それで? と声を掛けられてミスラは一つ瞬きをした。
「てめえは何しに来てんだよ」
こんな夜中に、とブラッドリーがちらりと窓の外に視線を向けた。厄災が輝く空はまだ終わりそうにもないのはミスラにもよくわかっている。そんな夜を何度も過ごしているのだから。理由は、と聞かれれば一つしかない。
「眠れないので」
「そっちじゃねえよ」
ブラッドリーが小さくため息を吐いてグラスを傾けた。琥珀色の液体が揺らめいて消えていく。指先をくるりと回してボトルから新しい酒を注ぎ入れ、ブラッドリーが足を組み直した。もう一度グラスを傾けてから、どうしてブラッドリーの部屋を訪ねて来たのかという意味だと付け足される。
それについての理由をミスラは持っていない。ふと、そういう気分になっただけだった。今日はシャイロックが魔法舎にいなかったこともあるかもしれない。あのバーに行っても、もぬけの殻だった。勝手に飲んでもよかったが、あまりに種類が多くて面倒になって止めた。そうしてバーを出た時に頭に浮かんだのがブラッドリーだっただけのこと。
「知りませんけど、一番最初にあなたのところに行こうと思ったんですよね」
そう言うと、ブラッドリーが小さく笑い声を上げた。悪くねえ口説き文句だなと呟いて、くるりと指を回す。またおかわりでもするのかと思ったらミスラの手元にボトルが浮かんだ。ラベルのない、どことなく薄汚れたボトルだ。確か、ひどい安酒だと言っていたような気がする。まだ酒が半分残ったグラスに、入れていいとも言ってないのに勝手に注ぎ込まれた。顔を顰める。ミスラにとって酒の味はそこまで重要ではないが、ひどいと形容されたものを与えられるのは馬鹿にされているようで癇に障った。
「ンな顔すんなよ。理由付けにはもってこいじゃねえか」
ブラッドリーの指先が小さく動き、微かな魔力がミスラのシャツのボタンを一つ外した。赤い瞳が細くなり夜のように揺らめいている。
「そんな安酒じゃ、悪酔いしたって文句は言えねえだろ」
なあミスラ、と滑らかな手触りの声でブラッドリーが囁く。いつかのベッドの中で聞いたような声だった。また一つ、ボタンを外された。
グラスの中で上等な酒とひどい安酒が交じり合って一つになる。ミスラがこの程度で悪酔いするとも思えない。グラスを煽れば喉が焼けるような感覚がするが、それだけだ。空っぽになったグラスにおかわりは注がれなかった。例のボトルはブラッドリーの傍に浮かんでいるだけだ。
「……あなたは飲まないんですか」
「飲んでほしいのか?」
からかうような声だった。少し苛ついて指を動かす。ブラッドリーのグラスにこれでもかと安酒を注ぎ入れてやった。零れた酒が指輪のはまった手を濡らしている。驚いたように目を丸くしているのを見て少し気分が良くなった。ぽたぽたと手の甲から垂れている雫を集めてグラスに戻してやる。
何してんだと顔を歪めたブラッドリーが、瞬きの間に表情を変える。安酒で濡れた手を差し出された。また、ぽたりと雫が落ちる。
「そんなにおかわりが欲しいのかよ」
ここにならあると指先が揺れる。身につけていた上着が消え、指輪がいくつか外された。いつの間にかブラッドリーの手からグラスが消えている。
少し考えてミスラもグラスを消し、足を踏み出した。