……知らない」
ふいと視線が右に逸れる。静かに床を眺める瞳の色は、箱に収まっているものとよく似ていた。何を考えているのかと聞いたところで納得できる答えは帰ってこないだろう。無駄な発声をする気分ではない。
蓋を閉め、サイドボードに移動させた。
「趣味の悪い色してんな」
「おまえが前使ってたやつの方が趣味悪いでしょ。あんな、全然違う色」
「てめえに言われたかねえよ」
そもそも前の義眼は、やけに左目を気にする副官のために、わざわざ高名な職人を呼び寄せて元の瞳の色そっくりに作らせた逸品だった。この男が寄越した金色の義眼より余程近しい色に決まっている。
隠す気もなく呆れてやれば、空気が揺れて顔を顰めた男が一歩近づいてくる。指先が伸び、右の瞼を撫でた。
「わからないの?おまえの色はあんな死んだ色じゃなくて、もっと」
「もっと?」
不可解さに言葉を繰り返せば、はっとしたように手が離れていく。何かを誤魔化すように舌を打ち、殺気立った一瞥と共に慌ただしく背中がドアの向こうに消えていった。どうも、奴にとって口に出すべきではないことまで口にしていたらしい。どれがその失言に当たるのか、ブラッドリーには理解できなかったが。
惜しいことをしたと思いながら、ゆっくりと瞼を閉じた。